枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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永遠の約束

業火

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  「百合、無事か!?」

  俺を助けに現れた人。それは。

 
    ──────!


  「……保科……様……?」

  体中を水で濡らし、髪から雫をぼたぼたと落として息を切らしている。

  「間に合ったか。遅くなって済まない。さぁ、行こう」

  「わっ……」

  重かった体が軽々と宙に浮いた。
  保科様が俺を横抱きに抱え上げている。そしてすぐに部屋から出た。

  でも、目の前の光景に愕然とした。火が轟々と音を立て、獣のように荒れ狂っている。

  「こんなの……無理です」
  俺はガタガタと震えた。

  「大丈夫だ。怖かったら目を閉じて私にもたれていなさい。でもなるべく力を抜くんだ。火の中を走らねばならないから、力が入ると上手く進めないからね」
  保科様は落ち着き払って優しく俺を諭す。
  途端に安心して、余分な力を抜いて保科様の胸に顔をつけた。

  ───懐かしい香り。
  痛かった喉や鼻が楽になる気がする。


  保科様は、初めて出会った日に俺を救ったヒーローそのままだ。
  俺を抱きながら階段を降り、廊下を突っ切って華屋の出口まで進む。炎が保科様を避けているような、そんな錯覚さえ起こさせた。

  でもそれはやっぱり錯覚で、外までもう一歩のところまで来て、天井に架けてあった大きな柱が炎を纏いながら落ちてくるのを見た。

  「保科様……っ」
  このままじゃ当たってしまう。
  俺は保科様の名を呼び、ぎゅっと襟を掴んだ。

  ドンっという鈍い音。火の柱は保科様の背中の後ろに落ちた。

  「大丈夫だ、なんともない。百合。もう外だよ」
  すすが付いた顔を一瞬歪ませながらも、保科様は優しく微笑む。 

  「はい……!」
  その強さに、俺は全信頼を置いて頷いた。

  助けに来てもらってからものの数分。保科様に抱かれたまま華屋の外に出ると、柊や他の陰間、旦那と女将が「わあっ」と泣きながら寄ってきた。


  安堵の溜息と涙、嗚咽が周囲に広がる。
   俺もようやく足に力が戻り、保科様の腕から降ろしてもらい、裸足で土の上に立った。

  「良かった、みんな……」
  全部は言えなかった。

  ガタガタガタッ……大きな音と共に華屋も、その並びの店も全てが炎に包まれ形を崩していく。
  木造建築だから火が回り切れば全て倒れてしまうんだ。

  強い風が吹き、華屋を飲み込んだ炎が俺達が立っている道路の方に向いて襲いかかる。

  「逃げるんだ……!」
  保科様が言って俺の手を取る。
  皆もその声で弾けるように火の手が少ない方へと走り出した。

  けれど道路には凄い数の人が溢れていて、思うように前に進めない。
  それでも、俺と保科様は手を繋いだまま二人で足を進める。
  俺は素足ではあったけど、不思議と痛さも辛さも感じなかった。
  それよりも、固く繋がれた手の暖かさをひしひしと感じて、こんな時なのに幸せを感じていた。



  しばらく走り続けて、いつの間にか吾妻橋の中腹に辿り着く。

  ──随分遠くまで走ったな……。

  火の手は遠く向こうになって、同じようにここまで逃げてきた人達が橋の欄干に寄りかかって休んでいた。
  俺達二人も息が切れて、どちらからともなく休もう、と言った。

  保科様、凄い汗だ。俺を抱えて業火をくぐり、ずっと走っていたから……。

  俺が袂で保科様の額を拭くと、辛そうながらも優しく微笑む。
  途端に胸がきゅうと締め付けられた。

  「ありがとう、百合……っくっ……!」
  「保科様!?」

  急に上体のバランスを崩し、保科様がうずくまる。
  驚いて体に手を回すと背中がびっしょりと濡れていた。けれど、触れたのはかぶった水とは感触の違う、ぬめりのあるもの。
  もしや、と思い背中側に回る。

「……!」

  羽織の表面が大きく焦げ、破れている。そしてそこには赤く焼けただれた皮膚が剥き出しになっていた。
  さっき、柱が落ちてきた時、やはり保科様の背に当たっていたのだ。

  「保科様、早く綺麗にして冷やさなきゃ!」

  立ち上がり、四方八方を見回した。
  橋を渡ってしまえば、先には商店や町民の住まいがある。保科様には休んでいてもらって、きれいな水と手拭いを分けてもらえたら……

  「百合、大丈夫だ。少し休めば一緒に行けるからそばにいてくれ。どこにも行くな」
  保科様が行こうとした俺の手を引き、胸に迎え入れる。

  「保科様、保科様……」
  意味もないのに何度も名前を呼びたくなった。
  保科様もうん、と答えて、俺達はしゃがんだままお互いを抱きしめた。

  ────でも、俺がこんなことされてちゃ駄目なんだ……。

  「保科様。助けに来て下さってありがとうございます。でも、大旦那様や大奥様……蘭は……」

  「大丈夫だよ。私達はすぐに火に気づいたから、使用人含め皆、避難できているはずだ」

  「はず、って……。確かめないと。それに早く蘭の所へ行ってあげないと……」
  言いながら切なくなって、声がしぼんだ。

  「どうして? あの子なら父上と母上が守ってくれるよ」

  「どうして、って……。蘭は一番に保科様を待ってるはずです! だって、だって蘭は保科様の……お妾になったんでしょう……?」
  保科様の背中の傷に響かないよう、ゆっくりと腕から離れる。顔は見れない。


  「なんの話だ」

  「へっ?」

  「いつあの子が私の妾になったんだ」

  「はい?」

  この流れ、なんだか覚えがある。
  仕入れの為にお世話になった保科様のお屋敷で、保科様には思い人がいるんでしょう? と聞いた時と同じだ。

  まさか……
  「違う、ん、ですか……?」

  保科様が真顔のまま頷く。
  「あの子は保科家の養子だよ。名も姿も以前のものに戻ったのを百合も知っているではないか。あの子はね……私の身代わりなのだ」

 「え?」
  養子。で……保科様の身代わり?

「百合、私は保科家から出るんだ」

  保科様がまっすぐに俺を見て、再び抱き寄せる。

「お前と生きて行く為に」
 腕に力がこもり、体がぴたりとくっつく。

  「え……?」 
  ───今のなに? なんて言ったの……?
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