事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ

文字の大きさ
65 / 76
事故つがいの夫が僕を離さない!

軌跡 Side理人⑥

しおりを挟む
 バスから降り、そこからゆっくりと、十五分ほど緩やかな坂道を登って行けば小さな天窓が並ぶ屋根が見えてくる。建物全体を木々が取り囲んでいるから、天音にはここがなにをする所か、まだわからないだろう。

 俺ははやる気持ちを抑えつつ、天音を正門へといざなった。

「ほら、ここだよ天音」
「え……ここって……」

 正門の奥に見えるのは、尖塔アーチが特徴的なイギリス調の洋館だ。

 薄緑の石壁と、濃緑に塗られた窓枠などの木材のコントラストが美しく、正面二階には色彩鮮やかなステンドクラスが。
 周囲の常緑樹や芝生のガーデン、洋館を水面に映す噴水など、広くはないけれど、丁寧に整備された西洋式庭園が、重厚感のある建物と見事に調和している。

 視線を横に移せば、グレーの石畳の通路の先にカーブを描いた長めの白い階段が見え、その上には三角屋根の白亜の建物。空に向かって伸びる塔がついていて、先端には十字架が設けられている。

「ここって、結婚、式場?」

 予想していたとおり、天音は目をまん丸くして、可愛い唇をぽかんと開けた。

「そ。フレンチレストランもあるところだからさ、少し前にテレビで紹介されていたよね。それで天音はチラチラと画面を見て気にしていたのに、仕事に出る俺を見送りをしてくれていたから、どこなのかちゃんと確認できないままだったでしょう?」
「……えっ? 理人、気がついて調べていてくれたの?」
「うん。それでね、ここを俺たちの結婚式の候補に」

 しようかなと思って、と言葉を続けようとすると、これも予想どおりで、天音のつぶらな瞳が涙で潤んだ。

「うそ……結婚、式? 僕たちの結婚式を考えていてくれたの?」
「約束したでしょ。俺が弁護士になって自信と稼ぎが追いついたら、式を挙げようって」

 もう二年前になる。
 天音が俺のために初めて巣作りをしてくれた発情期。

 俺の服や持ち物を床に並べて道を描いてくれた天音は、その先で頭からシーツをかぶって丸まっていた。
 その姿はまるで、ベールをかぶった花嫁のようで、道はヴァージンロードのように思えた。

 結婚式についてはいつかは、と思っていたけれど、あの日に俺の意思が固まった。

「見学の予約をしてあるから、入ろう」

 ブラックダイヤモンドのような瞳を涙で煌めかせ、言葉も出せない様子の天音の手を引く。

 建物のエントランスに到着すると、見学対応のプランナーさんが出迎えてくれ、館内に入って受付を済ませれば、先に館内施設と、いったん外に出てチャペルの案内説明をされる。

「では模擬的に、おふたりで腕を組んでご入場ください」
「え、ええっ」

 プランナーさんに勧められたられた天音は驚いたように肩を跳ねさせたが、右手を取り俺の左腕に誘導すると、おずおずとしながらもちゃんと腕を組んだ。

「どうぞ」

 プランナーさんの手により扉が開く。厳かな気持ちで中に入れば、庭園の緑が映る大きな窓から柔らかい陽光が差し込み、祭壇を照らしていた。

「わ……素敵」
「うん、それにとても神聖だね」

 本当の教会ではないけれど、やはり愛を誓う場所だ。自然と背筋が伸びる。

 それは天音も同じだったようで、俺たちは今まさに式を上げているかのように、一歩一歩を踏みしめながらヴァージンロードを進んで祭壇の前に立った。

「ぅ……」
「天音?」

 天音が喉を詰まらせるような声を出したので、祭壇から天音へと視線を向ける。

 やっぱりだ。天音は「予想していた泣き顔」をしていた。
 頬は桃色に上気し、瞳を揺らしていた涙は、ツツッと頬に伝う。

 ――ほんと、可愛いんだから。このまま唇で涙を拭ってしまいたいけど、プランナーさんがいるからなあ……

 そのプランナーさんはといえば、「あら」と言いながらジャケットのポケットに手を運んだ。拭くものを出してくれるつもりなんだろう。

「あの、五分ほど、ふたりにしてもらっていいですか? 涙を拭いて落ち着いたら出ますので」

 俺は素早く自分のポケットからハンカチを出しつつ、プランナーさんに声をかけた。

「あ……はい。どちらにせよ私は先に出る予定でしたので、扉の向こうで待機しておりますね」

 なにか仕掛けがあるようだ。プランナーさんはお辞儀をすると、速やかにチャペルを出た。

 ふたりになってから、ハンカチで天音の頬を濡らす涙を拭きながら、唇も当てる。
 幸せの涙はしょっぱくないと聞くけれど、天音の涙はいつだって甘い。
 もちろん、天音は全身が甘いのだけれど。


「わ、理人、神様の前で」
「大丈夫だよ。愛を誓う場所だから、神様も祝福してくださるんじゃないかな……私、高梨理人は 健やかなるときも、富めるときも 、貧しきときも高梨天音をつがいとして夫として愛し、敬い 、慈しむことを、つがいになると決めたときから誓っています」

 この気持ちを伝えられていなかった五年間は棚上げしておこう。
 気持ちに嘘はないから。

「理人ったら、もう……!」

 せっかく拭いたのに、俺の愛しいつがいの夫は再び涙を零す。それでも俺に魅せてくれる表情はとても可憐でいじらしくて、俺は我慢が利かずに天音を強く抱きしめ、誓いのキスをするように唇を重ねた。

しおりを挟む
感想 309

あなたにおすすめの小説

【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。 するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。 だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。 過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。 ところが、ひょんなことから再会してしまう。 しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。 「今度は、もう離さないから」 「お願いだから、僕にもう近づかないで…」

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ
BL
事故から始まったつがいの二人がすれ違いを経て、両思いのつがい夫夫になるまでのオメガバースラブストーリー。 *オメガバース自己設定あり 【あらすじ】 華やかな恋に憧れるオメガのエルフィーは、アカデミーのアイドルアルファとつがいになりたいと、卒業パーティーの夜に彼を呼び出し告白を決行する。だがなぜかやって来たのはアルファの幼馴染のクラウス。クラウスは堅物の唐変木でなぜかエルフィーを嫌っている上、双子の弟の想い人だ。 エルフィーは好きな人が来ないショックでお守りとして持っていたヒート誘発剤を誤発させ、ヒートを起こしてしまう。 そして目覚めると、明らかに事後であり、うなじには番成立の咬み痕が! ダブルショックのエルフィーと怒り心頭の弟。エルフィーは治癒魔法で番解消薬を作ると誓うが、すぐにクラウスがやってきて求婚され、半ば強制的に婚約生活が始まって──── 【登場人物】 受け:エルフィー・セルドラン(20)幼馴染のアルファと事故つがいになってしまった治癒魔力持ちのオメガ。王立アカデミーを卒業したばかりで、家業の医薬品ラボで仕事をしている 攻め:クラウス・モンテカルスト(20)エルフィーと事故つがいになったアルファ。公爵家の跡継ぎで王都騎士団の精鋭騎士。

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

処理中です...