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事故つがいの夫が僕を離さない!
軌跡 Side理人⑥
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バスから降り、そこからゆっくりと、十五分ほど緩やかな坂道を登って行けば小さな天窓が並ぶ屋根が見えてくる。建物全体を木々が取り囲んでいるから、天音にはここがなにをする所か、まだわからないだろう。
俺ははやる気持ちを抑えつつ、天音を正門へといざなった。
「ほら、ここだよ天音」
「え……ここって……」
正門の奥に見えるのは、尖塔アーチが特徴的なイギリス調の洋館だ。
薄緑の石壁と、濃緑に塗られた窓枠などの木材のコントラストが美しく、正面二階には色彩鮮やかなステンドクラスが。
周囲の常緑樹や芝生のガーデン、洋館を水面に映す噴水など、広くはないけれど、丁寧に整備された西洋式庭園が、重厚感のある建物と見事に調和している。
視線を横に移せば、グレーの石畳の通路の先にカーブを描いた長めの白い階段が見え、その上には三角屋根の白亜の建物。空に向かって伸びる塔がついていて、先端には十字架が設けられている。
「ここって、結婚、式場?」
予想していたとおり、天音は目をまん丸くして、可愛い唇をぽかんと開けた。
「そ。フレンチレストランもあるところだからさ、少し前にテレビで紹介されていたよね。それで天音はチラチラと画面を見て気にしていたのに、仕事に出る俺を見送りをしてくれていたから、どこなのかちゃんと確認できないままだったでしょう?」
「……えっ? 理人、気がついて調べていてくれたの?」
「うん。それでね、ここを俺たちの結婚式の候補に」
しようかなと思って、と言葉を続けようとすると、これも予想どおりで、天音のつぶらな瞳が涙で潤んだ。
「うそ……結婚、式? 僕たちの結婚式を考えていてくれたの?」
「約束したでしょ。俺が弁護士になって自信と稼ぎが追いついたら、式を挙げようって」
もう二年前になる。
天音が俺のために初めて巣作りをしてくれた発情期。
俺の服や持ち物を床に並べて道を描いてくれた天音は、その先で頭からシーツをかぶって丸まっていた。
その姿はまるで、ベールをかぶった花嫁のようで、道はヴァージンロードのように思えた。
結婚式についてはいつかは、と思っていたけれど、あの日に俺の意思が固まった。
「見学の予約をしてあるから、入ろう」
ブラックダイヤモンドのような瞳を涙で煌めかせ、言葉も出せない様子の天音の手を引く。
建物のエントランスに到着すると、見学対応のプランナーさんが出迎えてくれ、館内に入って受付を済ませれば、先に館内施設と、いったん外に出てチャペルの案内説明をされる。
「では模擬的に、おふたりで腕を組んでご入場ください」
「え、ええっ」
プランナーさんに勧められたられた天音は驚いたように肩を跳ねさせたが、右手を取り俺の左腕に誘導すると、おずおずとしながらもちゃんと腕を組んだ。
「どうぞ」
プランナーさんの手により扉が開く。厳かな気持ちで中に入れば、庭園の緑が映る大きな窓から柔らかい陽光が差し込み、祭壇を照らしていた。
「わ……素敵」
「うん、それにとても神聖だね」
本当の教会ではないけれど、やはり愛を誓う場所だ。自然と背筋が伸びる。
それは天音も同じだったようで、俺たちは今まさに式を上げているかのように、一歩一歩を踏みしめながらヴァージンロードを進んで祭壇の前に立った。
「ぅ……」
「天音?」
天音が喉を詰まらせるような声を出したので、祭壇から天音へと視線を向ける。
やっぱりだ。天音は「予想していた泣き顔」をしていた。
頬は桃色に上気し、瞳を揺らしていた涙は、ツツッと頬に伝う。
――ほんと、可愛いんだから。このまま唇で涙を拭ってしまいたいけど、プランナーさんがいるからなあ……
そのプランナーさんはといえば、「あら」と言いながらジャケットのポケットに手を運んだ。拭くものを出してくれるつもりなんだろう。
「あの、五分ほど、ふたりにしてもらっていいですか? 涙を拭いて落ち着いたら出ますので」
俺は素早く自分のポケットからハンカチを出しつつ、プランナーさんに声をかけた。
「あ……はい。どちらにせよ私は先に出る予定でしたので、扉の向こうで待機しておりますね」
なにか仕掛けがあるようだ。プランナーさんはお辞儀をすると、速やかにチャペルを出た。
ふたりになってから、ハンカチで天音の頬を濡らす涙を拭きながら、唇も当てる。
幸せの涙はしょっぱくないと聞くけれど、天音の涙はいつだって甘い。
もちろん、天音は全身が甘いのだけれど。
「わ、理人、神様の前で」
「大丈夫だよ。愛を誓う場所だから、神様も祝福してくださるんじゃないかな……私、高梨理人は 健やかなるときも、富めるときも 、貧しきときも高梨天音をつがいとして夫として愛し、敬い 、慈しむことを、つがいになると決めたときから誓っています」
この気持ちを伝えられていなかった五年間は棚上げしておこう。
気持ちに嘘はないから。
「理人ったら、もう……!」
せっかく拭いたのに、俺の愛しいつがいの夫は再び涙を零す。それでも俺に魅せてくれる表情はとても可憐でいじらしくて、俺は我慢が利かずに天音を強く抱きしめ、誓いのキスをするように唇を重ねた。
俺ははやる気持ちを抑えつつ、天音を正門へといざなった。
「ほら、ここだよ天音」
「え……ここって……」
正門の奥に見えるのは、尖塔アーチが特徴的なイギリス調の洋館だ。
薄緑の石壁と、濃緑に塗られた窓枠などの木材のコントラストが美しく、正面二階には色彩鮮やかなステンドクラスが。
周囲の常緑樹や芝生のガーデン、洋館を水面に映す噴水など、広くはないけれど、丁寧に整備された西洋式庭園が、重厚感のある建物と見事に調和している。
視線を横に移せば、グレーの石畳の通路の先にカーブを描いた長めの白い階段が見え、その上には三角屋根の白亜の建物。空に向かって伸びる塔がついていて、先端には十字架が設けられている。
「ここって、結婚、式場?」
予想していたとおり、天音は目をまん丸くして、可愛い唇をぽかんと開けた。
「そ。フレンチレストランもあるところだからさ、少し前にテレビで紹介されていたよね。それで天音はチラチラと画面を見て気にしていたのに、仕事に出る俺を見送りをしてくれていたから、どこなのかちゃんと確認できないままだったでしょう?」
「……えっ? 理人、気がついて調べていてくれたの?」
「うん。それでね、ここを俺たちの結婚式の候補に」
しようかなと思って、と言葉を続けようとすると、これも予想どおりで、天音のつぶらな瞳が涙で潤んだ。
「うそ……結婚、式? 僕たちの結婚式を考えていてくれたの?」
「約束したでしょ。俺が弁護士になって自信と稼ぎが追いついたら、式を挙げようって」
もう二年前になる。
天音が俺のために初めて巣作りをしてくれた発情期。
俺の服や持ち物を床に並べて道を描いてくれた天音は、その先で頭からシーツをかぶって丸まっていた。
その姿はまるで、ベールをかぶった花嫁のようで、道はヴァージンロードのように思えた。
結婚式についてはいつかは、と思っていたけれど、あの日に俺の意思が固まった。
「見学の予約をしてあるから、入ろう」
ブラックダイヤモンドのような瞳を涙で煌めかせ、言葉も出せない様子の天音の手を引く。
建物のエントランスに到着すると、見学対応のプランナーさんが出迎えてくれ、館内に入って受付を済ませれば、先に館内施設と、いったん外に出てチャペルの案内説明をされる。
「では模擬的に、おふたりで腕を組んでご入場ください」
「え、ええっ」
プランナーさんに勧められたられた天音は驚いたように肩を跳ねさせたが、右手を取り俺の左腕に誘導すると、おずおずとしながらもちゃんと腕を組んだ。
「どうぞ」
プランナーさんの手により扉が開く。厳かな気持ちで中に入れば、庭園の緑が映る大きな窓から柔らかい陽光が差し込み、祭壇を照らしていた。
「わ……素敵」
「うん、それにとても神聖だね」
本当の教会ではないけれど、やはり愛を誓う場所だ。自然と背筋が伸びる。
それは天音も同じだったようで、俺たちは今まさに式を上げているかのように、一歩一歩を踏みしめながらヴァージンロードを進んで祭壇の前に立った。
「ぅ……」
「天音?」
天音が喉を詰まらせるような声を出したので、祭壇から天音へと視線を向ける。
やっぱりだ。天音は「予想していた泣き顔」をしていた。
頬は桃色に上気し、瞳を揺らしていた涙は、ツツッと頬に伝う。
――ほんと、可愛いんだから。このまま唇で涙を拭ってしまいたいけど、プランナーさんがいるからなあ……
そのプランナーさんはといえば、「あら」と言いながらジャケットのポケットに手を運んだ。拭くものを出してくれるつもりなんだろう。
「あの、五分ほど、ふたりにしてもらっていいですか? 涙を拭いて落ち着いたら出ますので」
俺は素早く自分のポケットからハンカチを出しつつ、プランナーさんに声をかけた。
「あ……はい。どちらにせよ私は先に出る予定でしたので、扉の向こうで待機しておりますね」
なにか仕掛けがあるようだ。プランナーさんはお辞儀をすると、速やかにチャペルを出た。
ふたりになってから、ハンカチで天音の頬を濡らす涙を拭きながら、唇も当てる。
幸せの涙はしょっぱくないと聞くけれど、天音の涙はいつだって甘い。
もちろん、天音は全身が甘いのだけれど。
「わ、理人、神様の前で」
「大丈夫だよ。愛を誓う場所だから、神様も祝福してくださるんじゃないかな……私、高梨理人は 健やかなるときも、富めるときも 、貧しきときも高梨天音をつがいとして夫として愛し、敬い 、慈しむことを、つがいになると決めたときから誓っています」
この気持ちを伝えられていなかった五年間は棚上げしておこう。
気持ちに嘘はないから。
「理人ったら、もう……!」
せっかく拭いたのに、俺の愛しいつがいの夫は再び涙を零す。それでも俺に魅せてくれる表情はとても可憐でいじらしくて、俺は我慢が利かずに天音を強く抱きしめ、誓いのキスをするように唇を重ねた。
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