5 / 92
いじめられオメガの秘密
④
しおりを挟む
***
「あのぅ、まずは下ろしていただけますか?」
いったいこれはどういうことなのか。
専務室に入ってからも腕から下ろしてもらえず、今度は光也の膝抱っこでソファに座っている。
「おや、私はこのままでもいいのですが、心地が悪いですか?」
「そうではなくてですね」
いや、心地はまったくよくない。
どこの会社に部下を抱っこする上司がいるだろう。それも子供かペットでも抱くようにやんわりと包むとは、心地悪いを通り越して気味が悪い。
千尋はマゾヒストなのだ。こんな扱いは寒気がする。
「残念ですね。遠慮しなくてもいいのに」
渋々感満載で下ろされたあとも鳥肌が立っているのを感じて、スーツの上から片腕をさすった。
「重なりますが、本当に私は課長から不当な扱いは受けておりません。田中さんがどう言われたかはわかりませんが、私自身がそう感じているのですから、問題はありません。今すぐ課長の処分と、私の異動を取り消していただけませんか?」
ソファに座る光也の横で頭を下げて訴えるが、聞いているのかいないのか、光也は返事もせずに千尋の顔をじっと見つめてくる。
「専務、お聞きになっていますか?」
失礼は承知だ。背をかがめて光也の顔を覗き込み、目の高さを合わせた。
「……藤村君、ちょっと失礼」
「は? ……わっ!」
突然立ち上がった光也に眼鏡を奪われ、前髪をかき上げられる。見下げてくる琥珀色の瞳が長いまつ毛の間から覗いて、星が瞬くようにきらりと光って見えた。
「……やっぱり、間違い……ない!」
宝物でも見つけた子どものように瞳を揺らす。
「あのぅ? 何が間違いないのでしょうか。それより早く手を離してください。あと、眼鏡を……」
「これ、伊達眼鏡ですよね?」
(バレた! どうして?)
焦って眼鏡を取り返そうとするもかわされる。依然として前髪も上げられたままだ。
「私の顔、よく見えていますよね?」
「……や、その、あの……見えています。見えていますが、伊達眼鏡をかけてはいけない社則はないですよね?」
悪いことはしていないはずだが、千尋にとっては知られたくないことだった。
素顔を人に見られたくない。特にアルフアには。
きまり悪くて視線を外すと、光也の手の力がほんの少し緩み、静かなため息が額をかする。
「……眼鏡も髪もせっかく美しい顔をしているのにもったいない。なぜ隠すのですか?」
ぞぞぞぞぞ。
背筋に悪寒が走った。美しいなんて言葉、千尋にとっては不快でしかない。
「失礼ですが専務、社員の容姿について触れるのも立派なハラスメントだと思いますが」
首をひねって光也の左手から逃げた。眼鏡は取り返せないが前髪を戻し、再び顔を隠す。
(何が美しいだ。じぃちゃんが大嫌いだったこんなオメガ顔、僕も大嫌いだ)
──男なのに白い肌で赤い唇、瞳も濡らして! アルファを誘うような顔をするな!
そう祖父に叱られ、張り手をくらったこともある。
「確かにそうですね。でも……」
光也は千尋の眼鏡を自身のスーツの内ポケットに収めてしまう。
「上司として部下の身だしなみに進言するのはかまわないですね? 君は今日から私の第一秘書なんですから」
背の高い光也に見下ろされる。隙なく整った顔は美しいが、口答えを許さないような重圧感があった。
(うっ! これはこれでおいしいかも。氷の貴公子と呼ばれる専務に「俺の指示に従え」とか言われるのも悪くないのでは?)
異動も、それも第一秘書になることに困惑しかない。それなのに、光也の高級そうなネクタイで手首を縛られて指示される自分が頭に浮かんで、無意識にうなずいてしまった。
「あのぅ、まずは下ろしていただけますか?」
いったいこれはどういうことなのか。
専務室に入ってからも腕から下ろしてもらえず、今度は光也の膝抱っこでソファに座っている。
「おや、私はこのままでもいいのですが、心地が悪いですか?」
「そうではなくてですね」
いや、心地はまったくよくない。
どこの会社に部下を抱っこする上司がいるだろう。それも子供かペットでも抱くようにやんわりと包むとは、心地悪いを通り越して気味が悪い。
千尋はマゾヒストなのだ。こんな扱いは寒気がする。
「残念ですね。遠慮しなくてもいいのに」
渋々感満載で下ろされたあとも鳥肌が立っているのを感じて、スーツの上から片腕をさすった。
「重なりますが、本当に私は課長から不当な扱いは受けておりません。田中さんがどう言われたかはわかりませんが、私自身がそう感じているのですから、問題はありません。今すぐ課長の処分と、私の異動を取り消していただけませんか?」
ソファに座る光也の横で頭を下げて訴えるが、聞いているのかいないのか、光也は返事もせずに千尋の顔をじっと見つめてくる。
「専務、お聞きになっていますか?」
失礼は承知だ。背をかがめて光也の顔を覗き込み、目の高さを合わせた。
「……藤村君、ちょっと失礼」
「は? ……わっ!」
突然立ち上がった光也に眼鏡を奪われ、前髪をかき上げられる。見下げてくる琥珀色の瞳が長いまつ毛の間から覗いて、星が瞬くようにきらりと光って見えた。
「……やっぱり、間違い……ない!」
宝物でも見つけた子どものように瞳を揺らす。
「あのぅ? 何が間違いないのでしょうか。それより早く手を離してください。あと、眼鏡を……」
「これ、伊達眼鏡ですよね?」
(バレた! どうして?)
焦って眼鏡を取り返そうとするもかわされる。依然として前髪も上げられたままだ。
「私の顔、よく見えていますよね?」
「……や、その、あの……見えています。見えていますが、伊達眼鏡をかけてはいけない社則はないですよね?」
悪いことはしていないはずだが、千尋にとっては知られたくないことだった。
素顔を人に見られたくない。特にアルフアには。
きまり悪くて視線を外すと、光也の手の力がほんの少し緩み、静かなため息が額をかする。
「……眼鏡も髪もせっかく美しい顔をしているのにもったいない。なぜ隠すのですか?」
ぞぞぞぞぞ。
背筋に悪寒が走った。美しいなんて言葉、千尋にとっては不快でしかない。
「失礼ですが専務、社員の容姿について触れるのも立派なハラスメントだと思いますが」
首をひねって光也の左手から逃げた。眼鏡は取り返せないが前髪を戻し、再び顔を隠す。
(何が美しいだ。じぃちゃんが大嫌いだったこんなオメガ顔、僕も大嫌いだ)
──男なのに白い肌で赤い唇、瞳も濡らして! アルファを誘うような顔をするな!
そう祖父に叱られ、張り手をくらったこともある。
「確かにそうですね。でも……」
光也は千尋の眼鏡を自身のスーツの内ポケットに収めてしまう。
「上司として部下の身だしなみに進言するのはかまわないですね? 君は今日から私の第一秘書なんですから」
背の高い光也に見下ろされる。隙なく整った顔は美しいが、口答えを許さないような重圧感があった。
(うっ! これはこれでおいしいかも。氷の貴公子と呼ばれる専務に「俺の指示に従え」とか言われるのも悪くないのでは?)
異動も、それも第一秘書になることに困惑しかない。それなのに、光也の高級そうなネクタイで手首を縛られて指示される自分が頭に浮かんで、無意識にうなずいてしまった。
111
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる