事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ

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番外編Ⅰ

クラウス十四歳、初めての課外授業。

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 それは、アカデミーでの本日の講義を終え、国防騎士科の寄宿舎に戻る途中のことだった。

 俺はちょうど隣の講話室で講義を終えた商業流通科の友人、フェリクス・アーシェットに声をかけられ、談話しながら足を進めていた。

 すると、中庭が見える場所まできたところで、視線の先に風に踊る桃色の髪を見つけた。

 木漏れ日がそこに差し、相まったまぶしさに俺は目を眇める。
 幼い頃は手を伸ばせばすぐに届いたあのまぶしさが、今は遠い——遠いのに、あの頃よりもまばゆい。

「ああ、エルフィーじゃないか」

 愛しい桃色の髪の彼、幼馴染のエルフィー・セルドランの姿に胸を焦がしていると、フェリクスも彼に気づいた。

 フェリクスはエルフィーの背に向かって声をかけ、彼の方に足を進める。

 エルフィーはフェリクスに気づくと、途端に顔を綻ばせた。

 頬が淡桃に染まるのが遠目でもわかる。反対に俺の心には黒い靄がかかる。胸が重苦しい。

 ふたりはそのまま笑顔で語らい始め、ややあってから、フェリクスが突っ立っている俺の存在を手で示した。

 エルフィーが俺のいる方向に顔を向け、不意に視線が絡む。
 その瞬間、俺は咄嗟に踵を返し、エルフィーの視線から逃げてしまった。

 アカデミーに入学し、再会してから三月みつきが経つというのに、いまだに彼を直視できないとはなんと不甲斐ないことだろう。

 俺はエルフィーと真正面で向かい合うと胸が異常に跳ね、その場に静止していられなくなる。

 原因はわかっている。十一歳の頃、我が家の庭にある噴水で遊ぶために服を脱ぎ去った彼の姿が、今でも鮮明に記憶に残っているからだ。

「……っく」

 苛立ちが沸くようなふつふつとした熱さが体内に生まれ、俺は息を呑み込んだ。

 ──エルフィーを抱きしめたい……

 ──エルフィーのうなじを咬みたい……

 ──エルフィーとつがいになりたい……!

 まだその確かな方法も知らないのに、いくつもの欲望を抱いてしまう。

 俺はそれらを断つべく、風を切るように走って騎士科の自分の部屋に戻った。

「おっ、クラウス! どうした、一戦交えてきたようなつらして。常に無表情のおまえが珍しいな」

 勢いよくドアを開けすぎたようだ。同室で一年上のサイラス先輩がきょとんとした顔で俺に振り向いた。

「いえ、別になにも。ですが鍛錬をしたいのは確かです。先輩、お相手願えますか」

 俺は部屋の剣立てに立てていた自分の剣を掴んだ。だが先輩は首を振る。

「だめだめ。今日は四年生からの講話がある日だって知ってるだろ? お前たち一年生は初参加なんだ。さっさと飯食って湯浴みを済ませて、準備万端にしておけ」
「ああ……はい」

 それについては覚えていたが、剣技の練習の一本くらいはできるだろうと思う。騎士たるもの、日々の錬成を怠ってはならないと俺は考えている。

 とはいえ、それだけ今日の話が重要ということだろう。準備万端で、というのもなにか気合いめいたものを感じる。

 俺はサイラス先輩の指示どおりに、食事と湯浴みを早々に済ませた。

 そして迎えた講話の時間。

 遊技室兼談話室にて、一年生から三年生は四年生数人を囲んで講話を聞いていた。

 だがなんだ、この話は……

「──で、オメガの男の子も同じようにしっかりと入口を慣らしてあげて……」

 最初は第一性・第二性バースについての真面目な講義だったはずだ。

 俺含め、アルファばかりの騎士科や国政運営科の生徒はとくに、アカデミーに入るまでの勉学には家庭教師チューターがついている。

 その際、性に関することはごく基本的なことしか教わらない。またアカデミーでも講義に含まれることはなく、どの科においても上級生が下級生に教えるのがアカデミーの伝統だ。

 それが内容の前触れはなく今夜開催されたわけだが、途中から行為の方法についての内容に変わっていき、今では四年生の「経験」の話を交えたものとなっている。

 ……どういうことだ。アカデミーではバースによる不利益が生じないよう恋愛感情を伴う交際は規則で禁じられているというのに、先輩たちはなぜ経験がある?

 いや、それもそうだがこれがつがいになるということなのか……

 アルファは第二次性徴が他のバースに比べて早いため、俺も例に漏れず十一歳で精通を迎えた。

 だが昂りを収めるためのすべは学んだわけではない。自然と身についたものだ。

 ゆえに当然まだ十四歳の俺は……同級生の一年生たちも皆、「行為」についての真髄を知らなかった。

 ──昂った際の暴力的なこれをオメガのあの中へ?

 その前に指などで後孔を解す……?

「気持ちよくなれば自然と濡れてくるから、まずは口づけを交わしながら肌を優しく撫でてやるんだ」
「とくに胸は、最初は優しく優しく、壊れ物に触るように、こう、繊細なタッチで」
「おいおい、その前に、こいつらには情事の口づけのテクニックから教えてやらないと」

 ひとりの四年生が宙に小さな円を描くように手を動かすのを、別の四年生が締まりのない顔つきで止め、口づけを交わす真似事をする。

 談話室は一年生の「おおっ」というざわめきと、二・三年生の笑いや囃し立てる声が混ざった。

 口づけ……幼い頃、俺の口の端に触れたあの柔かい唇に……?

 肌を撫でる……あの真珠のような艶肌……そして忘れられるはずのない、薄桃色の胸の飾りを俺の手で……?

「──おい、大丈夫か」

 頭の中の想像にクラクラとめまいを起こしそうになっていると、誰かに肩を掴まれた。

 夢の中にいるような心地のまま、それでも目を声の主に向ければ、その誰かはサイラス先輩だった。

 サイラス先輩は俺の顔を覗き込み、面白いものでも見つけたかのように「ぶはっ」と笑って言った。

「おまえ、その顔!」

 その声に生徒たちの視線が俺に集まる。

「おい、皆、見ろ! 常時冷静沈着なクラウス・モンテカルストが赤面しているぞ」

「クラウスも人の子だったか!」

 サイラス先輩だけでなく、他の先輩たちもさまざまな種類の笑みを浮かべ、一年生に至っては「お堅い奴だと思っていたけど、親近感が湧いたぞ」などと言って握手を求めてくる者までいる。

 俺は自分の顔や手が熱いことに今さら気づき、羞恥心に苛まれてうつむいてしまった。

「クラウス……おまえらも、これから四年かけてしっかりと色事いろごとも仕込んでやるからな。アルファの責務としてしっかり叩き込んでおけ!」

 講話の中心となっていた先輩が向こうから大きめの声を出し、談話室は男の歓声で湧く。

 そこから再び先輩たちの経験談は続き、解散が言い渡されたときには俺の脳内はエルフィーのあられもない姿で占められていた。

 ──こんな淫らな想像を、桃色ウサギのように可憐なエルフィーで浮かべるとは……いや、俺はつがいになるなら相手はエルフィーだけだと決めている。他の者で想像などできるわけがない。だがしかし、純粋無垢なエルフィーに対して俺は……!

 そして結果的に、以前よりもエルフィーを意識することとなり、まともに顔を合わせるどころか言葉を交わすこともできなくなった俺なのだった。



終わり


本日、2024年の大晦日!
「事故つがいの夫が俺を離さない!」の書影が公開されました。
コミコミ様以外での予約も開始されましたので、どうぞよろしくお願い致します。
予約・購入先一覧はわたしのエックスアカウントのプロフ画面にリンクがございます。
こちらはリンクに飛べませんが→https://1link.jp/mkr55555
重ねてよろしくお願い申し上げます。

  
今年もこの作品をお読みくださった読者様。ありがとうございました。
良き年末年始をお過ごしくださいませ。
          
                      カミヤルイ


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