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幽韻之志
14/青の火途里に幽玄と夢、戯れに。
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瞬きをすると視界が揺らぎ、暗がりに誘われた。
目を閉じていても解る。
瞼の裏には煌めく白い雪のような…"何か"が降り注ぎ…水の中に沈むような感覚に体を投げ出す。
青くて、
煙のように糸を引かせて消える。花?
目覚めた先は一面が仄青い花の中だった。
女がひとり、俺を見ていた。
穏やかな瞳は慈悲深く聡明で「誰か」に似て…美しい。なぜだろう、俺はこの女を知っている。
「おかえりなさい」
俺より背の低い女に腕を引かれて、いつものように他愛のない会話が始まる。
大門に吊るされた対の提灯を潜り抜ける……ここは……俺の家だ。
段差を超えた先にある横長の玄関はまるで高級旅館のような設え、脱いだ草履を整える下足番の男に眼もくれず歩き出す。
どこへ往くのか
何もかも気乗りしないやさぐれた胸のまま廊下を進んでいくと左手に、白砂で描かれた均一な輪の波模様に目を奪われた。庭を囲むような邸造り、ここから対角線上にある廊下の向こう側に見える西の門には足を踏み入れてはいけないと察して柱に寄りかかると、女が歩み寄り、胸の中で甘える。
嫌だった。
この女も嫌い
ここにも居たくない
何もかも忘れて遊びたい…でも強い意志が感情を堰き止めている。
「私を探してくれて、ありがとう」
白足袋の踵が浮き、懐かしい香りがした。
お前が竜胆を咲かせてくれたのはいつだったか
もう覚えてはいないけれど私はお前を一度も忘れたことがない。
今でも愛しているのに…
聞かせてあげられなくて、ごめんね。
青嵐の声が、聞こえた。
心の底から渇望するこの苦しみは、どこから来るのか?
助けて欲しい
会いたい
ただ、それだけを望んでいる。寂しさが折り重なり、大きな声で泣きながら竜胆の花畑を走ると真っ白な光に包まれて、俺は誰かと手を繋いだ。
何かにぶつかる…強い衝撃に鼓膜が震えて、肺が破れるほどの鼓動に目覚める俺は、暗闇の中で知らない男とキスしてた。
闇夜にきらめく星の如く
現れた男の美しさに心を奪われ、さっきまでの渇望はどこへ行ったのか?
喪失感を絶望が埋め尽くしていく。
唇の弾力が離れると、男は姿を消した。
激しい動悸と指の先が痺れるような感覚に呼吸が整わない。
クソ…思うように体が動かない。縛られているのか…息を飲みながら眼だけで探ろうとした瞬間、電子音が鳴り響き、部屋も明るさを取り戻した所で看護師が慌ただしくカーテンの出入りしながらエラー音を止めて確認を急ぎながら器具の固定に取り掛かる。
どうやらここは病院で、俺は意識不明の重体。
突然の落雷による広範囲の停電が起きて対応に追われている様子。
自発的に呼吸が出来なかったようで鎌のような器具で気管支を開いて器具を設置したんだろう。鎮痛剤で意識を失って無いと地獄のような苦痛を伴うこの状況で看護師と目が合い、咄嗟にコールを長押し…飛び込んで来た医師が状態を確認して間もなく呼吸器が外された。
銃撃されたのは約一か月前
出血性ショックと臓器の損傷から回復の見込みが全く無かった俺が、突如意識を取り戻して数値が安定したことを受けて科戸さんは首を傾げる。
夢から覚めた、あの時…俺の身に何が起きたのか?
何も答えられない。
手は動かせるので指を這わせると、科戸さんは黙って握り返してくれた。
「昌、起きてる?」
ドアの隙間から晃汰がイタズラっぽく顔を覗かせ、お見舞いに大きな花を持って来た。真っ白なトルコ桔梗の間にまだ蕾のまま生けている花に眉をしかめる。
「劉青から、お見舞い」
「ありがとうございます。そこへ…」
「昨日の停電やばかったね。まだ一部復旧作業が遅れてるらしいよ」
「雨も降らない急な悪天候に、雷…まさかここに落ちるとは」
「向こうの病棟燃えたって。昌がICUに居たのは不幸中の幸い、とはいえ…」
一ヶ月、人工的に命を繋いだ俺は小枝の様に枯れて、皮膚もすっかり弱くなりテープの跡が黒ずみ今後も予断が許さない状況が続く。声帯が傷ついたせいか、全く声が出ない。要介護で回復以外、何もすることがないまま季節だけが移ろう。
夢に見たあの人が…
思い出せなくて、ぼんやりしながら梨を剥いてる科戸さんを今日も眺める。
「どうぞ、御上がりなさい」
口の中に冷たい感触
甘くて芳醇な果汁をまとわせる果実を舐めると、口から離れて、水を少し貰った。
<ありがとうございます>
唇の動きで会話ができるのは科戸さんだけ。毎日お見舞いに来てくれて申し訳ない反面で唯一心の拠り所になっていた。
銃撃された内臓は焼けて損傷が酷く切除。その後も手術が繰り返されこの頃ようやく炎症反応が収まり、車椅子で散歩に出られるようになるまで回復した。
「出所したら、お祝いをしましょうね」
膝に手をおいて目の高さを合わせてくれる、科戸さんは優しく笑いながら二代目・歌舞伎青嵐へ恨み節を心に連ね、対立関係が激しくなる一方だと黒服は囁く。
麗子の安否は不明のまま…
二代目の組織を固めていくのは新たな部下と、直属の隷属が行うべき所業であり、反対派は次々と殺め取られる。今後も邁進する所存の二代目は"神の申し子"狂乱の時代が幕明けた。
青嵐の英才教育を受けたエリート美少年の正体は、ネクロマンサーの異名を持つ隷属トップの折檻アドバイザー。肉体を懲らしめ厳しく換言することが職務の……ど変態……頭の構造が根本的に違う。
後継者問題の一員として嫡子にあたる俺が引き抜かれた矢先、青嵐が引退すると同時に元老の反対を押し切って二代目の襲名を受けた一連の流れはやはり異常。俺の射殺を命じた青輝丸に詫びを入れろと仕来りめいた運びにいる一方で…
「青嵐を守りたい」
その一心で臨んだ襲名であることは周知されているのだろうか。
諸悪の根源は、やはり歌舞伎青嵐の引退であり、あの野郎がゴネないで職務を全うしてさえいれば、青輝丸も俺も、こんなことにはならなかったのに…歌舞伎青嵐を辞めるのはアイドルの引退とは訳が違う、寿退社なんか出来ねぇのに!青輝丸に尻拭いをさせた青嵐に怒り心頭。
今度会ったら恥ずかしい格好で縛り上げて、お仕置きしてやる。
まぁそんな日が来るとは到底思えないが、お日柄のよい大安に退院することになった俺は黒服たちが列をなす厳重なお見舞いを潜り抜けて黒塗りのベンツに乗り込み、病院を後にした。
目を閉じていても解る。
瞼の裏には煌めく白い雪のような…"何か"が降り注ぎ…水の中に沈むような感覚に体を投げ出す。
青くて、
煙のように糸を引かせて消える。花?
目覚めた先は一面が仄青い花の中だった。
女がひとり、俺を見ていた。
穏やかな瞳は慈悲深く聡明で「誰か」に似て…美しい。なぜだろう、俺はこの女を知っている。
「おかえりなさい」
俺より背の低い女に腕を引かれて、いつものように他愛のない会話が始まる。
大門に吊るされた対の提灯を潜り抜ける……ここは……俺の家だ。
段差を超えた先にある横長の玄関はまるで高級旅館のような設え、脱いだ草履を整える下足番の男に眼もくれず歩き出す。
どこへ往くのか
何もかも気乗りしないやさぐれた胸のまま廊下を進んでいくと左手に、白砂で描かれた均一な輪の波模様に目を奪われた。庭を囲むような邸造り、ここから対角線上にある廊下の向こう側に見える西の門には足を踏み入れてはいけないと察して柱に寄りかかると、女が歩み寄り、胸の中で甘える。
嫌だった。
この女も嫌い
ここにも居たくない
何もかも忘れて遊びたい…でも強い意志が感情を堰き止めている。
「私を探してくれて、ありがとう」
白足袋の踵が浮き、懐かしい香りがした。
お前が竜胆を咲かせてくれたのはいつだったか
もう覚えてはいないけれど私はお前を一度も忘れたことがない。
今でも愛しているのに…
聞かせてあげられなくて、ごめんね。
青嵐の声が、聞こえた。
心の底から渇望するこの苦しみは、どこから来るのか?
助けて欲しい
会いたい
ただ、それだけを望んでいる。寂しさが折り重なり、大きな声で泣きながら竜胆の花畑を走ると真っ白な光に包まれて、俺は誰かと手を繋いだ。
何かにぶつかる…強い衝撃に鼓膜が震えて、肺が破れるほどの鼓動に目覚める俺は、暗闇の中で知らない男とキスしてた。
闇夜にきらめく星の如く
現れた男の美しさに心を奪われ、さっきまでの渇望はどこへ行ったのか?
喪失感を絶望が埋め尽くしていく。
唇の弾力が離れると、男は姿を消した。
激しい動悸と指の先が痺れるような感覚に呼吸が整わない。
クソ…思うように体が動かない。縛られているのか…息を飲みながら眼だけで探ろうとした瞬間、電子音が鳴り響き、部屋も明るさを取り戻した所で看護師が慌ただしくカーテンの出入りしながらエラー音を止めて確認を急ぎながら器具の固定に取り掛かる。
どうやらここは病院で、俺は意識不明の重体。
突然の落雷による広範囲の停電が起きて対応に追われている様子。
自発的に呼吸が出来なかったようで鎌のような器具で気管支を開いて器具を設置したんだろう。鎮痛剤で意識を失って無いと地獄のような苦痛を伴うこの状況で看護師と目が合い、咄嗟にコールを長押し…飛び込んで来た医師が状態を確認して間もなく呼吸器が外された。
銃撃されたのは約一か月前
出血性ショックと臓器の損傷から回復の見込みが全く無かった俺が、突如意識を取り戻して数値が安定したことを受けて科戸さんは首を傾げる。
夢から覚めた、あの時…俺の身に何が起きたのか?
何も答えられない。
手は動かせるので指を這わせると、科戸さんは黙って握り返してくれた。
「昌、起きてる?」
ドアの隙間から晃汰がイタズラっぽく顔を覗かせ、お見舞いに大きな花を持って来た。真っ白なトルコ桔梗の間にまだ蕾のまま生けている花に眉をしかめる。
「劉青から、お見舞い」
「ありがとうございます。そこへ…」
「昨日の停電やばかったね。まだ一部復旧作業が遅れてるらしいよ」
「雨も降らない急な悪天候に、雷…まさかここに落ちるとは」
「向こうの病棟燃えたって。昌がICUに居たのは不幸中の幸い、とはいえ…」
一ヶ月、人工的に命を繋いだ俺は小枝の様に枯れて、皮膚もすっかり弱くなりテープの跡が黒ずみ今後も予断が許さない状況が続く。声帯が傷ついたせいか、全く声が出ない。要介護で回復以外、何もすることがないまま季節だけが移ろう。
夢に見たあの人が…
思い出せなくて、ぼんやりしながら梨を剥いてる科戸さんを今日も眺める。
「どうぞ、御上がりなさい」
口の中に冷たい感触
甘くて芳醇な果汁をまとわせる果実を舐めると、口から離れて、水を少し貰った。
<ありがとうございます>
唇の動きで会話ができるのは科戸さんだけ。毎日お見舞いに来てくれて申し訳ない反面で唯一心の拠り所になっていた。
銃撃された内臓は焼けて損傷が酷く切除。その後も手術が繰り返されこの頃ようやく炎症反応が収まり、車椅子で散歩に出られるようになるまで回復した。
「出所したら、お祝いをしましょうね」
膝に手をおいて目の高さを合わせてくれる、科戸さんは優しく笑いながら二代目・歌舞伎青嵐へ恨み節を心に連ね、対立関係が激しくなる一方だと黒服は囁く。
麗子の安否は不明のまま…
二代目の組織を固めていくのは新たな部下と、直属の隷属が行うべき所業であり、反対派は次々と殺め取られる。今後も邁進する所存の二代目は"神の申し子"狂乱の時代が幕明けた。
青嵐の英才教育を受けたエリート美少年の正体は、ネクロマンサーの異名を持つ隷属トップの折檻アドバイザー。肉体を懲らしめ厳しく換言することが職務の……ど変態……頭の構造が根本的に違う。
後継者問題の一員として嫡子にあたる俺が引き抜かれた矢先、青嵐が引退すると同時に元老の反対を押し切って二代目の襲名を受けた一連の流れはやはり異常。俺の射殺を命じた青輝丸に詫びを入れろと仕来りめいた運びにいる一方で…
「青嵐を守りたい」
その一心で臨んだ襲名であることは周知されているのだろうか。
諸悪の根源は、やはり歌舞伎青嵐の引退であり、あの野郎がゴネないで職務を全うしてさえいれば、青輝丸も俺も、こんなことにはならなかったのに…歌舞伎青嵐を辞めるのはアイドルの引退とは訳が違う、寿退社なんか出来ねぇのに!青輝丸に尻拭いをさせた青嵐に怒り心頭。
今度会ったら恥ずかしい格好で縛り上げて、お仕置きしてやる。
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