俺のご主人様がこんなに優しいわけがない

及川まゆら

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幽韻之志

20/千之支、棘の花匀に虚ける。

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 「手持ち花火みたいに火花が噴射…すごく綺麗でした」


 科戸さんに一部始終を報告。

 「素股がバレて雷落ちたのは、まぁ…いいとして」
 「なるほど。普段は感情を抑え込むよう躾けていますが、性的な管理は青嵐に一任していたのでどのような状態になるのかは私も初めて聞きました」
 「生中されたら、死にますね」
 「彼がそれを望むでしょうか」
 「青嵐に出来て、俺に出来ないことは無い」

 青の一門を総括する青魄そうはく(科戸忠興しなとただおき)の元
 特殊な能力を持つ六喩会の面々は以下の通り。

 夢 黒鬼小夜子くろきさよこ(故・歌舞伎青嵐かぶきせいらんの正妻)
 幻 劉青りゅうせい(青嵐の嫡男)
 泡 -
 影 宇賀神晃汰(青魄の嫡男)
 炎 宇賀神しづ子(青魄の正妻)
 電 アルサハ(旧青の一門隷属)

 アルサハ以外は身内で構成される特殊部隊。
 晃汰以外は年齢不明、普段は何をやって生計を立てているのか?知りたくもない内容だが、俺は二代目歌舞伎青嵐の裏舞台に立ち後任。といっても表向きには劉青が引き受け、引退しても"生涯現役"を義務付けられている為、俺がする事は今のところ何も無い。

 現存する青の一門は新党として立ち上げ、青輝丸の隷属が配置されアナスタシアの経営も上場。
 時代とニーズに寄せたハイクオリティな秘密倶楽部は繁華街が担う、みかじめ料により統治されていると言っても過言ではない。関西の治安が悪化するのは多くの会が存在し合い領地の奪い合いが半世紀行われて来た事が原因だと科戸さんはラジオのボリュームを絞りながら話す。

 「青嵐って…」言いかけて腕組み、首を傾げる。
 「何ですか?」
 「あれから一度も会って無いけど、生きているんですか」
 「ええ、二代目の邸宅で飼われています」
 
 突然の引退
 理由や因果関係は一切明かされていないが、青輝丸は「青嵐を守る為に」二代目の襲名を承けて家業を継いだ。
 最も歌舞伎青嵐とは実際に存在しているのかも解らない信仰の対象で、関係者や会員と呼ばれる投資家でなければ見る事すら敵わない。奴隷達は弟子の俺を通して歌舞伎青嵐を感じ、人が真に求める悦楽の境地に辿り着こうと未だ翻弄され続けている。
 アナスタシアを去った俺は死亡説の他、一般人に戻り平穏な家庭を築いているとクラブ会員が報道。日本を代表するドヤ街に潜伏して、小料理屋の手伝いをしながら男の相手をしている…なんてバレたら大変な騒ぎになるだろう。
 死んだと思われていた方がいいこともあるんだと、置き去りにされたような気持ちを胸に潜ませて袂の紐を緩める。

 今日の仕事はこれで終わり、片付けたら家に帰ろう。

 暫くの間、科戸さんは仕事で留守にする。
 晃汰を連れて行くのでおそらく遠征だろう。
 二人の無事を祈りながら店の鍵を閉めると時間通りに玲音が迎えに来た。

 「また、世話になる」

 科戸さんがここから出るという事は泪町は通常の機能を失う。
 ここに居るのは危険だ。
 泪町を出て玲音が暮らすマンションで蜜月を過ごす。俺の目論みはとっくに見透かされ、左の運転席から手を伸ばす玲音の視線が熱い。

 「もう、誰にも邪魔はさせない」
 
 無表情で平然を装う。いや、久しぶりに見る夜景が綺麗だな…と思って。

 「ずっと、謝りたかったんだ。ごめん」
 「急にどうしたの?」
 「花形の時から面倒ばかりかけて」
 「気にしないで」
 「俺は…破門され、調教師も志半ばで辞めてしまった死に損ないだ」
 「それは言わないで」
 「約束ひとつ守れないのにお前を身代りにして生きるなんて、身勝手過ぎる」
 「親方様が決めた事を、否定する権利は無いよ」
 「玲音はそれでいいの?」
 
 そっと微笑む玲音は、何も答えなかった。
 
 港区に位置する京浜運河沿いの一等地に立つマンション。
 ここは青嵐の持ち物で奴隷達が暮らす「寮」だと聞いたことがある。最上階まで高速エレベーターで1分20秒、開いた先にフロントがあり木目調の壁にダウンライトで重厚感のある高級ホテルのような設えに耳を詰まらせる俺は玲音の声を聞き逃しながら進む。

 「ここのフロア3室あるうち奥が俺の部屋で、お隣は二代目の隷属が住んでます」
 「青輝丸の邸宅で奴隷と暮らしているんじゃ…」
 「以前はそうでした。詳しくは後ほど」

 敬語、どことなく表情も違う。
 主従関係を求められるってことは監視カメラでもあるんだろうか?カードキーでロック解除。ドアノブに手を掛けると、内側から押し開ける男が現れた。

 「おかえりなさいませ」

 玲音より頭ひとつ分背の高い男は、前下がりストレートな髪に眼鏡のチェーンを揺らす美人の貫禄を放ちお出迎え…部屋、間違えたのか…咄嗟に玲音の背中に隠れると会話が続く。

 「木欒子もくろじさん…まさか、皆さんお揃いですか」
 「はい」
 「おっかえりなさいませー!ご主人様」

 間に割り込む声高な少年に驚きを隠せない。
 青の一門が揃った本家で見たのは丞ではなくこの美少年で青輝丸の隷属がこの先に居ることに躊躇する俺は足を止めた。

 「わぁーこの子、眼が青いよ?」

 瞳を覗き込まれて顔を背ける。随分と人懐っこいな、靴くらい脱がせろ…ああ、もうわかったからと嫌々部屋まで案内されると、壁のない部屋に浮かんでいる感覚。思わず足を引っ込めた。
 夜景が一望できる見通しの良い空間は、まるでモデルルームの様。
 L字型ソファーと観葉植物、エグゼクティブなシーンを潜り抜ける視線の先に屈強な男が一人。スーツが弾けそうな大胸筋をたっぷり育てているアイツだ。そして…



 
 「よくぞご無事で…っ!!」




 全員が俺に駆け寄り、甲子園で優勝した高校生みたいに盛り上がる。
 ほぼ初対面なのに?全く共感できない俺は男達に揉まれて髪がぐちゃぐちゃになり床に倒れて、試合終了。
 
 どうやら俺は隷属時代から数々の伝説や逸話があり"不死身のマサ"の愛称で隷属に親しまれる間柄。
 青の一門で群を抜く恐喝と支配力が定評の青輝丸に厳しい仕置を据えられても絶命するどころか何度も足抜けをして騒動を起こした挙句、青嵐を裏切り、アナスタシアを壊滅に追い込んだ俺は張本人。
 「昌宗死亡説」が蔓延る一方で狂信的な正義の元、神格化された俺は"青海波せいがいはの君"と讃えられ、門徒を分かつ事態に。
 青木派と呼ばれる旧組織のトップは丙對馬ひのえつしま瑠鶯るおうが立ち上げたグループはライブや動画配信を全国展開、出会い系アプリで若い女性が富裕層から特別な待遇を受けて高収入を得る設定を拡散。女性達は流行りの思想や美容整形に憑りつかれる末路。立役者の人気キャバ嬢をリスペクトするSNS大量生産で医療と提携して経済が回る妥当な凌ぎだ。
 
 「青海波?」
 「先代に緊縛を受けた時に着ていた、アレです」

 玲音が指さす先に、さっと頁を広げる人間椅子の景虎かげとら
 ああ、ご丁寧にどうも。
 歌舞伎青嵐の写真集<禁断のDVD・史上最高売上!>
 この内容、身に覚えがある。蝶の緊縛を施される俺は青海波の着物に白足袋を擦らせ、散々な辱めを受けた。青嵐の技術に身も心も支配されて…胸の底から込み上げる快楽の記憶が滲む。

 「そう、君主との愛は永遠」

 ミュージカル風に両手を広げる月兎つきとに手を繋がれ回転しながら景虎の胸に放り投げられる。

 「俺たち奴隷の理想が全てここに集約されています」
 「実際こんなに可愛いんだからキラ様が嫉妬に狂うわけだよ!ねっ」

 あまりにも情熱的な眼差しにメンタル爆散する俺の屈辱を想定した青輝丸の高笑いが聞こえて来る。
 二人の愛は永久に…
 そんな風情を漂わせる写真集をぶん投げて玲音の後ろに隠れた。
 ふざけんな!!
 愛もへったくれもあるか、俺には印税が一銭も入ってきてませんけど?
 あんなに虐げられた俺が神格化?
 高等過ぎる恥辱プレイに歯を食いしばって悔しがる俺を宥める木欒子はマスカットを並べたホールケーキにナイフを入れて微笑む。

 「青嵐様は引退後、二代目の希望で御所入り。厳選されたお付きの奴隷以外は全員引き払われ、皆慣れない寮生活に疲れが出ている様子…ご不便おかけしますが何卒宜しくお願いします」

 奇妙な縁だが俺も世話になる身だ、仕方ない。
 口を開けると甘いマスカットが弾けた。うまっ!なにこれもっと食わせろ。
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