暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

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其の三の二

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 「なにっ? ナナ太郎を目の前にして何もせずに逃げ帰ってきたと?」
 音羽の芝居小屋の裏にある楽屋で怒号が響いていた。
 偽お可奈が愛田屋から逃げ帰った一件の報告を聞き怒り心頭の風雷桐三郎だ。
 「はいっ。ナナ太郎になにやら分からぬ術を使われて、人間の姿を持続する事ができず、どうにもこうにもならなかったとのことにございます」
 「まったくどういうことだ」
 ブツブツと言葉にならない文句を言っている桐三郎だ。
 報告をしている手下の方もしばらくはその何やら聞き取れない文句をじっと聞いていた。
 「それで!? 今、愛田屋の娘はどうしておる!!」
 念仏のようにブツブツ言っていた桐三郎だが、何か思いついたのか今度は手下たちに分かるようにはっきりと口を開いた。
 「ははっ、小間物問屋のおみつとともに閉じ込めております」
 「そんなことは分かっておるわ! どうしておると聞いているんだ!」
 桐三郎のなおさら大声の怒鳴り声に手下どもは縮こまる。
 そこへ雷獣の又衛門がやって来た。
 又衛門は桐三郎と違い見るからに厳つい悪役然とした様相である。
 「何を大声で怒鳴っておる。あちこちに丸聞こえだぞ。化けることしかできない狸ごときに何とかなる相手だったら、水虎の奴が何とかしておろう」
 「そうなんだが、たとえば一太刀でも反すとか、弱点を見つけたとか何かないものか。何も知る事もなく、ただ帰って来たと言うのはなんとも口惜しいではないか」
 「だから、捕らえてある娘達が役に立つ時が来たと言う事であろう」
 「分かっておるわ」
 イラついた桐三郎は煙草きせるを目いっぱい吸ったかと思うと、フウーッと思い切り煙を吐き、煙管盆きせるぼんの竹の筒にぽんと煙管を叩いて煙草の火を消した。
 「娘達はどうしておる」
 雷獣の又衛門にこれ以上何か言ってもどうにもならないと思った桐三郎は、いらついた心を手下の狸たちに当たるように言った。
 「ぐったりと部屋の中に転がっておりまする」
 「ちゃんとおるのだな。それならばここへ連れて来い……いや、わかったわ、私が見に行くとしよう」
 「外の芝居はどうしましょうか」
 「お前らで適当に遊んでおけ」

 頭であるかまいたちの風雷桐三郎を先頭に人間に化けている狸の手下を何人か引き連れて、芝居小屋から続く洞穴のような廊下を通りお可奈とおみつが監禁されている部屋の前へとやってきた。
 桐三郎が扉の格子になっている部分から中を覗いたが、いくら夜行性の妖怪でも、昼間の日の光に慣れてしまった目では中は暗くて様子が分からなかった。
 「開けろ! 」
 桐三郎が手下の狸に言うと「へい」と桐三郎に一礼をしてガチャガチャと鍵を回し扉を開けた。
 中に入った桐三郎が目を凝らしてお可奈とおみつを探すが、見当たらない。
 「おい、娘達はどうした。いないじゃないか」
 桐三郎は振り返り傍にいた手下の狸を鋭い視線で見つめた。
 あまりにも強い眼力に怒りの矛先にいた狸は震え上がった。
 「そんなことがある訳は」
 慌て手下の狸共が部屋の中に入り暗い部屋の中を右往左往と探したのだが、お可奈とおみつのその姿はなかった。
 「ばかやろう! 逃げたじゃないか!」
 美しく着飾っている中にある恐ろしい様相の桐三郎が姿を現して、怒りは勢いを増していく。
 「すんません!」
 頭を地べたにこすり付けんばかりに下げた狸を桐三郎は一蹴りすると、部屋の中ゆっくりと歩き始めた。
 桐三郎に蹴られた狸は、桐三郎の後を糞のように付いて回りながら言い訳がましく言った。
 「この部屋から出たはずはないんですが、なあ」
 他の手下に同意を求めるように振り向いて言うと、他の手下達も口々に言った。
 「鍵はかかってるし、この部屋までは一本道だし。誰も二人を見たものはいないと思うんですが」
 「大体、ここはどん詰まりで逃げるって言ったって無理な話だと思うんですよ。お頭の考えなすった棲み処に落ち度なんてありゃーしませんし」
 桐三郎の機嫌をこれ以上損ねないように狸たちは気を使いながら話していた。
 「ならば、誰ぞが逃がしたとしか考えられえないではないか。お前たちの誰かが逃がしたのか!」
 桐三郎の声が一層大きく荒くなる。
 「めっめっそーもない」
 狸たちは桐三郎の怒りを重ねさせてしまったのかとそろって首を縮めた。
 「だが、実際いないではないか。」
 厳しい口調で言った桐三郎の足がぴたりと止まった。
 「これは……」
 桐三郎は部屋の隅にある何やら小さい、大人の親指にも満たないわらのような物を見つけた。
 それは何もない空間よりほんの少しだけ顔を覗かせていた。
 お可奈とおみつを縛っていた縄だ。
 縄がほんの一部、空間から見えていたのだ。
 「う~ん、なるほど。頭隠して尻隠さずだな」
 お可奈達消えた事の何かを見つけた桐三郎が、にやりと笑ったのは言うまでもなかった。
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