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其の三の三
①
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ナナ太郎とお可奈は暗い闇の中を歩いていた。
もちろん気を失ったままでいるおみつも一緒だった。
お可奈は、ナナ太郎とはぐれないようにナナ太郎の着物の袖を掴み、ナナ太郎のその両腕はおみつを抱えていた。
あの牢屋のような暗い部屋の何もない空間から突然現れたナナ太郎。
お可奈と気を失ってしまったおみつの縄を解き、またその空間へと入り込んで洞窟のような隠し部屋から逃げていた。
目が慣れても周りがまったく見えない闇の中にいると言うのに、不思議なことにナナ太郎の姿だけは蒼白く浮かんで見えていた。
「ここらへんかな」
ナナ太郎はおみつをそっと下に置き、これまた何もない空間に手をかざしたかと思うと、今度はそのまま真っ直ぐにその空間へとグイと腕を突き刺した。
ナナ太郎の真っ直ぐに伸ばした腕は半分消えていた。
ナナ太郎は大きくうんと頷きその空間から腕を引き抜くように元に戻すと、消えたと思った腕は元通りとなる。
目を丸くしてその様子をお可奈は見ていた。
暗いあの部屋で最初に見た手はこうして現れた手だったのかと、今更ながら納得していた。
そんなお可奈の視線を気に留めず、ナナ太郎は再びおみつを抱え、先程腕を突き刺したと思われる空間へ入っていった。
当然、ナナ太郎の袖を掴んでいるお可奈も導かれるようにその中へ足を踏み入れる。
すると、目の前にお可奈が見たことがある部屋が広がっていた。
小間物問屋花田屋のおみつの部屋である。
「ここ、おみっちゃんの部屋だわ」
「そうです」
ナナ太郎は、おみつをそっと畳の上におろすと、おみつの顔を覗きこんだ。
「おまじないをしておきましょう」
ブツブツと小声で呪文のような言葉を発し、次に、人指し指と中指を立てておみつの顔の前を右から左へひゅうと風を切るように動かした。
「えい!」
ナナ太郎のやることなすことすべて不思議だらけだとお可奈は思った。
「何のおまじないなの?」
「これでおみつさんは、本所に行ったことも、あの狸の穴蔵に監禁されていた事もすべて忘れることになります」
「忘れるって、どこらへんまで?」
お可奈は食いつくように聞いた。
「……またお可奈さんと楽しく毎日を過ごすようになるってことです。さ、長居は無用、今度はお可奈さんのところまで送っていきます。為松さんが首を長くして待ってますよ」
「為松ちゃんが?」
お可奈は一瞬どきりとした。
ナナ太郎にたくさん訊ねたいことがあったが、為松の名を聞きまずはそちらの方に気持ちが向いた。
「そう、為松さんの慌てようったらなかったんですよ。偽物のお可奈さんが家にいると暗闇坂の私のところへ訪ねてきたのですから」
「あの怖がりの為松ちゃんが暗闇坂に? …為松ちゃん、私に成りすましていた偽者の事、気づいてくれたんだ」
いつもの威勢のいいお可奈は少し影を潜め神妙な面持ちとなった。
「そう、為松さんだけ気づいていました。他の誰も気づかなかったのに」
「おとっつぁんやおっかさんも気付かなかった……」
「そう、それだけあの狸の奴は上手くやってたんです。だけど、為松さんだけは気付いたんですよ」
お可奈は、捕らわれていた時、常に為松の名前を心に思っていた自分を思い出した。
為松の事を思いだすとなんだか今まで感じた事のない不思議な気持ちがしていた。
「さあ、早く為松さんのところに戻りましょう」
ナナ太郎がまたその空間の中に入って行こうとするので、慌ててお可奈はナナ太郎の袖を掴んだ。
お可奈は今までのような勢いはなく殊勝な様子でナナ太郎の後を付いて行く。次はたぶん自分の部屋に行くのだろうと思った。
暗闇の中を歩きながら、お可奈は、もしかしたら今まであった事もこの不思議な気持ちも何もかも、おみつのように分からなくなるのではと、一歩また一歩と歩くにつけ言いようもない不安に陥っていった。
「ナナ太郎さん」
「なんですか」
「私も何も覚えてないの? 忘れちゃうの? 」
「…………。」
ナナ太郎が答えなかったので、お可奈はさらに不安になってもう一度聞いた。。
「私の記憶も消しちゃうの? 」
「覚えていないほうがいい事もあります……」
「確かに、辛かった事は忘れた方がいい事もあると思うけど、私は、ナナ太郎さんを忘れたくはないわ。それに為松ちゃんのしてくれた事も……」
そう言ったところでお可奈は心がチクンと痛んだ。
ナナ太郎の事で心臓が痛むのかそれとも為松の事でなのかはよく分からなかった。
もちろん気を失ったままでいるおみつも一緒だった。
お可奈は、ナナ太郎とはぐれないようにナナ太郎の着物の袖を掴み、ナナ太郎のその両腕はおみつを抱えていた。
あの牢屋のような暗い部屋の何もない空間から突然現れたナナ太郎。
お可奈と気を失ってしまったおみつの縄を解き、またその空間へと入り込んで洞窟のような隠し部屋から逃げていた。
目が慣れても周りがまったく見えない闇の中にいると言うのに、不思議なことにナナ太郎の姿だけは蒼白く浮かんで見えていた。
「ここらへんかな」
ナナ太郎はおみつをそっと下に置き、これまた何もない空間に手をかざしたかと思うと、今度はそのまま真っ直ぐにその空間へとグイと腕を突き刺した。
ナナ太郎の真っ直ぐに伸ばした腕は半分消えていた。
ナナ太郎は大きくうんと頷きその空間から腕を引き抜くように元に戻すと、消えたと思った腕は元通りとなる。
目を丸くしてその様子をお可奈は見ていた。
暗いあの部屋で最初に見た手はこうして現れた手だったのかと、今更ながら納得していた。
そんなお可奈の視線を気に留めず、ナナ太郎は再びおみつを抱え、先程腕を突き刺したと思われる空間へ入っていった。
当然、ナナ太郎の袖を掴んでいるお可奈も導かれるようにその中へ足を踏み入れる。
すると、目の前にお可奈が見たことがある部屋が広がっていた。
小間物問屋花田屋のおみつの部屋である。
「ここ、おみっちゃんの部屋だわ」
「そうです」
ナナ太郎は、おみつをそっと畳の上におろすと、おみつの顔を覗きこんだ。
「おまじないをしておきましょう」
ブツブツと小声で呪文のような言葉を発し、次に、人指し指と中指を立てておみつの顔の前を右から左へひゅうと風を切るように動かした。
「えい!」
ナナ太郎のやることなすことすべて不思議だらけだとお可奈は思った。
「何のおまじないなの?」
「これでおみつさんは、本所に行ったことも、あの狸の穴蔵に監禁されていた事もすべて忘れることになります」
「忘れるって、どこらへんまで?」
お可奈は食いつくように聞いた。
「……またお可奈さんと楽しく毎日を過ごすようになるってことです。さ、長居は無用、今度はお可奈さんのところまで送っていきます。為松さんが首を長くして待ってますよ」
「為松ちゃんが?」
お可奈は一瞬どきりとした。
ナナ太郎にたくさん訊ねたいことがあったが、為松の名を聞きまずはそちらの方に気持ちが向いた。
「そう、為松さんの慌てようったらなかったんですよ。偽物のお可奈さんが家にいると暗闇坂の私のところへ訪ねてきたのですから」
「あの怖がりの為松ちゃんが暗闇坂に? …為松ちゃん、私に成りすましていた偽者の事、気づいてくれたんだ」
いつもの威勢のいいお可奈は少し影を潜め神妙な面持ちとなった。
「そう、為松さんだけ気づいていました。他の誰も気づかなかったのに」
「おとっつぁんやおっかさんも気付かなかった……」
「そう、それだけあの狸の奴は上手くやってたんです。だけど、為松さんだけは気付いたんですよ」
お可奈は、捕らわれていた時、常に為松の名前を心に思っていた自分を思い出した。
為松の事を思いだすとなんだか今まで感じた事のない不思議な気持ちがしていた。
「さあ、早く為松さんのところに戻りましょう」
ナナ太郎がまたその空間の中に入って行こうとするので、慌ててお可奈はナナ太郎の袖を掴んだ。
お可奈は今までのような勢いはなく殊勝な様子でナナ太郎の後を付いて行く。次はたぶん自分の部屋に行くのだろうと思った。
暗闇の中を歩きながら、お可奈は、もしかしたら今まであった事もこの不思議な気持ちも何もかも、おみつのように分からなくなるのではと、一歩また一歩と歩くにつけ言いようもない不安に陥っていった。
「ナナ太郎さん」
「なんですか」
「私も何も覚えてないの? 忘れちゃうの? 」
「…………。」
ナナ太郎が答えなかったので、お可奈はさらに不安になってもう一度聞いた。。
「私の記憶も消しちゃうの? 」
「覚えていないほうがいい事もあります……」
「確かに、辛かった事は忘れた方がいい事もあると思うけど、私は、ナナ太郎さんを忘れたくはないわ。それに為松ちゃんのしてくれた事も……」
そう言ったところでお可奈は心がチクンと痛んだ。
ナナ太郎の事で心臓が痛むのかそれとも為松の事でなのかはよく分からなかった。
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