32 / 42
其の三の三
②
しおりを挟む
ナナ太郎さんがどんなおまじないを使おうと、私は絶対忘れない!
何が理由であってもとにかく忘れないでいたいと思ったお可奈は、心の中でそう固く決心をした。
傍にいたナナ太郎が無言で何かうなずいたような気がした。お可奈はナナ太郎の返事を言葉で聞くのが怖かったので、それ以上は聞かなかった。
しばらくするとナナ太郎の足が止まった。
また、首を傾げ少し考えたかと思うと先程おみつの部屋に入った時のように片腕を前に真っ直ぐに伸ばす。
空間にあるはずの腕は半分消えている。
そのまま腕を引き抜くことなくナナ太郎が空間に足を踏み入れようとした時だった。
「待てい!」
ナナ太郎を引き留める大声が暗闇の中で響き渡る。
お可奈とナナ太郎が同時に振り返ると、そこには闇にぽっかりと浮かぶように立っている桐三郎がいた。
「ナナ太郎さん! 桐三郎が追ってきた」
「お可奈さん、そこから一歩も動かないでください」
ナナ太郎はお可奈の手にそっと触れ、握っているナナ太郎袖を離すように促した。
そしてナナ太郎は桐三郎の立っているところに向き直ると、黙って桐三郎を睨みつけた。
「ほう、ずいぶんと力のある眼だ」
「何の用でしょう」
「まったく、どいつもこいつもマヌケな奴らだ。逃げ道を印すように縄を落としておくとは、お前らといい水虎といい、あきれるわ」
「ひとりで来たのですか? 」
「ふん。雷獣の又衛門の事か? それとも狸どものことか。お前ごときにぞろぞろと引き連れてやってくる事もあるまい。又衛門などはあとあと分け前がどうのと言われたらうるさくて仕方ないわ」
桐三郎は、その美しいと言われたお役者の顔とは思えない妖怪の形相に代わり始めていた。
「雷獣? やはり、あの水虎と出合った時に聞いた雷は雷獣が地上に降りた時の……」
「ふん、お前に用があるんじゃない。用があるのはそのお前の肝の中にあるものだ。空から見てもとても大きな力のある美しい光を放つその珠に用があるんだ」
桐三郎のその顔に加え爪もだんだん変化していく。
終いには鎌のような鋭く大きな爪と変わっり、腕を動かすとその鋭く大きな爪が シュウ と音を鳴らしながら風を切る。
「お前の肝に手を突っ込む事は簡単な事なのだが、その後が問題だ。怪我をせずにその珠を手に入れるのはなかなか難しい話のようだしな。水虎の二の舞はしたくはない」
「じゃあ、どうしようもないですね」
ナナ太郎は動じる事も凄む事も、表情一つも変わることなくさらりと言う。それがまた桐三郎をイラつかせ、むやみに大きな爪で空を切り切り裂くような風を起こしていた。
風は静かな闇に シュウ、シュウ と音を立てる。
「お前を殺してしまおうとも思ったのだが。その前に、お前が人なのか妖怪なのかと言うのも興味があるところだ」
そう言うとにやりと桐三郎は笑った。
「私の方はお前の事を知っています。お前の正体はかまいたち」
ナナ太郎は何事もないように常に淡々と話す。
形相を替え脅そうが、鋭い風をナナ太郎に向って吹かせようがナナ太郎は表情一つ変えずしゃらりとそこに立っていた。
ナナ太郎の振る舞いは桐三郎を更にイラつかせる。
「かまいたち様だ!言葉に気をつけな!! 」
お可奈は、桐三郎に気が付かれないように息をひそめてその様子を見ていた。
かまいたち……って妖怪じゃない。あいつ、ナナ太郎さんの事も妖怪って言ったような。ナナ太郎さんも妖怪なの? まさか……。
お可奈は自分の置かれている状況がとんでもない危ない状況であると知りつつも、どこかわくわくするような湧き上がる気持ちを抑える事ができななかった。
「問題はだ、お前にその珠を操る力があるのか、それともその珠が自らを操ってお前の中にいるのかと言う事だ。もしお前がその珠を操っている妖怪なのならば、お前を殺めるか、もしくはお前に勝てばそれですむ事。そしてその珠を手に入れて私がその珠を操ればいい」
にじり寄るようにナナ太郎の周りをじりじりと隙をうかがいながら動いている桐三郎である。ナナ太郎の方は動かずそれを何か風景でも見るように桐三郎を見ていた。
「もしお前が人間で、その力はその珠自体が持つものだとすれば、お前を殺しても珠の力は自由にならないのかもしれない……珠が宿り主を選んでいるというのならば、私がお前のように珠に選ばれれば良いと言う話しなのかもしれない。その珠に選ばれるにはどうしたら良いのかとは言っても…」
桐三郎は その爪でシュウ と風を切る。
その風ははナナ太郎の着物の裾に当たり、着物の裾は鋭い刃物で切られたように敗れた。それでもナナ太郎は動かず、その顔は無表情だった。
「だがどっちにしろ、お前を殺してしまえばよい事! 後の成り行きは、賭けという事だ! 」
また シュウ と風を切った桐三郎に、ナナ太郎は今度はひらりと身をかわした。
「この勾玉は私の父であり母でもあるのです。私が生きていくうえでの指針となる大事な珠。そして珠は私の一部です」
ナナ太郎は自分の口からすらりと出た思いもかけない言葉に驚いた。
自分がどこから来たのかと言う思いで両親の事が気になってはいたが、それ以外に普段あまり考えたことのない父と母と言う自分の言葉に動揺したのだった。
「一部? 一部とはどういうことだ? 俺様に教えてみろや! 」
桐三郎は、ナナ太郎のほんの少しの動揺に気づいて、話を続けようとしていた。
「そうです。血や肉や、この私の心と同じように……」
心と言ったナナ太郎はまた一瞬、戸惑いを感じた。
なぜ戸惑いを感じたのかその理由は分からなかった。
ナナ太郎に顔の一瞬の表情が出た時、その隙を桐三郎は見逃す事はなかった。
「ではお前がそれを操っているとみたー!!」
桐三郎はすばやく風を切るようにナナ太郎の肝めがけて飛び掛った。
桐三郎の手がずぶずぶと肝めがけて入っていったかと思う瞬間のことだった。ナナ太郎の肝から四方八方に光の帯が散ったかと思うと、ナナ太郎と桐三郎は光の渦の中にいた。
そこまではお可奈にもはっきりと見ることが出来た。
「ナナ太郎さん!」
思わず声を出してしまったお可奈であったが、しかし辺り一面おびただしい光に包まれて、どこもかしこもすべてが白く、お可奈の目には何も見えなくなった。
何が理由であってもとにかく忘れないでいたいと思ったお可奈は、心の中でそう固く決心をした。
傍にいたナナ太郎が無言で何かうなずいたような気がした。お可奈はナナ太郎の返事を言葉で聞くのが怖かったので、それ以上は聞かなかった。
しばらくするとナナ太郎の足が止まった。
また、首を傾げ少し考えたかと思うと先程おみつの部屋に入った時のように片腕を前に真っ直ぐに伸ばす。
空間にあるはずの腕は半分消えている。
そのまま腕を引き抜くことなくナナ太郎が空間に足を踏み入れようとした時だった。
「待てい!」
ナナ太郎を引き留める大声が暗闇の中で響き渡る。
お可奈とナナ太郎が同時に振り返ると、そこには闇にぽっかりと浮かぶように立っている桐三郎がいた。
「ナナ太郎さん! 桐三郎が追ってきた」
「お可奈さん、そこから一歩も動かないでください」
ナナ太郎はお可奈の手にそっと触れ、握っているナナ太郎袖を離すように促した。
そしてナナ太郎は桐三郎の立っているところに向き直ると、黙って桐三郎を睨みつけた。
「ほう、ずいぶんと力のある眼だ」
「何の用でしょう」
「まったく、どいつもこいつもマヌケな奴らだ。逃げ道を印すように縄を落としておくとは、お前らといい水虎といい、あきれるわ」
「ひとりで来たのですか? 」
「ふん。雷獣の又衛門の事か? それとも狸どものことか。お前ごときにぞろぞろと引き連れてやってくる事もあるまい。又衛門などはあとあと分け前がどうのと言われたらうるさくて仕方ないわ」
桐三郎は、その美しいと言われたお役者の顔とは思えない妖怪の形相に代わり始めていた。
「雷獣? やはり、あの水虎と出合った時に聞いた雷は雷獣が地上に降りた時の……」
「ふん、お前に用があるんじゃない。用があるのはそのお前の肝の中にあるものだ。空から見てもとても大きな力のある美しい光を放つその珠に用があるんだ」
桐三郎のその顔に加え爪もだんだん変化していく。
終いには鎌のような鋭く大きな爪と変わっり、腕を動かすとその鋭く大きな爪が シュウ と音を鳴らしながら風を切る。
「お前の肝に手を突っ込む事は簡単な事なのだが、その後が問題だ。怪我をせずにその珠を手に入れるのはなかなか難しい話のようだしな。水虎の二の舞はしたくはない」
「じゃあ、どうしようもないですね」
ナナ太郎は動じる事も凄む事も、表情一つも変わることなくさらりと言う。それがまた桐三郎をイラつかせ、むやみに大きな爪で空を切り切り裂くような風を起こしていた。
風は静かな闇に シュウ、シュウ と音を立てる。
「お前を殺してしまおうとも思ったのだが。その前に、お前が人なのか妖怪なのかと言うのも興味があるところだ」
そう言うとにやりと桐三郎は笑った。
「私の方はお前の事を知っています。お前の正体はかまいたち」
ナナ太郎は何事もないように常に淡々と話す。
形相を替え脅そうが、鋭い風をナナ太郎に向って吹かせようがナナ太郎は表情一つ変えずしゃらりとそこに立っていた。
ナナ太郎の振る舞いは桐三郎を更にイラつかせる。
「かまいたち様だ!言葉に気をつけな!! 」
お可奈は、桐三郎に気が付かれないように息をひそめてその様子を見ていた。
かまいたち……って妖怪じゃない。あいつ、ナナ太郎さんの事も妖怪って言ったような。ナナ太郎さんも妖怪なの? まさか……。
お可奈は自分の置かれている状況がとんでもない危ない状況であると知りつつも、どこかわくわくするような湧き上がる気持ちを抑える事ができななかった。
「問題はだ、お前にその珠を操る力があるのか、それともその珠が自らを操ってお前の中にいるのかと言う事だ。もしお前がその珠を操っている妖怪なのならば、お前を殺めるか、もしくはお前に勝てばそれですむ事。そしてその珠を手に入れて私がその珠を操ればいい」
にじり寄るようにナナ太郎の周りをじりじりと隙をうかがいながら動いている桐三郎である。ナナ太郎の方は動かずそれを何か風景でも見るように桐三郎を見ていた。
「もしお前が人間で、その力はその珠自体が持つものだとすれば、お前を殺しても珠の力は自由にならないのかもしれない……珠が宿り主を選んでいるというのならば、私がお前のように珠に選ばれれば良いと言う話しなのかもしれない。その珠に選ばれるにはどうしたら良いのかとは言っても…」
桐三郎は その爪でシュウ と風を切る。
その風ははナナ太郎の着物の裾に当たり、着物の裾は鋭い刃物で切られたように敗れた。それでもナナ太郎は動かず、その顔は無表情だった。
「だがどっちにしろ、お前を殺してしまえばよい事! 後の成り行きは、賭けという事だ! 」
また シュウ と風を切った桐三郎に、ナナ太郎は今度はひらりと身をかわした。
「この勾玉は私の父であり母でもあるのです。私が生きていくうえでの指針となる大事な珠。そして珠は私の一部です」
ナナ太郎は自分の口からすらりと出た思いもかけない言葉に驚いた。
自分がどこから来たのかと言う思いで両親の事が気になってはいたが、それ以外に普段あまり考えたことのない父と母と言う自分の言葉に動揺したのだった。
「一部? 一部とはどういうことだ? 俺様に教えてみろや! 」
桐三郎は、ナナ太郎のほんの少しの動揺に気づいて、話を続けようとしていた。
「そうです。血や肉や、この私の心と同じように……」
心と言ったナナ太郎はまた一瞬、戸惑いを感じた。
なぜ戸惑いを感じたのかその理由は分からなかった。
ナナ太郎に顔の一瞬の表情が出た時、その隙を桐三郎は見逃す事はなかった。
「ではお前がそれを操っているとみたー!!」
桐三郎はすばやく風を切るようにナナ太郎の肝めがけて飛び掛った。
桐三郎の手がずぶずぶと肝めがけて入っていったかと思う瞬間のことだった。ナナ太郎の肝から四方八方に光の帯が散ったかと思うと、ナナ太郎と桐三郎は光の渦の中にいた。
そこまではお可奈にもはっきりと見ることが出来た。
「ナナ太郎さん!」
思わず声を出してしまったお可奈であったが、しかし辺り一面おびただしい光に包まれて、どこもかしこもすべてが白く、お可奈の目には何も見えなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる