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其の三の四
①
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ナナ太郎は、そのおびただしい光を発するその中にいた。
光の源はナナ太郎の肝に埋め込んである勾玉である。
かまいたちの桐三郎は、まぶしくて目も開けられずにいた。
桐三郎はナナ太郎がどこにいるのかその位置を確認できなかった。
目を閉じても、その光は入り込んでくるように目の前を明るくしている。
桐三郎はナナ太郎を攻撃することもできず、片手は両目を覆いもう片手は宙を左右にかきむしっていた。
「目が、目、目が潰れてしまう!」
その桐三郎の様子を冷めた目でナナ太郎は見ていた。
光は強く、桐三郎の身体をも刺すように照らす。桐三郎は目を開けることもできず苦しみながらもがき転がり始めた。
あえいでいる桐三郎をただただ見つめていたナナ太郎だったが、しばらくするとどこからかすかなに声が聞こえてくるのに気付いた。
その声は次第に大きくナナ太郎の耳と心に呼びかけてくる。
許してやる気持ちはないか
「許す? なにをです?」
声ははっきりと音をもって聞こえるようになった。
「そのものとて、この世界に息するものに変わりない。 情をかけてやっても良いのではないか」
「…性根が悪いのです。直るものでもないでしょう」
その声の主が誰の声なのかとも思わず、ナナ太郎はさらりと言いかわした。
「確かにな……だが正義の名の下におまえが罰を与える時、露ほどの情も感じられない冷ややかな心は良い事とは思えないのだが」
「私にそのような事を言うあなたは……?」
ナナ太郎は、話をしているうちにその聞こえてくる声の響きに何か懐かしいような気持ちになっていた。
俄かに声の主が気になり始め、声の主を探そうと周りを見た。
すると光の向こうの奥にかすかな人影が見える。その人影の方へ行こうとするが足は一歩も動かなかった。
「……私はお前の肝の中に珠を埋め込んだ者である」
「では! では、もしや父上でございますか!」
突然の話に、尋ねるナナ太郎の声は高揚した。
そして、ナナ太郎には珠から発する光がほんの少し揺れたように気がした。
「そのようなものだな。父が恋しいか?」
声は珠の中から発せられているように思えた。
「私の生い立ちを知りたいのでございます」
「そうであろうな。おまえは父が恋しい訳ではない。私のことが懐かしいと思う気持ちでさえ、人のそれとは違うのだろう。もともとの自分の居場所を思い出したいだけなのだ。自分がどうしてここに、この世にいるかを知りたいだけ。おまえに深い感情と言うものはない。そう聞いてがっかりするならば、それは『がっかりする』という感情を、生まれ出る時に組み込まれただけ。心からのものではないのだ。父と言う言葉を聞いた時の反応は、他の人間達と同じように父がいると思いたいということ。お前は頭で考えているだけなのだ。だが本当に、少しでもそのように思いたいと言う気持ちがあるならば、お前にも救われる道があるというもの。その苦しんでいる妖しの者をもう一度見て、少し考えてみてはどうか」
「許すのですか? このかまいたちに恩など感じる気持ちがあるのでしょうか 」
‘恩を感じる’と言う言葉にナナ太郎は、ふと、その意味合いを考えたが、はっきりとした考えが出てこなかった。
桐三郎に目をやると、もがき苦しんでいる姿が目に入ったが、ナナ太郎にはなんの感情も湧き上がってこなかった。
「これから感情と言うものを形成していかなければ、お前は人間としての命を全うする事はできない。万物、つまりこの世におけるありとあらゆるすべてのものは、五行、すなわち木・火・土・金・水に属しており、それぞれが影響しあって成り立っておる。お前は、残念ながらそのどれにも属していないのだ。お前が存在する為にはまだまだ修行が、努力が必要である。この先、感情と言うものを手に入れなければ、永遠にお前は人間でもなければ妖しの者でもない存在としてこの世界をさまよう事となろう。お前の肝に勾玉を埋め込んだのはこの私。その勾玉はお前の持つ元々の力を封じ込み、この世の役に立つ為の力を与える。そして、知恵と勇気を与えてくれ、お前の生きる糧となる。お前の傍に付いて教えてやる事のできない私の代わりなのだ。赤児の時から母親に育てられ、一から生きる術を学ぶ命ある者達とは違う一生を送るお前にとって、その勾玉は父であり母でもある。生きる為の学ぶ術をその勾玉から貰うと良い。人間としての感情を得る為にその勾玉を使のだ。そして私はいつだってお前を見守っている。」
「父上! 父上は……!」
ナナ太郎は、その後に続く言葉に迷っていた。
光の向こうにかすかに見える人物が自分の父親であるならば、自分はいったい何者なのか。
父親は何者なのか。
母はどこにいるのか。
どうして自分がここにいるのか。
人間になる為に得なければいけない感情というのは、どうすれば得られるのか。
ナナ太郎には聞きたい事が山ほどあった。
私に感情がない?
ではこの父を懐かしいと思う気持ちは感情ではないと言うのだろうか。
何か、今ここに存在する前に……以前、安堵する場所があったことを懐かしむようなこの気持ちはなんだというのだろうか。
光の向こうの人物が、大きく手を前へ振ったように見えた。
すると、ナナ太郎の目の前で苦しんでいたはずのかまいたちの姿が光の中から消えた。
そして、懐かしい声の主も光の向こうのそのまた向こうに去っていった。
光の源はナナ太郎の肝に埋め込んである勾玉である。
かまいたちの桐三郎は、まぶしくて目も開けられずにいた。
桐三郎はナナ太郎がどこにいるのかその位置を確認できなかった。
目を閉じても、その光は入り込んでくるように目の前を明るくしている。
桐三郎はナナ太郎を攻撃することもできず、片手は両目を覆いもう片手は宙を左右にかきむしっていた。
「目が、目、目が潰れてしまう!」
その桐三郎の様子を冷めた目でナナ太郎は見ていた。
光は強く、桐三郎の身体をも刺すように照らす。桐三郎は目を開けることもできず苦しみながらもがき転がり始めた。
あえいでいる桐三郎をただただ見つめていたナナ太郎だったが、しばらくするとどこからかすかなに声が聞こえてくるのに気付いた。
その声は次第に大きくナナ太郎の耳と心に呼びかけてくる。
許してやる気持ちはないか
「許す? なにをです?」
声ははっきりと音をもって聞こえるようになった。
「そのものとて、この世界に息するものに変わりない。 情をかけてやっても良いのではないか」
「…性根が悪いのです。直るものでもないでしょう」
その声の主が誰の声なのかとも思わず、ナナ太郎はさらりと言いかわした。
「確かにな……だが正義の名の下におまえが罰を与える時、露ほどの情も感じられない冷ややかな心は良い事とは思えないのだが」
「私にそのような事を言うあなたは……?」
ナナ太郎は、話をしているうちにその聞こえてくる声の響きに何か懐かしいような気持ちになっていた。
俄かに声の主が気になり始め、声の主を探そうと周りを見た。
すると光の向こうの奥にかすかな人影が見える。その人影の方へ行こうとするが足は一歩も動かなかった。
「……私はお前の肝の中に珠を埋め込んだ者である」
「では! では、もしや父上でございますか!」
突然の話に、尋ねるナナ太郎の声は高揚した。
そして、ナナ太郎には珠から発する光がほんの少し揺れたように気がした。
「そのようなものだな。父が恋しいか?」
声は珠の中から発せられているように思えた。
「私の生い立ちを知りたいのでございます」
「そうであろうな。おまえは父が恋しい訳ではない。私のことが懐かしいと思う気持ちでさえ、人のそれとは違うのだろう。もともとの自分の居場所を思い出したいだけなのだ。自分がどうしてここに、この世にいるかを知りたいだけ。おまえに深い感情と言うものはない。そう聞いてがっかりするならば、それは『がっかりする』という感情を、生まれ出る時に組み込まれただけ。心からのものではないのだ。父と言う言葉を聞いた時の反応は、他の人間達と同じように父がいると思いたいということ。お前は頭で考えているだけなのだ。だが本当に、少しでもそのように思いたいと言う気持ちがあるならば、お前にも救われる道があるというもの。その苦しんでいる妖しの者をもう一度見て、少し考えてみてはどうか」
「許すのですか? このかまいたちに恩など感じる気持ちがあるのでしょうか 」
‘恩を感じる’と言う言葉にナナ太郎は、ふと、その意味合いを考えたが、はっきりとした考えが出てこなかった。
桐三郎に目をやると、もがき苦しんでいる姿が目に入ったが、ナナ太郎にはなんの感情も湧き上がってこなかった。
「これから感情と言うものを形成していかなければ、お前は人間としての命を全うする事はできない。万物、つまりこの世におけるありとあらゆるすべてのものは、五行、すなわち木・火・土・金・水に属しており、それぞれが影響しあって成り立っておる。お前は、残念ながらそのどれにも属していないのだ。お前が存在する為にはまだまだ修行が、努力が必要である。この先、感情と言うものを手に入れなければ、永遠にお前は人間でもなければ妖しの者でもない存在としてこの世界をさまよう事となろう。お前の肝に勾玉を埋め込んだのはこの私。その勾玉はお前の持つ元々の力を封じ込み、この世の役に立つ為の力を与える。そして、知恵と勇気を与えてくれ、お前の生きる糧となる。お前の傍に付いて教えてやる事のできない私の代わりなのだ。赤児の時から母親に育てられ、一から生きる術を学ぶ命ある者達とは違う一生を送るお前にとって、その勾玉は父であり母でもある。生きる為の学ぶ術をその勾玉から貰うと良い。人間としての感情を得る為にその勾玉を使のだ。そして私はいつだってお前を見守っている。」
「父上! 父上は……!」
ナナ太郎は、その後に続く言葉に迷っていた。
光の向こうにかすかに見える人物が自分の父親であるならば、自分はいったい何者なのか。
父親は何者なのか。
母はどこにいるのか。
どうして自分がここにいるのか。
人間になる為に得なければいけない感情というのは、どうすれば得られるのか。
ナナ太郎には聞きたい事が山ほどあった。
私に感情がない?
ではこの父を懐かしいと思う気持ちは感情ではないと言うのだろうか。
何か、今ここに存在する前に……以前、安堵する場所があったことを懐かしむようなこの気持ちはなんだというのだろうか。
光の向こうの人物が、大きく手を前へ振ったように見えた。
すると、ナナ太郎の目の前で苦しんでいたはずのかまいたちの姿が光の中から消えた。
そして、懐かしい声の主も光の向こうのそのまた向こうに去っていった。
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