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其の三の五
①
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そろそろ七つ、申の刻にもなろうか。
お可奈の部屋の前にまんじりともせずに正座をして待っているのは為松である。
長い時間待つと言うのは辛い事。
ましてや何がどうなっているのか何一つ分からない。
そのような状況のなか為松はいても立ってもいられなかった。
だが、いつ、何時、誰がやって来てこのお可奈の部屋を覗くとも限らないと思うと、動く訳にもいかないと思っていた。
案の定、昼時にお糸が様子を見に来たので、即刻、ナナ太郎からもらったおまじないのお守り袋をかざして追い払った。
それにしても長い時間だ。
「朝、梅吉さんと帰ってきてから、偽お可奈ちゃんを追っ払って部屋の中に入っていったのが四つ(9-11時)ぐらいだったと思うんだけど。」
為松はみんなが中を覗かないようにと番をしていたが、実は為松自身は一度お可奈の部屋を覗いていた。
部屋の中は障子で閉ざしているので薄暗く静まり返り、やはりと言うか誰もいない。
為松が覗いたからと言って特に何かが起きる訳ではなかった。
「きっと、また覗いたってどうと言う事はないはず。もう一度、もう一度中の様子を少し見てみよう。」
あまりにも長く待たされていたので、もう一度部屋を覗いてみたいと思った。
為松は、自分がこの部屋を覗く分には特にとがめられる事がないとだろうと考え、お可奈の部屋の障子をほんの少し開けて中を覗いた。
おそるおそる見た部屋の中は、朝と様子は変わっていなかった。
今度は、先ほど覗いた時よりもっとよく調べてみよう、と思い切って為松は部屋の中へと入ってみた。
部屋は……この部屋に入った筈のナナ太郎の姿はどこにもなく、先ほどと同じく物音一つせずに薄暗かった。
寒い季節であるので人気のない部屋は寒いのは当たり前なのだが、今日はなお更にひんやりとした空気で包まれているように思えた。
部屋の主人の帰りを静かに待っているようにも感じる空間だった。
その薄暗い部屋に突然、白い、人の手が宙に浮かぶ。
「あっ、ひっ……」
それを見た為松は腰が抜けそうなほど驚き言葉にならない声を出した。
もともと怖がりの為松だ。逃げようにも足が動かない。
前にも後ろにも畳に足が張り付き一歩も出せない固まってしまった状態だ。
動けない為松は、その「手」から目も張り付いたまま離せなくなった。
為松は声も出せずに見ていた。
すると、手が浮かんでいたその場所からナナ太郎が現れ、続いてお可奈がひょいと出て来た。
為松の目には二人が空間から突然に現れたように見えた。
「お、おっ、お可奈ちゃん!」
やっとのことで絞り出した声は裏返っていた。
「あ~為松ちゃん、心配させて悪かったわね~」
お可奈の明るい声が為松の緊張を解きほぐし、そして為松は今にも泣き出しそうな声を出した。
「お可奈ちゃん。本当に心配したんだよ~。いったいどこへ行っちゃってたんだい?」
「ん~、芝居見物に行って、本物のおみっちゃんに会って、そんでもって逃げてきた」
簡単な説明ではあったが、為松はギョッとして泣き顔だった顔が引き締まった。
「逃げてきたって、やっぱり誰かに捕まってたの?」
「まあね」
何日も監禁されていたはずのお可奈だったが、そんなことも感じさせずにからっとしている、それがこのお可奈の良い所だ。
「なんでそんなに平気な顔してんのさ! もう、こっちがどれほど心配したか」
真剣な顔をして怒っている為松を見たお可奈はいつもの威勢のいい反撃はなく、意外にも素直に為松の話を聞いていた。
「心配してくれたんだ、為松ちゃん……」
「そうだよ、いつの間にか偽物のお可奈ちゃんが部屋に居座ってるし」
「偽物の? そうだろうと思った。あのおみっちゃんみたいなやつでしょ? 」
「そう。あの偽お可奈ちゃんはおみっちゃんどころじゃなくてさ。この部屋で大いばりして大変だったんだから。でも、やっぱりお可奈ちゃんを捕まえてたのは、あの偽お可奈ちゃんだった狸の仲間なんでしょ」
「まあ、私の代わりにここにいたのは狸なの?」
「そうなんだ。それがさ、お可奈ちゃんにそっくりなんだけど、お可奈ちゃんとは似ても似つかない奴でさ。でも、私しか偽者って気が付かないんだよ。店の人間はもちろんの事、旦那さんもおかみさんも気づかなかったんだ」
「…為松ちゃんだけが気が付いた……」
お可奈の部屋の前にまんじりともせずに正座をして待っているのは為松である。
長い時間待つと言うのは辛い事。
ましてや何がどうなっているのか何一つ分からない。
そのような状況のなか為松はいても立ってもいられなかった。
だが、いつ、何時、誰がやって来てこのお可奈の部屋を覗くとも限らないと思うと、動く訳にもいかないと思っていた。
案の定、昼時にお糸が様子を見に来たので、即刻、ナナ太郎からもらったおまじないのお守り袋をかざして追い払った。
それにしても長い時間だ。
「朝、梅吉さんと帰ってきてから、偽お可奈ちゃんを追っ払って部屋の中に入っていったのが四つ(9-11時)ぐらいだったと思うんだけど。」
為松はみんなが中を覗かないようにと番をしていたが、実は為松自身は一度お可奈の部屋を覗いていた。
部屋の中は障子で閉ざしているので薄暗く静まり返り、やはりと言うか誰もいない。
為松が覗いたからと言って特に何かが起きる訳ではなかった。
「きっと、また覗いたってどうと言う事はないはず。もう一度、もう一度中の様子を少し見てみよう。」
あまりにも長く待たされていたので、もう一度部屋を覗いてみたいと思った。
為松は、自分がこの部屋を覗く分には特にとがめられる事がないとだろうと考え、お可奈の部屋の障子をほんの少し開けて中を覗いた。
おそるおそる見た部屋の中は、朝と様子は変わっていなかった。
今度は、先ほど覗いた時よりもっとよく調べてみよう、と思い切って為松は部屋の中へと入ってみた。
部屋は……この部屋に入った筈のナナ太郎の姿はどこにもなく、先ほどと同じく物音一つせずに薄暗かった。
寒い季節であるので人気のない部屋は寒いのは当たり前なのだが、今日はなお更にひんやりとした空気で包まれているように思えた。
部屋の主人の帰りを静かに待っているようにも感じる空間だった。
その薄暗い部屋に突然、白い、人の手が宙に浮かぶ。
「あっ、ひっ……」
それを見た為松は腰が抜けそうなほど驚き言葉にならない声を出した。
もともと怖がりの為松だ。逃げようにも足が動かない。
前にも後ろにも畳に足が張り付き一歩も出せない固まってしまった状態だ。
動けない為松は、その「手」から目も張り付いたまま離せなくなった。
為松は声も出せずに見ていた。
すると、手が浮かんでいたその場所からナナ太郎が現れ、続いてお可奈がひょいと出て来た。
為松の目には二人が空間から突然に現れたように見えた。
「お、おっ、お可奈ちゃん!」
やっとのことで絞り出した声は裏返っていた。
「あ~為松ちゃん、心配させて悪かったわね~」
お可奈の明るい声が為松の緊張を解きほぐし、そして為松は今にも泣き出しそうな声を出した。
「お可奈ちゃん。本当に心配したんだよ~。いったいどこへ行っちゃってたんだい?」
「ん~、芝居見物に行って、本物のおみっちゃんに会って、そんでもって逃げてきた」
簡単な説明ではあったが、為松はギョッとして泣き顔だった顔が引き締まった。
「逃げてきたって、やっぱり誰かに捕まってたの?」
「まあね」
何日も監禁されていたはずのお可奈だったが、そんなことも感じさせずにからっとしている、それがこのお可奈の良い所だ。
「なんでそんなに平気な顔してんのさ! もう、こっちがどれほど心配したか」
真剣な顔をして怒っている為松を見たお可奈はいつもの威勢のいい反撃はなく、意外にも素直に為松の話を聞いていた。
「心配してくれたんだ、為松ちゃん……」
「そうだよ、いつの間にか偽物のお可奈ちゃんが部屋に居座ってるし」
「偽物の? そうだろうと思った。あのおみっちゃんみたいなやつでしょ? 」
「そう。あの偽お可奈ちゃんはおみっちゃんどころじゃなくてさ。この部屋で大いばりして大変だったんだから。でも、やっぱりお可奈ちゃんを捕まえてたのは、あの偽お可奈ちゃんだった狸の仲間なんでしょ」
「まあ、私の代わりにここにいたのは狸なの?」
「そうなんだ。それがさ、お可奈ちゃんにそっくりなんだけど、お可奈ちゃんとは似ても似つかない奴でさ。でも、私しか偽者って気が付かないんだよ。店の人間はもちろんの事、旦那さんもおかみさんも気づかなかったんだ」
「…為松ちゃんだけが気が付いた……」
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