暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

文字の大きさ
36 / 42
其の三の五

しおりを挟む
 お可奈はあの暗い部屋に捕まっていた時に、何度も何度も為松の名前を心の中で唱えていた自分を思い出した。
 その気持ちはお可奈の心の支えとなっていた。
 為松はお可奈の微妙な心の変化に気づかずにこれまでのいきさつの話続けた。
 「それで、これはあの河童を退治したナナ太郎さんじゃなきゃ無理だ。なんとかナナ太郎さんを探し出さなきゃって思ってさ。運よく、大工の梅吉さんからナナ太郎さんの話を聞いてナナ太郎さんのところへ訪ねていく事が出来たって訳なんだ。その後はナナ太郎さんがお可奈ちゃんを探しに行くっていうから、私もついて行きたかったんだけどさ、ここで待っててッていうからさ。ずいぶん待ったんだよ」
 「そうか、やっぱりナナ太郎さんだよね」
 そう言ってナナ太郎の方を振り返ると、そこにナナ太郎はいなかった。
 お加奈と為松が、二人、長い間会わなかった時間、何をしていたか埋めるように話している間に姿を消してしまったのだった。
 夕暮れになり薄暗くなった部屋にはお可奈と為松、ただ二人だけだった。
 「ナナ太郎さんが消えた!」
 慌てふためいて為松が言った。
 「……きっと帰ったのよ」
 ナナ太郎が消えた事をいつもだったら大騒ぎしそうなお加奈だが、お加奈は落ち着いていた。
 お可奈はナナ太郎が消えたことよりも別の事が頭をめぐり嬉しかったのである。

 私の記憶は消さなかったんだ。

 今、ナナ太郎の姿が無いと言うことは、記憶を消されなかったという事。
 もし記憶を消されるのならもうとっくに消されているはずだと思った。
 心の中でお可奈は記憶をそのままにしておいてくれたナナ太郎に感謝した。
 そんなお可奈よりもナナ太郎がいないことに驚いていたのは為松の方だった。
 「帰ったって、この部屋から出て行ってないじゃないか」
 「あの弁慶濠の時と同じ。闇の中を歩いて帰ったんだと思う」
 「あの弁慶濠……」
 為松は、あの夜の不思議を思い出した。
 ナナ太郎はいったい何者なんだろうと思っていたものの、その答えに蓋をしている自分がいる。怖がりの為松はナナ太郎の素性についてはあまり深く考えないようにしていた。
 「あの人は、もしかしたら人ではないのかもしれない…」
 お可奈がポツリと言った。
 為松はちょっと不満そうに「じゃあ、何だというの?」と言い返す。為松は、あのナナ太郎が人じゃないなんてあってはならないと思っていた。
 お可奈はその言葉に返事をしなかった。
 ずっと黙っているお可奈の目を覗き込んで為松は答えを待っていた。
 「あの人は……」
 やっぱり人なのだと言おうとしてお可奈はまた黙った。今日、自分が目にしたことは人がやれる事なのだろうかと思い、そこでまた考え込んだのだった。
 まったくお可奈らしくない様子である。
 「お可奈ちゃんを救ってくれた人だよ。それ以外になにもない」
 何時になく為松がきっぱりとした口調だったので、お可奈もそれ以上は言わなかった。
 「為松ちゃん、ナナ太郎さんにお礼をしに行かなくちゃね。居場所は分かってるんでしょう?」
 「うん。梅吉さんの住む長屋。梅吉さんの隣だよ。なんだかあったかい感じのする長屋だったよ」
 「じゃあ、明日にでも二人で行きましょうよ。それから、今日の事はないしょにね」
 「分かってる。こんな事、誰かに言ったって誰も信じてくれやしないよ」
 お可奈と為松は顔を見合っていた。
 口には出さなかったが安堵している自分をお互いが感じていたのだった。
 二人の間に暖かな時間が流れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...