ちょっぴり奇妙なお話集 

夏実朋可

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残業①

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 深夜十二時を回って、そのオフィスの警備を担当する男は見回りを始めた。
 男はとっくに定年を過ぎていたが、会社の意向により働き続けていた。
 退職して次の職場を探すより、慣れた職場で働き続けていた方が身も心も楽には違いないのだが、この歳だ。昼間の勤務なら続けたいがここでは夜勤は外せない。このままでは先行き身体が辛くなるだろう。早いうちに次を探さないと、今ならできる転職も無理になるかもしれない。そう思うと、次々と辞めていく同僚に焦りを感じていた。
 男は今日もいつもの時間にいつものようにビルを見回る。
 それは、どのフロアに行ってもシンと静まり返り、昼間の喧騒からは想像ができない夜のオフィスの顔だった。
 コツコツと自分の足音だけが響く。
 その音が小気味よくもまた不気味にも思えた。
 「次は4階か……」
 男は思い出していた。
 次の見回りのフロアの4階は、3ヶ月前まで不夜城のように明かりが消える間もなく、朝方まで働く人々がいた。
 そう、その会社は経営不振で社員一同、四苦八苦して再建を進めていたが、その努力も実らず倒産してしまったのだ。
 その会社は、最初は小さな商社だった。
 さまざまな商品を取り扱ってはいたが、扱っていた商品の中に健康食品があった。
 その健康食品の一つが当たって一躍有名となった会社だった。
 規模はどんどん大きくなり、都会の一等地のこのオフィスビルに引っ越してきたのは、5年前の事だった。
 健康食品を扱う会社といえば胡散臭い会社も多いが、ここは真面目でお客からも信用を得ていた。そのあまりにも実直な経営方針が、倒産、という道に踏み込んでしまった一つの理由なのかもしれない。
 
 男は、ここのところいつも以上に夜勤が多い。
 男の勤めている警備会社のシステムは、早番・遅番・夜勤とシフト性になっていて、交代で夜勤を行うようになっていた。ところが、不夜城だった4階の会社が倒産により静まり返るようになってから、次々と夜勤を断る者が出てくるようになった。
 妻が寝込んでいて子供の面倒を見る者がいないとか、親が病気だとか何かと理由をつけて交代したがる。夜勤をなるたけするようにと指導してもドタキャンする。無理強いをすると警備会社を辞めていく者まで出てきた。
 夜勤を断らない男は重宝がられて、殆ど毎日、夜勤専門に勤務するようになっていた。とは言え、コンビを組んでの勤務。毎日違う相手ではあったが一人で夜勤をしている訳ではなかった。
 だが、見回りは男一人。というのも、他のものの夜勤の条件が見回らないと言う事だったからだ。
 仕方なく、男は毎日ひとりでこの大きなオフィスビルを見回っていた。
 エレベーターが4階で停まる。
 エレベーターの扉が開くと、パチパチと軽快なパソコンのキーを叩く音がしてきた。
 ガランとしたフロアの真ん中で、一人の、歳は三十になるかならないかと思われる男が熱心に仕事をしていた。見回りに来た警備員の男に気が付き、その手を止める。
 「せいがでますね」と警備の男が言うと、若い男は振り向いて
 「いやあ、仕事ですから。明日の会議に間に合わせる為には仕方ないですよ」そう答えた。
 「間上さんこそ、身体を大事になさってください」警備の間上は、ちょうどその男の父親くらいの歳だろうか。男は気さくに答えた。
 「ありがとう。吉田君もな」
 その言葉を聴いて、吉田康文はまた机に向かいパソコンを打ち始めた。
 間上はパチパチと言うパソコンの音を聞きながら、フロアを一周見回った。
 再びエレベーターの前に来ると、吉田にもう一度声をかけた。
 「じゃあ」
 吉田は今度は振り向かずに軽く片手を挙げたかと思うとそのまま仕事を続けていた。
 いつも同じ会話だな。と間上は思った。
 全フロアを見回って警備員室に戻った間上に、今日、一緒に夜勤をしている若いアルバイトの浦沢が、お決まりの文句のように訪ねる。
 「どうでした?」
 「今日も異常なし。少し小腹が空いたからうどんでも食べるかな」
 「ああ、いいっすね」そう言いながらも、間上の顔色をうかがう。
 「何か?」
 「ああ、いえ、本当に何も無かったのかと…」
 「あるはずが無いだろ?あの噂の事か?」
 「あっいや…ええ」
 「自分で確かめてみたらどうだ?」
 「いえ、止めて置きます。自分、怖いのにがてっすから」
 「こっちはどうだ? 誰も来なかったか?」
 「はい。何か外で音がしたような気がしたんっすが、一回だけで、後は何も聞こえないんで、なんかの聞き間違いだと思うんですが」
 「ああ、そう」
 外で音がしたのなら確認をするべきだ。それがアルバイトとは言え警備員の役目だ。だが、近頃の若者は余計な注意をすると逆切れしかねない。今までも、注意したその場で辞めていくアルバイトも多かった。
 浦沢学がそんな切れるような若者だとは思わなかったが、まだ2週間だ。おいおい教えていけばいい。それに音の正体を間上は知っていたので余計な事は言わなかった。

                               残業②へ続く
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