私が勇者であんたが魔王よ!

四ノ宮士騎

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第76話 ド・オデッセリアの攻防? ルミナの魔王化と黒き魔竜⑦ 近接戦闘のスペシャリストイル・クア・ラシェス

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 そうやってカナタたちが準備を進めている間にも、ルミナやドゥルグは大剣を手にしたミノタウロスと死闘を繰り広げていた。

 そしてしばらくの後。ルミナたちはある場所へと追い詰められてしまっていた。

「まいったわね……」

 周りを見回しながらルミナはそう呟いていた。

 なぜなら、ドゥルグの逃げ込んだ先の左右には、ひときわ頑強な学院の外壁がせり出していて、ドラゴンの背中もまたその外壁によって塞がれてしまっていたからだ。

 まさしく八方塞、万事休すといった情況だった。

 そして、その情況を理解しているのか。ルミナたちを追い詰めたミノタウロスが唯一の出口であるドラゴンの正面に陣取ると、右手に持っていた巨大な剣を天に向かい思いっきり振りかぶりながらそれに左手を添え、止めとばかりに一気に振り下ろしてきたのだった。

 その光景を眼前で目にしたルミナが、さすがにもうだめだと思い、

「カナタ……」

 そう呟きながら、両の瞳を閉じようとした、まさにそのときだった。それが起こったのは。

「いまだ! みんなっ頼む!」

「おおっ!」

 ルミナが諦めかけて瞳を閉じようとした瞬間、カナタの声とそれに呼応した学院の生徒たちの叫び声が周囲に響き渡ったのだ。

 そうカナタたちはこの瞬間、ミノタウロスがルミナたちに止めを刺そうと大振りになり、一番の隙が出来るこの瞬間を狙っていたのだった。

 カナタたちの声が周囲に響き渡ると同時に、学院から打ち上げられた巨大な赤い一枚布が、ドゥルグに止めを刺そうとしていたミノタウロスの眼前に広がった。

 カナタたちが学院にあった赤い絨毯やカーテンなどを住民達と共に結びつけ、一枚の巨大な赤い布にすると、左右に展開させたバリスタの矢の矢尻に、巨大な赤い一枚布の両端を結びつけて、ミノタウロスの眼前へと打ち上げたのだ。

 いきなり目の前に現われた赤い布によって、視界を遮られた巨人は思わず一瞬動きを停滞させてしまう。

 そしてその一瞬の合間に間髪いれずに学院の外壁にいた人々によって、再装填されたありったけのバリスタの矢が左右に飛んだ。

 ありったけといっても、バリスタの発射台も数基とその数を減らしているから大した数は飛んじゃいないし、もちろんそれだけではミノタウロスの獲物を打ち落とすのには役者不足だ。

 彼らが狙ったのミノタウロスでも、その手に持っている巨大な剣でもなく、先ほどカナタたちがバリスタの矢尻に結び付けて上空へと飛ばし、今は巨人の眼前に停滞している巨大な赤い一枚布だった。

 赤い巨大な布を狙って放たれたバリスタの矢たちは、狙いたがわずにカナタたちの思惑通りに、次々とミノタウロスの目の前で停滞する巨大な一枚布へと突き刺さっていった。

 そして普通ならそのまま布を突き抜けていってしまうはずのバリスタの矢たちは、なぜか赤い布を完全には突き抜けずに、発射されたときそのままの勢いで巨大な布を引っ張っていく。

 どうやらこの様子からして、カナタたちはバリスタの矢尻に何がしかの仕掛けを施していたらしく、たとえ先端が布を突き抜けたとしても、後方。つまり矢尻の部分は布を完全に突き抜けないようにしているらしかった。

 そのせいで赤い巨大な一枚布は、バリスタの矢たちの飛んでいく方向そのままに引っ張られて、ドゥルグたちに止めを刺そうとしていたミノタウロス。その顔をすっぽりと覆ってしまったのである。

 ミノタウロスの視界がふさがれるのとほぼ同時に、巨大な一枚布を狙って打ち込まれた複数の矢の陰の中から、まるで躍り出るようにして一つの小さな影が出現した。

 もちろんその影は近接戦闘においてのスペシャリストたる。イル・クア・ラシェス。その人である。

 イルは魔闘技の技の一つである影舞踊(物や相手の陰に潜むことの出来る技)を使って、巨人に打ち込まれた複数の矢の中の一本の矢の陰に身を潜めていたのである。

 そしてイルは矢の陰から身を躍らすと同時に、ここに来るまでの間に溜めていた力、その全てを解放した。

「ハアアアアッ! 魔拳発動! ギガント・ナックル!」

 イルが叫ぶと共に、自身の拳を数百倍に巨大化したような透明な巨人の拳が、イルの右側面に構築されていく。そしてイルが目の前にいる巨人に向かって拳を振りかぶると、その透明な巨人の拳もイルの動きに連動するかのようにして、巨人に向かって拳を振りあげたのだった。

 どうやらこの様子からして、イルの右側面に出現した透明な巨人の拳は、彼女の動きと完全に連動しているらしかった。

 そして、イルがミノタウロスに向かって思い切り拳を振り下ろすと同時、間髪いれずにイルの動きに連動している透明な巨人の拳も眼前にいるミノタウロスの顔面を、これでもかというぐらい思い切り殴りつけたのである。

 もちろん顔の前面が赤い巨大な布で覆われてしまっているミノタウロスにこれを防ぐすべはなく、イルの放った魔拳ギガント・ナックルは、ものの見事にミノタウロスの顔面にクリーンヒットしたのだった。

 さすがのミノタウロスも、こんな破壊力をもった攻撃をされるのは想定外だったのか、ガハッといった感じに口から唾液と血しぶきのない交ぜになった液体を盛大に吐きだしてのけぞってしまう。

 初めて青銅の巨人がダメージによって、のけぞっている姿を目にした生徒たちから歓声が上がり、これならいける! もう一発! と誰もが思った矢先に、イルの発動した魔拳。ギガント・ナックルは、空間に溶け込むようにして崩れ去ってしまったのだった。

 どうやらこの魔拳ギガント・ナックルは、近接戦闘のスペシャリストたるイルにとってもかなりの力を消耗するものらしく、魔拳を発動させた後近くの建物の屋上に着地を決めたイルは、透明な巨人の拳を消し去ると同時に、膝をつかないまでも、ハァッハァッハァッと片目をつぶりながら苦しそうに肩で荒く息をしていた。

 どうやらこの様子からして、現状イルの持つ魔力ではこの魔拳は一発が限界のようだった。
 
 先ほどのイルの一撃を見て、これならいける! もしかしたらあの巨人に勝てるかもしれない。そう思ってこの戦いを見守っていた人々から落胆の声がもれた。

それと同じくその瞬間を目の当たりにしていたカナタたちからも、落胆の声がもれるかと思いきやカナタたちの反応は少し違っていた。

 なぜならカナタが望んだイルの役目は、視界を遮られたあの巨人に攻撃を加え、奴の隙をさらに拡大させるか、もしくは混乱させることにあったからである。

そう考えるならば巨人に止めをさせなかったとはいえ、イルは十二分に自分の役目を果たしたといえる。

 今の攻撃で十二分に隙は出来た。後は俺たちが打ち合わせどおりにやれるか否かだ。

 カナタはイルに視線だけで礼をのべると、イルの作ってくれた最大のチャンスを活かすため、すぐさま行動を開始した。
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