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8 気付け薬、ということにしましょう
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「当主様、奥方様。これから少々面倒な事になりますが、手早く終わらせるために話を合わせてください」
彩香は振り返り、泰然と慧華に告げる。
田舎の小娘が都の貴族に対して無礼過ぎる態度だが、娘の恩人である彩香に尚夫妻が反論するはずもない。
「そなたの言葉を信じよう」
「ありがとうございます」
「瑛景さんも同様にお願いしますね」
真剣な声音に、二人は顔を見合わせてから黙って頷く。
瑛景も短く「ああ」と同意を示した。
程なくして、外廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
扉が勢いよく開き、先程出て行った召喚士が飛び込んでくる。
「姫様の部屋から異様な気配が――」
部屋の中の光景を見て、男は目を剥いた。
静蘭が穏やかな寝顔で横たわり、尚夫妻はその側に寄り添っている。
傍目には何も変わりないのだけれど、召喚士は顔を青くして目をぎょろぎょろとさせ何かを探す。
しかし、彼の目当ての「何か」は見つからないようだ。
「貴様、何をした!」
召喚士の怒鳴り声が彩香に向かう。
帯刀した大男に詰め寄られても、彩香はきょとんとしたまま首を傾げた。
「何をって……気付け薬を嗅がせただけですよ。わたしの住む田舎の市で売ってる薬です」
懐から小さな二枚貝を取り出して見せる。貝を開くと、中には泥のような軟膏が詰められていた。
「気付け薬だと?」
「はい。倒れた人がいたら、とりあえずこれを嗅がせるんです。すごく効きますよ」
無邪気に笑ってみせると、召喚士はあからさまに眉をひそめた。
その横で、瑛景が肩をすくめる。
「私も嗅いだが、とんでもない匂いだぞ。お前も試してみるか?」
「遠慮しておこう」
召喚士は顔をしかめ、半歩下がる。
釈然としない様子だが、尚夫妻も彩香の言葉に頷いているので何も言えない。
泰然がそこで口を開いた。
「娘がこうして無事に息をしているのは、そなたが今日まで護ってくれていたおかげだ。感謝している」
当主自らの言葉に、召喚士は一瞬何か言いかけた後、のろのろとその場に膝を付いて頭を下げた。
「……当然の務めを果たしたまでです」
全てが問題無く解決した。となれば、召喚士もそう答えざる得ない。
「では私はこれで失礼致します」
男は苛立ったように足を踏みならして、部屋を出て行く。
扉が閉まると、泰然が「なるほど」と低く呟いた。
「今の態度……あれでは、自分が企んでいたと言っているようなものではないか」
「当主様の仰る通りです。獏を操っていたのは彼で間違いないでしょうね」
彩香は肩をすくめる。
「さっき、鎖を断つときに、わざと契約が暴走して切れたように細工をしておきました。気付け薬でお嬢様が飛び起きて、獏が驚いて暴走。その暴走を、あの人が制御できなかった、って形になります」
瑛景が目を細めて彩香を見る。その口元は、僅かに上がっていた。
「最初からそのつもりだったのか」
「喧嘩を売るつもりはないですからね。穏便に済めば、それに超したことはないし」
(お父さんも、穏便に済ませなさいが口癖だったし)
心の中でそう付け加え、彩香は静蘭の寝顔を見やる。娘の頬に手を添えた慧華の目には、涙が滲んでいた。
「彩香殿」
泰然が改まった声で呼びかける。
彩香が向き直ると、彼が深く腰を折った。
「そなたの機転と力がなければ、静蘭は今も地獄の夢に囚われていただろう。そなたを「身代わり」として呼んだこと、お詫びする。そして改めて、お礼がしたい」
「そんな、私は覚悟して来たんですから。頭を上げてください」
彩香は慌てて首を横に振る。
「私は私のやりたいように術を使っただけです。お嬢様が助かったなら、それでいいんですから」
彩香は振り返り、泰然と慧華に告げる。
田舎の小娘が都の貴族に対して無礼過ぎる態度だが、娘の恩人である彩香に尚夫妻が反論するはずもない。
「そなたの言葉を信じよう」
「ありがとうございます」
「瑛景さんも同様にお願いしますね」
真剣な声音に、二人は顔を見合わせてから黙って頷く。
瑛景も短く「ああ」と同意を示した。
程なくして、外廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
扉が勢いよく開き、先程出て行った召喚士が飛び込んでくる。
「姫様の部屋から異様な気配が――」
部屋の中の光景を見て、男は目を剥いた。
静蘭が穏やかな寝顔で横たわり、尚夫妻はその側に寄り添っている。
傍目には何も変わりないのだけれど、召喚士は顔を青くして目をぎょろぎょろとさせ何かを探す。
しかし、彼の目当ての「何か」は見つからないようだ。
「貴様、何をした!」
召喚士の怒鳴り声が彩香に向かう。
帯刀した大男に詰め寄られても、彩香はきょとんとしたまま首を傾げた。
「何をって……気付け薬を嗅がせただけですよ。わたしの住む田舎の市で売ってる薬です」
懐から小さな二枚貝を取り出して見せる。貝を開くと、中には泥のような軟膏が詰められていた。
「気付け薬だと?」
「はい。倒れた人がいたら、とりあえずこれを嗅がせるんです。すごく効きますよ」
無邪気に笑ってみせると、召喚士はあからさまに眉をひそめた。
その横で、瑛景が肩をすくめる。
「私も嗅いだが、とんでもない匂いだぞ。お前も試してみるか?」
「遠慮しておこう」
召喚士は顔をしかめ、半歩下がる。
釈然としない様子だが、尚夫妻も彩香の言葉に頷いているので何も言えない。
泰然がそこで口を開いた。
「娘がこうして無事に息をしているのは、そなたが今日まで護ってくれていたおかげだ。感謝している」
当主自らの言葉に、召喚士は一瞬何か言いかけた後、のろのろとその場に膝を付いて頭を下げた。
「……当然の務めを果たしたまでです」
全てが問題無く解決した。となれば、召喚士もそう答えざる得ない。
「では私はこれで失礼致します」
男は苛立ったように足を踏みならして、部屋を出て行く。
扉が閉まると、泰然が「なるほど」と低く呟いた。
「今の態度……あれでは、自分が企んでいたと言っているようなものではないか」
「当主様の仰る通りです。獏を操っていたのは彼で間違いないでしょうね」
彩香は肩をすくめる。
「さっき、鎖を断つときに、わざと契約が暴走して切れたように細工をしておきました。気付け薬でお嬢様が飛び起きて、獏が驚いて暴走。その暴走を、あの人が制御できなかった、って形になります」
瑛景が目を細めて彩香を見る。その口元は、僅かに上がっていた。
「最初からそのつもりだったのか」
「喧嘩を売るつもりはないですからね。穏便に済めば、それに超したことはないし」
(お父さんも、穏便に済ませなさいが口癖だったし)
心の中でそう付け加え、彩香は静蘭の寝顔を見やる。娘の頬に手を添えた慧華の目には、涙が滲んでいた。
「彩香殿」
泰然が改まった声で呼びかける。
彩香が向き直ると、彼が深く腰を折った。
「そなたの機転と力がなければ、静蘭は今も地獄の夢に囚われていただろう。そなたを「身代わり」として呼んだこと、お詫びする。そして改めて、お礼がしたい」
「そんな、私は覚悟して来たんですから。頭を上げてください」
彩香は慌てて首を横に振る。
「私は私のやりたいように術を使っただけです。お嬢様が助かったなら、それでいいんですから」
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