断罪希望なのでシナリオ通りに行動してみた

ととせ

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「ここまで上手くいくとは思ってませんでした」

 馬車の窓から見える屋敷の門が遠ざかっていく。ローズは緩やかに笑みを浮かべた。
 隣に座るサリーは、落ち着かない様子で何度も扉の向こうを振り返っている。

「……お姉様。本当に大丈夫でしょうか?」
「もちろんよ。私が悪役を演じ切ったことで、あの子たちは気持ちよく『勝った』と満足していることでしょうね。おかげで誰も、私たちの行き先なんて気にしてない」

 馬車の床下には、裏地に宝石を縫い込んだドレスが数着と旅券が収められていた。見送ってくれたメイド達にも家令同様、次に仕える屋敷の紹介状も無事に渡すことができたので、もうこの国に思い残すことはない。
 ローズはまるで遠足でも行くような気楽さで背伸びをする。

「そうだ、お姉様の新しい婚約者の方はどんな方なの?」

 国外追放が上手くいくとは限らなかったのでサリーには伝えていなかったが、ここまで来ればもう大丈夫だろうとローズは判断する。

「ゾーナ帝国の公爵家の方よ。ダニエル殿下のお祖母様の親戚なの」

 バリル王家の中で皇太后だけが、唯一ダニエルの人格に疑問を持っていた。ローズが婚約者として選ばれて程なく、王家の「影」を使い本心を問い質す手紙が届けられた日の事はよく覚えている。

(まさに天の恵みだったわ)

 本格的に逃亡準備を進めていたローズはこれ幸いと皇太后と手紙を交わし始めた。そしてあえて「ダニエルと婚約破棄ができないか?」と働きかけてもらったのである。しかしダニエルは見目の良いローズを手放す気はなく、何より理由もなく王命を取り消すなど皇太后でも難しい。

 そこでローズはあえてシナリオ通りに動き、婚約破棄と国外追放の言質を取るという一見無謀ともいえる計画を練り上げたのだ。

 皇太后と手紙を交わす過程で、幸いにも帝国の公爵家との繋がりも得た。そして皇太后の「影」を借り、公爵家令息との文通が始まった。逃亡に必要な旅券と一緒に求婚の手紙も添えられていたのは少し驚いたけれど、悪い気はしなかった。

「ではゾーナ帝国への旅券を用意してくださったのはその方なのですね」
「ええそうよ。彼の力を借りれば、少なくとも生き延びるには困らないわ」
「さすがですわ、お姉様……」

 ぽつりと呟いたサリーの声には、まだ少し不安が滲んでいた。
 ローズはそれに気づくと、彼女の手を軽く握る。

「大丈夫。この国の法律では国外追放者が戻ることはできないし国を出た先で何をしようと自由なのよ。そこから先は、もう私たちの物語よ」
「……では、エミリ嬢はどうなるのでしょう? あの方の物語は終わってしまったのでしょう?」

 確かにサリーの言うとおりだ。シナリオは悪女ローズを追い出し、ハーレムスチルが映ってエンドロールが流れる。
 おまけ特典として18禁のシナリオがあるものの、別に人生のエンディングではない。

「さあ? あの子が望むハーレムエンドは現実の制度では成立しないし。正妃が複数の婚約者を持つなんて、宗教的にも倫理的にも破滅行為ですものね」
 
 ゲームでは大団円でも、現実世界ではそういう訳にはいかないだろう。なにせ人生はこの先も続いていくのだ。

 ローズは皮肉めいた笑みを浮かべる。

「きっと、あの子の『ゲーム』はこれからよ。選べない恋、嫉妬する男たち、崩れる秩序……楽しめばいいわ。自分で望んだ物語でしょうから」
「お姉様は強いのですね」

 不敵に笑うローズをサリーが尊敬の眼差しで見つめる。

(ここからはゲームじゃない。私の選んだ道が始まる)

 馬車の行く先にはまだ見ぬ土地と、新しい人生が待っている。

「さてとゲームのことは忘れて新しい人生を切り開かなくちゃね。サリー、あなたも人生を楽しむのよ」
「はい!」

やっと屈託のない晴れやかな表情を見せた妹に、ローズ令嬢らしからぬいたずらっ子のような笑みを返した。
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