断罪希望なのでシナリオ通りに行動してみた

ととせ

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「やばい、やばい、やばい! なによアレ! どうなってんのよ!」

 エミリは爪を噛みながら部屋の中を行ったり来たりと落ち着かない。
 階下からは怒鳴り声や何かを壊す音が絶え間なく響いている。
 扉には鍵をかけ、念のため椅子や机置いて簡単なバリケードを作ったけれどとても安心などできない。


 『悪役令嬢ローズ・ブラッド』を無事に王子と婚約破棄させ、待ちに待ったハーレムエンドに突入したのだが……聖女エミリの夢見た酒池肉林はたった一夜で崩壊した。

「シナリオは完璧にクリアしたはずなのに、どうしてこんなことになるのよ!」

 攻略対象全員のフラグは回収してハーレムエンドへと繋がるローズの追放も無事に終わり、王家からは立派な屋敷を与えられ、聖女と王太子の婚約を祝うパーティーが開かれた。
 そして昨夜、エミリはダニエルと結ばれた。

 しかし翌朝目覚めるとダニエルの姿はベッドにはなかった。ここで少し違和感を覚えたけれど、どうせこの先は攻略したイケメンを取っ替え引っ替えだと気楽に考えていたのだが…。
 何故かそれまで全く姿を見せなかった「宰相令息の母親」が乗り込んできたのである。

「可愛いボクチャンから手を離しなさい! このアバズレ!」
「やめてよママァ。ぼく聖女様とエッチがしたいんだよぉ! 初めては聖女様がいいよぉ。でも一人じゃ恐いから、ママもそばにいてね」
「仕方のない子ねえ。ちゃんとママがお手伝いしてあげるから、安心なさい」

 ひっくり返って泣き叫ぶ宰相令息(マザコンと表記します)の遣り取りに、エミリは真っ青になった。
 けれど騒ぎはこれで終わらない。

「聖女殿、このようなマザコン男はすぐに叩き出すべきですぞ」

 バカにしたように言ってマザコンを蹴ろうとした騎士団長の息子(暴力男と表記します)のズボンを、マザコンが偶然掴んだ。次の瞬間、下着ごとズボンが引き下ろされてしまい暴力男の下半身が露出する。

「げーっ」

 吐いたのはエミリではなく、公爵子息のグラズだった。他にももらいゲロをした男達の間から、ひそひそと声が聞こえてくる。

「あの噂は本当だったのか」
「上級娼館は、女性に対する暴力沙汰で軒並み出入り禁止だからな。おおかた場末の娼館か、性病検査もしない行きずりの女から病気をもらったのだろう」
「しかし…形が判別できないほどとは。確かあの性病は脳にまで影響を及ぼすと聞くが…おええっ」

 吹き出物で覆われた下半身を晒され、笑いものにされた暴力男は怒りに顔を真っ赤にして暴れ始めた。

「うるさい黙れ! これは立派な男の証! ベッドでこのモノをお試しくださいエミリ嬢!」

 相手かまわず殴りつけ暴れる暴力男の目的はただ一つ。エミリを我が物にすることだ。咄嗟にエミリは「この暴力男を取り押さえた人と、今夜ベッドを共にするわ!」と叫んで自室へと避難してきたのだ。

「どうしよう。あんなのとヤッたら、私まで変な病気移されちゃうじゃない。殿下はどこへ行ったのよ…まさかヤり逃げしたんじゃ……」
「エミリ」
「殿下!」

 どこから入ったのか、王太子ダニエルの姿にエミリはほっと息を吐く。

「一体どうやってこちらへ?」
「この屋敷は王家の所有物だ。非常時に備えて隠し扉が幾つもあるんだよ」

 やはりダニエルは自分を心配して戻ってきてくれたのだと、エミリは心の中でにやりと笑う。

(そうよ。フラグ回収は完璧だったんだから、攻略相手が裏切るわけないわ)

「ブラッド公爵家の財産没収と、爵位返上に関しての書類にサインさせるのに手間取ってね。全く使えない文官ばかりで嫌になる」
「財産…爵位返上?」
「ああ、ローズが自らの非を認めたからね。婚約破棄に関して違約金を請求したんだ。グラズも仕事ができる男ではないし、これ以上飼っていても意味ないからね」

 笑顔で話すダニエルを前に、エミリの背を冷たい物が伝う。

「階下の騒ぎをグラズの責にすれば丁度いいだろう。それとエミリ、君は私の妾になることが決定した」
「え?」
「やっぱり平民の女は王妃にできないよ。それにもう「聖女の処女」はもらったし興味ないんだ。でも想像したより普通だったね。がっかりしたよ」

 あははと笑うダニエルを前に、エミリは怒りと羞恥で真っ赤になった。

「じゃああなた、初めから私の体が目的だったのね!」
「当然じゃないか。神殿の連中はうるさいから、君を妻に迎えるとでも言わなければ手は出せなかったし。でももう恋愛ゲームは終わりだ」

 階下での騒ぎに悲鳴が混ざる。誰かが「医者を!」と叫ぶが、怒声にかき消された。

「二階へ上がる前にナイフを何本か置いてきたから、誰かが使ったのだろう。精々殺し合ってくれると助かる。余計なお喋りをする口は少ない方がいい」
「最低っ」
「大人しくしていれば妾として飼ってやる。けど私に逆らえばどうなるか、分かるだろう?」

 優しげな微笑みを浮かべるダニエルだが、その目に感情は無い。

「さてと、今頃路頭に迷って泣いているローズを迎えに行ってやらないとな。野盗にでも処女を散らされたら目も当てられない」
「どうしてローズを?」
「あれは顔も頭もいい。側妃として迎えれば、お前と違って色々と使える。妹は躾ければ外交の駒にもできるだろう」

 恐る恐る問うたエミリに、ダニエルが平然と答える。


『冷血王ダニエル』とその名を知られた若き王が断頭台に散るのは数年先の事である。
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