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ここに来てようやく、二人は「子犬」という単語が誤訳されていたことに気づいたのだ。
(なるほど……あれは「ペット」の意味ではなかったのね)
(アルセイン殿下……イサリナ様の対応を勘違いしてしまったのでは?)
「では本題に入ろう。アルセイン王太子の件だが」
アルセインは「夜な夜な美男を引き連れ遊び回る奔放な王女」の噂を聞き、それに興味を持ったのだ。いつしか王女のそばを離れなくなり「子犬たち」とも楽しげに会話を交わすようになっていた。
「だから……私はてっきり、彼が子犬になりたいのかと思ってしまったのだ」
奔放だという評価については、イサリナ自身も否定はしなかった。ただしそれは互いに同意のうえで関係を結んだ者同士だけに限られる話であり、避妊も義務とされている。
「我が王家には代々「等しく愛せ」という教えがある。私が子犬と認めたものには、平等に愛を注ぐ」
そう語るイサリナの声音は、どこまでも穏やかだ。
「アルセインは、少し……いや、正直に言えば「かなり」考えが足りなかった。子犬に限らず、デルの男達は愛するものを傷つけたり、まして強引に迫ったりはしない。それが「淑女への礼儀」というものだ」
子犬であっても、いや、子犬だからこそ王女の許可がなければ触れることすら叶わない。
更に子犬の地位を求めるものには、事前に序列が課される。
それは他国の王太子であっても例外ではない。
「残念なことに、彼は序列すら理解しないまま、勝手な振る舞いを繰り返したのだ」
言葉の意味を理解したセラフィナの顔が、さっと青ざめた。
「まさか王女に対して不敬を?……申し訳ございません」
「貴女が謝罪する事ではないよ。ただしどの子犬でも、悪戯をすれば罰を受けることになる。その決まりは、他国の王太子であっても変わらぬ」
「罰は傷や痛みが残るようなものではありませんので、ご安心ください」
控えていたダルスが片手を上げ、指先で空中に模様を描く。
すると指の軌跡が光の粒子を残し淡く輝く。
「私は王家の血を少しだけ引いておりますので、少しばかり魔法が使えるのです。この魔法は“夢”を見せるもの。己の欲望に身を任せたとき、どうなるのか。その未来を仮想の中で再現し、己の行いの愚かさを自覚させるためのものです」
本来であれば、敬愛する王女に対して欲望のまま触れようとした自分自身を、心から恥じて反省する。
それがこの魔法の効力なのだと説明してから、ダルスが肩を落とす。
「……彼が「他国の王子」であることを、考慮しておりませんでした」
「お前のせいではないよ。私がきちんと対処していれば、ここまでの騒ぎにはならなかったのだから」
「アルセイン殿下は一体どのような夢を見たのでしょう?」
リディアが小首を傾げると、イサリナが肩をすくめる。
「簡単に言ってしまえば、彼は「自身に都合の良い夢」を見続けたようだ」
アルセインの行動は何度夢の罰を受けても改善されず、やがて彼は現実と夢の境界を混同し始めた。夢の中での出来事を本気で信じ込むようになり、ダルスたちが罰を受ける夢なのだと説明しても理解されない。アルセインは「ああ、まさに夢のような時間だった」と妙な解釈をした挙げ句、ついにはイサリナに婚約を申し出てきたのである。
「王族の女性は男性から犬になりたいと申し出があった場合、断ることができないのだ」
「犬……?」
二人の頭上には、揃ってハテナマークが浮かぶ。あまりに突飛な言い回しに、反応が追いつかない。
「ええと、ディアモン国では何というだろうか?」
イサリナが問うと、すかさず隣の青年が答える。
「夫、が近いかと」
「さすがアーゼ、博識だな」
「お褒めにあずかり光栄です、殿下」
眼鏡をかけた青年――アーゼが、控えめながらも誇らしげに微笑む。
どうやらデル王国では、「子犬」は側室候補を意味し、「犬」は夫候補にあたるとリディアたちは理解した。
(なるほど……あれは「ペット」の意味ではなかったのね)
(アルセイン殿下……イサリナ様の対応を勘違いしてしまったのでは?)
「では本題に入ろう。アルセイン王太子の件だが」
アルセインは「夜な夜な美男を引き連れ遊び回る奔放な王女」の噂を聞き、それに興味を持ったのだ。いつしか王女のそばを離れなくなり「子犬たち」とも楽しげに会話を交わすようになっていた。
「だから……私はてっきり、彼が子犬になりたいのかと思ってしまったのだ」
奔放だという評価については、イサリナ自身も否定はしなかった。ただしそれは互いに同意のうえで関係を結んだ者同士だけに限られる話であり、避妊も義務とされている。
「我が王家には代々「等しく愛せ」という教えがある。私が子犬と認めたものには、平等に愛を注ぐ」
そう語るイサリナの声音は、どこまでも穏やかだ。
「アルセインは、少し……いや、正直に言えば「かなり」考えが足りなかった。子犬に限らず、デルの男達は愛するものを傷つけたり、まして強引に迫ったりはしない。それが「淑女への礼儀」というものだ」
子犬であっても、いや、子犬だからこそ王女の許可がなければ触れることすら叶わない。
更に子犬の地位を求めるものには、事前に序列が課される。
それは他国の王太子であっても例外ではない。
「残念なことに、彼は序列すら理解しないまま、勝手な振る舞いを繰り返したのだ」
言葉の意味を理解したセラフィナの顔が、さっと青ざめた。
「まさか王女に対して不敬を?……申し訳ございません」
「貴女が謝罪する事ではないよ。ただしどの子犬でも、悪戯をすれば罰を受けることになる。その決まりは、他国の王太子であっても変わらぬ」
「罰は傷や痛みが残るようなものではありませんので、ご安心ください」
控えていたダルスが片手を上げ、指先で空中に模様を描く。
すると指の軌跡が光の粒子を残し淡く輝く。
「私は王家の血を少しだけ引いておりますので、少しばかり魔法が使えるのです。この魔法は“夢”を見せるもの。己の欲望に身を任せたとき、どうなるのか。その未来を仮想の中で再現し、己の行いの愚かさを自覚させるためのものです」
本来であれば、敬愛する王女に対して欲望のまま触れようとした自分自身を、心から恥じて反省する。
それがこの魔法の効力なのだと説明してから、ダルスが肩を落とす。
「……彼が「他国の王子」であることを、考慮しておりませんでした」
「お前のせいではないよ。私がきちんと対処していれば、ここまでの騒ぎにはならなかったのだから」
「アルセイン殿下は一体どのような夢を見たのでしょう?」
リディアが小首を傾げると、イサリナが肩をすくめる。
「簡単に言ってしまえば、彼は「自身に都合の良い夢」を見続けたようだ」
アルセインの行動は何度夢の罰を受けても改善されず、やがて彼は現実と夢の境界を混同し始めた。夢の中での出来事を本気で信じ込むようになり、ダルスたちが罰を受ける夢なのだと説明しても理解されない。アルセインは「ああ、まさに夢のような時間だった」と妙な解釈をした挙げ句、ついにはイサリナに婚約を申し出てきたのである。
「王族の女性は男性から犬になりたいと申し出があった場合、断ることができないのだ」
「犬……?」
二人の頭上には、揃ってハテナマークが浮かぶ。あまりに突飛な言い回しに、反応が追いつかない。
「ええと、ディアモン国では何というだろうか?」
イサリナが問うと、すかさず隣の青年が答える。
「夫、が近いかと」
「さすがアーゼ、博識だな」
「お褒めにあずかり光栄です、殿下」
眼鏡をかけた青年――アーゼが、控えめながらも誇らしげに微笑む。
どうやらデル王国では、「子犬」は側室候補を意味し、「犬」は夫候補にあたるとリディアたちは理解した。
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