よくある婚約破棄―そしてそれに伴う責任の取り方

ととせ

文字の大きさ
5 / 7

 ここに来てようやく、二人は「子犬」という単語が誤訳されていたことに気づいたのだ。

(なるほど……あれは「ペット」の意味ではなかったのね)
(アルセイン殿下……イサリナ様の対応を勘違いしてしまったのでは?)

「では本題に入ろう。アルセイン王太子の件だが」

 アルセインは「夜な夜な美男を引き連れ遊び回る奔放な王女」の噂を聞き、それに興味を持ったのだ。いつしか王女のそばを離れなくなり「子犬たち」とも楽しげに会話を交わすようになっていた。

「だから……私はてっきり、彼が子犬になりたいのかと思ってしまったのだ」

 奔放だという評価については、イサリナ自身も否定はしなかった。ただしそれは互いに同意のうえで関係を結んだ者同士だけに限られる話であり、避妊も義務とされている。

「我が王家には代々「等しく愛せ」という教えがある。私が子犬と認めたものには、平等に愛を注ぐ」

 そう語るイサリナの声音は、どこまでも穏やかだ。

「アルセインは、少し……いや、正直に言えば「かなり」考えが足りなかった。子犬に限らず、デルの男達は愛するものを傷つけたり、まして強引に迫ったりはしない。それが「淑女への礼儀」というものだ」

 子犬であっても、いや、子犬だからこそ王女の許可がなければ触れることすら叶わない。
 更に子犬の地位を求めるものには、事前に序列が課される。
 それは他国の王太子であっても例外ではない。

「残念なことに、彼は序列すら理解しないまま、勝手な振る舞いを繰り返したのだ」

 言葉の意味を理解したセラフィナの顔が、さっと青ざめた。

「まさか王女に対して不敬を?……申し訳ございません」
「貴女が謝罪する事ではないよ。ただしどの子犬でも、悪戯をすれば罰を受けることになる。その決まりは、他国の王太子であっても変わらぬ」
「罰は傷や痛みが残るようなものではありませんので、ご安心ください」

 控えていたダルスが片手を上げ、指先で空中に模様を描く。
 すると指の軌跡が光の粒子を残し淡く輝く。

「私は王家の血を少しだけ引いておりますので、少しばかり魔法が使えるのです。この魔法は“夢”を見せるもの。己の欲望に身を任せたとき、どうなるのか。その未来を仮想の中で再現し、己の行いの愚かさを自覚させるためのものです」

 本来であれば、敬愛する王女に対して欲望のまま触れようとした自分自身を、心から恥じて反省する。
 それがこの魔法の効力なのだと説明してから、ダルスが肩を落とす。

「……彼が「他国の王子」であることを、考慮しておりませんでした」
「お前のせいではないよ。私がきちんと対処していれば、ここまでの騒ぎにはならなかったのだから」
「アルセイン殿下は一体どのような夢を見たのでしょう?」

 リディアが小首を傾げると、イサリナが肩をすくめる。

「簡単に言ってしまえば、彼は「自身に都合の良い夢」を見続けたようだ」

 アルセインの行動は何度夢の罰を受けても改善されず、やがて彼は現実と夢の境界を混同し始めた。夢の中での出来事を本気で信じ込むようになり、ダルスたちが罰を受ける夢なのだと説明しても理解されない。アルセインは「ああ、まさに夢のような時間だった」と妙な解釈をした挙げ句、ついにはイサリナに婚約を申し出てきたのである。

「王族の女性は男性からになりたいと申し出があった場合、断ることができないのだ」
「犬……?」

 二人の頭上には、揃ってハテナマークが浮かぶ。あまりに突飛な言い回しに、反応が追いつかない。

「ええと、ディアモン国では何というだろうか?」

 イサリナが問うと、すかさず隣の青年が答える。

「夫、が近いかと」
「さすがアーゼ、博識だな」
「お褒めにあずかり光栄です、殿下」

 眼鏡をかけた青年――アーゼが、控えめながらも誇らしげに微笑む。

 どうやらデル王国では、「子犬」は側室候補を意味し、「犬」は夫候補にあたるとリディアたちは理解した。

感想 0

あなたにおすすめの小説

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

婚約破棄されたので、前世で倒した魔王を婿にします

なかすあき
恋愛
王宮の舞踏会で、王太子ユリウスから公開の婚約破棄を告げられた公爵令嬢フィオナ。 正式な破棄のために持ち出された王家の宝具「破婚の鏡」は、なぜか黒くひび割れ、彼女の前世の記憶を呼び覚ます。 前世のフィオナは、勇者一行の聖職者として魔王を討った女だった。 だがその瞬間、破婚の鏡は異界への門へと変わり、かつて自ら倒したはずの魔王ゼルヴァンが現れる。 「ようやく、直接会えた。結婚しろ、フィオナ」 軽い恋に酔って婚約者を切り捨てた王太子。 前世で討たれてなお、今世で彼女を探し続けていた魔王。 婚約を失った夜に始まったのは、失恋ではなく、 前世から続く、とびきり厄介な求婚の続きだった。

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

姉は不要と判断された~奪うことしか知らない妹は、最後に何も残らなかった~

ゆめ@マンドラゴラ
恋愛
妹にすべてを奪われ続けてきた姉。 ついには婚約者まで狙われ、「不要とされた」。 それは、誰にとっての「不要」だったのか。 「不要とされた」シリーズ第二弾。

うまくやった、つもりだった

ひがん さく
恋愛
四大貴族、バルディストン公爵家の分家に生まれたオスカーは、ここまでうまくやってきた。 本家の一人娘シルヴィアが王太子の婚約者に選ばれ、オスカーは本家の後継ぎとして養子になった。 シルヴィアを姉と慕い、養父に気に入られ、王太子の側近になり、王太子が子爵令嬢と愛を深めるのを人目につかぬよう手助けをし、シルヴィアとの婚約破棄の準備も整えた。 誠実と王家への忠義を重んじるこの国では、シルヴィアの冷徹さは瑕疵であり、不誠実だと示せば十分だった。 かつてシルヴィアはオスカーが養子になることに反対した。 その姉が後妻か商家の平民に落ちる時が来た。 王太子の権威や素晴らしさを示すという一族の教えすら忘れた姉をオスカーは断罪する。 だが、シルヴィアは絶望もせずに呟いた。 「これだから、分家の者を家に入れるのは嫌だったのよ……」  

婚約破棄された私と侯爵子息様〜刺繍も私も、貴方が離さない〜

ナナミ
恋愛
「ディアナ!お前との婚約を破棄する!」  ディアナ・コヴァー伯爵令嬢は、婚約者である伯爵子息に断罪され、婚約破棄されてしまった。  ある子爵令嬢に嫌がらせをしていたと言うことである。彼女には身に覚えのない冤罪であった。    自分は、やっていない、と言っても、婚約者は信じない。  途方に暮れるディアナ。そんな時、美形の侯爵子息であるフレット・ファンエスがやって来て……。  伯爵令嬢×美形侯爵子息の恋愛ファンタジー。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。