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つまりアルセインが「犬になりたい」と願い出たということは、婚約を申し出たという意味になる。
「ですが、それではやはり、王女はアルセイン殿下と婚約されたのではないですか?」
戸惑いながらもセラフィナが尋ねると、イサリナに視線で促されたアーゼが代わって説明を始めた。
「イサリナ殿下に代わり、私がご説明致しましょう」
彼の口調も態度も理知的な文官そのものだが、出で立ちは最小限の布とアクセサリーのみで構成されており、視線の置き所に困る。まばゆいほどの美貌に圧倒されながらも、二人はなんとか話に集中しようと努めた。
「我が国では王侯貴族が子犬、すなわち男性の側室を持つことは嗜みとされております。しかし宗教上の規範として犬、つまり夫は一人だけと定められております」
夫となるには文武に優れていることはもちろん、側室達を統率する力量、そして外交や法律の知識も問われる。
「子犬たちも外交や儀礼の場に出てもらいますが、「犬」は王女と共に夜会に同席し、正式な国の顔として扱われます」
続けるアーゼの表情が微かに曇る。
「……アルセイン殿下は、自ら魔法の契約書にサインされました。契約の破棄はできないと何度も説明いたしましたが、それでもご本人が望まれまして――」
婚約は、すでに魔法によって拘束されている。
本人の意思とは無関係に契約は成立しており、外すことはできない。
「魔法契約により数日以内にアルセイン王太子は夫候補として、デル国へ連れて行くことになります」
極力感情を殺し、淡々とアーゼは言い切った。
「じゃあやっぱり結婚するのですか?」
「そうしたらデル国はこちらの領土にされてしまうわ」
セラフィナとリディアは困惑を隠せない。
実のところ、留学生としてイサリナがこの国へ来ると聞いた時から、アルセインは「女の統治する国などあり得ない」と見下していたのだ。
「安心してくれ、話は終わっていない。それにしても……ふふっ」
突然イサリナが笑いを堪えたように肩を揺らす。
子犬たちに至っては笑いを隠せず、口元を抑えている。
「すまない。彼が宮殿で待っている夫候補達に勝てるとは、どうしても思えなくてな」
現在、王女の犬の候補は三人に絞られており、イサリナがデル国へ戻り次第、最終試験が行われる。
「あの……その試験に合格しなかったら、どうなるのですか?」
せっかくアルセインから婚約破棄を言い渡されたのに、それを反故にされてはたまらない。ふたりの心に不安が渦巻いていた。
そんな二人に、アーゼがきっぱりと告げる。
「不合格者は去勢されます。しかし夫としての試験に挑むのは、男としての人生をかけたも同然。名誉の去勢とされ、その後の人生を王族の一員として宮殿にて暮らす事を許されます。また本人が望むなら、貴族の子犬として下げ渡される人生や、市井に下り商売を始める事も許されます。どのような人生を望もうとも、その者が王家に忠誠を誓う限り、王家もまた見捨てることはありません」
語るアーゼの目に、一切の嘘はない。
青年たちも頷きながら、うっとりとイサリナを見つめていた。
そこには忠誠では表現しきれない、信仰にも似た感情が宿っている。
「去勢自体も魔法で一瞬です。痛みも無く傷が元で伏せることもございません」
二人は顔を見合わせて、同時に噴き出してしまう。
「どうぞ、王太子は持っていってくださいな」
「喜んで差し上げますわ」
「ならばよかった」
うふふ、と肩を寄せ合い笑うセラフィナとリディアを前にして、イサリナもほっとした様子で微笑む。
彼が廃されるのは、ほぼ決定事項だ。去勢されてしまえば王位継承の道も完全に絶たれる。
これで問題無く第二王子が立太子するだろう。
「ですが、それではやはり、王女はアルセイン殿下と婚約されたのではないですか?」
戸惑いながらもセラフィナが尋ねると、イサリナに視線で促されたアーゼが代わって説明を始めた。
「イサリナ殿下に代わり、私がご説明致しましょう」
彼の口調も態度も理知的な文官そのものだが、出で立ちは最小限の布とアクセサリーのみで構成されており、視線の置き所に困る。まばゆいほどの美貌に圧倒されながらも、二人はなんとか話に集中しようと努めた。
「我が国では王侯貴族が子犬、すなわち男性の側室を持つことは嗜みとされております。しかし宗教上の規範として犬、つまり夫は一人だけと定められております」
夫となるには文武に優れていることはもちろん、側室達を統率する力量、そして外交や法律の知識も問われる。
「子犬たちも外交や儀礼の場に出てもらいますが、「犬」は王女と共に夜会に同席し、正式な国の顔として扱われます」
続けるアーゼの表情が微かに曇る。
「……アルセイン殿下は、自ら魔法の契約書にサインされました。契約の破棄はできないと何度も説明いたしましたが、それでもご本人が望まれまして――」
婚約は、すでに魔法によって拘束されている。
本人の意思とは無関係に契約は成立しており、外すことはできない。
「魔法契約により数日以内にアルセイン王太子は夫候補として、デル国へ連れて行くことになります」
極力感情を殺し、淡々とアーゼは言い切った。
「じゃあやっぱり結婚するのですか?」
「そうしたらデル国はこちらの領土にされてしまうわ」
セラフィナとリディアは困惑を隠せない。
実のところ、留学生としてイサリナがこの国へ来ると聞いた時から、アルセインは「女の統治する国などあり得ない」と見下していたのだ。
「安心してくれ、話は終わっていない。それにしても……ふふっ」
突然イサリナが笑いを堪えたように肩を揺らす。
子犬たちに至っては笑いを隠せず、口元を抑えている。
「すまない。彼が宮殿で待っている夫候補達に勝てるとは、どうしても思えなくてな」
現在、王女の犬の候補は三人に絞られており、イサリナがデル国へ戻り次第、最終試験が行われる。
「あの……その試験に合格しなかったら、どうなるのですか?」
せっかくアルセインから婚約破棄を言い渡されたのに、それを反故にされてはたまらない。ふたりの心に不安が渦巻いていた。
そんな二人に、アーゼがきっぱりと告げる。
「不合格者は去勢されます。しかし夫としての試験に挑むのは、男としての人生をかけたも同然。名誉の去勢とされ、その後の人生を王族の一員として宮殿にて暮らす事を許されます。また本人が望むなら、貴族の子犬として下げ渡される人生や、市井に下り商売を始める事も許されます。どのような人生を望もうとも、その者が王家に忠誠を誓う限り、王家もまた見捨てることはありません」
語るアーゼの目に、一切の嘘はない。
青年たちも頷きながら、うっとりとイサリナを見つめていた。
そこには忠誠では表現しきれない、信仰にも似た感情が宿っている。
「去勢自体も魔法で一瞬です。痛みも無く傷が元で伏せることもございません」
二人は顔を見合わせて、同時に噴き出してしまう。
「どうぞ、王太子は持っていってくださいな」
「喜んで差し上げますわ」
「ならばよかった」
うふふ、と肩を寄せ合い笑うセラフィナとリディアを前にして、イサリナもほっとした様子で微笑む。
彼が廃されるのは、ほぼ決定事項だ。去勢されてしまえば王位継承の道も完全に絶たれる。
これで問題無く第二王子が立太子するだろう。
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