よくある婚約破棄―そしてそれに伴う責任の取り方

ととせ

文字の大きさ
6 / 7

 つまりアルセインが「犬になりたい」と願い出たということは、婚約を申し出たという意味になる。

「ですが、それではやはり、王女はアルセイン殿下と婚約されたのではないですか?」

 戸惑いながらもセラフィナが尋ねると、イサリナに視線で促されたアーゼが代わって説明を始めた。

「イサリナ殿下に代わり、私がご説明致しましょう」

 彼の口調も態度も理知的な文官そのものだが、出で立ちは最小限の布とアクセサリーのみで構成されており、視線の置き所に困る。まばゆいほどの美貌に圧倒されながらも、二人はなんとか話に集中しようと努めた。

「我が国では王侯貴族が子犬、すなわち男性の側室を持つことは嗜みとされております。しかし宗教上の規範として犬、つまり夫は一人だけと定められております」

 夫となるには文武に優れていることはもちろん、側室達を統率する力量、そして外交や法律の知識も問われる。

「子犬たちも外交や儀礼の場に出てもらいますが、「犬」は王女と共に夜会に同席し、正式な国の顔として扱われます」

 続けるアーゼの表情が微かに曇る。

「……アルセイン殿下は、自ら魔法の契約書にサインされました。契約の破棄はできないと何度も説明いたしましたが、それでもご本人が望まれまして――」

 婚約は、すでに魔法によって拘束されている。
 本人の意思とは無関係に契約は成立しており、外すことはできない。

「魔法契約により数日以内にアルセイン王太子は夫候補として、デル国へ連れて行くことになります」

 極力感情を殺し、淡々とアーゼは言い切った。

「じゃあやっぱり結婚するのですか?」
「そうしたらデル国はこちらの領土にされてしまうわ」

 セラフィナとリディアは困惑を隠せない。
 実のところ、留学生としてイサリナがこの国へ来ると聞いた時から、アルセインは「女の統治する国などあり得ない」と見下していたのだ。

「安心してくれ、話は終わっていない。それにしても……ふふっ」

 突然イサリナが笑いを堪えたように肩を揺らす。
 子犬たちに至っては笑いを隠せず、口元を抑えている。

「すまない。彼が宮殿で待っている夫候補達に勝てるとは、どうしても思えなくてな」

 現在、王女の犬の候補は三人に絞られており、イサリナがデル国へ戻り次第、最終試験が行われる。

「あの……その試験に合格しなかったら、どうなるのですか?」

 せっかくアルセインから婚約破棄を言い渡されたのに、それを反故にされてはたまらない。ふたりの心に不安が渦巻いていた。

 そんな二人に、アーゼがきっぱりと告げる。

「不合格者は去勢されます。しかし夫としての試験に挑むのは、男としての人生をかけたも同然。名誉の去勢とされ、その後の人生を王族の一員として宮殿にて暮らす事を許されます。また本人が望むなら、貴族の子犬として下げ渡される人生や、市井に下り商売を始める事も許されます。どのような人生を望もうとも、その者が王家に忠誠を誓う限り、王家もまた見捨てることはありません」

 語るアーゼの目に、一切の嘘はない。
 青年たちも頷きながら、うっとりとイサリナを見つめていた。
 そこには忠誠では表現しきれない、信仰にも似た感情が宿っている。

「去勢自体も魔法で一瞬です。痛みも無く傷が元で伏せることもございません」

 二人は顔を見合わせて、同時に噴き出してしまう。

「どうぞ、王太子は持っていってくださいな」
「喜んで差し上げますわ」
「ならばよかった」

 うふふ、と肩を寄せ合い笑うセラフィナとリディアを前にして、イサリナもほっとした様子で微笑む。
 彼が廃されるのは、ほぼ決定事項だ。去勢されてしまえば王位継承の道も完全に絶たれる。

 これで問題無く第二王子が立太子するだろう。

感想 0

あなたにおすすめの小説

もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?

四季
恋愛
もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

『お前のためを思って言っている』が千回記された日記帳が、社交界に流出した件

歩人
ファンタジー
「お前のためを思って言っている」「普通はこうだろう?」「お前が悪いから怒るんだ」——ディートリヒ侯爵子息は、婚約者のカティアにそう言い続けた。3年間、毎日。カティアは日記をつけていた。恨みではない。「何が普通なのか」を確かめるために。日記には日付と、彼が言った言葉だけが記されている。感想も解釈もない。ただ事実だけ。婚約破棄の場で、カティアは日記を読み上げなかった。ただ、茶会で親しい令嬢に見せただけだ。令嬢たちは青ざめた。「これ、全部言われたの?」日記は写本され、社交界に広がった。ディートリヒ本人は「何がおかしいのかわからない」と主張した。——それが一番怖いのだと、誰もが理解した。

とある侯爵家の騒動未満~邪魔な異母妹はお父様と一緒に叩き出します

中崎実
ファンタジー
妻が死んだ直後に、愛人とその娘を引っ張り込もうとする父。 葬儀が終わったばかりで騒ぎを起こした男だが、嫡子である娘も準備は怠っていなかった。 お父さまと呼ぶ気にもならない父よ、あなたは叩き出します。

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

婚約破棄されてしまいました。別にかまいませんけれども。

ココちゃん
恋愛
よくある婚約破棄モノです。 ざまぁあり、ピンク色のふわふわの髪の男爵令嬢ありなやつです。 短編ですので、サクッと読んでいただけると嬉しいです。 なろうに投稿したものを、少しだけ改稿して再投稿しています。  なろうでのタイトルは、「婚約破棄されました〜本当に宜しいのですね?」です。 どうぞよろしくお願いしますm(._.)m

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。