婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ

文字の大きさ
7 / 65

7 三人の訪問者

しおりを挟む
 一人目は、義妹のダニエラ。

 ノックも無しに入って来ると、寝ていたアリシアを揺さぶって無理矢理起こした。

「ん……誰?」
「お姉ちゃん! 私よ!」
「私さん?」
「ダニエラよ! 本当に、記憶喪失なの?」

 時計を見れば、短針は四時を指している。どおりで室内が薄暗いはずだ。
 のろのろと身を起こしたアリシアは、ベッドの側に立つ「ダニエラ」と名乗った少女を見つめた。

「あなたがダニエラね。初めまして……じゃなかったわね。ごめんなさい、本当に憶えていないのよ」
「じゃあ惨めに婚約破棄されたことも、無様に転んだことも忘れちゃったの?」
「そうよ。折角のおめでたい場を台無しにして、ごめんなさい」
「……?」
「だって、あなたの婚約発表の場だったのでしょう?」

 にやにやと妙な笑みを浮かべていたダニエラが、急に狼狽え出す。

「あ、うん。そうなんだけど……悔しくないの?」

「どうして? 私、王太子の顔も名前も忘れてしまったし、婚約していた記憶自体がないのよ。王太子はきっと聡明な方なのでしょうね、あなたみたいに素敵な令嬢を選ぶのは当然だわ」

 ちなみに、ダニエラは夜会帰りなのか頭のてっぺんから足の先まで完璧な装いだ。
 寝ぼけた頭をフル回転させれば、自ずと答えは見えてくる。

(一晩中踊っても大声を出せる体力。王太子を魅了する話術があるということは、人脈も広い……私には絶対に無理だわ)

 基本的に、王妃に求められる資質は「世継ぎを産む体力」に他ならない。子を一人産めば終わりという訳ではなく、外交のために他国へ嫁がせたり不慮の事故や病で跡取りが亡くなった場合に備え、数は多ければ多いほどよいのだ。

 つまりダニエラは、その体力と外交の能力があるとアリシアは見抜いたのだ。

「素敵な令嬢……そうね。辛気くさいお姉様より、ずっと私の方が妃に相応しいわ」
「ええ、あなたならきっと立派に勤めを果たせるわ」

 その手を取り、アリシアはダニエラに微笑みかける。

「……ありがとう、お姉様……」

 それきり黙ってしまったダニエラは、居心地悪そうに暫く突っ立っていたがアリシアが小首を傾げると、手を振りほどいて部屋から走り去ってしまった。

*****

 二人目は、義母。

「――本当に忘れてしまったの?」
「はい」
「でもね、その……あなたがいないと、色々困るのよ」
「色々、とは?」

 何故か義母、言葉に詰まってアリシアを睨んでいる。これはもしやと思い、アリシアは真摯に告げる。

「ご安心ください、お母様。私は王太子に未練など全くございません。むしろ妹が王太子とご結婚なさった方が、この家のためだとも思っております」
「そ、そうなの?」
「ええ、お母様は私が婚約破棄のことで怒っていると考えて、不安になっていらっしゃるのでしょう? それは全くございません、神に誓います。考えてもみてください、お母様に似た愛らしいダニエラの方が王太子の妻として相応しい女性です」

 すると義母は、うふふと妙な笑い声を上げて頬を染める。年齢に比べて義母は若く見えるが、ちょっとその仕草は気持ち悪かったけどアリシアはあえて気にしない。

「わたし、可愛いかしら?」
「はい。お母様とダニエラはそっくりですよ。だからダニエラは、王太子にとても愛されるでしょう」

 そう、そしてきっとダニエラは、多くの子を産むだろう。

「でも、公爵家の跡取りはあなたが適任だと思うのだけど。その、領地の管理とか」
「もしも記憶が戻ったとしても、私は公爵家を継ぐつもりはございません。ダニエラの子を公爵家の養子として迎えた方が、よいと思いますよ?」

 しばしの沈黙の後、義母はアリシアの提案が素晴らしいものだと理解したらしく、先程とはまた違った気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「あなたの言うとおりだわ、アリシア。ゆっくりと療養してらっしゃい。記憶が戻っても、帰ってこなくていいからね」
「ですが、父が怒りませんか?」
「公爵のことは、私に任せて。ああ、なんてよい娘を持ったのでしょう。神に感謝だわ」

 踊るように飛び跳ねながら寝室を出て行く義母を見送り、アリシアはベッドに潜り込んだ。

*****

 そして三人目は、王太子のマレク。

 ベッドに座り髪を梳かしていると、ノックと同時にマリーが来訪者の名を告げる。
 まだ身支度を調えられる体調ではないと扉越しに伝えて貰ったが、マレクが構わないというので部屋に入ってもらう。

「このような格好でご挨拶申し上げるご無礼をお許しください」
「気にするな。君が記憶喪失になり、三日間も昏睡状態だったと昨夜知ったのだ。見舞いが遅くなってすまない」

 アリシアの元に駆け寄ってきたマレクに、アリシアは笑みを向ける。
 それをどう取ったのか、マレクが気まずそうに視線を逸らす。

「君には辛い思いをさせてしまった。まず謝罪させてほしい」
「いいえ、結構です」
「え?」

 全くの予想外だったらしく、間の抜けた声を上げて固まるマレクをアリシアはまじまじと見つめる。

(王太子……うわあ、これが国を背負う人かぁ……ダニエラ苦労しそう)

 顔はいい、と思う。ただ何というか、全く苦労も挫折もしてこなかった人特有の、傲慢と幼稚が顔に出ている。
 帝王学は学んでいる筈だが、きちんと理解しているとは思えない。

「あなたが私との婚約を破棄して、ダニエラを新たな婚約者に選んだことは聞いております。ですがいまに至るまで、私は貴方の顔すら思い出せなかったのです。ですから、気にしないでください」

「……アリシア? その、私と君は愛し合っていた。だからその、せめてもの罪滅ぼしに、君を寵妃として迎えようと……」
「何を馬鹿な事を仰るのですか!」

 強い口調でマレクの言葉を遮り、彼を睨み付けた。

「寵妃を迎えることに関しては、問題はないと存じております。ですが王が寵妃を迎えるに当たり、妃の元の身分より低いものを迎えるのが決まりでございます」
「あ、はい」

 それまでどこか酔ったような話し方をしていたマレクが、気の抜けた返事をする。

「私は公爵家の長女、ダニエラは妹。つまり私はダニエラより身分は上でございます」
「でもそんなことは別に……」
「王家の決まりを貴方が破ってどうするのですか! しっかりなさい!」

 怒鳴りつけると、マレクは子どものように項垂れるが容赦はしない。これから彼には、国王となって国を支える大切な責務が待っているのだ。

「私は王太子とダニエラの婚約を、心から祝福しております。どうか私の事は忘れて、ダニエラを愛してください」

 強がりでもなんでもなく、これはアリシアの本心だ。
 王太子は、もごもごと「でも」とか「だって」など、よく分からないことを呟きながら部屋を出て行く。

 幸いなことに、彼らがアリシアの見舞いに訪れることは二度となかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

処理中です...