オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

文字の大きさ
2 / 58

2 逃げます・2

しおりを挟む
 すると少女が一人、俯き加減で進み出る。金髪碧眼の江奈とは違い、彩愛は黒髪黒目。
 西洋人形と日本人形というくらい対照的な二人を侍らせた明興は、にやりと笑う。

 もう嫌な予感しかしない。

「この彩愛は、やんごとなき方々との血縁のある女性だ。訳あって真名は明かせないが、某華族の息女である。天女のような素晴らしい彼女は、なんと私を見初めてくださった。私はその気持ちに応えようと思います」
(……得体の知れない相手の為に、蛇頭家に恥をかかせるなんて。馬鹿だわ)
「しかし私も江奈に対しての愛情が消えたわけではない。是非江奈には、妾として側にいてほしい。彩愛も納得してくれている――」

 つまりは、本妻を彩愛にすげ替えた上で、江奈との関係も継続させると兄は宣言したのだ。
 だがそもそも江奈との婚約すら成立していないので、明興の言葉は妄言に過ぎない。

 業務提携の話が纏まりつつあった中で、歳の近い息子と娘がいるのだからと、お節介を焼く物がいた者事実だ。恐らくは三葉達の父があちらこちらに頭を下げて、結婚話を進めようとしていたのは想像に難くない。
 華族や豪商ともなれば、結婚とは「家を守る為の仕事」であり、適齢期の娘は道具となる。

 落ちぶれた士族が家の名を保つために、商家に大金と引き換えに娘を嫁がせることだって珍しくないのだ。
 しかし蛇頭家は「蛇」を奉る家の中でいえば本家に近く、華族よりも力を持つとも噂されている。
 その蛇頭家の息女に公衆の面前で思い込みでしかない一方的な結婚話を破棄しただけでなく、妾になれと命じるなど非常識極まりない話だ。
 現に娘を溺愛していると有名な蛇頭家の当主は、顔を真っ赤にして明興を睨み付けている。

(どうするのよ。修復不可能じゃない)

 羽立野家は代々「狐」を守り神として奉ってきたが、祖父の代に親族間のもめ事があり姓を改めたと聞いている。それは同時に、代々奉ってきた狐への裏切りで、実質狐との決別を意味する。
 詳しい事情はともかく、守り神を手放した家は殆どが没落の道を辿るのだが、何故か毎年、一定数は姓を変えてしまう。

 そこに来て、近年の「神排」思想の蔓延が守り神離れを加速させていた。
 例に漏れず羽立野家もゆっくりと落ちぶれてきているのだが、不思議と家族の誰も気にする様子もない。
 兄から少し離れて立つ江奈はといえば、侮辱以外のなんでもない明興の言葉を聞いても眉一つ動かさず、じっと前を見据えている。

 と、不意に一歩前に出ると、華やかな笑みを浮かべて会場を見回した。

「皆様、明興様の言葉はお聞きになりましたよね? 私は妾になる為に産まれてきた訳ではありません。どうぞそちらのお嬢さんと、お幸せに」

 にこり、ととどめの笑み。けれどその瞳は笑っていない。

「ただし明興様、ご自身の言葉には責任が伴います。それをお忘れなきよう」

 堂々と告げて、江奈が壇上から降りる。

「江奈? 私の妾になれるんだぞ? 嬉しくないのか?」

 この期に及んで、的外れな言動をする兄に三葉は頭を抱えた。
 そしてそれを咎めもせず、やはりきょとんとして江奈を眺めている両親と妹にも呆れた。

 いや、愛想が尽きた。

(これって、もう駄目だよね……)

 難しい事なんて何一つ分からない三葉からしても、兄の「やらかし」で今後羽立野家の立場が悪くなる事くらい想像がつく。

「……失礼します」

 まだ固まったままの周囲に頭を下げ、三葉はホテルから一人抜け出す。
 女中の着物が幸いして、見とがめたり声をかけてくる者は誰もいない。
 三葉は大通りまで来ると、普段は乗らない人力車を捕まえて羽立野邸へ向かうようお願いする。

(逃げよう)

 このままでは、兄のとばっちりでどんな目に遭うか分からない。
 羽立野家の財は莫大だが、蛇頭家を敵に回せば取引先が黙ってはいないだろう。そうなれば家業はあっという間に傾くのが目に見えている。
 そうなれば、まず被害を被るのは娘達だ。特に妾の子として生まれ、行くところもない三葉は真っ先に売られるだろう。
 遊女屋か、それとも変態の金持ちの妾か。
 何にしろ、ろくな未来は待っていない。

「絶対に、逃げなくちゃ」

 自分を勇気づけるように、三葉は両手を握りしめて呟いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

処理中です...