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3 逃げました。が……
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屋敷に戻った三葉は車夫に裏手へ回るよう頼み、人力車を降りた。
別に人目を気にした訳ではなく、出入りを許されている門が使用人と同じ裏の勝手口だけなのだ。
「お帰りなさい、三葉さん。お早いですね」
留守を預かっていた女中頭が一人帰宅した三葉に声をかける。
「私が同席してもお邪魔になるだけなので、先に戻りました」
「そうですか」
女中頭は三葉の返答を特に疑問に思った様子もなく、軽く会釈をすると奥に引っ込む。
三葉の扱いは基本的にこうなのだ。
狭いながらも自室を与えられ、女学校にも通わせてもらっている。食事だって言えば出してもらえるし、季節ごとにお下がりの着物が与えられる。勉強の合間に台所仕事を手伝えば、ささやかだけれど給金ももらえた。
但し家族との会話はほぼ無く、使用人達も必要最低限しか三葉と接触しようとしない。
ただそこにいる「モノ」として扱われ、三葉は育った。
三葉としては、この現状はそれなりに気に入っている。悪ささえしなければ、三葉の行動に口出ししてくる者はいないからだ。
きょうだい達のように贅沢をして暮らしたいわけではないし、これまで育ててもらったお礼として、父の仕事を有利に進める為の縁談も受け入れようと思っていた。
が、それも兄の馬鹿な言動を目の当たりにして、考えは変わった。
(あんなことをしたら、これから先まともな縁談が来るわけないわ)
部屋に戻った三葉は急いで風呂敷を広げると、着物など当面必要な品を箪笥から出して包む。
幸い私物は殆どないので、支度は十分程度で済んだ。
「後は……」
家族を含め、この屋敷で親しくしている相手はいない。
けれど一つだけ、気がかりな事がある。
この広大な屋敷に点在する神棚だ。
大小含め五十あるそれらは、まだ羽立野家が守り神を奉っていた頃の名残である。祖父の代まではそれなりに奉っていたようだけれど、父に代替わりしてからは手入れは一切されなくなった。
神棚自体は何度か壊して捨てようとしたらしいが、信じていないとはいえ神は神。
たたりを恐れた父と兄は、あれこれと理由をつけて放置を選択したのだ。
屋敷に引き取られた三葉は、する事もないので自然に放置されていた神棚の管理を始めた。
けれど自分が羽立野家を去れば、神棚はまた放置されるだろう。
それだけが心残りなのだ。しかし神棚を持って行くことなど物理的に不可能なので、三葉は心の中で謝罪する。
(ごめんなさい、神様。これまでありがとうございました)
風呂敷を抱えると、三葉は部屋から出た。廊下で何人かの女中とすれ違ったけれど、誰も三葉に声をかけるどころか見向きもしない。
関われば当主夫婦から小言を言われるので、厄介者にはなるべく関わりたくないのだろう。
急いで草履を履き、暗い裏庭を突っ切って先程入ってきた勝手口から外へ駆け出す。
「さてと、これからどこに行こう」
帯に挟んだ財布の中には、僅かばかりのお金しか入っていない。
「このまま帝都に留まるのは危険だろうし。行けるところまで行って、住み込みの仕事を探そう」
とはいえ、三葉に土地勘などまるでない。
衝動的に家を出たのだって、その後の計画など全くなかった。ただ羽立野家に留まってはろくな未来がないという予感だけが、三葉を動かしたのだ。
大通りを駅に向かって歩いていると、三葉の側に一台の車が止まった。
「あなた、三葉さんよね?」
呼び止められ、思わず三葉は返事をしてしまう。
「はい、羽立野三葉です……」
すると車の扉が開いて、よく知る顔が三葉の前に立つ。
別に人目を気にした訳ではなく、出入りを許されている門が使用人と同じ裏の勝手口だけなのだ。
「お帰りなさい、三葉さん。お早いですね」
留守を預かっていた女中頭が一人帰宅した三葉に声をかける。
「私が同席してもお邪魔になるだけなので、先に戻りました」
「そうですか」
女中頭は三葉の返答を特に疑問に思った様子もなく、軽く会釈をすると奥に引っ込む。
三葉の扱いは基本的にこうなのだ。
狭いながらも自室を与えられ、女学校にも通わせてもらっている。食事だって言えば出してもらえるし、季節ごとにお下がりの着物が与えられる。勉強の合間に台所仕事を手伝えば、ささやかだけれど給金ももらえた。
但し家族との会話はほぼ無く、使用人達も必要最低限しか三葉と接触しようとしない。
ただそこにいる「モノ」として扱われ、三葉は育った。
三葉としては、この現状はそれなりに気に入っている。悪ささえしなければ、三葉の行動に口出ししてくる者はいないからだ。
きょうだい達のように贅沢をして暮らしたいわけではないし、これまで育ててもらったお礼として、父の仕事を有利に進める為の縁談も受け入れようと思っていた。
が、それも兄の馬鹿な言動を目の当たりにして、考えは変わった。
(あんなことをしたら、これから先まともな縁談が来るわけないわ)
部屋に戻った三葉は急いで風呂敷を広げると、着物など当面必要な品を箪笥から出して包む。
幸い私物は殆どないので、支度は十分程度で済んだ。
「後は……」
家族を含め、この屋敷で親しくしている相手はいない。
けれど一つだけ、気がかりな事がある。
この広大な屋敷に点在する神棚だ。
大小含め五十あるそれらは、まだ羽立野家が守り神を奉っていた頃の名残である。祖父の代まではそれなりに奉っていたようだけれど、父に代替わりしてからは手入れは一切されなくなった。
神棚自体は何度か壊して捨てようとしたらしいが、信じていないとはいえ神は神。
たたりを恐れた父と兄は、あれこれと理由をつけて放置を選択したのだ。
屋敷に引き取られた三葉は、する事もないので自然に放置されていた神棚の管理を始めた。
けれど自分が羽立野家を去れば、神棚はまた放置されるだろう。
それだけが心残りなのだ。しかし神棚を持って行くことなど物理的に不可能なので、三葉は心の中で謝罪する。
(ごめんなさい、神様。これまでありがとうございました)
風呂敷を抱えると、三葉は部屋から出た。廊下で何人かの女中とすれ違ったけれど、誰も三葉に声をかけるどころか見向きもしない。
関われば当主夫婦から小言を言われるので、厄介者にはなるべく関わりたくないのだろう。
急いで草履を履き、暗い裏庭を突っ切って先程入ってきた勝手口から外へ駆け出す。
「さてと、これからどこに行こう」
帯に挟んだ財布の中には、僅かばかりのお金しか入っていない。
「このまま帝都に留まるのは危険だろうし。行けるところまで行って、住み込みの仕事を探そう」
とはいえ、三葉に土地勘などまるでない。
衝動的に家を出たのだって、その後の計画など全くなかった。ただ羽立野家に留まってはろくな未来がないという予感だけが、三葉を動かしたのだ。
大通りを駅に向かって歩いていると、三葉の側に一台の車が止まった。
「あなた、三葉さんよね?」
呼び止められ、思わず三葉は返事をしてしまう。
「はい、羽立野三葉です……」
すると車の扉が開いて、よく知る顔が三葉の前に立つ。
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