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4 蛇に睨まれてます
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「蛇頭様! どうしてここに?」
「江奈でいいわ。私目立っちゃうから立ち話できないの。だから乗ってちょうだい」
手を掴まれて、三葉は有無を言わさず車内へと引っ張り込まれた。
「車を出して。人気のないところを適当に走って」
「かしこまりました、お嬢様」
運転手が江奈の指示に答えて、車が動き出す。
(あ、私……終わった)
兄があれだけの無礼を働いたのだ。江奈が羽立野家全員に恨みを持ってもおかしくない。
「申し訳ございません。どうか、命だけは……」
「やだ、やめてよ。いきなり丸呑みになんてしないから、顔を上げて三葉さん」
車内で土下座しようとする三葉を、江奈が慌てて止める。
「あなた、羽立野家から逃げようとしてたんでしょう? 手伝ってあげる」
「え?」
予想もしていなかった言葉に、三葉はぽかんとして江奈を見つめた。
「ああ、ホテルには父が残って、羽立野一族と大喧嘩してるわ。面白かったけど飽きちゃったから、先に抜けてきたの。それで帰る途中であなたを見つけたのよ」
「兄が……その……申し訳ございません」
「三葉さんは関係ないじゃない。謝る事ないわ」
けらけらと明るく笑う江奈は、侮辱されたとは思えないほどすがすがしい顔をしている。
「正直、ほっとしてるのよ。両親も私も結婚なんてするつもりなかったのだけど、外堀を埋められかけてたから。向こうから破棄してくれて助かったわ。それにあの男、なんか生理的に受け付けなくて。もうちょっと知的な方だったら考えても良かったんだけど……お兄様なのに、悪口言ってごめんなさいね」
「いえ……」
やらかしの内容が内容であるし、三葉としても兄を庇うつもりは全くない。
「じゃあ本題に入るわね。三葉さん、行くあてはあるの? ないわよね」
決めつけられるが、事実なので三葉は頷く。母は失踪し行方知れず。頼れる親戚などいない。
「手持ちのお金で行けるところまでの切符を買って、降りた駅で住み込みの女中をやろうと思ってたでしょ」
「はい」
ことごとく思考を言い当てられ驚く三葉に、江奈は容赦なく現実をぶつけてくる。
「身寄りのない娘なんて悪徳業者の餌食になるだけよ。そりゃあなたは羽立野家では冷遇されていたかもしれないけど、外から見れば世間知らずのお嬢様なのよ。自分がもの知らずだと自覚しなさい」
なるべく考えないようにしていた事実を、江奈が突きつける。
家族からぞんざいに扱われ、政略結婚の道具として育てられた三葉は、江奈の言うとおり世間を知らない。
「だからね、助けてあげる。私の友人の家で働けるように、紹介状を書いてあげるわ。ちょっと癖があるけど信頼できる人だから安心してね」
そう言うと江奈は鞄からペンと懐紙を出した。
きつい言葉を突きつけたかと思えば、こうして三葉を気にかけてくれる江奈の意図が分からない。そもそも江奈とは、家族顔合わせの席で挨拶をしただけの相手だ。
だから三葉としては、自分を憶えていたことだけでもかなり驚いていた。
「どうして江奈様は、こんなにも優しくしてくださるんですか?」
「あの家族の中で、一番まともだったから」
ペンを走らせながら、江奈が答える。
「風呂敷の中を見てご覧なさい」
不思議に思いながら三葉が風呂敷の結び目を解くと、着物の上に入れたはずのない陶器の狐がちょこんと収まっていた。
「狐の置物……どうして?」
掌に収まる陶器の狐は、屋敷の離れに奉られていた神棚の奥にあったものだ。掃除をしていた時に偶然見つけた三葉は、埃だらけだったそれを丁寧に洗って神棚へと戻し、毎日手を合わせていた。
「貴女についていきたいんですって」
無意識に盗んだ訳ではないと安堵したが、すぐ江奈の説明がおかしなものだと気付く。
「そんな、江奈様の説明だと陶器の狐が自分で風呂敷に入ったみたいじゃないですか」
「私、なにかおかしなことを言ったかしら?」
ちらと向けられた視線は鋭く、三葉は首を横に振る。
「江奈でいいわ。私目立っちゃうから立ち話できないの。だから乗ってちょうだい」
手を掴まれて、三葉は有無を言わさず車内へと引っ張り込まれた。
「車を出して。人気のないところを適当に走って」
「かしこまりました、お嬢様」
運転手が江奈の指示に答えて、車が動き出す。
(あ、私……終わった)
兄があれだけの無礼を働いたのだ。江奈が羽立野家全員に恨みを持ってもおかしくない。
「申し訳ございません。どうか、命だけは……」
「やだ、やめてよ。いきなり丸呑みになんてしないから、顔を上げて三葉さん」
車内で土下座しようとする三葉を、江奈が慌てて止める。
「あなた、羽立野家から逃げようとしてたんでしょう? 手伝ってあげる」
「え?」
予想もしていなかった言葉に、三葉はぽかんとして江奈を見つめた。
「ああ、ホテルには父が残って、羽立野一族と大喧嘩してるわ。面白かったけど飽きちゃったから、先に抜けてきたの。それで帰る途中であなたを見つけたのよ」
「兄が……その……申し訳ございません」
「三葉さんは関係ないじゃない。謝る事ないわ」
けらけらと明るく笑う江奈は、侮辱されたとは思えないほどすがすがしい顔をしている。
「正直、ほっとしてるのよ。両親も私も結婚なんてするつもりなかったのだけど、外堀を埋められかけてたから。向こうから破棄してくれて助かったわ。それにあの男、なんか生理的に受け付けなくて。もうちょっと知的な方だったら考えても良かったんだけど……お兄様なのに、悪口言ってごめんなさいね」
「いえ……」
やらかしの内容が内容であるし、三葉としても兄を庇うつもりは全くない。
「じゃあ本題に入るわね。三葉さん、行くあてはあるの? ないわよね」
決めつけられるが、事実なので三葉は頷く。母は失踪し行方知れず。頼れる親戚などいない。
「手持ちのお金で行けるところまでの切符を買って、降りた駅で住み込みの女中をやろうと思ってたでしょ」
「はい」
ことごとく思考を言い当てられ驚く三葉に、江奈は容赦なく現実をぶつけてくる。
「身寄りのない娘なんて悪徳業者の餌食になるだけよ。そりゃあなたは羽立野家では冷遇されていたかもしれないけど、外から見れば世間知らずのお嬢様なのよ。自分がもの知らずだと自覚しなさい」
なるべく考えないようにしていた事実を、江奈が突きつける。
家族からぞんざいに扱われ、政略結婚の道具として育てられた三葉は、江奈の言うとおり世間を知らない。
「だからね、助けてあげる。私の友人の家で働けるように、紹介状を書いてあげるわ。ちょっと癖があるけど信頼できる人だから安心してね」
そう言うと江奈は鞄からペンと懐紙を出した。
きつい言葉を突きつけたかと思えば、こうして三葉を気にかけてくれる江奈の意図が分からない。そもそも江奈とは、家族顔合わせの席で挨拶をしただけの相手だ。
だから三葉としては、自分を憶えていたことだけでもかなり驚いていた。
「どうして江奈様は、こんなにも優しくしてくださるんですか?」
「あの家族の中で、一番まともだったから」
ペンを走らせながら、江奈が答える。
「風呂敷の中を見てご覧なさい」
不思議に思いながら三葉が風呂敷の結び目を解くと、着物の上に入れたはずのない陶器の狐がちょこんと収まっていた。
「狐の置物……どうして?」
掌に収まる陶器の狐は、屋敷の離れに奉られていた神棚の奥にあったものだ。掃除をしていた時に偶然見つけた三葉は、埃だらけだったそれを丁寧に洗って神棚へと戻し、毎日手を合わせていた。
「貴女についていきたいんですって」
無意識に盗んだ訳ではないと安堵したが、すぐ江奈の説明がおかしなものだと気付く。
「そんな、江奈様の説明だと陶器の狐が自分で風呂敷に入ったみたいじゃないですか」
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ちらと向けられた視線は鋭く、三葉は首を横に振る。
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