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33 魔除けには櫛と真珠
しおりを挟む「じゃあ、お母さんは? お母さんもお狐様達に気に入られていたんでしょう?」
「気に入られて守護されることと、神憑とはまた別なんだよ。恐らくは君の母上も神憑だったとは思うけど……しかし何らかの事情があって、憑いた神と守り神は去らざる得なかった」
神が離れれば特別な能力はなくなり、守護も消える。
(だからお母さんは、病気になって……死んだんだ)
俯く三葉を慰めるように吹雪の尾が頬を撫でてくれる。
「神憑は血では決まらない。神と関わりが無ければ、神憑にはなれないのだが。何か接点に心当たりは?」
各地を転々としていたので、特定の社にお参りをした記憶は三葉にはなかった。
「三葉の母上は羽立野に長く出入りしていた訳ではないから、俺達の知らないところで神と関わりがあったのだろう。しかし守護と違い、一度神憑になれば滅多なことでは離れないのだが」
どうやら同じ神である吹雪からしても、離れた理由は分からないらしい。
「残念ながら神は不都合な事態に陥り、君の母君と離れざる得なかった。これは憶測だけれど、羽立野の神排が関連していると思う」
確かに、母は亡くなる半年ほど前から何かに怯えていた。病のせいだと周囲は言ってたし、三葉もそう思い込んでいた。
だが突然神が消えたのなら、合点がいく。
「話は終わったかな?」
どうやら話が一段落するのを待っていたホンが、幾つかの木箱を抱えて入ってくる。
「三葉さん、花茶が飲み頃だよ」
微笑むほんの指し示すカップを見れば、お湯の中で可憐な花が開いていた。
「いただきます。……いい香り」
ふわりと香るそれは、強張っていた心を和らげてくれる。
「気に入った?」
「はい!」
「元気いいね。笑顔も素敵だよ。若様には勿体ないね」
苦虫をかみつぶしたような弘城をホンはニヤニヤと眺めている。
(もしかして弘城さん、ホンさんが苦手なのかな?)
店に来てからどうにも弘城のペースで進んでいないと、流石に三葉でも気付いてしまう。
「品を見せてくれ」
ホンが箱を開けると、様々な宝飾品がベルベルット生地に鎮座していた。どれも三葉が見たこともない高級品ばかりだ。
「三葉さんは、どれが好み?」
「どれって……私、こういうの選んだことないですし。その、趣味が悪いって言われてて」
女学校へ通うようになって、髪を纏めるためにリボンは必須だ。けれどどれを付けても桃香から『似合わない。趣味が悪いわ』と罵倒されるので、最近は毛羽立った組紐で済ませていた。
「お嬢さん、良くない気が纏わり付いてるね」
「え?」
「魔除けには真珠ね」
「だったら、これにしよう」
弘城が手にしたのは、真珠を鈴蘭の花に見立てたブローチだった。茎と葉は精巧な銀細工で作られている。
「それと、櫛は?」
「できてるよ。つげの櫛は大切。加工に苦労したよ」
大げさに額の汗を拭う仕草をするホンに、三葉は笑ってしまう。けれど彼の言うとおり、弘城から手渡された櫛を見て息を呑む。
片面には狼、もう片面にはまるで生きているかのような狐が彫られていたのだ。
「この二つをもらおう」
「若様は値段聞かないから嬉しいよ」
上機嫌で二つの品を包むと、ホンは引き出しから小さな紙袋を出してテーブルに置く。
「これはおまけの花茶。飲むと嫌な気分も吹っ飛ぶよ」
「ありがとうございます」
「またいらっしゃい、お嬢さん。一人でも大歓迎よ。買い物は若様のツケにするから、安心して」
「帰ろうか、三葉さん」
何も言い返さないところを見ると、ホンの言うとおり弘城は三葉の買い物の支払いは自分がするつもりでいるのだろう。
(流石にそれは申し訳ないし……っていうか、もしかして今日の買い物って私の分?)
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