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第3章:カス村長ぶちのめし編
3-5. この村の治安はどうなってんだ! 母さんを狙うカスが現れる
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翌日、俺は柵の改造に取りかかった。
羊はメイとユーノに任せて、近所の手頃な山で遊牧の練習だ。
基本的に羊は大人しいので、遠出しないのなら子供ふたりでも面倒を見れる。レストもついていかせたから、ふたりがミスしても心配は要らない。レストがいれば狼も群れには近寄らない。
俺は短槍で地面を削って小さな穴をあけ、そこに丸太をあてて、棍棒を金槌代わりにする。
母さんが手伝ってくれるが、丸太を支えたり小枝を挟んだりする仕事を任せて、力仕事は俺が担当した。
昼を過ぎてしばらくすると、杭を打つ音に紛れて、何か別の音が大通りから聞こえてきた。
「……ん? なんの音だ? あ。母さん。見て。馬車と馬の集団だ」
「あら。珍しいわね。いったい何かしら」
一団は大通りを進んでいき、やがて見えなくなった。
「随分と立派な馬車だったわ。白と青の旗が見えたからラルム教会の馬車だとは思うけど……」
「うん。でも、守護属性の付与儀式なら先触れもなくいきなり来るとは思えないし……。いったいなんだろう」
俺は母さんと視線を交わした。
中天の日差しを浴びて母さんの笑顔がみずみずしく輝く。美しい……。
こういう些細な瞬間に幸せを感じる。
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
なんかイラッとくるな
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
うん。イラッとくる
────────────────────
■自分
文句を言うな。お前らが望んだ回想だぞ。
それにしても、母さんは美しいな……。
俺の記憶とはいえ、母さんを見せてくれてありがとうな。
うすぐらい屋内だと分かりづらいが、日差しの下だと、本当に輝くんだよ。
山村で良かったよ。
もしここが街だったら、毎日画家が長蛇の列を作り、吟遊詩人が愛を歌い、求婚の男たちが押し寄せて、大変だったはずだ。
お。そうだ。もう1個お礼を言っておかないとな。
ありがとうな。偉大なる闇刻魔王ヴォルグルーエル
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
ん? なにが?
────────────────────
■自分
お前が人間に『世界一の美人を差しだせ』と言うタイプの魔王じゃなくて良かったよ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
……あ、うん。
そんなことのお礼で我は初めてお前から名前を呼ばれたのか。
あー。女、献上させようかな
────────────────────
■自分
……
……は?
……
……
……は?
……
……
……おい、もう少し、詳しく言ってみろ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
やめろ。圧が怖い。魔王を威圧するな!
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
たまにアレル怖いよね。魔王も漏らす?
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
漏らしはせんが、マジで怖い。
なんなんだよ、こいつ。まだ見ぬ勇者や聖女より遥かに怖いぞ
────────────────────
立派な馬車の到来は、村にいない時期が多い俺だけでなく母さんにとっても珍しい出来事らしく、不思議そうにしている。
俺が住む村には教会がないし、司教もいない。
村の入り口に小さな祠があるだけだ。それはご神体のラルム像を祀るためのものであり、中に人が入って祈りを捧げるような空間はない。
そんな田舎だが、年に1回か2回、近隣の大きな街から司教がやってきて、新生児に祝福を与えたり、守護属性付与の儀式を執りおこなったりする。
宗教権力は国内のド辺境も定期的に巡回して、その影響力を及ぼしているというわけだ。
ガランガラン。
錫をぶつけあう低い鐘の音が聞こえてきた。村長が村人を集めるときに鳴らす音だ。
ゆっくりと鳴っているから、狼やモンスターの接近を知らせるものではない。
「緊急事態ではないけど、今すぐ村人を集める必要がある状況か……。母さんは夕食の準備を頼む。俺が行ってくる」
「ええ。そうするわ。アレル。お願いね」
うちは母さんが家長だし、俺は『中世的な価値観では弱くなりがちな母親』の立場を最大限に尊重して敬っている。
しかし村目線で見れば、父を失った家の家長として振る舞うべきなのは長男の俺だ。
村にいない時期が多い俺だからこそ、村民に顔を積極的に見せる必要もある。
大通りに出ると、見たことのない馬車と馬を従えた一団が見えた。
馬車はファンタジー漫画で見るような、無駄に装飾されたデザインをしている。車体は白色に塗装されており、縁は金で飾られている。
車体の右前に旗が掲げられている。風を受けずに垂れているし、離れた位置だからはっきりしないが、青地に白い聖杯が描かれたラルム教の紋章のように見える。
華美な馬車だ。
村の共有財産のカビた荷車とは、まさに鳳凰とイボガエルだ。
「ありゃあ街の教会じゃあねえぇな」
小道から中年の男が足を引きずりながら出てきた。顎や側頭部に大きな傷をもつ、ジャックという村人だ。
昔の聖人にあやかったジャックという名前の人は多くて、村に10人くらいいるから、こいつは顎傷のジャックと呼ばれている。
なお、アレルも勇者の名前だから同名の者が多い。俺は目立つ外見的特徴がないから、羊飼いのアレル、もしくは、アルスの息子アレルと呼ばれている。
「うちらの領主様でもあんな立派なぁ馬車は持ってねえぇ。大勢の護衛をぞぉろぞろと連れてくるんだ。王都から来たのかもしれねえぇ」
ジャックは過去に負った顎の傷をかばうしゃべり方をする。
俺は上手く聞き取れなかったから、聞き返す。
「王都からの使いって言ったのか? こんな村になんの用が?」
「俺が知るわけぇないだろ。だが、まあぁ、聖戦だろうな……。そんなことよりもアレルぅ。いいところで会った。サーラを俺にくれないか」
「……は? いきなりなんだ? ぶちのめすぞ?」
俺は普通の笑顔と普段の口調で言った。
「なっ。なんだ、お前。今、ぶちのめすって言ったのかぁ?! 村のために野盗と戦って足を怪我した俺をぉ?!」
ジャックが動揺しているが、俺は気にせず、いつものテンションで普通に話す。
「おい。勘違いするな。ぶちのめすなんて言うわけないだろ。『うちのメシまず女を?』と言ったんだ。怪我をする前は、背後から射られた矢を見もせずに避けたという耳をもつ一流戦士のあんたが、どういう聞き間違いをしているんだ?」
「親をメシまず女なんて言うかぁ?」
「羊飼いの俺は学がないから言葉を知らないんだ。許してくれよ」
「そういうことか。まあぁ、羊飼いは、1、2の次は『たくさん』だからな。ものを知らないぃ」
「そういうことだ。なあ、俺の母さんは料理が下手だ。メシがまずい。嫁にする価値はないぞ」
すまん。悪く言ってごめん。母さん。
もちろん嘘だ。そんなこと思っていない。
くそっ。心が苦しい!
「いや、飯のことはいいぃ。俺はぁこぉんな脚だから不便でしょうがねえぇ。サーラならまだ子供を産めるだろうしぃ、俺が貰ってやろうって言うんだぁ。悪い話じゃないだろうぅ」
ジャックは顎の傷まで歪むほどの笑みを浮かべる。
俺は感情の変化を表情に出さないように、下唇を口の裏側から軽くかんだ。
「うちのメシまず女を(ぶちのめすぞ)!」
母さんの体目当てだと?
このゴミカスが……!
ぶっ、ぶちのめ……!
が、我慢だ。村人と揉めるのはまずい。
雪が降る前に俺は羊を連れて南へ行く。そうしたら、残された家族がどんな嫌がらせをされるか……。
「お前が家長になったんだからぁ、もうあの家にサーラは要らないだろぉ? 力もないのに家長気取りのぉ年増女を厄介払いできるんだぁ。お前にとってもいい話だぁ。くききっ。なあに、使い古しで股は緩くてもぉ、俺は気にしない。ガキを孕めなくてもぉ、女には男を悦ばせるぅ使い道はあるんだぁ」
くそがあっ!
これは、ライン超えだよな?
野蛮力を行使していいよな?
昔、父さんが旅先で『お前たち羊飼いは、溜まったら羊の穴を使ってるんだろ?』と侮辱された瞬間、相手をぶん殴って顎を粉砕した。
街の役人がやってきたが、目撃者が証言してくれたから父さんは罪に問われなかった。
つまり、正当性があって目撃者がいるなら、ぶん殴っていいってことだ。
俺は周囲を見る。しかし残念なことに、周囲に人がいない。
くそッ。こいつが俺の家族を侮辱したことを、証言してくれる人がいない!
村長が呼集の鐘を鳴らしたんだ。さっさと来いよ!
いや、待て。逆か?
誰も見ていないから、ぶちのめしていいか?
先ず、母さんを陵辱できないように股間を潰す。次に喉を潰して舌を引き抜く。こいつは文字なんて書けないだろうし、俺の犯行を他人に伝えるすべはない。
「ぶっ、ぶちのめっ……すぞ!」
「お前ぇ、やっぱり、ぶちのめすって言っているだろぉ!」
うろたえたジャックが口からつばを飛ばしてきたから、俺は首を横に曲げてかわす。
「どっ、どうした、ジャック。やはり耳が悪くなったんじゃないのか? 俺は『うちのメスを?』って聞いたんだぞ?」
「おっ、お前、自分の家族をメスって呼ぶのかぁ?」
「ああ。そうだ。女ばかり3人もいるんだ。メスって呼びたくなって当然だろ」
俺は妄想でジャックをフルボッコにして、リアルでは耐えた。
「そのメスを1匹もらってやろうっていうんだぁ。お前にとってもいい話だろぉ? それとも、何かサーラを出せない理由でもあるのかぁ? 父親のお古をお前が使っているのかぁ? ガキがぁ練習するにはちょうどいいかもしれないがぁ、緩すぎはよくないぞぉ。くききっ」
くそが!
この村はどうなってんだ!
8歳を娶ろうとするロリコン村長の次は、今度は50くらいの中年が、28の母さんを嫁にしたいだと?
ふざけるな。認められるわけがないだろう!
俺の愛する母が、使い古しの厄介者だと?!
俺は俯いた拍子に、ジャックの折れ曲がった右足首を見る。
口から差別的な言葉が出かかるが、拳を強く握りしめて我慢する。
こいつが村のために戦って怪我をしたのも事実……!
そして、悔しいが、これが女性蔑視のこの時代では当たり前の価値観……!
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
お前には当てないよう気をつけながら、過去狙撃してやろうか?
────────────────────
■自分
ありがどう。だが大丈夫だ。
少しあとになるが、こいつはちゃんと始末したよ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
そうか。ならいい。
くくくっ。こいつがぶちのめされるところを楽しみにしておくぞ
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
やったあ!
ぶちのめしだ! 見たい! 見たい!
────────────────────
■自分
いや、こいつは、ぶちのめさなかったかも?
平和に話しあって解決したはずだ
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
えー。やだあ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
お前が会話で解決って嘘だろw
────────────────────
■自分
いや、回想でも触れているように、こいつは過去に父さんや他の男たちと一緒に村を護ったんだって。冬前の食糧難が来る前に、野盗が襲撃してきたんだ。野盗といっても、勇者崩れだ。実力がなくて聖戦を途中で断念したような奴等だ。それなりに剣が使えて魔法も使える。大きな戦いだった。俺は家で棍棒を握って、いつ野盗が侵入してきてもいいように、震えながら戸を睨んでいたのをよく覚えている。ジャックに救われた命だってあるはずだ。そんなやつをぶちのめせるはずがないだろ
────────────────────
俺は鋼の精神で笑みを浮かべる。
「ジャック。羊飼いの俺は家を空けることが多いと知っているだろう。下の妹が育つまで母さんは家長の俺に従って働く必要がある。だから、お前には渡せない」
俺は怒りを抑えて可能な限り丁寧に言うと、普段の足取りで歩きだす。
相手に多少の悪感情を抱かせるかもしれないが、俺の忍耐にも限度があるから、わざわざ気を遣ってジャックの歩調にあわせる気はない。
おい、ゴミカスジャック。
お前の目がまだ腐ってないなら、その目で俺の腰にさげられた棍棒と短槍をよく見ておけ。俺は、その気になればいつでもお前を殺せるんだからな。
俺は不愉快な中年男を置き去りにして、村長宅に向かった。
羊はメイとユーノに任せて、近所の手頃な山で遊牧の練習だ。
基本的に羊は大人しいので、遠出しないのなら子供ふたりでも面倒を見れる。レストもついていかせたから、ふたりがミスしても心配は要らない。レストがいれば狼も群れには近寄らない。
俺は短槍で地面を削って小さな穴をあけ、そこに丸太をあてて、棍棒を金槌代わりにする。
母さんが手伝ってくれるが、丸太を支えたり小枝を挟んだりする仕事を任せて、力仕事は俺が担当した。
昼を過ぎてしばらくすると、杭を打つ音に紛れて、何か別の音が大通りから聞こえてきた。
「……ん? なんの音だ? あ。母さん。見て。馬車と馬の集団だ」
「あら。珍しいわね。いったい何かしら」
一団は大通りを進んでいき、やがて見えなくなった。
「随分と立派な馬車だったわ。白と青の旗が見えたからラルム教会の馬車だとは思うけど……」
「うん。でも、守護属性の付与儀式なら先触れもなくいきなり来るとは思えないし……。いったいなんだろう」
俺は母さんと視線を交わした。
中天の日差しを浴びて母さんの笑顔がみずみずしく輝く。美しい……。
こういう些細な瞬間に幸せを感じる。
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
なんかイラッとくるな
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
うん。イラッとくる
────────────────────
■自分
文句を言うな。お前らが望んだ回想だぞ。
それにしても、母さんは美しいな……。
俺の記憶とはいえ、母さんを見せてくれてありがとうな。
うすぐらい屋内だと分かりづらいが、日差しの下だと、本当に輝くんだよ。
山村で良かったよ。
もしここが街だったら、毎日画家が長蛇の列を作り、吟遊詩人が愛を歌い、求婚の男たちが押し寄せて、大変だったはずだ。
お。そうだ。もう1個お礼を言っておかないとな。
ありがとうな。偉大なる闇刻魔王ヴォルグルーエル
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
ん? なにが?
────────────────────
■自分
お前が人間に『世界一の美人を差しだせ』と言うタイプの魔王じゃなくて良かったよ
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
……あ、うん。
そんなことのお礼で我は初めてお前から名前を呼ばれたのか。
あー。女、献上させようかな
────────────────────
■自分
……
……は?
……
……
……は?
……
……
……おい、もう少し、詳しく言ってみろ
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
やめろ。圧が怖い。魔王を威圧するな!
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
たまにアレル怖いよね。魔王も漏らす?
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
漏らしはせんが、マジで怖い。
なんなんだよ、こいつ。まだ見ぬ勇者や聖女より遥かに怖いぞ
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立派な馬車の到来は、村にいない時期が多い俺だけでなく母さんにとっても珍しい出来事らしく、不思議そうにしている。
俺が住む村には教会がないし、司教もいない。
村の入り口に小さな祠があるだけだ。それはご神体のラルム像を祀るためのものであり、中に人が入って祈りを捧げるような空間はない。
そんな田舎だが、年に1回か2回、近隣の大きな街から司教がやってきて、新生児に祝福を与えたり、守護属性付与の儀式を執りおこなったりする。
宗教権力は国内のド辺境も定期的に巡回して、その影響力を及ぼしているというわけだ。
ガランガラン。
錫をぶつけあう低い鐘の音が聞こえてきた。村長が村人を集めるときに鳴らす音だ。
ゆっくりと鳴っているから、狼やモンスターの接近を知らせるものではない。
「緊急事態ではないけど、今すぐ村人を集める必要がある状況か……。母さんは夕食の準備を頼む。俺が行ってくる」
「ええ。そうするわ。アレル。お願いね」
うちは母さんが家長だし、俺は『中世的な価値観では弱くなりがちな母親』の立場を最大限に尊重して敬っている。
しかし村目線で見れば、父を失った家の家長として振る舞うべきなのは長男の俺だ。
村にいない時期が多い俺だからこそ、村民に顔を積極的に見せる必要もある。
大通りに出ると、見たことのない馬車と馬を従えた一団が見えた。
馬車はファンタジー漫画で見るような、無駄に装飾されたデザインをしている。車体は白色に塗装されており、縁は金で飾られている。
車体の右前に旗が掲げられている。風を受けずに垂れているし、離れた位置だからはっきりしないが、青地に白い聖杯が描かれたラルム教の紋章のように見える。
華美な馬車だ。
村の共有財産のカビた荷車とは、まさに鳳凰とイボガエルだ。
「ありゃあ街の教会じゃあねえぇな」
小道から中年の男が足を引きずりながら出てきた。顎や側頭部に大きな傷をもつ、ジャックという村人だ。
昔の聖人にあやかったジャックという名前の人は多くて、村に10人くらいいるから、こいつは顎傷のジャックと呼ばれている。
なお、アレルも勇者の名前だから同名の者が多い。俺は目立つ外見的特徴がないから、羊飼いのアレル、もしくは、アルスの息子アレルと呼ばれている。
「うちらの領主様でもあんな立派なぁ馬車は持ってねえぇ。大勢の護衛をぞぉろぞろと連れてくるんだ。王都から来たのかもしれねえぇ」
ジャックは過去に負った顎の傷をかばうしゃべり方をする。
俺は上手く聞き取れなかったから、聞き返す。
「王都からの使いって言ったのか? こんな村になんの用が?」
「俺が知るわけぇないだろ。だが、まあぁ、聖戦だろうな……。そんなことよりもアレルぅ。いいところで会った。サーラを俺にくれないか」
「……は? いきなりなんだ? ぶちのめすぞ?」
俺は普通の笑顔と普段の口調で言った。
「なっ。なんだ、お前。今、ぶちのめすって言ったのかぁ?! 村のために野盗と戦って足を怪我した俺をぉ?!」
ジャックが動揺しているが、俺は気にせず、いつものテンションで普通に話す。
「おい。勘違いするな。ぶちのめすなんて言うわけないだろ。『うちのメシまず女を?』と言ったんだ。怪我をする前は、背後から射られた矢を見もせずに避けたという耳をもつ一流戦士のあんたが、どういう聞き間違いをしているんだ?」
「親をメシまず女なんて言うかぁ?」
「羊飼いの俺は学がないから言葉を知らないんだ。許してくれよ」
「そういうことか。まあぁ、羊飼いは、1、2の次は『たくさん』だからな。ものを知らないぃ」
「そういうことだ。なあ、俺の母さんは料理が下手だ。メシがまずい。嫁にする価値はないぞ」
すまん。悪く言ってごめん。母さん。
もちろん嘘だ。そんなこと思っていない。
くそっ。心が苦しい!
「いや、飯のことはいいぃ。俺はぁこぉんな脚だから不便でしょうがねえぇ。サーラならまだ子供を産めるだろうしぃ、俺が貰ってやろうって言うんだぁ。悪い話じゃないだろうぅ」
ジャックは顎の傷まで歪むほどの笑みを浮かべる。
俺は感情の変化を表情に出さないように、下唇を口の裏側から軽くかんだ。
「うちのメシまず女を(ぶちのめすぞ)!」
母さんの体目当てだと?
このゴミカスが……!
ぶっ、ぶちのめ……!
が、我慢だ。村人と揉めるのはまずい。
雪が降る前に俺は羊を連れて南へ行く。そうしたら、残された家族がどんな嫌がらせをされるか……。
「お前が家長になったんだからぁ、もうあの家にサーラは要らないだろぉ? 力もないのに家長気取りのぉ年増女を厄介払いできるんだぁ。お前にとってもいい話だぁ。くききっ。なあに、使い古しで股は緩くてもぉ、俺は気にしない。ガキを孕めなくてもぉ、女には男を悦ばせるぅ使い道はあるんだぁ」
くそがあっ!
これは、ライン超えだよな?
野蛮力を行使していいよな?
昔、父さんが旅先で『お前たち羊飼いは、溜まったら羊の穴を使ってるんだろ?』と侮辱された瞬間、相手をぶん殴って顎を粉砕した。
街の役人がやってきたが、目撃者が証言してくれたから父さんは罪に問われなかった。
つまり、正当性があって目撃者がいるなら、ぶん殴っていいってことだ。
俺は周囲を見る。しかし残念なことに、周囲に人がいない。
くそッ。こいつが俺の家族を侮辱したことを、証言してくれる人がいない!
村長が呼集の鐘を鳴らしたんだ。さっさと来いよ!
いや、待て。逆か?
誰も見ていないから、ぶちのめしていいか?
先ず、母さんを陵辱できないように股間を潰す。次に喉を潰して舌を引き抜く。こいつは文字なんて書けないだろうし、俺の犯行を他人に伝えるすべはない。
「ぶっ、ぶちのめっ……すぞ!」
「お前ぇ、やっぱり、ぶちのめすって言っているだろぉ!」
うろたえたジャックが口からつばを飛ばしてきたから、俺は首を横に曲げてかわす。
「どっ、どうした、ジャック。やはり耳が悪くなったんじゃないのか? 俺は『うちのメスを?』って聞いたんだぞ?」
「おっ、お前、自分の家族をメスって呼ぶのかぁ?」
「ああ。そうだ。女ばかり3人もいるんだ。メスって呼びたくなって当然だろ」
俺は妄想でジャックをフルボッコにして、リアルでは耐えた。
「そのメスを1匹もらってやろうっていうんだぁ。お前にとってもいい話だろぉ? それとも、何かサーラを出せない理由でもあるのかぁ? 父親のお古をお前が使っているのかぁ? ガキがぁ練習するにはちょうどいいかもしれないがぁ、緩すぎはよくないぞぉ。くききっ」
くそが!
この村はどうなってんだ!
8歳を娶ろうとするロリコン村長の次は、今度は50くらいの中年が、28の母さんを嫁にしたいだと?
ふざけるな。認められるわけがないだろう!
俺の愛する母が、使い古しの厄介者だと?!
俺は俯いた拍子に、ジャックの折れ曲がった右足首を見る。
口から差別的な言葉が出かかるが、拳を強く握りしめて我慢する。
こいつが村のために戦って怪我をしたのも事実……!
そして、悔しいが、これが女性蔑視のこの時代では当たり前の価値観……!
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
お前には当てないよう気をつけながら、過去狙撃してやろうか?
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■自分
ありがどう。だが大丈夫だ。
少しあとになるが、こいつはちゃんと始末したよ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
そうか。ならいい。
くくくっ。こいつがぶちのめされるところを楽しみにしておくぞ
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
やったあ!
ぶちのめしだ! 見たい! 見たい!
────────────────────
■自分
いや、こいつは、ぶちのめさなかったかも?
平和に話しあって解決したはずだ
────────────────────
■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
えー。やだあ
────────────────────
■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
お前が会話で解決って嘘だろw
────────────────────
■自分
いや、回想でも触れているように、こいつは過去に父さんや他の男たちと一緒に村を護ったんだって。冬前の食糧難が来る前に、野盗が襲撃してきたんだ。野盗といっても、勇者崩れだ。実力がなくて聖戦を途中で断念したような奴等だ。それなりに剣が使えて魔法も使える。大きな戦いだった。俺は家で棍棒を握って、いつ野盗が侵入してきてもいいように、震えながら戸を睨んでいたのをよく覚えている。ジャックに救われた命だってあるはずだ。そんなやつをぶちのめせるはずがないだろ
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俺は鋼の精神で笑みを浮かべる。
「ジャック。羊飼いの俺は家を空けることが多いと知っているだろう。下の妹が育つまで母さんは家長の俺に従って働く必要がある。だから、お前には渡せない」
俺は怒りを抑えて可能な限り丁寧に言うと、普段の足取りで歩きだす。
相手に多少の悪感情を抱かせるかもしれないが、俺の忍耐にも限度があるから、わざわざ気を遣ってジャックの歩調にあわせる気はない。
おい、ゴミカスジャック。
お前の目がまだ腐ってないなら、その目で俺の腰にさげられた棍棒と短槍をよく見ておけ。俺は、その気になればいつでもお前を殺せるんだからな。
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