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第1話
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『貴方にも素敵な王子様が迎えにきてくれるわよ』
亡くなった母の魔法の言葉を信じなくなったのはいつの頃だっただろう。
義母と義妹に虐げられ、実の父は見て見ぬ振りの日々。侍女のように振る舞い、家族のために身を粉にしてボロボロになっていく自分なんかに王子様なんて来るはずがない。
そう思っていたはずなのに。
「愛してるよシーラ。君のことは私がこれからずっと守ろう」
これは魔法のドレスもガラスの靴も持っていない私が王子様に出会うお話。
◇◇◇
「シーラ! シーラ!!」
私を呼ぶ怒号が廊下に響く。私は湯気のたつティーポットを手に足早に廊下を進む。目的の部屋に入ると私を呼んでいた人は射抜くようにこちらを見てくる。
「遅い! 紅茶を淹れるだけにどれだけ時間がかかっているの!」
「……申し訳ありません」
扇で口元を隠しながらこちらに睨んでくる義母に頭を下げて謝罪する。この人には歯向かわず謝ることが一番ということはこの数年で身に染みている。
「早く準備しなさい。本当のろまなのだから」
「はい。申し訳ありません」
もう口癖のようになっている謝罪をして私は重たい空気の中、温めていたカップに紅茶を注いで二つのカップをテーブルに置く。
立ちあがって去ろうとした時、何かが足に引っかかって思い切り転んでしまう。床は絨毯が敷かれているから痛みは軽減されているが、醜態を晒してしまった。近くからクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「まあお姉様。大丈夫?」
心配そうに声をかけてきたのは義母の向かいに座っている義妹のレイラだ。転んだ自分の足元を見れば先ほどまでそこになかったはずの彼女の足に引っかかったらしい。
心配する言葉を口にしているが、私は彼女に一度も手を差し向けられたことはない。みっともなく目の前で転んだ私にまた義母の怒号が飛んでくる。
「何をやっているの! これ以上わたくしにみっともないところを見せないでちょうだい!」
「……申し訳ありません」
この部屋に入ってから謝罪しか口にしていない気がする。私は立ち上がって頭を下げて部屋を出れば中から楽しそうに私を罵倒する二人の声が聞こえてきて、私は逃げるように部屋を後にした。
私の母はこの屋敷のメイドとして働いていた。そして雇い主である伯爵家当主の父に手を出されて私を身籠った。
その時には父は義母と結婚していたのが、子供をなかなか授かることができずにいた時の出来事だったらしい。夫を誘惑した使用人、そして自分よりも先に子を孕った母は義母の憎悪の対象となった。
母と私は屋敷の屋根裏部屋に世間から隠されるように暮らしていた。そこが私の世界だった。外で遊ぶことは許されず、食事も母と二人で部屋の中で食べる。
晩餐の時間だけは一緒に食事をすることは許されていたけれど、その息苦しい時間が私は苦手だった。
私を産んだことで体を壊した母は一日のほとんどをベッドの上で過ごしていた。母はいつも寝る前に絵本を読み聞かせてくれて、私はその時間が大好きだった。
といっても一冊しか絵本がないから内容をすっかり覚えてしまったけれど、私はいつも初めて聞きますといった顔で母の優しい声に耳を澄ませる。
その絵本の主人公は義母と義姉に虐められている女の子で、舞踏会に行きたいと願う主人公の前に魔法使いが現れて魔法のドレスをもらい王子様と恋に落ちるというお話。
「いいなー。私も王子さまに会いたい!」
「大丈夫。シーラにも素敵な王子様が迎えにきてくれるわよ」
「本当? お母さま」
「本当よ。お母様が貴方に嘘をついたことがある?」
「ううん、ない!」
「ふふ。さあそろそろ寝ましょう。王子様は良い子のところにしか来ないのだから」
「はーい。おやすみなさいお母さま」
「お休みなさい。愛してるわシーラ」
いつもお母様は寝る前に必ず愛してるの言葉と共に額にキスをくれる。どんなに辛い状況でもお母様がいるだけで耐えられた。私はいつまでもこの幸せな時間が続くと、幼心にそう思っていた。
それから私が十の歳になる頃、最愛の母が亡くなった。葬式が終わってから私は毎日母と過ごしたベッドの上でずっと泣いていた。私を愛してくれる人が居なくなってしまった。私はもうひとりぼっちだ。
この年になれば私は父と義母に嫌われていることが分かっていた。二人から守ってくれていた母が居なくなった今、私はどうなってしまうのだろうか。
きっとこの家から追い出されるに決まっている。後継ぎには二人の愛娘の一つ下のレイラがいる。そうなったら私には生きていく術がない。
毎日毎日泣いても枯れることがない涙がシーツに染み込んでいると、部屋がノックされて体が跳ねる。やってきたのはほとんど話したことのない父で、「来なさい」の一言だけ言って出ていった。私はベッドから降りて父の後を少し離れて付いていく。
部屋に入った父に続いて入ると、そこは応接間で父が一人掛けの席に座り、二人掛けのソファには義母の義妹が座っていた。
二人の向かいには同じソファがあるけれど、私が食堂以外の場所で同席することに義母が良い顔をしないので私は立ったまま父の言葉を待つ。
「シーラ。お前の処遇が決まった」
ああ、ついに来てしまった。私は目をぎゅっと瞑って覚悟を決める。
「成人するまではこの家でお前の面倒を見る」
「……へ」
だが父の予想もしていなかった言葉に変な声が出てしまった。絶対追い出されると思っていたのに。
チラリと横目で義母を盗み見れば、義母は広げた扇で顔を隠しているが嫌悪が隠しきれていなくて眉間に深い皺が寄っていた。
「例えお前でも未成年の子を放り出せばすぐ噂になり家名に傷ができる。だがタダでお前の面倒を見る気はない。侍女たちと同じようにこの家で働き、成人した時には出ていけ。一人で暮らしていける給金は出してやる。その後は私に頼るな。分かったな」
「……はい」
「話は以上だ。後は部屋の外にいる侍女に話を聞きなさい」
「はい。寛大な処置ありがとうございます」
私は実の父に深々と頭を下げて部屋を出る。外には小さい頃から私に良くしてくれている侍女が待機していて、彼女は自分のことでもないのに泣きそうにしていたので私は眉を下げて微笑んだ。こんな家に一人でも私のことを思ってくれている人がいてくれるだけで頑張れた。
そして私は家族からは娘ではなく使用人として扱われ、貴族の子息令嬢が必ず入る学院に入学できる年齢になっても父から許可をもらえず。私は追い出された後に一人でもやっていけるように使用人たちから色んなことを教えてもらっていた。
それから月日は流れて私は十七歳になり、成人まで数ヶ月をきった。相変わらず義母と義妹に虐げられながら貯金を貯めるためにひたすら働く毎日。
家を出た後は使用人の知り合いにお店をやっている人がいるのでそこで働けるように取り計らってもらっている。
もう少しでこの地獄のような日々が終わる。母の物は葬式の後に義母にほとんど捨てられてしまい、残ったのは必死に守った形見のイヤリングとあの絵本だけ。これもちゃんと持って家を出るつもりだ。
母は毎夜王子様が迎えに来てくれると言っていたけれど、こんな私を見初めてくれる人なんているわけない。
綺麗なドレスをくれる魔女もいなければ、ガラスの靴だってない。私にあるのは薄汚れたメイド服だけ。
それでも私は私の自由のために今日も一生懸命生きていくのだ。
亡くなった母の魔法の言葉を信じなくなったのはいつの頃だっただろう。
義母と義妹に虐げられ、実の父は見て見ぬ振りの日々。侍女のように振る舞い、家族のために身を粉にしてボロボロになっていく自分なんかに王子様なんて来るはずがない。
そう思っていたはずなのに。
「愛してるよシーラ。君のことは私がこれからずっと守ろう」
これは魔法のドレスもガラスの靴も持っていない私が王子様に出会うお話。
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「シーラ! シーラ!!」
私を呼ぶ怒号が廊下に響く。私は湯気のたつティーポットを手に足早に廊下を進む。目的の部屋に入ると私を呼んでいた人は射抜くようにこちらを見てくる。
「遅い! 紅茶を淹れるだけにどれだけ時間がかかっているの!」
「……申し訳ありません」
扇で口元を隠しながらこちらに睨んでくる義母に頭を下げて謝罪する。この人には歯向かわず謝ることが一番ということはこの数年で身に染みている。
「早く準備しなさい。本当のろまなのだから」
「はい。申し訳ありません」
もう口癖のようになっている謝罪をして私は重たい空気の中、温めていたカップに紅茶を注いで二つのカップをテーブルに置く。
立ちあがって去ろうとした時、何かが足に引っかかって思い切り転んでしまう。床は絨毯が敷かれているから痛みは軽減されているが、醜態を晒してしまった。近くからクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「まあお姉様。大丈夫?」
心配そうに声をかけてきたのは義母の向かいに座っている義妹のレイラだ。転んだ自分の足元を見れば先ほどまでそこになかったはずの彼女の足に引っかかったらしい。
心配する言葉を口にしているが、私は彼女に一度も手を差し向けられたことはない。みっともなく目の前で転んだ私にまた義母の怒号が飛んでくる。
「何をやっているの! これ以上わたくしにみっともないところを見せないでちょうだい!」
「……申し訳ありません」
この部屋に入ってから謝罪しか口にしていない気がする。私は立ち上がって頭を下げて部屋を出れば中から楽しそうに私を罵倒する二人の声が聞こえてきて、私は逃げるように部屋を後にした。
私の母はこの屋敷のメイドとして働いていた。そして雇い主である伯爵家当主の父に手を出されて私を身籠った。
その時には父は義母と結婚していたのが、子供をなかなか授かることができずにいた時の出来事だったらしい。夫を誘惑した使用人、そして自分よりも先に子を孕った母は義母の憎悪の対象となった。
母と私は屋敷の屋根裏部屋に世間から隠されるように暮らしていた。そこが私の世界だった。外で遊ぶことは許されず、食事も母と二人で部屋の中で食べる。
晩餐の時間だけは一緒に食事をすることは許されていたけれど、その息苦しい時間が私は苦手だった。
私を産んだことで体を壊した母は一日のほとんどをベッドの上で過ごしていた。母はいつも寝る前に絵本を読み聞かせてくれて、私はその時間が大好きだった。
といっても一冊しか絵本がないから内容をすっかり覚えてしまったけれど、私はいつも初めて聞きますといった顔で母の優しい声に耳を澄ませる。
その絵本の主人公は義母と義姉に虐められている女の子で、舞踏会に行きたいと願う主人公の前に魔法使いが現れて魔法のドレスをもらい王子様と恋に落ちるというお話。
「いいなー。私も王子さまに会いたい!」
「大丈夫。シーラにも素敵な王子様が迎えにきてくれるわよ」
「本当? お母さま」
「本当よ。お母様が貴方に嘘をついたことがある?」
「ううん、ない!」
「ふふ。さあそろそろ寝ましょう。王子様は良い子のところにしか来ないのだから」
「はーい。おやすみなさいお母さま」
「お休みなさい。愛してるわシーラ」
いつもお母様は寝る前に必ず愛してるの言葉と共に額にキスをくれる。どんなに辛い状況でもお母様がいるだけで耐えられた。私はいつまでもこの幸せな時間が続くと、幼心にそう思っていた。
それから私が十の歳になる頃、最愛の母が亡くなった。葬式が終わってから私は毎日母と過ごしたベッドの上でずっと泣いていた。私を愛してくれる人が居なくなってしまった。私はもうひとりぼっちだ。
この年になれば私は父と義母に嫌われていることが分かっていた。二人から守ってくれていた母が居なくなった今、私はどうなってしまうのだろうか。
きっとこの家から追い出されるに決まっている。後継ぎには二人の愛娘の一つ下のレイラがいる。そうなったら私には生きていく術がない。
毎日毎日泣いても枯れることがない涙がシーツに染み込んでいると、部屋がノックされて体が跳ねる。やってきたのはほとんど話したことのない父で、「来なさい」の一言だけ言って出ていった。私はベッドから降りて父の後を少し離れて付いていく。
部屋に入った父に続いて入ると、そこは応接間で父が一人掛けの席に座り、二人掛けのソファには義母の義妹が座っていた。
二人の向かいには同じソファがあるけれど、私が食堂以外の場所で同席することに義母が良い顔をしないので私は立ったまま父の言葉を待つ。
「シーラ。お前の処遇が決まった」
ああ、ついに来てしまった。私は目をぎゅっと瞑って覚悟を決める。
「成人するまではこの家でお前の面倒を見る」
「……へ」
だが父の予想もしていなかった言葉に変な声が出てしまった。絶対追い出されると思っていたのに。
チラリと横目で義母を盗み見れば、義母は広げた扇で顔を隠しているが嫌悪が隠しきれていなくて眉間に深い皺が寄っていた。
「例えお前でも未成年の子を放り出せばすぐ噂になり家名に傷ができる。だがタダでお前の面倒を見る気はない。侍女たちと同じようにこの家で働き、成人した時には出ていけ。一人で暮らしていける給金は出してやる。その後は私に頼るな。分かったな」
「……はい」
「話は以上だ。後は部屋の外にいる侍女に話を聞きなさい」
「はい。寛大な処置ありがとうございます」
私は実の父に深々と頭を下げて部屋を出る。外には小さい頃から私に良くしてくれている侍女が待機していて、彼女は自分のことでもないのに泣きそうにしていたので私は眉を下げて微笑んだ。こんな家に一人でも私のことを思ってくれている人がいてくれるだけで頑張れた。
そして私は家族からは娘ではなく使用人として扱われ、貴族の子息令嬢が必ず入る学院に入学できる年齢になっても父から許可をもらえず。私は追い出された後に一人でもやっていけるように使用人たちから色んなことを教えてもらっていた。
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家を出た後は使用人の知り合いにお店をやっている人がいるのでそこで働けるように取り計らってもらっている。
もう少しでこの地獄のような日々が終わる。母の物は葬式の後に義母にほとんど捨てられてしまい、残ったのは必死に守った形見のイヤリングとあの絵本だけ。これもちゃんと持って家を出るつもりだ。
母は毎夜王子様が迎えに来てくれると言っていたけれど、こんな私を見初めてくれる人なんているわけない。
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