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第4話-②
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「君は良い子だね」
「……え?」
馬車が動き出して暫く走った頃、唐突に夫人がそんなことを言ってきたので聞き返すも彼女は何でもないと首を横に振った。
「あの、ボードリエ夫人」
「それやめないかい? 君もこれからボードリエになるのだから」
「あ……えっと、その……」
そんなことを言われても数分まで私たちは初めて会ったただの他人だったわけで、未だにこの方の娘になったという実感が沸かないのだ。
夫人は恐らく義母と呼んでほしいのだろうけれど、どうしてもその言葉を口にするとあの恐ろしい人を思い出してしまって恐怖心が頭を支配する。
知らぬうちに膝の上に乗せていた手が震えていて、その手の上に温かい手が重なった。
「君が良ければ私のことはアナベラさんと呼んでくれないかな」
「あ……」
彼女の赤紫の瞳が優しく細まる。私が呼べない理由を察してくれたのだろう。同じ義母なのにこんなにも違うものなのだろうか。
「……アナベラさん」
「うん。これからよろしく、シーラ」
「はい……!」
私は泣きそうになりながら力強く頷く。そんな私にアナベラさんは優しく頭を撫でてくれて、その手にずっと忘れていた母の手を思い出してしまい涙が頬を流れた。
母との楽しかった思い出がどんどん蘇って涙は止まらず、顔に手を当てて何度も謝る私をアナベラさんは抱きしめてくれて私が泣き止むまでずっとそうしてくれていた。
それから私が落ち着いたタイミングでアナベラさんはこれからの話をしてくれた。
「正式にこの書類が通れば君が私の娘になったことが社交界に広まるだろう。この間のパーティーで君はキャロラインを名乗っていたから、色んな憶測が飛んで周りが騒がしくなるだろうけれど気にせず堂々としていればいい」
「はい……あの」
「ん?」
「その、どうしてアナベラさんは私を娘に選んだんですか?」
「屋敷で言った通りだよ。娘を探していた時に君を見て欲しくなった。他人を思いやれる優しい子だってね」
「そんなこと……」
優しいなんて言ってもらえる資格なんて私にはない。自分が傷つかないように人の顔色を伺って、良い顔をして逃げてるだけの臆病者だ。
あの夜のパーティだって他の令嬢のためだとか言っておきながら、拒む態度をとって貴族様に怒鳴られるのが怖かっただけなのだから。
「それと、あるお方にお願いされたからね」
「……あるお方?」
首を傾げるとアナベラさんはまた微笑むだけで教えてくれなかった。そうこうしているうちに馬車はボードリエの屋敷に着いた。
「さあ、今日からここが君の家だよシーラ」
アナベラさんに手を引かれて屋敷の中へと向かう。装飾品は必要最低限というシンプルで洗練された内装で、どこも調度品で溢れたキャロラインとは違って落ち着いていて好きな家だった。
私が唯一持ってきたトランクケースはボードリエの侍女が持ってくれてなんだか申し訳なかった。ついさっきまで私がしていた仕事だからなんだか落ち着かない。
「疲れているだろうから部屋で休ませてあげたいんだけど、君にお客様が待っているんだ」
「お客様ですか……? 分かりました」
ある部屋に入るアナベラさんの後に続いて中に入ると、応接間だろう広い部屋の真ん中に置いてあるソファに座っていた人が立ち上がってこちらを向き、その顔を見て目が丸くなる。
「ブランジェ公爵様……!?」
「やあシーラ嬢。無事に彼女の娘になれたんだね」
「え、ど、どうしてそれを……」
「さあ、どうしてかな?」
目をぱちくりさせて戸惑っている私を見て公爵様は楽しそうに笑っている。見かねたアナベラさんが私の肩に手を回して引き寄せた。
「閣下。いくら私の娘が可愛いからって揶揄うのはやめていただきたい」
「はは、すまない」
公爵様は本当に楽しそうに笑いながら、私たちに向かいのソファに座るように促す。アナベラさんの隣に座ると侍女が目の前に紅茶を置いてくれて反射的に頭を下げる。
高そうなカップを両手で持って一口飲むとそれはすごく美味しい。色んなことがあって喉が渇いていたこともあり一気に半分ほど飲んでしまったし、お茶菓子のクッキーも美味しくて夢中で食べていると気づけば残り一枚になっていた。
小さく笑う声が聞こえて顔を上げればアナベラさんと公爵様が私を見ていて微笑ましそうに笑っていて、羞恥のあまり顔から火が出そうなほどに熱くなる。
「ふふ。気に入ってくれたかな。追加を頼もう」
「え! だ、大丈夫です!」
「気にしなくていい。娘の好きなものを与えるのが母親の役目だ。ようやく夢が叶って嬉しいよ」
アナベラさんの嬉しそうな声を聞いたら無碍にできなくてお言葉に甘えて追加でクッキーをもらうことにした。実家に居た頃はこんなふうに甘やかされるのはレイラだけで落ち着かない。
だけど、また胸が暖かくなって笑みを浮かべていると、向かいに座る公爵様が膝掛けで頬杖をついて『つまらない』といった顔で紅茶を飲む。
「私の目の前でイチャつくのは止めてくれないか」
「ふん、羨ましいだろう?」
アナベラさんは私の頭に手を回し、見せつけるようにお互いの頭をコツンとくっ付ける。公爵様が睨んでくるにも関わらず、気にせず冷やかしているものだからこっちがヒヤヒヤして空気を変えることにした。
「あ、あの! ところでどうして公爵様がこちらに……?」
「……アナベラ、話してないのか」
「これは君の役目だろう? 私は君の話に乗っかっただけなのだから」
二人の話している内容が全く理解できなくて頭にハテナを浮かばせていると、公爵様がふぅと息を吐き体勢を整えて私に向き合う。太ももの上で両手を組んで真剣な顔をしている彼を見てやっぱり素敵な方だなぁ、なんて思っていたら。
「シーラ嬢。単刀直入に言うと、私は君に婚約を申し込みたいと思っている」
「…………え? え!?」
思考が他所に行っていたこともあって、公爵様の言葉に思わず大きな声が出てしまった。アナベラさんは「唐突すぎるだろう」と呆れたように笑っている。
「え、えと、それはどういう……」
「言葉通りだよ。君に私の婚約者になってもらいたいんだ」
「こ、婚約者!?」
「ああ。だが君がキャロライン伯爵家にいる間に申し込むと面倒なことになりそうだったから、ボードリエ夫人に相談していたんだ。彼女も養子を探していたのを知っていたからね。手を組んで君をあの家から離すことにしたというわけだ」
「…………」
自分のことなのに全く頭がついていかなくて、知らぬうちに口が開いていたらしくて甘いものが口内に入ってきて反射的に口を動かす。「本当可愛いね」とアナベラさんはまた私の口の中にクッキーを運んで気づいたら餌付けされていた。
私はそれを飲み込んで、色んな意味で渇いていた口の中を潤すために紅茶を飲んで公爵様に向き合う。
「あ、あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか……」
「一つと言わずいくらでも」
「えっと、その……どうして公爵様は婚約相手に私なんかを選ばれたんでしょうか……」
「え? んー……」
どうしても聞きたかったことを聞いてみたのだけど、公爵様は驚いたように目を丸くして目を瞑り唸る。
もしかして聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと不安に思っていると、目を開けた公爵様は私を見て優しく微笑んだ。
「強いて言えば、君が淹れてくれた紅茶の味が優しかったからかな」
「へ……紅茶、ですか?」
「ああ」
公爵様はそれ以上は話そうとはしない雰囲気に私はそれ以上首は突っ込まなかったけれど、どうも本音には聞こえなかった。
婚約者にと望んでくれているのに本当のことは教えてくれなくて。どうしようもないモヤモヤが胸の中を渦巻いていると、隣に座るアナベラさんの手が肩に触れた。
「シーラ、色々あってさすがに疲れただろう。部屋に案内させるから少し休んできたらいい」
「え、でも……」
お客様がいる前で休むなんて、と思っているとアナベラさんが私の背中をぽんと叩いて促した。
「閣下と少し大事な話があるんだ。終わったらちゃんと呼ぶから休んでおいで」
「はい……じゃあお言葉に甘えて……公爵様、申し訳ありませんが失礼いたします」
「私のことは気にしなくていい。ゆっくり休んできてくれ」
「ありがとうございます……」
私は二人に頭を下げて部屋を出ると廊下に私より少し下ぐらいの侍女が待機していて、彼女が案内してくれるというので付いていく。
彼女の名前はリリーで、これから私の専属侍女になるらしい。初めての私の侍女に、ちゃんと出来るのだろうかと不安になってしまった。
リリーに案内された部屋に入れば、あまりの部屋の広さに驚いてしまう。母と過ごした屋根裏部屋の何倍あるんだろうかという広さ。しかも年頃の女の子が好みそうな調度品が揃えられていて、なんだか私には色々勿体無い。
「あ、あの……本当にここが私の部屋なんですか……?」
「はい! 奥様からお嬢様の部屋に使うからと言われて頑張って掃除しました!」
「そ、そう……」
彼女はムンと両腕を上げて力強いポーズを作る彼女が眩しくて目が眩んでしまう。そんな私にリリーは心配そうな顔をして覗いてくる。
「何か問題でもありました?」
「ち、違うの! こんな素敵な部屋を私が使うなんて烏滸がましいというか……」
彼女は大きな瞳を更に大きくして驚いた顔をしている。ああ、情けない。レイラなら主人として堂々としているだろうに、なんで私はこんな……。知らぬうちに俯いてしまっていると、私の手を小さな手が握りしめた。
「お嬢様、こちらに来てください」
「え、あっ」
彼女に手を引かれて部屋の奥に行くと、そこにはクローゼットいっぱいに可愛らしい様々なドレスが飾られていて見惚れてしまった。
「これ、奥様がお嬢様のためにって用意されたんですよ」
「私に……?」
「はい! 奥様は旦那様を亡くされてからは私たちに心配かけさせまいと気丈に振舞っていました。周りは気づかないレベルですけど、私たちには無理をされていることは分かっていました。そんな奥様がお嬢様のために家具やドレスを選んでいる時がすごく楽しそうで……だから私たちはお嬢様がこの家に来てくれたのが嬉しいんです! 奥様の家族になってくれて本当にありがとうございます!」
「っ!」
リリーの本当に嬉しそうな言葉に視界が歪む。それは彼女にも分かったらしく、慌てるリリーに私は大丈夫と言いたいけれど声が出なくて、私は謝ってくるリリーにただ首を横に振ることしかできなかった。
生まれた時から家族に疎まれて、母が亡くなってからは家族としても扱われなくて。大丈夫だと思っていたけれど心は傷ついていたのかもしれない。私は私を愛してくれる家族がまた欲しかった。
ここの人たちは私を快く迎え入れてくれただけではなくて、アナベラさんの家族として接してくれる。そのことがすごく嬉しかった。
こんな私を家族として選んでくれたアナベラさんのことを早く母と呼びたいと、心からそう願った。
「……え?」
馬車が動き出して暫く走った頃、唐突に夫人がそんなことを言ってきたので聞き返すも彼女は何でもないと首を横に振った。
「あの、ボードリエ夫人」
「それやめないかい? 君もこれからボードリエになるのだから」
「あ……えっと、その……」
そんなことを言われても数分まで私たちは初めて会ったただの他人だったわけで、未だにこの方の娘になったという実感が沸かないのだ。
夫人は恐らく義母と呼んでほしいのだろうけれど、どうしてもその言葉を口にするとあの恐ろしい人を思い出してしまって恐怖心が頭を支配する。
知らぬうちに膝の上に乗せていた手が震えていて、その手の上に温かい手が重なった。
「君が良ければ私のことはアナベラさんと呼んでくれないかな」
「あ……」
彼女の赤紫の瞳が優しく細まる。私が呼べない理由を察してくれたのだろう。同じ義母なのにこんなにも違うものなのだろうか。
「……アナベラさん」
「うん。これからよろしく、シーラ」
「はい……!」
私は泣きそうになりながら力強く頷く。そんな私にアナベラさんは優しく頭を撫でてくれて、その手にずっと忘れていた母の手を思い出してしまい涙が頬を流れた。
母との楽しかった思い出がどんどん蘇って涙は止まらず、顔に手を当てて何度も謝る私をアナベラさんは抱きしめてくれて私が泣き止むまでずっとそうしてくれていた。
それから私が落ち着いたタイミングでアナベラさんはこれからの話をしてくれた。
「正式にこの書類が通れば君が私の娘になったことが社交界に広まるだろう。この間のパーティーで君はキャロラインを名乗っていたから、色んな憶測が飛んで周りが騒がしくなるだろうけれど気にせず堂々としていればいい」
「はい……あの」
「ん?」
「その、どうしてアナベラさんは私を娘に選んだんですか?」
「屋敷で言った通りだよ。娘を探していた時に君を見て欲しくなった。他人を思いやれる優しい子だってね」
「そんなこと……」
優しいなんて言ってもらえる資格なんて私にはない。自分が傷つかないように人の顔色を伺って、良い顔をして逃げてるだけの臆病者だ。
あの夜のパーティだって他の令嬢のためだとか言っておきながら、拒む態度をとって貴族様に怒鳴られるのが怖かっただけなのだから。
「それと、あるお方にお願いされたからね」
「……あるお方?」
首を傾げるとアナベラさんはまた微笑むだけで教えてくれなかった。そうこうしているうちに馬車はボードリエの屋敷に着いた。
「さあ、今日からここが君の家だよシーラ」
アナベラさんに手を引かれて屋敷の中へと向かう。装飾品は必要最低限というシンプルで洗練された内装で、どこも調度品で溢れたキャロラインとは違って落ち着いていて好きな家だった。
私が唯一持ってきたトランクケースはボードリエの侍女が持ってくれてなんだか申し訳なかった。ついさっきまで私がしていた仕事だからなんだか落ち着かない。
「疲れているだろうから部屋で休ませてあげたいんだけど、君にお客様が待っているんだ」
「お客様ですか……? 分かりました」
ある部屋に入るアナベラさんの後に続いて中に入ると、応接間だろう広い部屋の真ん中に置いてあるソファに座っていた人が立ち上がってこちらを向き、その顔を見て目が丸くなる。
「ブランジェ公爵様……!?」
「やあシーラ嬢。無事に彼女の娘になれたんだね」
「え、ど、どうしてそれを……」
「さあ、どうしてかな?」
目をぱちくりさせて戸惑っている私を見て公爵様は楽しそうに笑っている。見かねたアナベラさんが私の肩に手を回して引き寄せた。
「閣下。いくら私の娘が可愛いからって揶揄うのはやめていただきたい」
「はは、すまない」
公爵様は本当に楽しそうに笑いながら、私たちに向かいのソファに座るように促す。アナベラさんの隣に座ると侍女が目の前に紅茶を置いてくれて反射的に頭を下げる。
高そうなカップを両手で持って一口飲むとそれはすごく美味しい。色んなことがあって喉が渇いていたこともあり一気に半分ほど飲んでしまったし、お茶菓子のクッキーも美味しくて夢中で食べていると気づけば残り一枚になっていた。
小さく笑う声が聞こえて顔を上げればアナベラさんと公爵様が私を見ていて微笑ましそうに笑っていて、羞恥のあまり顔から火が出そうなほどに熱くなる。
「ふふ。気に入ってくれたかな。追加を頼もう」
「え! だ、大丈夫です!」
「気にしなくていい。娘の好きなものを与えるのが母親の役目だ。ようやく夢が叶って嬉しいよ」
アナベラさんの嬉しそうな声を聞いたら無碍にできなくてお言葉に甘えて追加でクッキーをもらうことにした。実家に居た頃はこんなふうに甘やかされるのはレイラだけで落ち着かない。
だけど、また胸が暖かくなって笑みを浮かべていると、向かいに座る公爵様が膝掛けで頬杖をついて『つまらない』といった顔で紅茶を飲む。
「私の目の前でイチャつくのは止めてくれないか」
「ふん、羨ましいだろう?」
アナベラさんは私の頭に手を回し、見せつけるようにお互いの頭をコツンとくっ付ける。公爵様が睨んでくるにも関わらず、気にせず冷やかしているものだからこっちがヒヤヒヤして空気を変えることにした。
「あ、あの! ところでどうして公爵様がこちらに……?」
「……アナベラ、話してないのか」
「これは君の役目だろう? 私は君の話に乗っかっただけなのだから」
二人の話している内容が全く理解できなくて頭にハテナを浮かばせていると、公爵様がふぅと息を吐き体勢を整えて私に向き合う。太ももの上で両手を組んで真剣な顔をしている彼を見てやっぱり素敵な方だなぁ、なんて思っていたら。
「シーラ嬢。単刀直入に言うと、私は君に婚約を申し込みたいと思っている」
「…………え? え!?」
思考が他所に行っていたこともあって、公爵様の言葉に思わず大きな声が出てしまった。アナベラさんは「唐突すぎるだろう」と呆れたように笑っている。
「え、えと、それはどういう……」
「言葉通りだよ。君に私の婚約者になってもらいたいんだ」
「こ、婚約者!?」
「ああ。だが君がキャロライン伯爵家にいる間に申し込むと面倒なことになりそうだったから、ボードリエ夫人に相談していたんだ。彼女も養子を探していたのを知っていたからね。手を組んで君をあの家から離すことにしたというわけだ」
「…………」
自分のことなのに全く頭がついていかなくて、知らぬうちに口が開いていたらしくて甘いものが口内に入ってきて反射的に口を動かす。「本当可愛いね」とアナベラさんはまた私の口の中にクッキーを運んで気づいたら餌付けされていた。
私はそれを飲み込んで、色んな意味で渇いていた口の中を潤すために紅茶を飲んで公爵様に向き合う。
「あ、あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか……」
「一つと言わずいくらでも」
「えっと、その……どうして公爵様は婚約相手に私なんかを選ばれたんでしょうか……」
「え? んー……」
どうしても聞きたかったことを聞いてみたのだけど、公爵様は驚いたように目を丸くして目を瞑り唸る。
もしかして聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと不安に思っていると、目を開けた公爵様は私を見て優しく微笑んだ。
「強いて言えば、君が淹れてくれた紅茶の味が優しかったからかな」
「へ……紅茶、ですか?」
「ああ」
公爵様はそれ以上は話そうとはしない雰囲気に私はそれ以上首は突っ込まなかったけれど、どうも本音には聞こえなかった。
婚約者にと望んでくれているのに本当のことは教えてくれなくて。どうしようもないモヤモヤが胸の中を渦巻いていると、隣に座るアナベラさんの手が肩に触れた。
「シーラ、色々あってさすがに疲れただろう。部屋に案内させるから少し休んできたらいい」
「え、でも……」
お客様がいる前で休むなんて、と思っているとアナベラさんが私の背中をぽんと叩いて促した。
「閣下と少し大事な話があるんだ。終わったらちゃんと呼ぶから休んでおいで」
「はい……じゃあお言葉に甘えて……公爵様、申し訳ありませんが失礼いたします」
「私のことは気にしなくていい。ゆっくり休んできてくれ」
「ありがとうございます……」
私は二人に頭を下げて部屋を出ると廊下に私より少し下ぐらいの侍女が待機していて、彼女が案内してくれるというので付いていく。
彼女の名前はリリーで、これから私の専属侍女になるらしい。初めての私の侍女に、ちゃんと出来るのだろうかと不安になってしまった。
リリーに案内された部屋に入れば、あまりの部屋の広さに驚いてしまう。母と過ごした屋根裏部屋の何倍あるんだろうかという広さ。しかも年頃の女の子が好みそうな調度品が揃えられていて、なんだか私には色々勿体無い。
「あ、あの……本当にここが私の部屋なんですか……?」
「はい! 奥様からお嬢様の部屋に使うからと言われて頑張って掃除しました!」
「そ、そう……」
彼女はムンと両腕を上げて力強いポーズを作る彼女が眩しくて目が眩んでしまう。そんな私にリリーは心配そうな顔をして覗いてくる。
「何か問題でもありました?」
「ち、違うの! こんな素敵な部屋を私が使うなんて烏滸がましいというか……」
彼女は大きな瞳を更に大きくして驚いた顔をしている。ああ、情けない。レイラなら主人として堂々としているだろうに、なんで私はこんな……。知らぬうちに俯いてしまっていると、私の手を小さな手が握りしめた。
「お嬢様、こちらに来てください」
「え、あっ」
彼女に手を引かれて部屋の奥に行くと、そこにはクローゼットいっぱいに可愛らしい様々なドレスが飾られていて見惚れてしまった。
「これ、奥様がお嬢様のためにって用意されたんですよ」
「私に……?」
「はい! 奥様は旦那様を亡くされてからは私たちに心配かけさせまいと気丈に振舞っていました。周りは気づかないレベルですけど、私たちには無理をされていることは分かっていました。そんな奥様がお嬢様のために家具やドレスを選んでいる時がすごく楽しそうで……だから私たちはお嬢様がこの家に来てくれたのが嬉しいんです! 奥様の家族になってくれて本当にありがとうございます!」
「っ!」
リリーの本当に嬉しそうな言葉に視界が歪む。それは彼女にも分かったらしく、慌てるリリーに私は大丈夫と言いたいけれど声が出なくて、私は謝ってくるリリーにただ首を横に振ることしかできなかった。
生まれた時から家族に疎まれて、母が亡くなってからは家族としても扱われなくて。大丈夫だと思っていたけれど心は傷ついていたのかもしれない。私は私を愛してくれる家族がまた欲しかった。
ここの人たちは私を快く迎え入れてくれただけではなくて、アナベラさんの家族として接してくれる。そのことがすごく嬉しかった。
こんな私を家族として選んでくれたアナベラさんのことを早く母と呼びたいと、心からそう願った。
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