7 / 24
第4話-③
しおりを挟む
◇◇◇
シーラが侍女とともに部屋を出て行ったのを見送り、待機していた他の侍女にも退出してもらって部屋には自分とアナベラだけが残った。
「今回は本当に助かったアナベラ」
「気にするな、私もようやく家族を迎えれたんだ。利害の一致ということさ」
「君のその性格には本当助かってるよ」
彼女は紅茶を飲みながらドレスの中で足を組む。男のような振る舞いと言葉遣いをする彼女は周りから変人だと噂されているが、私から見たら自分らしく振る舞える彼女が羨ましい。
彼女とは幼少期からの友人で気心知れた関係、そして彼女の夫は私の親友だった。
親友は亡くなり二人には子供がおらず、後継者がいない家は爵位を国王に返上しなければならない。だが彼の生きた証を消したくなくて、彼女に爵位を引き継がないかと提案したのだ。
それから暫く経った頃、彼女から養子を探していると相談を受けた。爵位を継げる男子ではなく娘が欲しいのだというのが彼女らしかった。
彼女の養子探しに協力していた時、遠縁の男が結婚相手を見つけるためのパーティを開くと聞いた。権力を傘に二回り以上は下の結婚適齢期の令嬢だけを集めると聞いて反吐が出る。一族の恥だ。
だがこれは彼女の養子を見つけるチャンスだと思い、アナベラとともに二人でこっそりパーティに参加することにした。
パーティの夜、広間を覗くと主宰の男がここぞとばかりに若く可愛い少女にだけ声をかけていくのが分かり、隣から「気持ち悪い」と吐き捨てるのを聞いて心底同感した。
中の様子を伺っていると、男が中央から壁側に歩き出して、その先にいた見たことのない令嬢が一人で立っていた。
特段綺麗でも可愛いわけでもない普通の女の子のようであったが男はその子を大層気に入ったらしく、腰に手を回してくっ付いたり時折尻を撫でているのがここからよく見えた。
他の令嬢たちは男に目をつけられたくないのか遠巻きで見て助けようとはせず、彼女も令嬢たちを巻き込まないように我慢しているようだが顔色が遠目で見ても悪かった。
仕方ないと私は近くにいた使用人に言伝を頼んで少女から男を引き離すことに成功した。彼女はほっと胸を撫で下ろし部屋を出ていくのが見えて、心配で彼女の後を少し離れて付いてことにした。
彼女は口元にハンカチを当てており、進行方向的に外の空気でも吸いにいくのだろう彼女が角を曲がったので追いつこうとした時、なぜか角の先に行ったはずの彼女と正面衝突してしまった。
急なことに反応できずに思い切りぶつかってしまい、彼女は思い切り後ろに転んでしまった。
「申し訳ない! 大丈夫か?」
慌てて手を差し伸べ、初めてはっきりと見た彼女の顔にある人物の面影を感じた。
大丈夫だという彼女だがやはり顔色が悪く、馬車まで送ると申し出たが何故か彼女は慌てたように断り、なら騎士の元まで送ると言うと彼女は頷いた。
暫く歩いて騎士がいたので彼女を託し、お礼を言う彼女の顔を見れば見るほどあの人に似ていた。
彼女と別れて来た道を戻っていると、先ほどぶつかった場所で何か光る物を見つける。拾うとそれは透明な球体のイヤリングで中に靴のようなものが入っていた。
もしかしたら彼女の物かもしれないとまた来た道を慌てて戻ったのだが、すでに彼女の姿はなく先ほどの騎士が自分に気づいて敬礼する。
「閣下。どうかされましたか」
「先ほどの御令嬢の落とし物を見つけたんだ。どこの家か分かるか」
「はっ! キャロライン伯爵様の馬車に乗られました」
「……キャロラインか」
「私がお預かりしてお届けいたしましょうか」
「いや、私が直接届ける」
「承知しました」
騎士と別れて面倒事にため息を吐いていた。キャロライン伯爵には黒い噂が常にあり出来るならあまり関わりたくない家だ。
色んな意味で目立つ家には私に好意を向けてくる娘がいることは知っているが二人もいたとは知らなかった。とにかく連絡を取ってあの家に行くことにした。
急にも関わらず伯爵は快く出迎えてくれた。応接間に通されると奥方と派手な娘がいたが昨夜のあの令嬢の姿はなかった。とりあえず用事を伝えると全員が渋い顔をして、奥方が侍女に呼んでくるよう伝えると侍女は部屋を出て行った。
待つ間、派手な娘が頬を染めてずっとこちらに熱い視線を向けてきていたが気付かないふりをして内心ため息を吐いていると、ドアがノックされ入ってきた人物の姿に瞠目した。
やってきたのは確かに彼女だったのだが、その姿がメイド服だったのだ。私の顔を見た彼女の顔から血の気が引いたのが分かった。
奥方の鋭い声に我に返った彼女は慌てて紅茶を用意して目の前に置いてくれる。その手際の良さから普段からこういうことをしているのだろう。いや、させられているが正しいのかもしれない。
すぐに出て行こうとする彼女を呼び止めて、昨夜拾ったイヤリングを入れた箱を渡して中を見た彼女は泣きそうに目を潤ませる。
母の形見だと大事そうに握る彼女に、ここにいる奥方は義母なのだと知る。横目で見れば奥方の目はとても娘に向けるようなものではなかった。
それから彼女に見送られて我が家に帰り着き、すぐに自分の諜報員にキャロライン家を調べさせた。すると人身売買、横領、賭博、裏金と出てくる様々な悪事。叩けば埃が出るとはまさにこのことだと頭を抱えた。
それと彼女に関すること。彼女の母親は伯爵家で働いていたメイドで、当主のお手つきとなり妊娠したことで妾となった。だがその扱いは酷いもので、世間から隠されるように生きていた親子。
実の母親を亡くしたシーラは使用人として働かされて学院にも通わせず、実父は見てみぬふり、義母と義妹から罵倒暴力。
こんな環境で彼女は生きていたのかと思うと胸が締め付けられ、ここまで世間にバレずに隠しにしていたことに不本意だが拍手を送りたい気持ちになった。
そして問題なのが昨夜のパーティであの男がシーラを気に入り婚約を申し込むという情報も手に入れた。王族に関わりのある人物からの婚約となればあの両親はすぐに了承するだろう。そうなればもう彼女を救えなくなる。
ただ彼女が今の家にいる状態で自分から婚約を結ぶのだけは避けたい。これ以上彼女のあの家を繋げておきたくないのだ。となれば、アナベラに協力を仰いでアナベラの養子にして自分と婚約を結ぶという作戦を立てた。
すぐに行動を起こしたお陰か、男からの婚約話は伯爵の耳に入ることはなくシーラは無事にアナベラの娘になることができた。彼女に婚約を持ちかけたが彼女がこの話を受け入れてくれるかは分からない。
それにもし婚約できたとして、自分と婚約したと知ればキャロラインは大人しくしないだろう。王弟である自分との繋がりをあの家がみすみす見逃すはずない。
「それで、これからどうするつもりかな」
アナベラの言葉に私は紅茶を一口飲んで膝掛けで頬杖をつく。
「それは彼女の返答次第だな」
彼女が自分の手を取ってくれるか。それが彼女が幸せになれるかの分岐点だ。
◇◇◇
部屋に戻って一時間ほど経った頃にアナベラさんに呼ばれた。今まで寝たことのないフワフワのベッドで横になっているうちに眠ってしまっていたらしく、リリーに起こされて急いで身支度を済ませて応接間に戻った。
せっかくだから用意してもらったドレスに着替えると、アナベラさんは嬉しそうに私を抱きしめた。
「え、あ、アナベラさん……!」
「私が買った服着てくれたんだね」
「は、はい……リリーからアナベラさんが私のために選んでくれたと聞いたので」
「ああ、そうだよ。娘のためにドレスを買うのが私の夢だったんだ。ありがとうシーラ」
更にぎゅっと抱きしめられて行き場のない手が泳ぐ。こんなふうに抱きしめられるのは久しぶりすぎて、どう反応したらいいのか分からなかった。
なんともいえない雰囲気になっていると、ごほんと咳払いが一つ。
「アナベラ。彼女を独り占めするのはどうなんだ」
「ふふ。嫉妬かい? 残念、君が娘を抱きしめることは私が許さないよ」
「……いいから早く離してやれ。彼女が困ってる」
「おや」
彼女のふくよかな胸が当たって顔を真っ赤にしていると、ようやくアナベラさんは離してくれた。それから私たちはソファに座って暫く談笑していると時計の鐘が部屋の中で響く。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」
「そうか。シーラ、彼を見送ってあげてくれるかな」
「は、はい」
アナベラさんの計らいで私たちは並んで玄関に向かい、用意されていた馬車の前に向き合った。
「今日は疲れていたのに長く居座ってしまってすまなかった」
「い、いえ……色々お話しできて楽しかったです」
「君に私のことを色々知ってほしかったからね」
「どうしてですか?」
「ん? それは良い返事をもらわないといけないから」
「……あ」
色々あって忘れていたけれど、そういえば彼に婚約を申し込まれていたんだった。急に恥ずかしくなって身をすくめると公爵様は小さく笑った。
「私としては今返事をもらいたいんだが、どうだろう」
「あ、あの……私なんかが公爵様の婚約者を名乗っても大丈夫なのかが……」
「私が君が良いと言ったのだから気にしなくていい」
「…………」
すごく嬉しい言葉なんだけど、本当に私なんかで良いのだろうかと不安になる。
公爵様は貴族の頂点におられる方で、かたや私は平民の血が入っていて作法も何も身についていない貴族の底辺と言ってもいい。そんな私と婚約して彼のことを周りから悪く言われたらと思うと……。
「シーラ嬢。周りことなんてどうでもいい。君の気持ちを聞かせてくれないか」
「!!」
私の心なんて見透かしたような声に俯いていた顔を上げると、公爵様は優しく微笑んで私の答えを待ってくれている。
実家にいたときは自分の気持ちを伝えようものなら叩かれて罵倒して。いつからか自分の気持ちに蓋をするようになっていた。彼はその蓋を開けてくれようとしている。公爵様はあの家から救ってくれた。
私は覚悟を決めて彼を真っ直ぐ見つめると、アメジストの瞳も私だけを見てくれている。
「……私なんかで良ければ婚約のお話し受けさせてください」
「……ありがとう、シーラ」
「っ!」
嬉しそうに頬を緩ませて私の名前を呼ぶ彼に胸が高鳴る。公爵様は手を差し出してくるので、私は恐る恐るその手に自分の手を重ねる。
「改めてよろしく」
「は、はい。公爵様……」
「違うよ」
「え?」
「もう私たちは婚約者なのだから名前で呼ばないと」
「名前……」
「ああ。エリックと呼んでくれ」
「え……!」
そんなこと烏滸がましいです!と思わず口から出そうになったけれど、確かに私たちは婚約者になるのだから公爵様呼びもおかしい。私は勇気を出すために何度か深呼吸をしてか細い声を出す。
「う、え、えり……エリック、さま……」
「ああ。また会いにくるよシーラ」
「はい……、っ!」
エリック様は握っていた手を引き寄せて私の手の甲に唇を落とす。たったそれだけで私の頭は爆発しそうで、その日はなかなか寝付くことができなかった。
シーラが侍女とともに部屋を出て行ったのを見送り、待機していた他の侍女にも退出してもらって部屋には自分とアナベラだけが残った。
「今回は本当に助かったアナベラ」
「気にするな、私もようやく家族を迎えれたんだ。利害の一致ということさ」
「君のその性格には本当助かってるよ」
彼女は紅茶を飲みながらドレスの中で足を組む。男のような振る舞いと言葉遣いをする彼女は周りから変人だと噂されているが、私から見たら自分らしく振る舞える彼女が羨ましい。
彼女とは幼少期からの友人で気心知れた関係、そして彼女の夫は私の親友だった。
親友は亡くなり二人には子供がおらず、後継者がいない家は爵位を国王に返上しなければならない。だが彼の生きた証を消したくなくて、彼女に爵位を引き継がないかと提案したのだ。
それから暫く経った頃、彼女から養子を探していると相談を受けた。爵位を継げる男子ではなく娘が欲しいのだというのが彼女らしかった。
彼女の養子探しに協力していた時、遠縁の男が結婚相手を見つけるためのパーティを開くと聞いた。権力を傘に二回り以上は下の結婚適齢期の令嬢だけを集めると聞いて反吐が出る。一族の恥だ。
だがこれは彼女の養子を見つけるチャンスだと思い、アナベラとともに二人でこっそりパーティに参加することにした。
パーティの夜、広間を覗くと主宰の男がここぞとばかりに若く可愛い少女にだけ声をかけていくのが分かり、隣から「気持ち悪い」と吐き捨てるのを聞いて心底同感した。
中の様子を伺っていると、男が中央から壁側に歩き出して、その先にいた見たことのない令嬢が一人で立っていた。
特段綺麗でも可愛いわけでもない普通の女の子のようであったが男はその子を大層気に入ったらしく、腰に手を回してくっ付いたり時折尻を撫でているのがここからよく見えた。
他の令嬢たちは男に目をつけられたくないのか遠巻きで見て助けようとはせず、彼女も令嬢たちを巻き込まないように我慢しているようだが顔色が遠目で見ても悪かった。
仕方ないと私は近くにいた使用人に言伝を頼んで少女から男を引き離すことに成功した。彼女はほっと胸を撫で下ろし部屋を出ていくのが見えて、心配で彼女の後を少し離れて付いてことにした。
彼女は口元にハンカチを当てており、進行方向的に外の空気でも吸いにいくのだろう彼女が角を曲がったので追いつこうとした時、なぜか角の先に行ったはずの彼女と正面衝突してしまった。
急なことに反応できずに思い切りぶつかってしまい、彼女は思い切り後ろに転んでしまった。
「申し訳ない! 大丈夫か?」
慌てて手を差し伸べ、初めてはっきりと見た彼女の顔にある人物の面影を感じた。
大丈夫だという彼女だがやはり顔色が悪く、馬車まで送ると申し出たが何故か彼女は慌てたように断り、なら騎士の元まで送ると言うと彼女は頷いた。
暫く歩いて騎士がいたので彼女を託し、お礼を言う彼女の顔を見れば見るほどあの人に似ていた。
彼女と別れて来た道を戻っていると、先ほどぶつかった場所で何か光る物を見つける。拾うとそれは透明な球体のイヤリングで中に靴のようなものが入っていた。
もしかしたら彼女の物かもしれないとまた来た道を慌てて戻ったのだが、すでに彼女の姿はなく先ほどの騎士が自分に気づいて敬礼する。
「閣下。どうかされましたか」
「先ほどの御令嬢の落とし物を見つけたんだ。どこの家か分かるか」
「はっ! キャロライン伯爵様の馬車に乗られました」
「……キャロラインか」
「私がお預かりしてお届けいたしましょうか」
「いや、私が直接届ける」
「承知しました」
騎士と別れて面倒事にため息を吐いていた。キャロライン伯爵には黒い噂が常にあり出来るならあまり関わりたくない家だ。
色んな意味で目立つ家には私に好意を向けてくる娘がいることは知っているが二人もいたとは知らなかった。とにかく連絡を取ってあの家に行くことにした。
急にも関わらず伯爵は快く出迎えてくれた。応接間に通されると奥方と派手な娘がいたが昨夜のあの令嬢の姿はなかった。とりあえず用事を伝えると全員が渋い顔をして、奥方が侍女に呼んでくるよう伝えると侍女は部屋を出て行った。
待つ間、派手な娘が頬を染めてずっとこちらに熱い視線を向けてきていたが気付かないふりをして内心ため息を吐いていると、ドアがノックされ入ってきた人物の姿に瞠目した。
やってきたのは確かに彼女だったのだが、その姿がメイド服だったのだ。私の顔を見た彼女の顔から血の気が引いたのが分かった。
奥方の鋭い声に我に返った彼女は慌てて紅茶を用意して目の前に置いてくれる。その手際の良さから普段からこういうことをしているのだろう。いや、させられているが正しいのかもしれない。
すぐに出て行こうとする彼女を呼び止めて、昨夜拾ったイヤリングを入れた箱を渡して中を見た彼女は泣きそうに目を潤ませる。
母の形見だと大事そうに握る彼女に、ここにいる奥方は義母なのだと知る。横目で見れば奥方の目はとても娘に向けるようなものではなかった。
それから彼女に見送られて我が家に帰り着き、すぐに自分の諜報員にキャロライン家を調べさせた。すると人身売買、横領、賭博、裏金と出てくる様々な悪事。叩けば埃が出るとはまさにこのことだと頭を抱えた。
それと彼女に関すること。彼女の母親は伯爵家で働いていたメイドで、当主のお手つきとなり妊娠したことで妾となった。だがその扱いは酷いもので、世間から隠されるように生きていた親子。
実の母親を亡くしたシーラは使用人として働かされて学院にも通わせず、実父は見てみぬふり、義母と義妹から罵倒暴力。
こんな環境で彼女は生きていたのかと思うと胸が締め付けられ、ここまで世間にバレずに隠しにしていたことに不本意だが拍手を送りたい気持ちになった。
そして問題なのが昨夜のパーティであの男がシーラを気に入り婚約を申し込むという情報も手に入れた。王族に関わりのある人物からの婚約となればあの両親はすぐに了承するだろう。そうなればもう彼女を救えなくなる。
ただ彼女が今の家にいる状態で自分から婚約を結ぶのだけは避けたい。これ以上彼女のあの家を繋げておきたくないのだ。となれば、アナベラに協力を仰いでアナベラの養子にして自分と婚約を結ぶという作戦を立てた。
すぐに行動を起こしたお陰か、男からの婚約話は伯爵の耳に入ることはなくシーラは無事にアナベラの娘になることができた。彼女に婚約を持ちかけたが彼女がこの話を受け入れてくれるかは分からない。
それにもし婚約できたとして、自分と婚約したと知ればキャロラインは大人しくしないだろう。王弟である自分との繋がりをあの家がみすみす見逃すはずない。
「それで、これからどうするつもりかな」
アナベラの言葉に私は紅茶を一口飲んで膝掛けで頬杖をつく。
「それは彼女の返答次第だな」
彼女が自分の手を取ってくれるか。それが彼女が幸せになれるかの分岐点だ。
◇◇◇
部屋に戻って一時間ほど経った頃にアナベラさんに呼ばれた。今まで寝たことのないフワフワのベッドで横になっているうちに眠ってしまっていたらしく、リリーに起こされて急いで身支度を済ませて応接間に戻った。
せっかくだから用意してもらったドレスに着替えると、アナベラさんは嬉しそうに私を抱きしめた。
「え、あ、アナベラさん……!」
「私が買った服着てくれたんだね」
「は、はい……リリーからアナベラさんが私のために選んでくれたと聞いたので」
「ああ、そうだよ。娘のためにドレスを買うのが私の夢だったんだ。ありがとうシーラ」
更にぎゅっと抱きしめられて行き場のない手が泳ぐ。こんなふうに抱きしめられるのは久しぶりすぎて、どう反応したらいいのか分からなかった。
なんともいえない雰囲気になっていると、ごほんと咳払いが一つ。
「アナベラ。彼女を独り占めするのはどうなんだ」
「ふふ。嫉妬かい? 残念、君が娘を抱きしめることは私が許さないよ」
「……いいから早く離してやれ。彼女が困ってる」
「おや」
彼女のふくよかな胸が当たって顔を真っ赤にしていると、ようやくアナベラさんは離してくれた。それから私たちはソファに座って暫く談笑していると時計の鐘が部屋の中で響く。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」
「そうか。シーラ、彼を見送ってあげてくれるかな」
「は、はい」
アナベラさんの計らいで私たちは並んで玄関に向かい、用意されていた馬車の前に向き合った。
「今日は疲れていたのに長く居座ってしまってすまなかった」
「い、いえ……色々お話しできて楽しかったです」
「君に私のことを色々知ってほしかったからね」
「どうしてですか?」
「ん? それは良い返事をもらわないといけないから」
「……あ」
色々あって忘れていたけれど、そういえば彼に婚約を申し込まれていたんだった。急に恥ずかしくなって身をすくめると公爵様は小さく笑った。
「私としては今返事をもらいたいんだが、どうだろう」
「あ、あの……私なんかが公爵様の婚約者を名乗っても大丈夫なのかが……」
「私が君が良いと言ったのだから気にしなくていい」
「…………」
すごく嬉しい言葉なんだけど、本当に私なんかで良いのだろうかと不安になる。
公爵様は貴族の頂点におられる方で、かたや私は平民の血が入っていて作法も何も身についていない貴族の底辺と言ってもいい。そんな私と婚約して彼のことを周りから悪く言われたらと思うと……。
「シーラ嬢。周りことなんてどうでもいい。君の気持ちを聞かせてくれないか」
「!!」
私の心なんて見透かしたような声に俯いていた顔を上げると、公爵様は優しく微笑んで私の答えを待ってくれている。
実家にいたときは自分の気持ちを伝えようものなら叩かれて罵倒して。いつからか自分の気持ちに蓋をするようになっていた。彼はその蓋を開けてくれようとしている。公爵様はあの家から救ってくれた。
私は覚悟を決めて彼を真っ直ぐ見つめると、アメジストの瞳も私だけを見てくれている。
「……私なんかで良ければ婚約のお話し受けさせてください」
「……ありがとう、シーラ」
「っ!」
嬉しそうに頬を緩ませて私の名前を呼ぶ彼に胸が高鳴る。公爵様は手を差し出してくるので、私は恐る恐るその手に自分の手を重ねる。
「改めてよろしく」
「は、はい。公爵様……」
「違うよ」
「え?」
「もう私たちは婚約者なのだから名前で呼ばないと」
「名前……」
「ああ。エリックと呼んでくれ」
「え……!」
そんなこと烏滸がましいです!と思わず口から出そうになったけれど、確かに私たちは婚約者になるのだから公爵様呼びもおかしい。私は勇気を出すために何度か深呼吸をしてか細い声を出す。
「う、え、えり……エリック、さま……」
「ああ。また会いにくるよシーラ」
「はい……、っ!」
エリック様は握っていた手を引き寄せて私の手の甲に唇を落とす。たったそれだけで私の頭は爆発しそうで、その日はなかなか寝付くことができなかった。
68
あなたにおすすめの小説
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜
夜桜
恋愛
辺境の地を治めるクレメンタイン辺境伯家の令嬢ノアは、帝国元老院から突然の召喚を受ける。
帝都で待っていたのは、婚約者である若きエリート議員、マグヌス・ローレンス。――しかし彼は、帝国中枢の面前でノアとの婚約を一方的に破棄する。
「君のような“辺境育ち”では、帝国の未来にふさわしくない」
誰もがノアを笑い、見下し、軽んじる中、ひとりの男が静かに立ち上がった。
「その令嬢が不要なら、私がもらおう」
そう言ったのは、“冷血の大提督”と恐れられる帝国軍最高司令官――レックス・エヴァンス。
冷たく厳しい眼差しの奥に宿る、深い誠実さとあたたかさ。
彼の隣で、ノアは帝都の陰謀に立ち向かい、誇りと未来を取り戻していく。
これは、婚約破棄された辺境伯令嬢が、帝国最強の大提督に“一瞬で”溺愛され、
やがて帝国そのものを揺るがす人生逆転の物語。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる