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第13話-②
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エリック様の言葉に私は覚悟を決めて半身を起こし、ベッドボードに背を預けて話を聞く体制を取る。エリック様はベッドではなく近くにあった椅子に座ったのは私への配慮なのだろう。
「そうだな……まずは誤解を解いておこう。私に想い人はいないよ」
「で、でも、フランシスカ様からエリック様には探し人がいると」
「ああ。確かに探していたよ。大事な人をね」
大事な人という言葉に胸がズキンと痛んだ。だってエリック様の眼差しはその人を思い出して慈しむようなものだったから。
「でもそれだけだ。その人は特別な感情は抱いていない。それに探し人は見つかったんだ」
「……え?」
「私の探し人は君の本当の母親なんだよ、シーラ」
「…………私の、お母様?」
予想もしていなかった人物の名に目を見開いているとエリック様は私を見て頷いた。
「前に君はアナベラの昔話を聞いたらしいな。私とアナベラの夫が幼馴染だと」
「はい」
「そこでアナベラと知り合ったんだが、出会ったのはアナベラだけじゃない。君の母親がここの屋敷で働いていたんだ」
「お母様が……?」
そんな話聞いたことがなかったから本当に驚いた。キャロラインの家で使用人として働いていたことは知っていたけれど、ここでも働いていたなんて……。
「孤児としてクロードの母親に拾われて使用人として働いていた彼女は、同僚として働いていたアナベラと仲が良くて私たちと関わることが多かった。それで……ちょっとこれは言いにくいのだが、驚かないでくれるか?」
「? はい……」
「……実は私は、昔はものすごく我儘な王子様というやつだったんだ」
「え!? 、あっ」
驚くなと言われたのに思わず驚いた声を出してしまい、慌てて両手で口を塞ぐとエリック様は苦笑した。だって驚くなというほうが難しい。こんな紳士で落ち着いている彼がそんな少年時代だったなんて……。
「よくある甘やかされ王子だよ。兄上は王様になるために厳しく教育され、兄上に何あった時の予備である私はあまり期待されていなかったんだ。両親は兄と公務につきっきりで叱ってくれる人もいなかった。周りにチヤホヤされて育てばそうなるのは当然だったんだ。さすがにマズイと気づいた父が信頼できる家臣の家に私を預けた。それがクロードの家だったんだ」
なるほど。そんな繋がりがあったからエリック様はこの家を、亡くなった親友と過ごしたこの場所を守りたかったんだ。
「預けられて一般的な貴族の家で暮らしていたが、それでも私の我儘な言動が収まらず夫妻を困らせた。そんな時、好き嫌いがひどかった私は出された食事を床に落としたんだ。それを見た君の母君に思い切り頬を叩かれた」
「ええ!?」
私の顔から血の気が引くのを感じた。使用人がお貴族様に手を上げるだなんて聞いたことがない。
それに私の知っている母は体が弱いという印象しかなくて、人様に手を上げるなんてそんな気が強いところなんて見たことがなかった。
「私は親にも手を挙げられたこともなかったんだ。周りは静まり返り、私が彼女を怒鳴ると彼女は淡々とこう言った。『人が端正こめて作ったものを捨てるなんて王族以前に人としてどうなんですか。私はあなたを軽蔑します』って。今まで軽蔑したと言われたことも、ゴミクズを見るような目を向けられたこともなかったから、あの出来事は一生忘れることはないだろうな」
「お母様……」
私は手で顔を覆って項垂れる。エリック様は笑ってくれているけれど、王族の方にそんなことをするなんて首を刎ねられても文句は言えない。お母様はよく殺されなかったものだ。
「……彼女は夫人に拾われるまで孤児として苦しい生活をしてきたから、私の行ないが本当に許せなかったんだろう。例えまた路頭に迷うことになったとしても。そこで私は初めて謝罪の言葉を口にしたら、彼女は初めて笑みを見せて『私こそ叩いてしまって申し訳ありません』と頬を手当してくれたんだ。それから彼女は夫人に頼まれて私の教育係になってくれて足りないものを色々教えてくれたよ」
エリック様は当時を思い出しているのか懐かしそうに笑みを浮かべた。それは私が知ることのできないエリック様とお母様の大事な思い出。
「それから彼女のおかげでまともになった私が成人を迎えて暫く経った頃、兄上が正式に王太子になることが決まって私は継承権を捨てた。父上に公爵の位を頂くことになって使用人を選別していた時、私は君の母君を連れていきたいと思ったんだ。だが彼女はその話をその場で断った。理由を聞いても彼女は教えてくれず、私はどうしても彼女を手放したくなくて、もう少し考えてくれと伝えて公務で隣国に向かって帰ってきたら……彼女は私の前から姿を消していた」
エリック様は眉間に皺を寄せて辛そうな表情を見せて胸が痛んだ。これはお母様への嫉妬心の痛み。この人にここまで思われている母が羨ましいと、そう思ってしまった。
「伯爵夫人からは彼女はうちを出て他の家に奉公に出たと聞かされた。使用人が仕事場を変えることはよくあることだった。どんなに問い詰めても夫人は奉公先を教えてくれなかった。恐らく彼女から知らされるなと言われていたのだろう。私はそれでも諦められなくて権力を使って調べても、見つけた時には彼女は場所を変えていて居場所が掴めなかった。彼女が私から逃げていることは分かっていたがそれでも諦めきれなかった」
「それから何年か経ち父上が崩御され、兄上が玉座について私も忙しくなり彼女のことを調べる時間もなかった。ようやく仕事が落ち着いて再度調べたら、彼女はキャロライン伯爵の家で使用人として働いていた時に伯爵の子を身籠り……体を壊して亡くなっていたことを知ったんだ。――私はすごく後悔した。私があんな話をしなければ彼女はボードリエの家で働けていたのにと。私が彼女の人生を壊してしまったんだと自分を責めた」
ギリっと音が聞こえて目線を落とすと、エリック様は爪が手に食い込むほど握りしめていたことに気づいてその手を解いて代わりに握りしめれば強張っていた彼の表情が緩んだ。
「せめて彼女の子供の所在だけでも知りたいとキャロラインに連絡を取っても『そんな子はいない』の一点張り。諜報員に調べさせても君の情報が全く出てこなかった。手が尽きた頃、アナベラに養子の話をされてあの夜のパーティに参加をし、君と出会った。あの時は本当に驚いたよ。君の顔が彼女にそっくりだったんだから」
「……そんなに似てますか?」
「ああ。瞳は伯爵譲りなのが腹立たしいが、顔だちとその髪色は彼女と同じだからね。そして君の家の名前を知った時確信した。シーラは彼女の娘なんだと」
エリック様は握っていないほうの手で私の頬に触れて輪郭をなぞる。彼の目には私とお母様、どちらが映っているのだろうか。
「君と別れてからあの家のことを調べれば、出るわ出るわ伯爵の悪行。君があの家でされていたことも知って、どうにかしてあの家から君を切り離したいと思った。きっと彼女もそれを望んでいると思っていたから。それからは君も知っている通りだよ」
それからアナベラお母様の娘になってエリック様の婚約者になった。私は本当に何も知らなかったんだ。どれだけこの人に救われ守られていたのかを。
「私、何も知らなくて……」
「話してなかったからね、アナベラにも口止めをしていたから。君がこのことを知ったらどう思うかなんて分かっていたんだ」
シーラと呼ばれて俯いていた顔を上げるとエリック様は真剣な表情で私を見つめてくる。
「きっと君は私が母親のことで責任を感じて君を保護していると思っているんだろうね」
「…………」
「確かに最初は彼女への宿罪もあって君を助けなければと思った。でも今は違う」
ギシリと軋む音とともにエリック様はベッドに腰掛けて、私の両頬に手を添えて至近距離に顔を近づける。
「シーラ。私はいつからか君に惹かれていたんだ。真っ直ぐに、私の隣に立とうと頑張る君に。私のためにどんどん綺麗になって可愛らしく微笑まれる度に鼓動が速くなっていたことを知らないだろう?」
「え、エリックさま……」
気づけばアメジストの瞳の中に私の顔が映るぐらいに彼の顔があって、どこを見ればいいのか分からず目が泳ぐと彼は小さく笑って私の瞼に唇で触れた。
「年甲斐もなく本気になった男が厄介だということをこれからたっぷり教えてあげるから、覚悟しておきなさい」
「あ、う……」
目を細めて笑う彼に変な声が出てしまい、顔も湯気が出そうなほどに熱い。エリック様は満足気に私の頭を撫でて立ち上がって離れる。
「今日はこれで帰るよ。ゆっくり寝てなさい」
「は、はい……」
そう言って彼は部屋を出て行った。静かになった部屋で一人になり、私はシーツに潜ってまた頭まで被る。一気に色んなことがあって頭がグルグル回っていて落ち着かない。
お母様がエリック様の知り合いで探し女で、そしてエリック様は私に、惹かれてる……? 理解した途端に心臓が口から出そうなほどに暴れ出す。
(次からどんな顔をすればいいの……!?)
エリック様の爆弾発言にゆっくり休むことなんてできそうになかった。
「そうだな……まずは誤解を解いておこう。私に想い人はいないよ」
「で、でも、フランシスカ様からエリック様には探し人がいると」
「ああ。確かに探していたよ。大事な人をね」
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「でもそれだけだ。その人は特別な感情は抱いていない。それに探し人は見つかったんだ」
「……え?」
「私の探し人は君の本当の母親なんだよ、シーラ」
「…………私の、お母様?」
予想もしていなかった人物の名に目を見開いているとエリック様は私を見て頷いた。
「前に君はアナベラの昔話を聞いたらしいな。私とアナベラの夫が幼馴染だと」
「はい」
「そこでアナベラと知り合ったんだが、出会ったのはアナベラだけじゃない。君の母親がここの屋敷で働いていたんだ」
「お母様が……?」
そんな話聞いたことがなかったから本当に驚いた。キャロラインの家で使用人として働いていたことは知っていたけれど、ここでも働いていたなんて……。
「孤児としてクロードの母親に拾われて使用人として働いていた彼女は、同僚として働いていたアナベラと仲が良くて私たちと関わることが多かった。それで……ちょっとこれは言いにくいのだが、驚かないでくれるか?」
「? はい……」
「……実は私は、昔はものすごく我儘な王子様というやつだったんだ」
「え!? 、あっ」
驚くなと言われたのに思わず驚いた声を出してしまい、慌てて両手で口を塞ぐとエリック様は苦笑した。だって驚くなというほうが難しい。こんな紳士で落ち着いている彼がそんな少年時代だったなんて……。
「よくある甘やかされ王子だよ。兄上は王様になるために厳しく教育され、兄上に何あった時の予備である私はあまり期待されていなかったんだ。両親は兄と公務につきっきりで叱ってくれる人もいなかった。周りにチヤホヤされて育てばそうなるのは当然だったんだ。さすがにマズイと気づいた父が信頼できる家臣の家に私を預けた。それがクロードの家だったんだ」
なるほど。そんな繋がりがあったからエリック様はこの家を、亡くなった親友と過ごしたこの場所を守りたかったんだ。
「預けられて一般的な貴族の家で暮らしていたが、それでも私の我儘な言動が収まらず夫妻を困らせた。そんな時、好き嫌いがひどかった私は出された食事を床に落としたんだ。それを見た君の母君に思い切り頬を叩かれた」
「ええ!?」
私の顔から血の気が引くのを感じた。使用人がお貴族様に手を上げるだなんて聞いたことがない。
それに私の知っている母は体が弱いという印象しかなくて、人様に手を上げるなんてそんな気が強いところなんて見たことがなかった。
「私は親にも手を挙げられたこともなかったんだ。周りは静まり返り、私が彼女を怒鳴ると彼女は淡々とこう言った。『人が端正こめて作ったものを捨てるなんて王族以前に人としてどうなんですか。私はあなたを軽蔑します』って。今まで軽蔑したと言われたことも、ゴミクズを見るような目を向けられたこともなかったから、あの出来事は一生忘れることはないだろうな」
「お母様……」
私は手で顔を覆って項垂れる。エリック様は笑ってくれているけれど、王族の方にそんなことをするなんて首を刎ねられても文句は言えない。お母様はよく殺されなかったものだ。
「……彼女は夫人に拾われるまで孤児として苦しい生活をしてきたから、私の行ないが本当に許せなかったんだろう。例えまた路頭に迷うことになったとしても。そこで私は初めて謝罪の言葉を口にしたら、彼女は初めて笑みを見せて『私こそ叩いてしまって申し訳ありません』と頬を手当してくれたんだ。それから彼女は夫人に頼まれて私の教育係になってくれて足りないものを色々教えてくれたよ」
エリック様は当時を思い出しているのか懐かしそうに笑みを浮かべた。それは私が知ることのできないエリック様とお母様の大事な思い出。
「それから彼女のおかげでまともになった私が成人を迎えて暫く経った頃、兄上が正式に王太子になることが決まって私は継承権を捨てた。父上に公爵の位を頂くことになって使用人を選別していた時、私は君の母君を連れていきたいと思ったんだ。だが彼女はその話をその場で断った。理由を聞いても彼女は教えてくれず、私はどうしても彼女を手放したくなくて、もう少し考えてくれと伝えて公務で隣国に向かって帰ってきたら……彼女は私の前から姿を消していた」
エリック様は眉間に皺を寄せて辛そうな表情を見せて胸が痛んだ。これはお母様への嫉妬心の痛み。この人にここまで思われている母が羨ましいと、そう思ってしまった。
「伯爵夫人からは彼女はうちを出て他の家に奉公に出たと聞かされた。使用人が仕事場を変えることはよくあることだった。どんなに問い詰めても夫人は奉公先を教えてくれなかった。恐らく彼女から知らされるなと言われていたのだろう。私はそれでも諦められなくて権力を使って調べても、見つけた時には彼女は場所を変えていて居場所が掴めなかった。彼女が私から逃げていることは分かっていたがそれでも諦めきれなかった」
「それから何年か経ち父上が崩御され、兄上が玉座について私も忙しくなり彼女のことを調べる時間もなかった。ようやく仕事が落ち着いて再度調べたら、彼女はキャロライン伯爵の家で使用人として働いていた時に伯爵の子を身籠り……体を壊して亡くなっていたことを知ったんだ。――私はすごく後悔した。私があんな話をしなければ彼女はボードリエの家で働けていたのにと。私が彼女の人生を壊してしまったんだと自分を責めた」
ギリっと音が聞こえて目線を落とすと、エリック様は爪が手に食い込むほど握りしめていたことに気づいてその手を解いて代わりに握りしめれば強張っていた彼の表情が緩んだ。
「せめて彼女の子供の所在だけでも知りたいとキャロラインに連絡を取っても『そんな子はいない』の一点張り。諜報員に調べさせても君の情報が全く出てこなかった。手が尽きた頃、アナベラに養子の話をされてあの夜のパーティに参加をし、君と出会った。あの時は本当に驚いたよ。君の顔が彼女にそっくりだったんだから」
「……そんなに似てますか?」
「ああ。瞳は伯爵譲りなのが腹立たしいが、顔だちとその髪色は彼女と同じだからね。そして君の家の名前を知った時確信した。シーラは彼女の娘なんだと」
エリック様は握っていないほうの手で私の頬に触れて輪郭をなぞる。彼の目には私とお母様、どちらが映っているのだろうか。
「君と別れてからあの家のことを調べれば、出るわ出るわ伯爵の悪行。君があの家でされていたことも知って、どうにかしてあの家から君を切り離したいと思った。きっと彼女もそれを望んでいると思っていたから。それからは君も知っている通りだよ」
それからアナベラお母様の娘になってエリック様の婚約者になった。私は本当に何も知らなかったんだ。どれだけこの人に救われ守られていたのかを。
「私、何も知らなくて……」
「話してなかったからね、アナベラにも口止めをしていたから。君がこのことを知ったらどう思うかなんて分かっていたんだ」
シーラと呼ばれて俯いていた顔を上げるとエリック様は真剣な表情で私を見つめてくる。
「きっと君は私が母親のことで責任を感じて君を保護していると思っているんだろうね」
「…………」
「確かに最初は彼女への宿罪もあって君を助けなければと思った。でも今は違う」
ギシリと軋む音とともにエリック様はベッドに腰掛けて、私の両頬に手を添えて至近距離に顔を近づける。
「シーラ。私はいつからか君に惹かれていたんだ。真っ直ぐに、私の隣に立とうと頑張る君に。私のためにどんどん綺麗になって可愛らしく微笑まれる度に鼓動が速くなっていたことを知らないだろう?」
「え、エリックさま……」
気づけばアメジストの瞳の中に私の顔が映るぐらいに彼の顔があって、どこを見ればいいのか分からず目が泳ぐと彼は小さく笑って私の瞼に唇で触れた。
「年甲斐もなく本気になった男が厄介だということをこれからたっぷり教えてあげるから、覚悟しておきなさい」
「あ、う……」
目を細めて笑う彼に変な声が出てしまい、顔も湯気が出そうなほどに熱い。エリック様は満足気に私の頭を撫でて立ち上がって離れる。
「今日はこれで帰るよ。ゆっくり寝てなさい」
「は、はい……」
そう言って彼は部屋を出て行った。静かになった部屋で一人になり、私はシーツに潜ってまた頭まで被る。一気に色んなことがあって頭がグルグル回っていて落ち着かない。
お母様がエリック様の知り合いで探し女で、そしてエリック様は私に、惹かれてる……? 理解した途端に心臓が口から出そうなほどに暴れ出す。
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