高収入悪夢治療バイト・未経験者歓迎

木岡(もくおか)

文字の大きさ
8 / 45
第2章 ケース1:何度も刺し殺す女

第8話 ケース1:何度も刺し殺す女

しおりを挟む
 次に目を開けると、凛太はアスファルトの上に立っていた。

 見渡す景色は日本のどこにでもありそうな住宅街、屋根の色が違う家屋が道に沿って並んでいる。隣にあった無機質な電柱……空ではその電柱と同じ色をした雲がどんより漂っていて、いつ雨が降り出してもおかしくない重い雰囲気を纏っていた。

 暗くはない……。朝方か夕方か、そのくらいの明るさ。

 ここが現実ではないことは何となく理解できる。空気の密度が濃い感じがして、体を動かせば薄く纏わりついてくる。目には映ってないけど霧の中にいるような……けれど、吸い込んでも全く味がしないというか……。

 それに、風が全く吹いていない。屋外にいる気がしない。

 緑の葉っぱを茂らせた街路樹は微動だにせず、作り物のようにそこにあった。

「草部君こっちこっち」

 見える景色の形容しがたい不気味さに、目を奪われていると増川の声がする。後ろから聞こえてきた声に振り向けば、美しい桜田もそこにいた。

「すごいでしょ。ここが夢の中だよ」

「無事に来られたみたいですね」

 凛太はすぐに声を出すことができなくて、喉を大きく動かして空気を飲み込んだ。

「こ、ここが夢の中なんですか」

「そうだよ。びっくりするよね」

「こ……これって現実……」

「現実だよ。いや、夢の中だけど。おかしな夢を見ている訳じゃない」

「………………」

「行こう。歩きながらここで俺たちがやることを説明するよ」

 増川は凛太の代わりに自分のほっぺたをつねって見せて、凛太の背中を軽く叩いた。



「ここって、うちの大学の近くですよ。真っ直ぐ行ったら一宮大学です」

「そうなの?じゃあ今日の患者さんはこのへんに住んでるのかもね」

「私の家の近くにも悪夢を見てる人がいるんだ。どんな霊がいるんだろう。楽しみだなあ」

 桜田は散歩でもするかのように、口角をあげて景色を眺めている。

「草部君も一宮大学なんだよね?」

「はい」

「何年生?」

「3年です」

「私は4年生。経済学部」

「そうなんですか。でも4年生って……その、いいんですか。バイトしてて」

 桜田が隣で陽気に話しかけてくるものだから、そんな場合ではないのだけれど凛太も応答した。

「このバイトはね、疲れないの。理由はあとで分かると思うけど。私にとって生きがいだし、来年社会人になっても続けるかもしんない」

「へー」

 桜田が一個上の先輩という情報だけ頭にしまって、凛太は桜田から目を逸らす。

 道の真ん中を3人で横並びに歩いていると、その先に見慣れた建物である一宮大学が見えてきた。そこまで来て、振り返ってみると通ってきた道は見たことがある形をしていることが分かった。普段、通ることは無い道だが知ってはいた。

「いいかい草部君。これから俺達がする仕事は悪夢治療」

「はい」

「それは簡単に言うと、悪夢をただの夢にすることなんだ。それはつまり、現在恐怖の真っ最中にいるであろう夢の主を俺たちが救い出すんだ。今回の場合で言うと患者の男性は毎晩夢の中で知らない女に殺されてしまうらしい。何度も何度も。だから俺たちがそこから救い出す」

 凛太は増川の話を適当に頷きながら聞いた。

「悪夢の種類が十人十色であるように、救い出す方法も臨機応変に選ばなきゃいけないけど、基本的には夢の中の患者に会って、俺たちが来たことを伝えるって方法」

「それだけでいいんですか」

「うん。ここは夢です。俺たちが付いてますって患者を励ませば悪夢で無くなる場合がほとんどだね。院長の話によると、1回こうして治療するだけで長く続く悪夢も大体直るらしい。悪夢治療にはそれを克服するイメージを作るのが大切なんだとか」

「悪夢をただの夢にする……」

「詳しくはまた院長に聞いてみなよ。あの人この話するの好きだから。悪夢をただの夢にする……これだけで患者さんは悪夢とおさらばできる」

 簡単そうに増川は言うけれど、凛太はそんなことできるのかと不安だった。納得させられるような理論ではあるが、そもそも夢の中に入ってこれているのも未だに信じられない。

「だから、まずはこの夢のどこかにいる患者を探さないといけないんだけど、それはほとんどの場合さほど難しくない。夢の中は狭いし……」

 その時、聞こえてきた声は増川が狙って話していたのではないかというタイミングで、空間に響き渡った。

「こうして、患者が悲鳴をあげたりするからね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...