5 / 10
第4話 幼馴染みとの再会
「えええええっ⁉」
目の前の人物が、尊敬する最高神のお一人であることを忘れ、私は大声で叫んでしまった。
しかしフレイズローザ様から、お叱りを受けることはなかった。むしろ、さらに眉間に皺を寄せながら、今日一番の力強さで深く頷かれた。
「このままではあなたが懸念するとおり、家庭円満の女神であるにもかかわらず、自身の恋愛や結婚は上手くいかないのかと、あなたの力に疑問を抱かれてしまいます」
フレイズローザ様の仰ることはごもっともではある。
あるんだけれど……いやでも、やっぱり納得がいかない。
「で、でも私は、ディラックに一生懸命尽くしました! それなのに彼は浮気して私を捨てたのですよ⁉ そ、それを、私の能力不足だと言われても……」
「あなたの言い分は痛いほど分かります。私だって、あなたの能力不足が別れに繋がったとは考えておりません。しかし……世間は、彼を浮気に走らせたあなたにも非があると言うでしょう」
「そんなことって……」
悔しくて涙が出そうになる。
ディラックのことは愛していて、結婚だって考えていた。
付き合っている間だって、彼の助けになりたくて、色んな仕事を手伝って支えていたつもりだったの、に……
「悔しいでしょうが、それが現実です。まあほとんどの方が、あなたに非はないと言うでしょうが……家庭円満の女神というだけで普通の者たちよりも、厳しく評価されるのは仕方がないでしょう。ですから……上書きするのですよ」
「うわ、書き……?」
「ええ。次のお相手とは、素晴らしい家庭を築くのです。ディラックと送るはずだった結婚生活以上の幸せな生活を送る。そうすれば少なくとも、あなたには家庭円満の女神として幸せな家庭を築く力があると、皆が認めてくれるでしょう」
「そ、そうかもしれませんが……」
「誰か良い方はいないのですか?」
「い、いません……」
仰ることはよく分かる。
分かるけれど……言われて、すぐに次の相手を用意できるほどモテるわけじゃない。
成人し、女神見習いとして母の補佐をしてから今まで、異性とお付き合いしたことはなかった。
親しくなった異性はいるけれど、気付けば距離をとられるということが続いたため、仕事関係以上の付き合いをしなくなった。
だからディラックが声をかけてくれて、お付き合いが始まったときは、嬉しさよりも驚きの方が強かったのを覚えている。
返答に困っていると、フレイズローザ様はポンッと手を打った。
「そう言えばイルミナ家は、代々知性の男神を受け継いでいるノア家と親交が深かったはず。ノア家には確か、あなたと同年代の男の子がいたはずですが……」
「ジェイド・ノア……ですね? 確かに、彼とは幼馴染みで、小さい頃は一緒にいることも多かったですが……」
苦いものを舌先で転がしているかのように、言い淀んでしまう。
胸の奥がチクリと痛み、発する声色が自然と低くなった。
「でも、今は疎遠になってしまい、全く接点がない状況です。それに彼は随分前、水の最高神アクレイズ様の命によって、中央から僻地に赴任したと風の噂で聞きましたし……」
確か私がディラックと出会う前、ジェイドはここから遠くに移動になったのだ。風の噂と濁したけど、情報源は母なので間違いない。
昔は一番近い場所にいた彼は、今では一番遠い場所にいる。その事実に、何故か鳩尾辺りが重くなった。
……何で今更こんな気持ちが湧き上がってくるのだろう、馬鹿らしい。
だってあいつは、きっと私のことなんて忘れ、今も仕事に励んでいるはず。
そうに決まって――
突然、部屋のドアがノックされた。
フレイズローザ様が入室を許可すると、扉が開き、深い青色の髪に眼鏡をかけた男性が部屋に入って来た。
男性にしては肩につきそうなほどの神の長さだ。眼鏡は銀縁で、レンズの奥には髪と同じ深い青い瞳があった。そして肌は、太陽の下に出たことないんじゃないかと思えるほど白く、そして私が羨ましいと思えるほど透明感がある。
長いダボッとした黒いローブを身に纏っているため、体型までは見えないけれど、出ている顔や細い指の様子から痩せ型だと予想がつく。
私の第一印象は、地味な男性だった。
一体誰?
初めて会う人だけど。
でも初対面にしては、何かどこかで見たことがあるような……
低く静かな声が、部屋に響く。
「お話中、申し訳ございません。フレイズローザ様。中央に戻ってきましたので、ご挨拶にうかがいました」
「いえ、大丈夫です。しかし……すっかり立派になりましたね。僻地への赴任は、あなたをさらに成長させたようですね」
「はい。大変貴重な経験をさせて頂きました」
「それは良かったです。どうかその経験を、ここ中央でも生かしてくださいね」
フレイズローザ様は笑っているが、私は二人の会話に入ることもできず、視線を行ったり来たりすることしか出来なかった。そんな私の戸惑いを感じ取ったのか、フレイズローザ様は、男性に向けていた笑顔を私に向けて仰った。
「ほら、噂をすれば……ですね、コーラル。再会を喜んだらどうですか?」
「え、再会?」
私、この男性と会ったことがあるの?
ギョッとして、男性をまじまじ見る。
確かに初対面にしては、どこかで見たことがあるような気はしたけれど……でも……
彼の顔を見ながら、私の思考は過去へ過去へと遡り――銀縁眼鏡とその奥の青い瞳を見た瞬間、バチッと何かがはまった。
「ま、まさか……ジェイド? ジェイド・ノア⁉」
「久しぶりです、コーラル・イルミナ」
淡々とした声が私の名を呼んだ。フレイズローザ様を見ると、彼女も肯定するように、うんうんと頷いている。
言葉を失っている私に、ジェイドは何も反応を見せなかった。
私に再会して嬉しいとも、私が気づけなかった怒りや悲しみもなかった。ただ涼やかな視線を私に向けるだけだ。
……昔はこうじゃなかった。
”コーラル! ほらっ、今度一緒に遊びに行こう!”
満面の笑顔を私に向け、手を引っ張ってくれた幼い彼の姿が脳裏を過る。
十四歳になって眼鏡をかけ出したころだろうか。
今まで快活だった彼が突然、感情を表に出さず、誰に対しても丁寧口調になったのだ。さらに、今までの快活さはなくなり、静かに本を読むような大人しい性格へと変貌した。
仲が良かった私に対してもその態度なので、私が何かしたのかと心配になった。でもいくら理由を聞いても、何も無い、の一点張り。
仲の良かった彼が突然豹変してしまい、私は――
そうしているうちに、私たちは疎遠になってしまった。イルミナ家とノア家は昔から親交があり、親同士がとても仲が良くて交流があるけれど、私たち子ども同士の交流は途絶えてしまった。
ジェイドは私と同じ歳なので、私が母の補佐となったころ、彼もお父様である知性の男神の補佐として働きだし、その後知性の男神を受け継ぎ――今に至る。
彼を見ていると、当時の不安や苦しみ、冷たくなった理由を告げてくれない怒りが蘇り、苦しくなる。
「それでは私はここで失礼いたします。どうぞごゆっくり」
ジェイドが訊ねてきた理由が挨拶であることをいいことに、退室しようとした私の背中に、冷然とした声が投げかけられた。
「コーラルさん。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「……よろしく」
幼馴染みの口から出てきた【さん付け】に、以前から変わらない他人行儀な態度に、私の心の中の重りが、ズンッと深く沈んだ気がした。
目の前の人物が、尊敬する最高神のお一人であることを忘れ、私は大声で叫んでしまった。
しかしフレイズローザ様から、お叱りを受けることはなかった。むしろ、さらに眉間に皺を寄せながら、今日一番の力強さで深く頷かれた。
「このままではあなたが懸念するとおり、家庭円満の女神であるにもかかわらず、自身の恋愛や結婚は上手くいかないのかと、あなたの力に疑問を抱かれてしまいます」
フレイズローザ様の仰ることはごもっともではある。
あるんだけれど……いやでも、やっぱり納得がいかない。
「で、でも私は、ディラックに一生懸命尽くしました! それなのに彼は浮気して私を捨てたのですよ⁉ そ、それを、私の能力不足だと言われても……」
「あなたの言い分は痛いほど分かります。私だって、あなたの能力不足が別れに繋がったとは考えておりません。しかし……世間は、彼を浮気に走らせたあなたにも非があると言うでしょう」
「そんなことって……」
悔しくて涙が出そうになる。
ディラックのことは愛していて、結婚だって考えていた。
付き合っている間だって、彼の助けになりたくて、色んな仕事を手伝って支えていたつもりだったの、に……
「悔しいでしょうが、それが現実です。まあほとんどの方が、あなたに非はないと言うでしょうが……家庭円満の女神というだけで普通の者たちよりも、厳しく評価されるのは仕方がないでしょう。ですから……上書きするのですよ」
「うわ、書き……?」
「ええ。次のお相手とは、素晴らしい家庭を築くのです。ディラックと送るはずだった結婚生活以上の幸せな生活を送る。そうすれば少なくとも、あなたには家庭円満の女神として幸せな家庭を築く力があると、皆が認めてくれるでしょう」
「そ、そうかもしれませんが……」
「誰か良い方はいないのですか?」
「い、いません……」
仰ることはよく分かる。
分かるけれど……言われて、すぐに次の相手を用意できるほどモテるわけじゃない。
成人し、女神見習いとして母の補佐をしてから今まで、異性とお付き合いしたことはなかった。
親しくなった異性はいるけれど、気付けば距離をとられるということが続いたため、仕事関係以上の付き合いをしなくなった。
だからディラックが声をかけてくれて、お付き合いが始まったときは、嬉しさよりも驚きの方が強かったのを覚えている。
返答に困っていると、フレイズローザ様はポンッと手を打った。
「そう言えばイルミナ家は、代々知性の男神を受け継いでいるノア家と親交が深かったはず。ノア家には確か、あなたと同年代の男の子がいたはずですが……」
「ジェイド・ノア……ですね? 確かに、彼とは幼馴染みで、小さい頃は一緒にいることも多かったですが……」
苦いものを舌先で転がしているかのように、言い淀んでしまう。
胸の奥がチクリと痛み、発する声色が自然と低くなった。
「でも、今は疎遠になってしまい、全く接点がない状況です。それに彼は随分前、水の最高神アクレイズ様の命によって、中央から僻地に赴任したと風の噂で聞きましたし……」
確か私がディラックと出会う前、ジェイドはここから遠くに移動になったのだ。風の噂と濁したけど、情報源は母なので間違いない。
昔は一番近い場所にいた彼は、今では一番遠い場所にいる。その事実に、何故か鳩尾辺りが重くなった。
……何で今更こんな気持ちが湧き上がってくるのだろう、馬鹿らしい。
だってあいつは、きっと私のことなんて忘れ、今も仕事に励んでいるはず。
そうに決まって――
突然、部屋のドアがノックされた。
フレイズローザ様が入室を許可すると、扉が開き、深い青色の髪に眼鏡をかけた男性が部屋に入って来た。
男性にしては肩につきそうなほどの神の長さだ。眼鏡は銀縁で、レンズの奥には髪と同じ深い青い瞳があった。そして肌は、太陽の下に出たことないんじゃないかと思えるほど白く、そして私が羨ましいと思えるほど透明感がある。
長いダボッとした黒いローブを身に纏っているため、体型までは見えないけれど、出ている顔や細い指の様子から痩せ型だと予想がつく。
私の第一印象は、地味な男性だった。
一体誰?
初めて会う人だけど。
でも初対面にしては、何かどこかで見たことがあるような……
低く静かな声が、部屋に響く。
「お話中、申し訳ございません。フレイズローザ様。中央に戻ってきましたので、ご挨拶にうかがいました」
「いえ、大丈夫です。しかし……すっかり立派になりましたね。僻地への赴任は、あなたをさらに成長させたようですね」
「はい。大変貴重な経験をさせて頂きました」
「それは良かったです。どうかその経験を、ここ中央でも生かしてくださいね」
フレイズローザ様は笑っているが、私は二人の会話に入ることもできず、視線を行ったり来たりすることしか出来なかった。そんな私の戸惑いを感じ取ったのか、フレイズローザ様は、男性に向けていた笑顔を私に向けて仰った。
「ほら、噂をすれば……ですね、コーラル。再会を喜んだらどうですか?」
「え、再会?」
私、この男性と会ったことがあるの?
ギョッとして、男性をまじまじ見る。
確かに初対面にしては、どこかで見たことがあるような気はしたけれど……でも……
彼の顔を見ながら、私の思考は過去へ過去へと遡り――銀縁眼鏡とその奥の青い瞳を見た瞬間、バチッと何かがはまった。
「ま、まさか……ジェイド? ジェイド・ノア⁉」
「久しぶりです、コーラル・イルミナ」
淡々とした声が私の名を呼んだ。フレイズローザ様を見ると、彼女も肯定するように、うんうんと頷いている。
言葉を失っている私に、ジェイドは何も反応を見せなかった。
私に再会して嬉しいとも、私が気づけなかった怒りや悲しみもなかった。ただ涼やかな視線を私に向けるだけだ。
……昔はこうじゃなかった。
”コーラル! ほらっ、今度一緒に遊びに行こう!”
満面の笑顔を私に向け、手を引っ張ってくれた幼い彼の姿が脳裏を過る。
十四歳になって眼鏡をかけ出したころだろうか。
今まで快活だった彼が突然、感情を表に出さず、誰に対しても丁寧口調になったのだ。さらに、今までの快活さはなくなり、静かに本を読むような大人しい性格へと変貌した。
仲が良かった私に対してもその態度なので、私が何かしたのかと心配になった。でもいくら理由を聞いても、何も無い、の一点張り。
仲の良かった彼が突然豹変してしまい、私は――
そうしているうちに、私たちは疎遠になってしまった。イルミナ家とノア家は昔から親交があり、親同士がとても仲が良くて交流があるけれど、私たち子ども同士の交流は途絶えてしまった。
ジェイドは私と同じ歳なので、私が母の補佐となったころ、彼もお父様である知性の男神の補佐として働きだし、その後知性の男神を受け継ぎ――今に至る。
彼を見ていると、当時の不安や苦しみ、冷たくなった理由を告げてくれない怒りが蘇り、苦しくなる。
「それでは私はここで失礼いたします。どうぞごゆっくり」
ジェイドが訊ねてきた理由が挨拶であることをいいことに、退室しようとした私の背中に、冷然とした声が投げかけられた。
「コーラルさん。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「……よろしく」
幼馴染みの口から出てきた【さん付け】に、以前から変わらない他人行儀な態度に、私の心の中の重りが、ズンッと深く沈んだ気がした。
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。
公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。
ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。
怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。
慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。
というお話にする予定です。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
妹の方がかわいいからと婚約破棄されましたが、あとで後悔しても知りませんよ?
志鷹 志紀
恋愛
「すまない、キミのことを愛することができなくなった」
第二王子は私を謁見の間に連れてきて、そう告げた。
「つまり、婚約破棄ということですね。一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
「キミの妹こそが、僕の運命の相手だったんだよ」
「そうですわ、お姉様」
王子は私の妹を抱き、嫌な笑みを浮かべている。
「ええ、私は構いませんけれど……あとで後悔しても知りませんよ?」
私だけが知っている妹の秘密。
それを知らずに、妹に恋をするなんて……愚かな人ですね。
突然倒れた婚約者から、私が毒を盛ったと濡衣を着せられました
景
恋愛
パーティーの場でロイドが突如倒れ、メリッサに毒を盛られたと告げた。
メリッサにとっては冤罪でしかないが、周囲は倒れたロイドの言い分を認めてしまった。