10 / 17
第10話
しおりを挟む
ウェイターさんが去った後、ずっと私の心は乱れていました。
相変わらずレイジィ様からは無能だと見下され罵られ、アイリーンからは馬鹿にされます。
食事はますます質素になり、部屋から物が無くなっていきます。
レイジィ様のお部屋近くを通ると、二人の情事を想像させる音が聞こえてきます。
新しく入って来た使用人にはアイリーンの息がかかっており、伯爵夫人である私に対する扱いは日に日に酷くなる一方です。
そんな状況の中、突然私が優秀なのだと言われ、世界がひっくり返るほどの衝撃を受けました。
しかし屋敷に戻って来ると、ウェイターさんの言葉が嘘だと思えるほど、惨めな扱いを受ける自分がいます。
一体どちらが正しいのでしょうか?
一体……。
ウェイターさんとお会いしてから、一カ月後でしょうか。
サウスホーム商会の売り上げが、倍増したと伝え聞きました。
「例の茶葉が、爆売れしているみたいですね」
ディアが教えてくれました。
声色に、茶葉取引を許可しなかった主人への非難が混じっていましたが、聞かないふりをしました。
その時、
「フェリーチェ‼」
「れ、レイジィ様⁉」
私が商会を任されてから約五年、ほとんど顔を見せる事のなかったレイジィ様が、アイリーンを連れていらっしゃったのです。
怒りの形相で。
恐ろしさで身体が固まりました。
確か昨晩は夜会で宿泊なさっていたはずですが、服装を見る限り、そのままこちらに来られたようです。
レイジィ様は、止めようと立ちふさがったディアを突き飛ばすと、私の胸倉を掴み、激しく揺さぶられました。
「サウスホーム商会で今売れている茶葉、元々はここに持ち込まれた物だったそうだな! 何故サウスの野郎なんかに渡しやがった⁉」
「お、お伝えいたしました! しかしレイジィ様は、元々の取引のある業者があるから必要ないと……」
「だが、あの茶葉だとは聞いていないっ‼ お前が報告を怠ったからだろうがっ‼」
「た、確かに詳しい説明は……こほっ、しませんでし……た……もうしわけ……ございません……」
「サウスの野郎はあの茶葉で今、大儲けしているっ‼ 昨日の夜会でその話を聞いたんだが、俺だけが知らなかった! 商会を預かる者として大恥をかいたぞっ‼」
「あ、あぁ……もうしわけ……」
舌打ちをすると、レイジィ様は私から手を放し突き飛ばしました。
床に尻もちをつき私は無様に倒れました。
「ふふっ、奥様。ホウ・レン・ソウなど、私たち女中ですら知っている知識ですわ。無知な奥様だと、旦那様もご苦労なさいますわね?」
「……まったくだ、アイリーン。お前が妻なら、どれだけ良かったことか」
レイジィ様がアイリーンの腰を抱き寄せ、彼女の仕事っぷりを称賛しています。
妻である私の前で愛されるアイリーンは、勝ち誇った表情でこちらを見下していました。
この部屋には、ディアがいます。
私を慕ってくれる皆に、こんな無様で哀れな姿を見られたくはありませんでした。
自分が情けなくて、
自分が惨めで、
とても……辛かった。
恥と惨めさに打ちひしがれる私に、追い打ちをかけるようにレイジィ様の怒声が続きます。
「あと、帳簿から何まで全部やり方を変えて、訳が分からなくなっているっ! 滅茶苦茶にしやがって! それに昔からの取引業者も従業員もどうした⁉ ほとんどいなくなってるじゃないかっ‼」
「帳簿などは、あ、新しい方法の方が作業効率が良かったため採用しただけで、決して滅茶苦茶にはしておりません! そ、それに取引業者や昔の従業員たちは、あちらから勝手に取引を止めたり商会を辞めただけで、わ、私は何も……」
「口答えするなっ‼ これも聞いたんだが、お前、勝手に孤児院なんか立てて、社会のゴミたちに支援しているらしいな‼ どこからそんな金を出したんだ⁉ まさか家や商会の金に手を付けたんじゃないだろうなっ⁉」
「付けていません! あれは唯一、私の物としてレイジィ様がくださった肖像画を売ったお金です!」
「はぁ⁉ あんなクソゴミの絵に値が⁉ 嘘言うんじゃ――」
「本当ですよ」
その時、この部屋にいないはずの声が聞こえてきました。
振り返るとそこには、
「あの絵は、世界的に有名な画家アントニオの未発表作品。彼が個人的に描いた貴重な作品です。だから高額な値がついたのです」
「……はっ? あ、アントニオの作品……だと⁉ あの1枚の絵で家が建つって言われている、あの画家のか⁉」
「おやおや、商会の代表でありながら、あなたにはあの絵の価値も分からなかったのですか?」
そうクスクス笑う綺麗な身なりの美しい男性の姿がありました。
誰か分かりませんでした。
しかし、
「お久しぶりです、フェリーチェ様」
そう優雅にお辞儀する姿、そして私を見つめる優しい眼差しを見て、誰か分かったのです。
「ウェイター……さん?」
相変わらずレイジィ様からは無能だと見下され罵られ、アイリーンからは馬鹿にされます。
食事はますます質素になり、部屋から物が無くなっていきます。
レイジィ様のお部屋近くを通ると、二人の情事を想像させる音が聞こえてきます。
新しく入って来た使用人にはアイリーンの息がかかっており、伯爵夫人である私に対する扱いは日に日に酷くなる一方です。
そんな状況の中、突然私が優秀なのだと言われ、世界がひっくり返るほどの衝撃を受けました。
しかし屋敷に戻って来ると、ウェイターさんの言葉が嘘だと思えるほど、惨めな扱いを受ける自分がいます。
一体どちらが正しいのでしょうか?
一体……。
ウェイターさんとお会いしてから、一カ月後でしょうか。
サウスホーム商会の売り上げが、倍増したと伝え聞きました。
「例の茶葉が、爆売れしているみたいですね」
ディアが教えてくれました。
声色に、茶葉取引を許可しなかった主人への非難が混じっていましたが、聞かないふりをしました。
その時、
「フェリーチェ‼」
「れ、レイジィ様⁉」
私が商会を任されてから約五年、ほとんど顔を見せる事のなかったレイジィ様が、アイリーンを連れていらっしゃったのです。
怒りの形相で。
恐ろしさで身体が固まりました。
確か昨晩は夜会で宿泊なさっていたはずですが、服装を見る限り、そのままこちらに来られたようです。
レイジィ様は、止めようと立ちふさがったディアを突き飛ばすと、私の胸倉を掴み、激しく揺さぶられました。
「サウスホーム商会で今売れている茶葉、元々はここに持ち込まれた物だったそうだな! 何故サウスの野郎なんかに渡しやがった⁉」
「お、お伝えいたしました! しかしレイジィ様は、元々の取引のある業者があるから必要ないと……」
「だが、あの茶葉だとは聞いていないっ‼ お前が報告を怠ったからだろうがっ‼」
「た、確かに詳しい説明は……こほっ、しませんでし……た……もうしわけ……ございません……」
「サウスの野郎はあの茶葉で今、大儲けしているっ‼ 昨日の夜会でその話を聞いたんだが、俺だけが知らなかった! 商会を預かる者として大恥をかいたぞっ‼」
「あ、あぁ……もうしわけ……」
舌打ちをすると、レイジィ様は私から手を放し突き飛ばしました。
床に尻もちをつき私は無様に倒れました。
「ふふっ、奥様。ホウ・レン・ソウなど、私たち女中ですら知っている知識ですわ。無知な奥様だと、旦那様もご苦労なさいますわね?」
「……まったくだ、アイリーン。お前が妻なら、どれだけ良かったことか」
レイジィ様がアイリーンの腰を抱き寄せ、彼女の仕事っぷりを称賛しています。
妻である私の前で愛されるアイリーンは、勝ち誇った表情でこちらを見下していました。
この部屋には、ディアがいます。
私を慕ってくれる皆に、こんな無様で哀れな姿を見られたくはありませんでした。
自分が情けなくて、
自分が惨めで、
とても……辛かった。
恥と惨めさに打ちひしがれる私に、追い打ちをかけるようにレイジィ様の怒声が続きます。
「あと、帳簿から何まで全部やり方を変えて、訳が分からなくなっているっ! 滅茶苦茶にしやがって! それに昔からの取引業者も従業員もどうした⁉ ほとんどいなくなってるじゃないかっ‼」
「帳簿などは、あ、新しい方法の方が作業効率が良かったため採用しただけで、決して滅茶苦茶にはしておりません! そ、それに取引業者や昔の従業員たちは、あちらから勝手に取引を止めたり商会を辞めただけで、わ、私は何も……」
「口答えするなっ‼ これも聞いたんだが、お前、勝手に孤児院なんか立てて、社会のゴミたちに支援しているらしいな‼ どこからそんな金を出したんだ⁉ まさか家や商会の金に手を付けたんじゃないだろうなっ⁉」
「付けていません! あれは唯一、私の物としてレイジィ様がくださった肖像画を売ったお金です!」
「はぁ⁉ あんなクソゴミの絵に値が⁉ 嘘言うんじゃ――」
「本当ですよ」
その時、この部屋にいないはずの声が聞こえてきました。
振り返るとそこには、
「あの絵は、世界的に有名な画家アントニオの未発表作品。彼が個人的に描いた貴重な作品です。だから高額な値がついたのです」
「……はっ? あ、アントニオの作品……だと⁉ あの1枚の絵で家が建つって言われている、あの画家のか⁉」
「おやおや、商会の代表でありながら、あなたにはあの絵の価値も分からなかったのですか?」
そうクスクス笑う綺麗な身なりの美しい男性の姿がありました。
誰か分かりませんでした。
しかし、
「お久しぶりです、フェリーチェ様」
そう優雅にお辞儀する姿、そして私を見つめる優しい眼差しを見て、誰か分かったのです。
「ウェイター……さん?」
52
あなたにおすすめの小説
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる