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第11話
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「ははっ、以前フェリーチェ様に身なりの事をご指摘されましたからね。だから今度はちゃんとした格好でお伺いしました」
「は、はぁ……」
私の知っているウェイターさんとあまりにも変わっていて、それ以上言葉が出ませんでした。
へたり込んでいる私にウェイターさんが手を差し伸べて下さいました。
その手を取ると、
「きゃあっ‼」
そのままウェイターさんが私を抱きしめたのです。
愛していないとはいえ、妻が別に男に抱きしめられたのを見たレイジィ様の表情が再び怒りで歪みました。
ですが、怒りの矛先は私でした。
「フェリーチェ……お前……その男と浮気していたのか‼」
「ち、違いますっ! この方は、例の茶葉の生産者さんで……、あ、あの、ウェイターさん、離していただけま――」
「ああ、そうですよ、ローランド卿。私はあなたの妻の愛人です」
「ええええっ⁉」
なぜかウェイターさんが肯定なされました。
もう訳が分かりません!
ウェイターさんの腕から逃れられたかと思うと、今度はディアに後ろから口をふさがれてしまいました。
「おやおや、あなたはそこの女中と浮気しているというのに、愛してもいない奥様の浮気は許せないのですか?」
「許せるわけないだろうっ‼ 女は貞淑に、そして黙って男の言う事を聞いていればいいんだっ‼」
「まああなたの隣に立つ女性が貞淑かどうかは、いささか疑問ではありますけどね」
「なんですってぇっ⁉」
「聞くところによるとフェリーチェ様は、あなたとの結婚生活に飽き飽きなされているとか。私の前では、あなたへの不満ばかりを仰っていらっしゃいましたよ?」
「な、何だと……フェリーチェ……お前……」
「絵の価値も分からない馬鹿で間抜けな男だと。あの男が満足させられるのは、あなたの隣にいる頭のネジも股も緩い女ぐらいだってね」
「……フェリーチェ、貴様……従順なふりをして、今まで別の男と一緒に俺を陰で馬鹿にしていたのか……」
何故ウェイターさんはそんなウソを……。
しかし口をふさがれたままの私には、反論する機会が与えられませんでした。
とうとう怒りが限界を超えたのでしょう。
「フェリーチェ、お前とは離縁する」
氷のように冷たいレイジィ様の声が、部屋に響き渡りました。
この時、ようやくディアの手が緩み、私は倒れこむようにレイジィ様の足元にひれ伏すと許しを請いました。
このままだと、従業員や屋敷の使用人たちが――
「ウェイターさんの発言は、全て嘘でございます! あなたを馬鹿にするような発言は決してしておりません! ましてやあの方と浮気など……」
「黙れフェリーチェ。今すぐ離縁の手続きを――」
「それなら旦那様、奥様の引き出しの中に離縁届がございます」
「な、なにを言っているの、ディア! そんなもの――」
「ああ、確かに入っているな、離縁届が。ははっ、もう署名済みとは……こんな部分には頭が回るんだな、フェリーチェ」
レイジィ様が私の机から取り出したのは、まぎれもない離縁届。
なぜか私の署名がされています。
「この署名はまぎれもなく、奥様の物ですわね?」
署名の筆跡を見つめるアイリーンが、媚びるようにレイジィ様に指摘しました。
もちろんこんなもの、用意した記憶はありません!
レイジィ様はアイリーンの言葉に頷くと、私が書いたと疑うことなく、離縁届に署名をしてしまったのです。
勝ち誇ったように高笑いが響き渡りました。
「はははっ‼ 苦しめ、フェリーチェ! 俺という後ろ盾がなくなったお前に、一体何が出来る? どうせお前が雇った孤児上がりの従業員など、使い物にならないクズばかりだろう。使えない奴や反抗する奴は、容赦なく切り捨てていくから覚悟しておけ!」
心が冷たくなりました。私が最も恐れていたことが起こったからです。
レイジィ様から離縁届を受け取ったディアに、私は縋りつきました。
「ディア……どうして……。あなたは私の味方ではなかったの……?」
「ええ、味方です。どれだけ世界が奥様に牙をむいても、私だけは……貴女様の味方です。だからもう苦しまないで下さい、私たちのために……」
「……え?」
彼女がそっと私を抱きしめました。
耳元で鼻をすする音が聞こえます。
ディアは泣いていたのです。
「分かっているのです。貴女様は、いつも周囲の人間の事を考えて下さいました。普通なら逃げ出してますよ、あんなクソ男から。でも逃げなかったのは、それによって従業員が解雇されて路頭に迷うのを心配されたからですよね?」
「わ、私は……」
「もう奥様は分かっているはずです。誰が貴女様の心を傷つけているのか。貴女様から笑顔を奪ったのが誰なのか……。フェリーチェ様にはたくさん笑顔を頂きました。だから今度は……私たちが貴女様を笑顔にしたいのです」
ディアが何を言っているのか、分かりませんでした。
その時、
「そうですよ、奥様‼」
「俺たちの事は気にしないで下さいっ‼」
開け放たれたままのドアの向こうから、大勢の従業員たちの声が聞こえて来たのです。
ディアは彼らの内の一人に離縁届を渡すと、呆気にとられているレイジィ様に向かい合い、満面の笑みを浮かべて言い放ったのです。
「旦那様。ここにいる従業員皆、旦那様のような人の価値も物の価値も分からず、媚びるしか能のないそこの女に呆けている馬鹿についていくつもりはございません」
「ば、馬鹿だとっ⁉ お前たち……そんな反抗的な態度を俺にするなど……よっぽど解雇されたいんだなっ⁉」
「解雇? はぁ……旦那様は言葉の理解も遅れているのですね?」
次の瞬間、ディアの満面の笑みが豹変したのです。
「お前のような無能の下で働くつもりはねぇっつってんだよっ‼ こっちから喜んで辞めてやるよ、クソゴミ野郎がっ‼」
「は、はぁ……」
私の知っているウェイターさんとあまりにも変わっていて、それ以上言葉が出ませんでした。
へたり込んでいる私にウェイターさんが手を差し伸べて下さいました。
その手を取ると、
「きゃあっ‼」
そのままウェイターさんが私を抱きしめたのです。
愛していないとはいえ、妻が別に男に抱きしめられたのを見たレイジィ様の表情が再び怒りで歪みました。
ですが、怒りの矛先は私でした。
「フェリーチェ……お前……その男と浮気していたのか‼」
「ち、違いますっ! この方は、例の茶葉の生産者さんで……、あ、あの、ウェイターさん、離していただけま――」
「ああ、そうですよ、ローランド卿。私はあなたの妻の愛人です」
「ええええっ⁉」
なぜかウェイターさんが肯定なされました。
もう訳が分かりません!
ウェイターさんの腕から逃れられたかと思うと、今度はディアに後ろから口をふさがれてしまいました。
「おやおや、あなたはそこの女中と浮気しているというのに、愛してもいない奥様の浮気は許せないのですか?」
「許せるわけないだろうっ‼ 女は貞淑に、そして黙って男の言う事を聞いていればいいんだっ‼」
「まああなたの隣に立つ女性が貞淑かどうかは、いささか疑問ではありますけどね」
「なんですってぇっ⁉」
「聞くところによるとフェリーチェ様は、あなたとの結婚生活に飽き飽きなされているとか。私の前では、あなたへの不満ばかりを仰っていらっしゃいましたよ?」
「な、何だと……フェリーチェ……お前……」
「絵の価値も分からない馬鹿で間抜けな男だと。あの男が満足させられるのは、あなたの隣にいる頭のネジも股も緩い女ぐらいだってね」
「……フェリーチェ、貴様……従順なふりをして、今まで別の男と一緒に俺を陰で馬鹿にしていたのか……」
何故ウェイターさんはそんなウソを……。
しかし口をふさがれたままの私には、反論する機会が与えられませんでした。
とうとう怒りが限界を超えたのでしょう。
「フェリーチェ、お前とは離縁する」
氷のように冷たいレイジィ様の声が、部屋に響き渡りました。
この時、ようやくディアの手が緩み、私は倒れこむようにレイジィ様の足元にひれ伏すと許しを請いました。
このままだと、従業員や屋敷の使用人たちが――
「ウェイターさんの発言は、全て嘘でございます! あなたを馬鹿にするような発言は決してしておりません! ましてやあの方と浮気など……」
「黙れフェリーチェ。今すぐ離縁の手続きを――」
「それなら旦那様、奥様の引き出しの中に離縁届がございます」
「な、なにを言っているの、ディア! そんなもの――」
「ああ、確かに入っているな、離縁届が。ははっ、もう署名済みとは……こんな部分には頭が回るんだな、フェリーチェ」
レイジィ様が私の机から取り出したのは、まぎれもない離縁届。
なぜか私の署名がされています。
「この署名はまぎれもなく、奥様の物ですわね?」
署名の筆跡を見つめるアイリーンが、媚びるようにレイジィ様に指摘しました。
もちろんこんなもの、用意した記憶はありません!
レイジィ様はアイリーンの言葉に頷くと、私が書いたと疑うことなく、離縁届に署名をしてしまったのです。
勝ち誇ったように高笑いが響き渡りました。
「はははっ‼ 苦しめ、フェリーチェ! 俺という後ろ盾がなくなったお前に、一体何が出来る? どうせお前が雇った孤児上がりの従業員など、使い物にならないクズばかりだろう。使えない奴や反抗する奴は、容赦なく切り捨てていくから覚悟しておけ!」
心が冷たくなりました。私が最も恐れていたことが起こったからです。
レイジィ様から離縁届を受け取ったディアに、私は縋りつきました。
「ディア……どうして……。あなたは私の味方ではなかったの……?」
「ええ、味方です。どれだけ世界が奥様に牙をむいても、私だけは……貴女様の味方です。だからもう苦しまないで下さい、私たちのために……」
「……え?」
彼女がそっと私を抱きしめました。
耳元で鼻をすする音が聞こえます。
ディアは泣いていたのです。
「分かっているのです。貴女様は、いつも周囲の人間の事を考えて下さいました。普通なら逃げ出してますよ、あんなクソ男から。でも逃げなかったのは、それによって従業員が解雇されて路頭に迷うのを心配されたからですよね?」
「わ、私は……」
「もう奥様は分かっているはずです。誰が貴女様の心を傷つけているのか。貴女様から笑顔を奪ったのが誰なのか……。フェリーチェ様にはたくさん笑顔を頂きました。だから今度は……私たちが貴女様を笑顔にしたいのです」
ディアが何を言っているのか、分かりませんでした。
その時、
「そうですよ、奥様‼」
「俺たちの事は気にしないで下さいっ‼」
開け放たれたままのドアの向こうから、大勢の従業員たちの声が聞こえて来たのです。
ディアは彼らの内の一人に離縁届を渡すと、呆気にとられているレイジィ様に向かい合い、満面の笑みを浮かべて言い放ったのです。
「旦那様。ここにいる従業員皆、旦那様のような人の価値も物の価値も分からず、媚びるしか能のないそこの女に呆けている馬鹿についていくつもりはございません」
「ば、馬鹿だとっ⁉ お前たち……そんな反抗的な態度を俺にするなど……よっぽど解雇されたいんだなっ⁉」
「解雇? はぁ……旦那様は言葉の理解も遅れているのですね?」
次の瞬間、ディアの満面の笑みが豹変したのです。
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