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第12話
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私はぽかんとしていました。
レイジィ様もぽかんとされていました。
そんな中、
「あら、汚い言葉を私ったら……申し訳ございません」
と全く反省した様子は見せず、ディアが笑って謝罪しました。
そしてコホンと一つ咳ばらいをすると、ディアが穏やかな笑みを湛えたまま口を開きます。
「役人に来て貰い、離縁届が正式な物だと確認後、無事受理されたそうです。ということは、フェリーチェ様はもうこの商会とは縁のない方。私たちはフェリーチェ様に仕えておりましたので、もうこの商会で働く理由などありません。今この瞬間、私たちはトーマ商店を辞めさせて頂きます」
「な、何だと⁉ そんなに一気に辞められたら、この商会はどうなる⁉」
「知りませんよ。さっさと次の人を雇ったらどうですか? そこの奥様よりも『優秀』と仰った愛人の方と相談して」
愛人、という言葉を強め、ディアが鼻を鳴らしました。
さすがにレイジィ様も、これだけの人数が一気に辞めると言い出すとは思ってもみなかったのでしょう。
少し引きつった笑みを浮かべながら、申し出をされました。
「さすが元孤児だな。……分かった、この商会に残るなら、給料を今よりも5倍にしよう。これで文句ないだろ」
「……はぁ……ちゃんと話聞いてました? 私たちは金なんて望んでいない」
「だ、だったらこれからどうする⁉ お前はいいかもしれないが、家族がいる奴もいるだろう! 明日からの食い扶持を、どうしていくつもりだ⁉」
「それなら、たった今辞めた彼らを、私の商会で引き取りましょう」
今まで黙っていたウェイターさんが、口を開きました。
皆の注目が、彼に向けられます。
もちろん私も。
ウェイターさんは姿勢を正すと、レイジィ様に向かって私と初めてお会いした時と同じように、優雅な礼をなされました。
「これはご挨拶が遅れました。私の名前は、ウェイター・バリー・ブルーノーです。以後、お見知りおきを。ローランド卿」
「ぶ、ぶるーのーって……ま、まさかっ、ブルーノー商会の……‼」
「はい、代表をさせて頂いております。ご存じのとおり、我が商会は常に人手が足りなくてですね。これだけ優秀な方たちが来て下さるなど、逆にあなたに礼を言いたいくらいですよ、ローランド卿」
ウェイターさん――いえ、ウェイター・バリー・ブルーノー様が微笑まれました。
私もブルーノー商会については知っています。
この国にある三大商会の中で最も大きな商会で、外国にもたくさんの支店を出されていたはず。
その時、ひと際大きな男性の声が部屋に響き渡りました。
大きな足音と共に現れたのは、
「ははっ! トーマ商会の従業員たちを独り占めにする気か? うちんとこにも、少しは分けろよウェイターの旦那。こっちだって万年人手不足なんだぞ?」
「お、オグリスさん⁉」
「よっ、久しぶりだな、奥さん……あー、今は元奥さんか? めんどくせーから、フェリーチェさんでいいか。この間はありがとな! あんたが商品をこっちに回してくれたお陰で、うちの商会の信頼に傷がつかなくて済んだよ」
従業員たちを掻き分けて現れたのは、オグリス商会の代表である、レブナンド・オグリスさんでした。
お二人はお知り合いなのでしょう。にこやかに挨拶を交わしています。
三大商会のうち二つの代表が現れ、レイジィ様はさらに混乱されているようで、さっきから瞬きが激しくなっています。
状況が整理出来ないまま混乱極まる部屋の中、私はホッとしておりました。
私のせいで、従業員たちが路頭に迷わなくて済んだのですから。
ブルーノー商会とオグリス商会であれば、安心して彼らをお任せ出来るでしょう。
それに、騙されて離縁させられたはずなのに、なぜか心はとても穏やかでした。
不思議なほどに……。
ウェイター様がやってこられました。
立ち尽くしている私の前にやってくると、この手を取られて仰られたのです。
「もちろん、あなたもその優秀な方に入っているのですよ。ブルーノー商会に是非来て頂けませんか? あなたの素晴らしい知恵とお考えを、ぜひブルーノー商会の発展に役立てて頂きたいのです。あなたがお屋敷で雇っていた使用人たちも皆、私たちに賛同してこちらに来てくれています」
「……え? 使用人たちもですか?」
「はい、以前解雇されたリッツとグリッドという使用人も、喜んで戻って来てくれましたよ」
「な、何を勝手なことをっ‼」
レイジィ様がこちらに手を伸ばされましたが、さっとウェイター様が間に入り、彼の手を振り払いました。
憎々しげにウェイター様を睨みつけると、あざ笑うようにレイジィ様が仰います。
「はんっ! こんな何も出来ない女が役に立つわけがないっ! どうせ無能だとすぐに捨てられ、俺に泣きつきにくるだろうな!」
「本当に奥様の……いや、元奥様の価値を何も分かっていらっしゃらないのですね? あなたの目は、節穴以下ですね。本当に視えてます? その目」
「あー……俺も思ってた。実はその目、飾りじゃねえのかって」
「レブナンドさんもですか? 奇遇ですねぇ」
「な、なんだとっ⁉ お、お前ら……」
「あなたの正気を疑う程、フェリーチェ様が優秀ということですよ。あなたはこれから嫌でも思い知らされるでしょうね? トーマ商会をこれほど大きくしたのは、一体誰なのか。女にうつつを抜かすあなたを一生懸命支えていたのが、誰なのかをね」
挑発するようなウェイター様の言葉に、レイジィ様の顏が真っ赤になりました。
が、相手はブルーノー商会の代表です。
それにさっきから、太い腕を組み威圧感をもって睨みつけるオグリスさんもいらっしゃいますし、この成り行きを見守っている従業員たちの視線もとても鋭いです。
この雰囲気の中、さすがに暴力はふるえないと悟ったのか、レイジィ様は両手を強く握りしめて震えていらっしゃいます。
レイジィ様が、屈する姿を初めて見ました。
それと同時に、初めて疑問が生じたのです。
今までレイジィ様が私に投げかけ続けた言葉は、本当に真実だったのか、と。
レイジィ様もぽかんとされていました。
そんな中、
「あら、汚い言葉を私ったら……申し訳ございません」
と全く反省した様子は見せず、ディアが笑って謝罪しました。
そしてコホンと一つ咳ばらいをすると、ディアが穏やかな笑みを湛えたまま口を開きます。
「役人に来て貰い、離縁届が正式な物だと確認後、無事受理されたそうです。ということは、フェリーチェ様はもうこの商会とは縁のない方。私たちはフェリーチェ様に仕えておりましたので、もうこの商会で働く理由などありません。今この瞬間、私たちはトーマ商店を辞めさせて頂きます」
「な、何だと⁉ そんなに一気に辞められたら、この商会はどうなる⁉」
「知りませんよ。さっさと次の人を雇ったらどうですか? そこの奥様よりも『優秀』と仰った愛人の方と相談して」
愛人、という言葉を強め、ディアが鼻を鳴らしました。
さすがにレイジィ様も、これだけの人数が一気に辞めると言い出すとは思ってもみなかったのでしょう。
少し引きつった笑みを浮かべながら、申し出をされました。
「さすが元孤児だな。……分かった、この商会に残るなら、給料を今よりも5倍にしよう。これで文句ないだろ」
「……はぁ……ちゃんと話聞いてました? 私たちは金なんて望んでいない」
「だ、だったらこれからどうする⁉ お前はいいかもしれないが、家族がいる奴もいるだろう! 明日からの食い扶持を、どうしていくつもりだ⁉」
「それなら、たった今辞めた彼らを、私の商会で引き取りましょう」
今まで黙っていたウェイターさんが、口を開きました。
皆の注目が、彼に向けられます。
もちろん私も。
ウェイターさんは姿勢を正すと、レイジィ様に向かって私と初めてお会いした時と同じように、優雅な礼をなされました。
「これはご挨拶が遅れました。私の名前は、ウェイター・バリー・ブルーノーです。以後、お見知りおきを。ローランド卿」
「ぶ、ぶるーのーって……ま、まさかっ、ブルーノー商会の……‼」
「はい、代表をさせて頂いております。ご存じのとおり、我が商会は常に人手が足りなくてですね。これだけ優秀な方たちが来て下さるなど、逆にあなたに礼を言いたいくらいですよ、ローランド卿」
ウェイターさん――いえ、ウェイター・バリー・ブルーノー様が微笑まれました。
私もブルーノー商会については知っています。
この国にある三大商会の中で最も大きな商会で、外国にもたくさんの支店を出されていたはず。
その時、ひと際大きな男性の声が部屋に響き渡りました。
大きな足音と共に現れたのは、
「ははっ! トーマ商会の従業員たちを独り占めにする気か? うちんとこにも、少しは分けろよウェイターの旦那。こっちだって万年人手不足なんだぞ?」
「お、オグリスさん⁉」
「よっ、久しぶりだな、奥さん……あー、今は元奥さんか? めんどくせーから、フェリーチェさんでいいか。この間はありがとな! あんたが商品をこっちに回してくれたお陰で、うちの商会の信頼に傷がつかなくて済んだよ」
従業員たちを掻き分けて現れたのは、オグリス商会の代表である、レブナンド・オグリスさんでした。
お二人はお知り合いなのでしょう。にこやかに挨拶を交わしています。
三大商会のうち二つの代表が現れ、レイジィ様はさらに混乱されているようで、さっきから瞬きが激しくなっています。
状況が整理出来ないまま混乱極まる部屋の中、私はホッとしておりました。
私のせいで、従業員たちが路頭に迷わなくて済んだのですから。
ブルーノー商会とオグリス商会であれば、安心して彼らをお任せ出来るでしょう。
それに、騙されて離縁させられたはずなのに、なぜか心はとても穏やかでした。
不思議なほどに……。
ウェイター様がやってこられました。
立ち尽くしている私の前にやってくると、この手を取られて仰られたのです。
「もちろん、あなたもその優秀な方に入っているのですよ。ブルーノー商会に是非来て頂けませんか? あなたの素晴らしい知恵とお考えを、ぜひブルーノー商会の発展に役立てて頂きたいのです。あなたがお屋敷で雇っていた使用人たちも皆、私たちに賛同してこちらに来てくれています」
「……え? 使用人たちもですか?」
「はい、以前解雇されたリッツとグリッドという使用人も、喜んで戻って来てくれましたよ」
「な、何を勝手なことをっ‼」
レイジィ様がこちらに手を伸ばされましたが、さっとウェイター様が間に入り、彼の手を振り払いました。
憎々しげにウェイター様を睨みつけると、あざ笑うようにレイジィ様が仰います。
「はんっ! こんな何も出来ない女が役に立つわけがないっ! どうせ無能だとすぐに捨てられ、俺に泣きつきにくるだろうな!」
「本当に奥様の……いや、元奥様の価値を何も分かっていらっしゃらないのですね? あなたの目は、節穴以下ですね。本当に視えてます? その目」
「あー……俺も思ってた。実はその目、飾りじゃねえのかって」
「レブナンドさんもですか? 奇遇ですねぇ」
「な、なんだとっ⁉ お、お前ら……」
「あなたの正気を疑う程、フェリーチェ様が優秀ということですよ。あなたはこれから嫌でも思い知らされるでしょうね? トーマ商会をこれほど大きくしたのは、一体誰なのか。女にうつつを抜かすあなたを一生懸命支えていたのが、誰なのかをね」
挑発するようなウェイター様の言葉に、レイジィ様の顏が真っ赤になりました。
が、相手はブルーノー商会の代表です。
それにさっきから、太い腕を組み威圧感をもって睨みつけるオグリスさんもいらっしゃいますし、この成り行きを見守っている従業員たちの視線もとても鋭いです。
この雰囲気の中、さすがに暴力はふるえないと悟ったのか、レイジィ様は両手を強く握りしめて震えていらっしゃいます。
レイジィ様が、屈する姿を初めて見ました。
それと同時に、初めて疑問が生じたのです。
今までレイジィ様が私に投げかけ続けた言葉は、本当に真実だったのか、と。
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