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その後の話:繋がる影
第1話 異変
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エルザ王国の王女―ミディローズ・エルザの姿は、並べられた豪華な料理の前にあった。
周りでは給仕の女性たちが、食事をとる者たちに何か不便はないかと、常に目を光らせている。少しでもグラスの中身が少なくなると、どこからともなく現れて、さっと飲み物を注いで去っていく。
その気配を感じさせぬ動作は、飲み物空だったた気がするけど、気のせいだっけ?と相手に勘違いさせる程訓練されて素早い。
丁重に食事の世話を受けている中、ナイフとフォークを動かすミディの手が止まった。一つため息をついて、二つの器具を皿の上に置く。
「……ご馳走様」
「あら、ミディ様。もう宜しいのですか?」
「ええ」
いつもよりも早い食事の終わりに、ミディの侍女であるユニが少し驚いたように尋ねた。彼女の言葉を肯定するように、ミディはナプキンで口元を拭きながら、短く答える。
ユニが驚くのも無理はなかった。
王女の目の前の料理には、ほとんど手を付けられておらず、出されたままの形をとどめていたからだ。
「今日は、ミディ様がお好きな物をご用意させたのですが……。何かご不満な点でもおありでしたでしょうか?」
いつもニコニコしているユニの顔が、真剣なものに変わった。この辺がユニが幼い容姿ながらも、女中頭である事を納得させられる部分だ。特殊な趣味を持つ性格はあれだが、仕事に関しては真面目で真剣である事は、ミディも知っている。
そんな彼女を安心させるように、ミディはゆっくりと首を横に振り、ほほ笑む。
「いいえ、とても美味しかったわ。だけど……、もうこれ以上入りそうにないのよ」
「そうなのですね。それでしたらよろしいですが……」
釈然としないものを感じつつも、ユニはそれ以上何も言わなかった。
ミディはもう一度、食事終了の挨拶を小さく口にすると、側に控えている料理人に一言声を掛けた。作って貰った料理を残してしまったことについて、謝罪の言葉を述べているのが微かに聞こえる。
王女の言葉に、料理人は慌てて両手を振り、立ち去る彼女の後姿に対して深々とお辞儀をしているのが見えた。
部屋に戻って行くミディの後姿を見送りながら、ユニが心配そうに口を開く。
「ミディ様、最近あまり食欲がないようですね。どうされたのでしょう?」
「……うん、そうだね」
ユニの言葉に答えたのは、ミディと食事を共にしていた青年――魔王ジェネラル。
ジェネラルも手に持った食器を置くと、心配そうにミディが去った後のテーブルを見つめる。
ほとんど減っていない料理。
間食して夕飯が入らないのならまだしも、たったこれだけの量で満足出来るものだろうか。女性は、色々な事を気にして少ししか食べない事も多いらしいが、武術を嗜む彼女は、食事の重要性を良く知っている。だからこそ、急に食べなくなったミディを、誰もが心配していた。
ミディの異変はそれだけではなかった。
「食事だけじゃないよね。ほぼ毎日行ってた剣の練習だって、ここ最近やってないみたいだし……」
「ええ……、部屋に閉じ篭っていらっしゃる事が多くなった気がします」
「一体どうしたんだろう、ミディ……。どこか、身体の調子が悪いのかな?」
もちろん、相変わらずあの性格は健在である。が、一見いつもと変わらない様子の中でも、ジェネラルはどこか違和感を感じていた。
上手くは言えないが、無理して自分を元気に見せている、そんな感じなのだ。
しかし周りが彼女に尋ねても、ミディの答えは決まって、「何もない」なのである。
見守る事しか出来ない無力さを感じながらも、ジェネラルはずっと何か思い当たる事はないかと考え、悩んでいた。
その時、
「お食事中、失礼致します。ジェネラル様、少しお時間宜しいですか?」
明るい栗毛色の髪の青年が、食堂に入ってきた。魔王補佐であるエクスである。手には、分厚い手帳が握られている。
ひとまずミディの事から思考を解放すると、ジェネラルはエクスに視線を向けた。
「エクス、何かあった?」
「控えていた視察の予定を、明後日に変更したいとの要望がありまして……。もし宜しければ、明後日の午前中に変更させて頂きたいのですが」
「特に予定がないなら、変更してくれて構わないよ」
笑みを浮かべ、ジェネラルは承諾した。
エクスも安堵の笑みを返す。
不意に、ジェネラルの動きが止まった。
何かに気が付いたように少し息を呑み、一点を見つめている。再びミディの事が思考を支配した。
「……確か明日は……、だからミディは……」
先ほどまで彼女がいたテーブルを見つめ、ジェネラルは小さく呟いた。
その瞳には、少し辛そうな、そして寂しそうな光が宿っていた。
周りでは給仕の女性たちが、食事をとる者たちに何か不便はないかと、常に目を光らせている。少しでもグラスの中身が少なくなると、どこからともなく現れて、さっと飲み物を注いで去っていく。
その気配を感じさせぬ動作は、飲み物空だったた気がするけど、気のせいだっけ?と相手に勘違いさせる程訓練されて素早い。
丁重に食事の世話を受けている中、ナイフとフォークを動かすミディの手が止まった。一つため息をついて、二つの器具を皿の上に置く。
「……ご馳走様」
「あら、ミディ様。もう宜しいのですか?」
「ええ」
いつもよりも早い食事の終わりに、ミディの侍女であるユニが少し驚いたように尋ねた。彼女の言葉を肯定するように、ミディはナプキンで口元を拭きながら、短く答える。
ユニが驚くのも無理はなかった。
王女の目の前の料理には、ほとんど手を付けられておらず、出されたままの形をとどめていたからだ。
「今日は、ミディ様がお好きな物をご用意させたのですが……。何かご不満な点でもおありでしたでしょうか?」
いつもニコニコしているユニの顔が、真剣なものに変わった。この辺がユニが幼い容姿ながらも、女中頭である事を納得させられる部分だ。特殊な趣味を持つ性格はあれだが、仕事に関しては真面目で真剣である事は、ミディも知っている。
そんな彼女を安心させるように、ミディはゆっくりと首を横に振り、ほほ笑む。
「いいえ、とても美味しかったわ。だけど……、もうこれ以上入りそうにないのよ」
「そうなのですね。それでしたらよろしいですが……」
釈然としないものを感じつつも、ユニはそれ以上何も言わなかった。
ミディはもう一度、食事終了の挨拶を小さく口にすると、側に控えている料理人に一言声を掛けた。作って貰った料理を残してしまったことについて、謝罪の言葉を述べているのが微かに聞こえる。
王女の言葉に、料理人は慌てて両手を振り、立ち去る彼女の後姿に対して深々とお辞儀をしているのが見えた。
部屋に戻って行くミディの後姿を見送りながら、ユニが心配そうに口を開く。
「ミディ様、最近あまり食欲がないようですね。どうされたのでしょう?」
「……うん、そうだね」
ユニの言葉に答えたのは、ミディと食事を共にしていた青年――魔王ジェネラル。
ジェネラルも手に持った食器を置くと、心配そうにミディが去った後のテーブルを見つめる。
ほとんど減っていない料理。
間食して夕飯が入らないのならまだしも、たったこれだけの量で満足出来るものだろうか。女性は、色々な事を気にして少ししか食べない事も多いらしいが、武術を嗜む彼女は、食事の重要性を良く知っている。だからこそ、急に食べなくなったミディを、誰もが心配していた。
ミディの異変はそれだけではなかった。
「食事だけじゃないよね。ほぼ毎日行ってた剣の練習だって、ここ最近やってないみたいだし……」
「ええ……、部屋に閉じ篭っていらっしゃる事が多くなった気がします」
「一体どうしたんだろう、ミディ……。どこか、身体の調子が悪いのかな?」
もちろん、相変わらずあの性格は健在である。が、一見いつもと変わらない様子の中でも、ジェネラルはどこか違和感を感じていた。
上手くは言えないが、無理して自分を元気に見せている、そんな感じなのだ。
しかし周りが彼女に尋ねても、ミディの答えは決まって、「何もない」なのである。
見守る事しか出来ない無力さを感じながらも、ジェネラルはずっと何か思い当たる事はないかと考え、悩んでいた。
その時、
「お食事中、失礼致します。ジェネラル様、少しお時間宜しいですか?」
明るい栗毛色の髪の青年が、食堂に入ってきた。魔王補佐であるエクスである。手には、分厚い手帳が握られている。
ひとまずミディの事から思考を解放すると、ジェネラルはエクスに視線を向けた。
「エクス、何かあった?」
「控えていた視察の予定を、明後日に変更したいとの要望がありまして……。もし宜しければ、明後日の午前中に変更させて頂きたいのですが」
「特に予定がないなら、変更してくれて構わないよ」
笑みを浮かべ、ジェネラルは承諾した。
エクスも安堵の笑みを返す。
不意に、ジェネラルの動きが止まった。
何かに気が付いたように少し息を呑み、一点を見つめている。再びミディの事が思考を支配した。
「……確か明日は……、だからミディは……」
先ほどまで彼女がいたテーブルを見つめ、ジェネラルは小さく呟いた。
その瞳には、少し辛そうな、そして寂しそうな光が宿っていた。
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