立派な魔王になる方法

・めぐめぐ・

文字の大きさ
192 / 220
その後の話:繋がる影

第2話 名

しおりを挟む
 次の日の午後、ミディの姿は森に入った場所にある湖畔にあった。

 ユニに、評判の香茶店を教えて貰ったので、昼食後、一人で出掛けたのだ。そこの主人に帰り際、この場所を教えて貰ったのである。

「地元の者でもあまり知られてないので、とても静かないい場所ですよ」

 彼の言葉通り、鳥の鳴き声などが時折聞こえるだけで、とても静かな場所だった。もちろん周りには、誰もいない。
 
 ミディは紙袋を草の上に置くと、力なくそこに座り込んだ。そして、どこか空ろな瞳で湖を見ている。

“どうして……、またこの日が来たのかしら”

 酷く霧の掛かった心の中で、自問する。

 今日は1年でミディが最も嫌う日――彼女の誕生日だった。

 誕生日は、ミディにとって苦痛でしかなかった。

 四大精霊の予言が彼女の心に、一番圧し掛かる日。
 予言と、四大精霊と対峙した記憶が彼女を苛み、酷い眩暈が彼女を襲う。しかし、そんな重い心を引きずりながら、誕生祭で笑顔を浮かべなければならない。

 これが、苦痛以外に何といえるだろう。

 ミディはゆっくりと体を起こすと、湖に近づき、水面を覗き込んだ。少し濁った水面には、少し揺れるもう一人の自分が見返している。
 不意に像が、口端を上げにやりと笑った。現実には起こりえない現象に驚き、ミディは反射的に少し体を起こした。

 像は笑いながら、口を動かす。

『いつでも帰ってきていいのよ』

 それは、ミディがボロアの葉に囚われた時に出会った、もう一人の自分の言葉。

 その言葉を聞いた瞬間、ミディは乱暴に手を水面にぶつけた。何度も何度も手を水面に打ちつけながら、唇は何かを呟く。

「駄目……、こんな事では駄目……。強くならないと……。強くならないと……」

 ミディの手が止まった。ゆらゆらと水面が揺れ、再びミディの姿を取り戻す。

 まるで、未来を恐れる彼女を、あざ笑うかのように。

 ミディは水中から手を出すと、水滴を拭う事もせず再び空を見つめた。そして、ため息と共に言葉を吐き出した。

「どうして……、私なの……? どうして……、私一人なの……?」

 予言の事を知った時から、ずっと繰り返し問いかけた言葉。
 しかし、未だに答えは得られていない。

『……本当に、それでいいの? 一人で、世界と戦うというの? あなたにそれが出来るの?』

『あなたは、再びこの地に降り立つでしょう。来るその時までこの檻は、このままとっておくわ。いつでも帰ってきていいのよ』

 消滅したはずのもう一人の自分の声が、ミディの頭の中に響き渡った。声と共に不快な耳鳴りが鳴り響く。

 声と耳鳴り、そしてそれらによって引き起こされる眩暈。

  ――本当にそれで……。

   ――世界に秩序を……。

    ――いつでも帰って……。

     ――強くなりなさい……。

 ミディは、全てを拒絶するように両耳を押さえた。

"ボロアの葉に囚われていたあの時……、全てを乗り越えられると思っていたのに……"

 その時、手に当たる硬い感触に、少し顔を上げた。存在を再確認するかのように、指がそっとそれに触れる。 

 黒石のイヤリング。
 去年、旅中にジェネラルから贈られた、誕生日プレゼントだ。

『19歳のお誕生日……、おめでとう!』

 そう言って、少し照れたように笑うジェネラルの姿が思い出された。

 そっと耳からイヤリングを外すと、変わらず美しい光を放つ黒石を見つめる。
 
 胸が、何故か締め付けられるように苦しい。その苦しみから逃れる為、ミディはイヤリングを強く握り締めた。唇が、無意識のうちに名を呼ぶ。

「……ジェネ」

 何故今ここで、ジェネラルの名を呼ぶのか、ミディには分からない。
 だが、唇はミディの意思に逆らい、何度も彼の名を呟く。

 自分を守ると言ってくれた、魔王の名を。

「……ジェネ、……ジェネ」

 呼んで、彼がここに来るなど有り得ない。
 だが、唇は何度も名を呼び続けた。

 彼の名が、あらゆる不安を振り払ってくれるかのように。
 そして彼の名が、自分に安らぎを与えてくれるかのように。 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~

Ss侍
ファンタジー
 "私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。  動けない、何もできない、そもそも身体がない。  自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。 ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。  それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...