立派な魔王になる方法

めぐめぐ

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その後の話:未来の話をしよう

第10話 恋話

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「……ということなんですよ」

「……だからティンバーがやたらと、僕の傍にやって来るのか……」

 ハルは少し困った表情を浮かべ、レシオの話を聞いていた。話を聞く彼の目は、ぱちぱち爆ぜる焚き火に向けられている。

 サスティ駆除の後、身体を清めたり死体の後始末をしたりと、思ったよりも時間が掛かったため、少し進んだ場所で一晩過ごす事となったのだ。
 もうすでに時間は真夜中。辺りは闇に包まれ、彼らが過ごす場所だけが焚き火の光によって、赤く照らされている。

 ハルが見張りの交代の時間で起きて来た為、丁度いいタイミングだと思ったレシオが、ティンバーの件を話しているのだ。

 ちなみにティンバーは、二人の後ろで寝袋に入ってぐっすり眠っている。サスティの件で、いつも以上に疲れているのだろう。小声でしゃべっているので、万が一彼女が起きていても話を聞かれる心配はない。

 レシオはそんな妹をチラ見しながら、ハルに頭を下げた。

「ほんとすみません……。あいつ、結構惚れっぽいんですよ。でも、迷惑だって言って貰ったらそれ以上追うこともないので、遠慮なく言っちゃって下さい」

「それはちょっと……、可哀想すぎないか?」

 レシオの容赦ない言葉に、ハルは顔をしかめた。ティンバーに惚れられている件を聞かされて少し困った様子を見せていたが、さすがに本人目の前にして迷惑だと言い切れるほど、鋼のメンタルは持ち合わせていない。
 しかし、

「変に期待を持たせる方が、可哀想ですから」

 レシオは、ハルの優しさをきっぱり否定した。彼の言葉があまりに正論だったため、ハルは何も言い返せなかったが、その表情には何か言い返したいという気持ちが現れている。レシオのようにきっぱりと割り切れないのだろう。

 そんなハルに、レシオは笑って気にするなと言った。

「ティンバーの好きになっちゃいました騒動は、今回が初めてじゃないんですよ? その度に、振り回される俺の身にもなって下さいよ。ちゃんと断って貰った方が、俺にとっても俺にとってもいい事なんです」

「……結局、君にしか良い事ないじゃないか……」

「あれ? ティンバーにとってもって言おうと思ったのに、心の声が出ちゃいましたか」

「……本音が隠せない程、君、家族に振り回されているんだな……」

 レシオの態度から、彼がどれだけ家族――主に父と妹に振り回され、迷惑を被っているのかが分かったようだ。焚き火の光がちらちら映る青い瞳は、同情と憐れみを湛えている。

 ハルは再び焚火へと視線を戻すと、困った表情を浮かべた。

「まあ……、彼女の気持ちは嬉しいが……、でも……」

「でも? 何ですか?」

「あっ……」

 ハルが、しまったという表情を浮かべた。しかしゴシップ好きのレシオが、彼から漏れた言葉の裏側を聞き逃すわけがない。最後の一言が、何を意味しているのかピンときたのか、滅茶苦茶ワクワクした表情を浮かべ、ハルに近づいた。

「でも、何ですか? もしかして……、ハルにも好きな人が?」

「……ハルに『も』という事は……、君にも想い人が?」

「……あ」

 思わず口を滑らせてしまったレシオは、小さな声と同時に自分の口を手で抑えた。しかし、漏れた言葉をなかった事にする事は出来ない。

 自分がハルに対してした行為が、そのまま返って来た事に対し、レシオは吹き出すと肩を震わせて笑った。もちろん夜中であるし、後ろでティンバーが眠っているので、少し声は落とし気味だったが。

 ハルはそんな彼を見て、口元を緩めている。笑っているようだがしかし、どこか心の底から笑えずにいる様子が伺えた。

 笑いを止め何とか呼吸と整えると、レシオは目元を拭った。

「もしティンバーが告って来たら、好きな人がいるって言って下さい。きっとあいつも諦めると思いますから。それにしても……、ハルの好きな人ってどんな方なんですか? 何歳ぐらい? 好きになったきっかけは? てかどこに住んでる人ですか?」

「……何か急にぐいぐい来るな、君は……」

「いやあー、他人の恋愛話って楽しいじゃないですかー」

「……だからと言って、僕の恋愛話で楽しむのはやめてくれ」

 矢継ぎ早に次々と質問を繰り出すレシオに、ハルは迷惑そうな表情を浮かべると、拳一つ分程彼から距離をとった。しかし、すぐさまその空いた距離を、レシオが埋める。2,3回それを繰り返していたが、水色の瞳が期待に満ちて輝いているのを見て、ハルは観念したようにふっと息を吐き出した。

「……子どもの頃の友人だ」

「へえ~、ふうーん、幼馴染系ですか。いいですねー。それで?」

「……それだけだ」

「へっ?」

「……幼いころに会って、それっきりだ。きっと相手は……、僕と出会ったことすら覚えていないだろう」

 先ほどまでのニヤニヤは影を潜め、代わりに少し真面目な表情がレシオの顔に浮かび上がった。

 ハルの好きな人は子どもの頃の友人で、ずっと会っていないらしい。それなのに大きくなった今でも、その友人の事を想っているのだ。自分と同じ境遇に、レシオの心が切ない反応を見せた。みぞおち辺りが重くなり、胸の奥がキューっと苦しくなる。 

 レシオの変化に気づいたハルは、自分の話から彼の話へと話題を変えた。

「僕の事はもういいだろ。そういう君の想い人は……、どういう人なんだ?」

「えっ、俺ですか? 俺は……」

 ハルの話によって、思考が深くに沈みかけていたレシオは、慌てて言葉を返した。しかし、いざ自分の好きな人の事を聞かれると、正直困る。過去、城の人間に木の上の少女の事を尋ね、最後には頭の心配をされたトラウマがあるからだ。

 レシオは慎重に言葉を選びながら、自分の想い人について語り出した。

「えっとですね……。俺の好きな人は……、どこの誰だか分からないんですよね」

「えっ?」

 ハルが驚く短い声が響いた。彼の反応に、少し困惑した笑いながら言葉を続ける。

「どこの誰だか分からないのに、出会って好きになったんですよね。それを今もずっと引きずってるって感じですよ」

「出会って好きって事は……、一目惚れってやつか?」

 ハルの言葉に、レシオは腕を組んで記憶を探った。しかし想い人である少女の記憶は、木の上で泣いているのを発見してから、彼らが木から落下するまでの短い間しか残っていない。
 それしか記憶にない以上、好きになったタイミングは一目惚れとしか言いようがない。

“まあ……、めっちゃ可愛かったもんな……”

 ぼんやりした記憶の中、少女の美しさだけは鮮明に記憶に残っている。それらの情報を合わせると、

「一目惚れ……なのかなあ……。そうかもしれませんね」

 まだ納得がいかない気がするのだが、レシオはそう結論付けた。ふと隣を見ると、ハルが顎に手を当てて険しい表情を浮かべている。レシオがこちらを見ているのに気づいた彼は、すぐさま先ほど話を聞き始めていた表情へと戻した。

「ハル、そんな顔しないで下さいよ。これでも俺、まだあきらめてないんです。いつか見つけ出すって心に決めてますから」

 ハルがまるで自分の事のように心を痛め、険しい表情を浮かべていたと思ったレシオは、明るい口調で決意を表した。その瞳には、いつも飄々としている彼とは違う、決意に満ちた光を湛えている。

「……そうか、君は強いな」

 そんな彼を称えるように、ハルは小さく笑った、はずだったがあまりにも小さな変化だったため、レシオには分からなかった。ただ言葉だけが伝わり、王子はありがとうの代わりに小さく会釈をした。
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