立派な魔王になる方法

・めぐめぐ・

文字の大きさ
202 / 220
その後の話:未来の話をしよう

第9話 害獣

しおりを挟む
 道中、途中までは平和だった。
 馬は違うが、ティンバーはひっきりなしにハルに話しかけ、馬鹿な事を言う妹をレシオが突っ込む。そんな感じで、賑やかに旅が進んで行った。

 しかし、

「ハル、とにかく俺たちの馬を安全なところへ! ここは俺たちが食い止めますから!」

「あっ、ああっ!」

 緊迫したレシオの声が、ハルに指示を出した。ハルは戸惑いながらも、今の状況から彼の指示に従う事が正しいと判断し、乗る者がいない馬を引くと安全だと思われる場所へ向かっていった。

 剣を抜いたレシオの横に、弓を構えたティンバーが立つ。

 今、彼らの目の前には、2頭の獣が鋭い牙をむき出しにしながら、唸り声を上げていた。サスティと呼ばれる獣だ。

 家畜や時に人を襲う事もある、凶暴な肉食動物である。街道に目撃情報が出たら、討伐隊が組まれて駆除に当たる、それくらい危険なのだ。本来であれば、森や山の奥に住んでいるのだが、稀にこうして人の目の前に現れることがある。

 3人は運悪く、このレアなケースに遭遇してしまったのだ。

 黒く硬そうな体毛が全身を覆い、大きさは成人男性の腰ほどまである。このくらいの大きさなら、簡単に人を襲って食らうことが出来るだろう。血走り濁った黒い目が二人を睨み、その口にはよだれが垂れて地面に落ちた。

「やっかいなのに遭ったな……。獣は嫌いだ」

 餌を食らおうとする本能に従順な獣を見ながら、レシオはめんどくさそうにぼやいた。隣のティンバーも、同感だと頷く。

「私もですっ! でもあの毛は部屋の絨毯に、肉は食料に、内臓は薬に、骨は町で売ればお金になるので、頑張って倒したいのですっ!」

「……お前、生活力高いのな」

 すでに倒した後の使い道を考えている妹に、レシオは父親譲りの図太さを感じ呆れた。しかしティンバーは、純粋に褒められたと思い、ニコニコしている。

 サスティたちは、態勢を低くし、レシオたちが隙を見せたらすぐにでも飛びかからんとばかりに警戒している。レシオはため息を付くと、改めて目の前の獣に意識を向けた。彼が意外と余裕ある態度をとっているのは、過去何度かサスティ討伐に同行、もしくは指揮を執った事があったからである。

「じゃ、害獣駆除、やるか」

「はいなのですっ!」

 ティンバーが明るい声で答えた瞬間、彼女の放っていた明るく元気な雰囲気が一変、静かなものへと変わった。
 すでに弓矢が2本セットされた弓を構えると、一本目のトリガーを引いた。それは真っすぐ、目の前にいるサスティの右目を射貫く。間を空けず、さらにもう一本が放たれ、獣の左目を射抜いた。

 目という小さな的にも関わらず、一寸の狂いもなく当てるなど、物凄い腕前だ。獣は大きな音を立て、その場に倒れた。目を貫いた弓が、脳まで達したのだろう。

 突然1頭が殺され、残った1頭が二人に飛びかかった。巨体ながらも素早い動きで、二人に襲い掛かる。

 レシオは突進をよけると、止まる反動でバランスを崩したサスティの背中に切りかかった。彼の剣は獣の分厚い毛と脂肪を切り裂いたが、致命傷までには至らなかったようだ。
 与えられたダメージが怒りへと変わり、レシオに向けられた。

「うわー……、熱烈な視線。せっかくなら可愛い子にそういう目で見られたい……」

 射貫き殺されそうな視線を獣から向けられ、レシオが呟く。
 獣は血を流しながらも、切られる前と同じスピードでレシオに襲い掛かり、鋭い爪を向けて振り下ろした。それを身を引いてよけると、地面の砂を手に取り、獣の目に向けてぶちまけた。

 血走った目に砂が入り、獣は顔を振りながら砂を振り払っている。次の瞬間、獣の額にティンバーの弓矢が刺さったが、まだ致命傷には至らない。

 レシオはサスティの横に回ると、暴れる獣の首元を狙って短剣で突き刺した。急所が受けたダメージにより、獣がさらに暴れ、短剣がさらに深く突き刺さる。その力を利用し、レシオはさらに短剣を突き刺した。何かが切れる感触がしたかと思うと同時に、獣の首元から大量の血が吹き出す。恐らく、獣の首にある大切な血管を切ったのだろう。

 サスティは倒れると、時折ぴくぴく痙攣しながらやがてその動きを止めた。

「お兄様、さすがなのですっ!」

 構えた弓を下ろし、ティンバーがレシオの傍に駆け寄った。兄を援護すべく、弓を構えて待っていたのだが、それ以上出番はなかったらしい。妹の称賛に視線で答えると、改めて自身の状況を確認する。

「うへぇ……、血が凄い……。どこかで水浴びでもして洗い流さないと……」

 レシオは獣の血に塗れた自分の姿を見て、うめき声を上げた。接近戦だったため、血管を切った際の出血を、大量に浴びてしまったのだ。服や顔、髪の毛まで、獣の血がべったりと付いている。身体は洗えば何とかなるだろうが、服は完全に処分しなければならないだろう。

 勿体ないと思いながら、レシオは自分の戦い方を振り返った。

「もっとスマートな戦い方、考えないとなー」

「戦いにスマートさを求めていたら死んじゃうのですっ、お兄様」

「……お前が言うと、何か言葉に重みがあるよな……」

 修練に励み兄よりも強い妹の言葉には、ある種納得できるものがある。きっとこの言葉が自然に出るほど、彼女も様々な経験と教えを受けているのが分かる。
 その時、

「ティンバー!!」

 兄とは違う声が、彼女の名を呼んだ。鬼気迫る声、そして自分の背後に感じる殺気だった気配に、ティンバーの顔が恐怖で引きつる。

 始めに倒したと思っていたサスティが立ち上がり、ティンバー向けて襲い掛かって来たのだ。大きく開いた口から見える鋭い牙が、ティンバーに向かってくる。

 あまりにも近く、そして予想もしなかった攻撃に、ティンバーは咄嗟の判断が出来ず、両目をとぎゅっと閉じると、身体を硬くして動けなくなった。
 レシオは妹とサスティの間に入ろうとするが、間に合わない。

“ティンバーっ!!!”
 
 妹が獣の凶刃に倒れる姿を想像し、レシオは声なき声を上げた。

 しかし、獣の牙が彼女を切り裂くことはなかった。
 その代わり獣の口から発されたのは、恐ろしいほど大きな断末魔だった。断末魔は突然途切れ、首が胴から分かれたかと思うと地面に鈍い音を立てて落ちた。
 ティンバーの足元で、首を失ったサスティの身体から流れ出す血が溜りを作っていく。

「ティンバー、大丈夫だったか?」

 そう言ってサスティの後ろから首を切り落としたのは、

「は……る?」

 ティンバーが、声の主の名を呼ぶ。
 彼女の前には、獣の血の付いた剣を握るハルの姿があった。緊張と、彼女が無事だった事を確認した安堵が混じり合ったような表情を浮かべている。

 彼がサスティの首を切り落とし、ティンバーを助けたのだ。
 獣の首はそこそこ太い。それを一太刀で切り落とすなど、並大抵の剣技ではない。 

 エルザ王が見ていたら、ハルをティンバーの婿にしてもいいと思うくらいの強さだ。

 緊張から解放されたティンバーは、安堵からその場に崩れ落ちた。少し泣きそうな表情で、助けてくれたハルを見ている。
 レシオが妹に声を掛ける前に、ハルがしゃがみこむと、ティンバーを安心させるように彼女の肩を軽く抱いた。

「獣の生命力は強い。最後まで気を抜いては駄目だ、ティンバー」

「ううっ……、ごめんなさい、ハル……。私、全部終わったかと思って……」

「とにかく、怪我がなくて良かった。また一つ学べて、良かったな」

 ハルは反省するティンバーに対し、優しく声を掛けた。その声の調子に、ティンバーはほっと息を吐いた。その表情にはすでに彼女本来の明るさが戻りつつある。
 怖かったのもあるが、武術を学ぶものとして、最後のつめが甘かった事がショックだったようだ。

 ハルはティンバーの事をレシオに任せると、避難させていた馬を取りに向かった。
 その後ろ姿を見つめながら、ティンバーはレシオに言った。

「ハル……、強かったですね、お兄様」

「ああ、そうだな。あまりよく見えなかったが、あの首を一太刀で落とすなんて、並大抵の技じゃないな」

 そう言いながら、レシオは落ちている獣の首を見つめた。その表情には、ハルの剣技に対する疑問が見える。あんなひょろい身体から、どうしたらあれほどの力が出せる物なのか、不思議に思っているのだ。

 しかし兄に問いかけておきながら、ティンバーは彼の回答を聞いていなかった。

「ハル……、優しいですね、お兄様」

「ああ、そうだな。まああの人は優しいと思うよ。少し距離を置いた感じだけど、色々と気を使ってくれてるし」

「ハル……、私、好きになっちゃいました」

「ああ、そうだな。…………………………んんっ?」

 最後の言葉に、物凄く違和感を感じるレシオ。
 
 視線を向けるとそこには、両手を胸の前で組み、物凄く熱の籠った瞳でハルの姿を見つめる妹の姿があった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...