【完結】黒の花嫁/白の花嫁

あまぞらりゅう

文字の大きさ
9 / 124

第二話(三)

しおりを挟む

「春菜っ! 春菜っ!」

 秋葉の目の前には、全身傷だらけで、今この瞬間もどくどくと腹から血を流している春菜が横たわっていた。
 妹は山に行ったまま夕刻になっても戻って来ず、里の者が総出で捜索してやっと見つけ出したのだ。

「これは……。じゃ、ですね……」

 邪。
 それは神でもあやかしでもなく、ただの闇。あるいは、ただの『悪意』の塊。
 この世界の影に潜んでいて、人も神も妖も関係なく、ただ眼前の獲物を喰らう存在だった。

「嘘だろう……」

「そんな……」

 夏純と冬子は、愕然と項垂れた。真っ黒な絶望が、二人を包みこんでいく。

 邪に捕食されたら、逃れることができない。特に人間如きの霊力では、魂まで全て吸い込まれて太刀打ちできないのが常識だった。
 春菜はこのまま邪の中に入って、存在自体がなくなってしまうのだろう。

「諦めちゃ駄目よっ!!」

 そのとき、重く沈む空気を切り裂くように、秋葉の力強い声が響いた。

「春菜はまだ生きてる! 私の霊力で絶対に助けるわ!」

 秋葉は妹の胸に手をあて、全身全霊で己の霊力を注ぎはじめた。すると、人間がこれまで感じたことのない、とてつもない霊気に大地が轟いた。
 里全体が震え上がる。鳥の群れがざわめきながら森から飛び立ち、獣も命からがら森の奥へ逃げていった。

 秋葉の霊気ははじめは邪に吸い込まれていたが、やがて競り合い、そして今度はじわじわと邪を侵食していった。

「頑張って、春菜! もう少しだから!」

 ぽたぽたと丸い玉のような汗が落ちて、呼吸するのも苦しくなる。体内に宿る生命力が急激に外に出ていくのが分かる。
 もしかしたら、自分自身の命が危うくなるかもしれない。
 それでも妹を助けたかった。

 可愛い春菜。自分と違ってお上品で物静かで、お人形みたいに可愛らしい子。母はよく「霊力以外は春菜を見習いなさい」って怒ってたっけ。

 家族の楽しい思い出が、次々と走馬灯のように頭の中をよぎった。この深い絆を、ここで終わらせてはいけないと願った。

「はあぁぁぁっ!」

 秋葉の霊力が加速していく。同時に額の龍神の御印が光りだし、白い閃光が里中を照らした。
 しばらくして皆が目を開けると――……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます

ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ! そんな私に好都合な相手が。 女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。

『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。 その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。 だが、思惑はことごとく空回りする。 社交界での小さな失態。 資金繰りの綻び。 信用の揺らぎ。 そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。 決して大事件ではない。 けれど積み重なれば、笑えない。 一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。 血筋とは何か。 名乗るとは何か。 国家が守るものとは何か。 これは、派手な復讐劇ではない。 怒号も陰謀もない。 ただ―― 立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。 そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。 世界は静かに、しかし確実に動いている。

処理中です...