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第十四話(五)
しおりを挟む「本当に嫌よねぇ~」
「なんであんなのが花嫁なのかしら」
そのとき、部屋の前を通り過ぎる女中たちの声が聞こえた。
春菜が予定より早く自室に戻ったことを知らないらしく、彼女たちは奥様の噂話に花を咲かせているようだった。
「聞いていた話とは違うわ。紫流様は、白龍様の命を救った心の優しいお方だって言っていたのに」
「全然違うじゃない! この前も、帯の結びが気に食わないとか言って簪で腕を刺したって」
「白龍様はあれのどこに惚れたのかしら? 顔しか良いところがないじゃない」
彼女たちが女主人の悪口で盛り上がっていると、
――ドン!
背後から扉を開ける大きな音が鳴った。女中たちがぎくりとして振り返ると、鬼の形相の春菜が、血走った目で睨め付けていた。
「お、奥様……!」
「あっ……!」
彼女たちは驚きのあまり言葉を失い、真っ青な顔で硬直する。今の時間は、白龍と龍の祠にいるはずなのに。
「もっ――」
数拍して、一人の女中が取り繕うように笑顔で言った。
「もうお帰りだったのですね。お休みのところ、騒がしくして申し訳ございませんでした」
春菜は彼女以上ににっこりと笑ってみせる。それはとても穏やかで、一瞬だけ場の空気が和らいだ。
だが、次の瞬間。
「ぐっ!?」
春菜は、口答えをした生意気な女中の首を右手で掴んだ。彼女の表情は一瞬で消えて、ひどく冷たい視線が女中を射抜く。
「わたしは龍神様の花嫁よ? あなたたちの発言は、神への冒涜と等しいわね」
「うぅっ……」
力はどんどん強くなって、女中はほんの少しだけ宙に浮かび上がった。それは、とても若い女性の腕力とは思えなかった。
「追放なんて生ぬるいものでは示しがつかないわ。命で償ってもらわないと」
春菜の口元がニタリと吊り上がった。
目の前の女は顔を真っ赤にしたかと思ったら今度は真っ白になって、口から泡が出て、だらしなく舌を出している。もがき苦しむ姿は、踊っているみたいで滑稽だった。
(そうよ……。わたしには、この力があるの)
春菜の手から黒い煙が微かに漏れる。
それは、霊力でも妖力でも神力でもない――別の力。
秋葉の全てを奪った力だ。
「奥様! お止めくださいませ! このままでは死んでしまいます!!」
「申し訳ございませんでした! お許しを!!」
周囲の女中たちは必死で懇願する。ひどく剣呑な空気の中、春菜だけは嬉しいことでもあったかのように穏やかに笑っていた。
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