89 / 124
第十四話(六)
しおりを挟む「なにをしているのです!?」
紫流の怒鳴り声と同時に春菜は手を離す。女中はどさりと床に崩れ落ちて、ぐったりとして動かなかった。
彼は慌てて駆け寄り、周囲の女中らに指示を出す。春菜は興味なさげに一瞥したあと、すぐに部屋に引っ込んだ。
「春菜様!」
少しして、紫流の呼び声とどんどんと強く扉を叩く音が聞こえた。
彼女は最初は無視をしていたが、あまりにもしつこいのでうんざりして渋々扉を開けた。
「……なにかしら?」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せた春菜がやっと現れる。彼は周囲に聞こえないように小声で詰め寄った。
「なぜ、あのようなことをしたのです!? やり過ぎです! 彼女は危うく死んでしまうところでした」
「白龍様を侮辱したからよ? あなたは神に対する冒涜を許すのかしら?」
「彼女たちは春菜様に対する暴言は認めましたが、光河様については決して非難などしていないと申しております。
貴方に対する侮辱なら、私が処罰しま――」
「わたしを選んだのは光河様よ? わたしを侮辱するのは、彼を侮辱するのと同じなの。あなただって、光河様に対する無礼は絶対に許さないでしょう?」
「っ……」
歪んだ正論に、紫流は二の句が継げない。
いつもの彼なら「とんだ屁理屈だ」と相手を張り倒すところだが、なまじ白龍の名を出されると、忠誠心の強い彼には反論できなかった。
なにも言い返せない彼に、彼女は勝利を確信し、口端を吊り上げた。
「あなたも光河様の側近なのだから、もっとしっかり臣下たちを教育なさい?
そうそう、あなただって代わりはいくらでもいるのよ? 花嫁のわたしは一人だけだけどね」
彼女は勝ち誇ったようにくすりと笑って、彼の返事も待たずにぴしゃりと扉を閉める。
彼は激しい憤りで全身を打ち震わせながら、眼前の二度と開かない板を憎々しげに睨み付けていた。
(女狐めが……!)
我が主は、なぜこのような性悪な女を選んだのか。
頭の中には多くの疑問と、ぶつけようのない怒りでいっぱいだった。
たしかに彼女の霊力は、白龍の花嫁として相応しい。
だが、あの濁った泥水のような魂からは、慈しみの心なんて一欠片も感じない。清廉潔白な白龍とは、相反するのだ。
しかも、その霊力。先ほど、女中の首を締めていた際に妙な違和感を覚えた。あの黒い靄は見間違いだったのだろうか。
己の知らぬ水面下で、なにか良からぬことが起こっているように感じた。
絶対に、主だけは守らねば……。
3
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる