121 / 124
第十九話(七)
しおりを挟む「よし、完成」
憂夜は封印の魔法陣を描き上げた。
同時に、春菜だったものの楔が剥がれ落ちる。
「あああぁぁぁねええさまあああぁぁぁぁぁ……!」
もう人間かも見分けがつかないそれは、断末魔の叫びのような咆哮を上げた。
「ねえぇええさままままあああぁぁぁぁ……ししししねねねねぇぇぇぇぇぇえええ!!」
「やれやれ。最後まで姉貴か。自分勝手な女だな。
…………全く、虫唾が走る」
それは、父に向かっての呪詛でもあった。
「俺が今、終わらせてやるよ。――開門!」
魔法陣の線が、一気に光を放出した。すると、すさまじい神力が集まり、渦を巻いて舞い上がる。
辺りは暴風に包まれ、襖は外れて、箪笥や花瓶が次々に破壊されていった。
春菜の影も、竜巻に巻き込まれて、魔法陣の中に吸い込まれそうになる。
「ぐぐぐぐぐ……ぎぎぎぎぎああああぁぁぁぁぁ!!」
だがすぐに抵抗をはじめた。影を目一杯広げて魔法陣もろとも呑み込もうと、軟体動物の如く大きく吸引をする。
憂夜も引きずり込まれそうになるが、足元に神力の重心を落としてどうにか踏ん張った。
だが、影は彼の十倍以上に広がって、どんどん勢力を増していく。
「くそっ……。どんだけ邪に支配されてるんだよ。自分大好き過ぎるだろ」
と、軽口を叩いてみせるが、影の力は増大して気圧されつつあった。
このままでは吸い込まれる。せめて秋葉たちは助けようと、己の力を鱗の障壁に送ろうとした。
「もうっ。なに一人でかっこつけてるのよ」
そのとき。
憂夜の手に、秋葉の手が重なった。すると、彼女の霊力が強制的に彼の神力と混じり合っていく。
小さいけど頼もしいそれに、彼は息を呑んだ。
「秋葉……。お前、どうやって?」
「あんなもの、ぶっ壊したわよ! 私の鍛錬の力、馬鹿にしないでよね?」
彼女はくすりといたずらっぽく笑う。だが彼は血相を変えて首を横に振った。
「白龍のところに帰れ! 死ぬぞ!」
「なんで白龍のもとに帰らないといけないのよ」
「だって、共鳴して、契約が……」
「あぁ、あれね。あれは、『春菜を止める』っていう意思が重なっただけ。ま、おかげで霊力を取り戻せたから良かったわ」
「駄目だ……」
彼は弱々しい声音で言う。
「神の理は絶対だ」
「そんなの、人間の私が知るもんですか。それに、今日ここに来た目的は最初から契約解除だし」
「……」
「ねぇ、知ってる?」
秋葉の霊力が細部まで行き渡り、憂夜の神力と溶け合っていく。
彼女は少しだけ顔を上気させて、にこりと優しく笑った。
「白い紙に墨汁を垂らすと、黒く染まるでしょ。それは、二度と白には戻らないわ」
「……」
彼女は少しはにかみながら、しかしはっきりと強く言い聞かせるように言葉を続ける。
「私は、あなたがお嫁に貰ってくれた日から、もう黒に染まってるの。だから……あなたが最後まで責任取りなさいよね!」
「っ……!」
秋葉の言葉が胸に染み渡る。
嬉しくて、だが切なくて、全身が打ち震えた。
「秋葉……。俺は……」
「続きはあと。今は目の前のことに集中しましょう」
次の瞬間、秋葉の額に白龍の印が浮かび上がる。
それは、徐々に黒龍の印の形に変化して、真っ白から、真っ黒に染まっていった。
「契約は私の意思でおこなうわ。私は――」
――『黒の花嫁』だから。
かつて春菜だった影が、まっすぐに進んでくる。
秋葉は、もう迷いがなかった。
それは、憂夜も。
「行くぞ、秋葉!」
「ええ!」
魔法陣に二人の力が充満した。
憂夜は全身全霊で、千年に一度の霊力の内包された神力の嵐を巻き起こす。
夫婦は同時に叫んだ。
「黒風天翔!」
闇風の嵐が一つにまとまっていく。
それは龍の形になって、眼前の影を貫き、天を昇って、魔法陣の中へ翔けていった。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして
まりぃべる
恋愛
フレイチェ=ボーハールツは両親から気味悪い子、と言われ住まいも別々だ。
それは世間一般の方々とは違う、畏怖なる力を持っているから。だが両親はそんなフレイチェを避け、会えば酷い言葉を浴びせる。
そんなフレイチェが、結婚してお相手の方の侯爵家のゴタゴタを収めるお手伝いをし、幸せを掴むそんなお話です。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていますが違う場合が多々あります。その辺りよろしくお願い致します。
☆現実世界にも似たような名前、場所、などがありますが全く関係ありません。
☆現実にはない言葉(単語)を何となく意味の分かる感じで作り出している場合もあります。
☆楽しんでいただけると幸いです。
☆すみません、ショートショートになっていたので、短編に直しました。
☆すみません読者様よりご指摘頂きまして少し変更した箇所があります。
話がややこしかったかと思います。教えて下さった方本当にありがとうございました!
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さくら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる