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第十九話(七)
しおりを挟む「よし、完成」
憂夜は封印の魔法陣を描き上げた。
同時に、春菜だったものの楔が剥がれ落ちる。
「あああぁぁぁねええさまあああぁぁぁぁぁ……!」
もう人間かも見分けがつかないそれは、断末魔の叫びのような咆哮を上げた。
「ねえぇええさままままあああぁぁぁぁ……ししししねねねねぇぇぇぇぇぇえええ!!」
「やれやれ。最後まで姉貴か。自分勝手な女だな。
…………全く、虫唾が走る」
それは、父に向かっての呪詛でもあった。
「俺が今、終わらせてやるよ。――開門!」
魔法陣の線が、一気に光を放出した。すると、すさまじい神力が集まり、渦を巻いて舞い上がる。
辺りは暴風に包まれ、襖は外れて、箪笥や花瓶が次々に破壊されていった。
春菜の影も、竜巻に巻き込まれて、魔法陣の中に吸い込まれそうになる。
「ぐぐぐぐぐ……ぎぎぎぎぎああああぁぁぁぁぁ!!」
だがすぐに抵抗をはじめた。影を目一杯広げて魔法陣もろとも呑み込もうと、軟体動物の如く大きく吸引をする。
憂夜も引きずり込まれそうになるが、足元に神力の重心を落としてどうにか踏ん張った。
だが、影は彼の十倍以上に広がって、どんどん勢力を増していく。
「くそっ……。どんだけ邪に支配されてるんだよ。自分大好き過ぎるだろ」
と、軽口を叩いてみせるが、影の力は増大して気圧されつつあった。
このままでは吸い込まれる。せめて秋葉たちは助けようと、己の力を鱗の障壁に送ろうとした。
「もうっ。なに一人でかっこつけてるのよ」
そのとき。
憂夜の手に、秋葉の手が重なった。すると、彼女の霊力が強制的に彼の神力と混じり合っていく。
小さいけど頼もしいそれに、彼は息を呑んだ。
「秋葉……。お前、どうやって?」
「あんなもの、ぶっ壊したわよ! 私の鍛錬の力、馬鹿にしないでよね?」
彼女はくすりといたずらっぽく笑う。だが彼は血相を変えて首を横に振った。
「白龍のところに帰れ! 死ぬぞ!」
「なんで白龍のもとに帰らないといけないのよ」
「だって、共鳴して、契約が……」
「あぁ、あれね。あれは、『春菜を止める』っていう意思が重なっただけ。ま、おかげで霊力を取り戻せたから良かったわ」
「駄目だ……」
彼は弱々しい声音で言う。
「神の理は絶対だ」
「そんなの、人間の私が知るもんですか。それに、今日ここに来た目的は最初から契約解除だし」
「……」
「ねぇ、知ってる?」
秋葉の霊力が細部まで行き渡り、憂夜の神力と溶け合っていく。
彼女は少しだけ顔を上気させて、にこりと優しく笑った。
「白い紙に墨汁を垂らすと、黒く染まるでしょ。それは、二度と白には戻らないわ」
「……」
彼女は少しはにかみながら、しかしはっきりと強く言い聞かせるように言葉を続ける。
「私は、あなたがお嫁に貰ってくれた日から、もう黒に染まってるの。だから……あなたが最後まで責任取りなさいよね!」
「っ……!」
秋葉の言葉が胸に染み渡る。
嬉しくて、だが切なくて、全身が打ち震えた。
「秋葉……。俺は……」
「続きはあと。今は目の前のことに集中しましょう」
次の瞬間、秋葉の額に白龍の印が浮かび上がる。
それは、徐々に黒龍の印の形に変化して、真っ白から、真っ黒に染まっていった。
「契約は私の意思でおこなうわ。私は――」
――『黒の花嫁』だから。
かつて春菜だった影が、まっすぐに進んでくる。
秋葉は、もう迷いがなかった。
それは、憂夜も。
「行くぞ、秋葉!」
「ええ!」
魔法陣に二人の力が充満した。
憂夜は全身全霊で、千年に一度の霊力の内包された神力の嵐を巻き起こす。
夫婦は同時に叫んだ。
「黒風天翔!」
闇風の嵐が一つにまとまっていく。
それは龍の形になって、眼前の影を貫き、天を昇って、魔法陣の中へ翔けていった。
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