【完結】ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

あまぞらりゅう

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第一章 地味な、人生でした

16 再び婚約者がお屋敷にやって来ました

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 スコットがパリステラ家へ訪れると、家令から応接間へと案内された。

 彼は、はてと首を傾げる。
 いつもは直接クロエの部屋へ向かうことが多いのに、今日は来客用の間なんて、やはり自分は彼女から拒絶されているのだろうか。

 それに、家令が変わっている。
 パリステラ家は新たに夫人と娘を迎えた際に、屋敷全体を新しい体制に移行させたと聞いていたが、自分を先導する彼もその人事の一環なのだろうか。
 それにしても、長く勤めていた家令をこうも簡単に移動させられるものか? ……と言うか、前の家令はまだここで働いているのか?

 歩きながらぼんやりと考えていると、妙に胸がざわついた。





「スコット様、ご機嫌よう」

 ソファーに腰掛けてしばらくすると、応接間に現れたのは婚約者ではなく――その異母妹だった。
 スコットは予想外の意外な人物に目を見張る。
 彼が呆然としている間に、コートニーは微笑みながらカーテシーをした。
 その動きは完璧な姉に比べるとまだぎこちないものの、彼女の本来持っている愛らしい容姿が可憐さを醸し出して、見ていてなんだか微笑ましい気分になった。

「やぁ、コートニー嬢。久し振りだね。元気かい?」

「はい! あたしは元気です。スコット様にお会いできて嬉しいですぅ~!」

 コートニーは、さっとスコットの隣に座る。
 彼は未婚の令嬢の大胆な行為に一瞬だけ目を丸くしたが、彼女の左手首からちらりと見えた包帯に思わず気を取られてしまう。その隙に、彼女が腕をぎゅっと絡めてきた。

「っ……コートニー嬢?」と、スコットは咎めるように彼女の名前を呼ぶ。

「あっ、ごめんなさい! あたし……お義兄様ができるのが嬉しくって」彼女の丸い瞳がうるうると涙で滲んだ。「だって、ずっとお母様と二人きりだったから……。こんなにたくさんの家族ができるのが、本当に嬉しいの」

(参ったな……)

 スコットは困惑して頬を掻いた。
 常識からすれば、婚約者がいる身で他の令嬢と密着するなんて、言語道断だ。

 しかし、目の前の義妹になる予定の女の子の小動物みたいなもの寂しそうな姿を見たら、頑なに拒絶するのも心苦しかった。彼女のこれまでの境遇を考えると、突き放すのはあまりに可哀想だと思ったのだ。

「……分かった」スコットは小さく笑った。「そう思ってくれるのは嬉しいよ。僕も新しく妹ができるのは楽しみだ。でも、貴族の令嬢が無闇矢鱈に男性の体に触れるのは、良くないことなんだよ?」

「あっ……!」

 コートニーは罰の悪そうな顔をして、そっとスコットから腕を引っ込めた。

「その、ごめんなさい……。あたし、まだ平民の気分が抜けていなくて。お異母姉様からもいつも怒られるの……。これ以上叱られないように、気を付けなきゃ」

 彼女は目を伏せて、包帯の巻いてある左手首をぎゅっと掴んだ。微かに肩を震わせて。
 スコットは眉を曇らせる。

(クロエが妹に怒る……?)

 にわかには信じられなかった。
 彼の知っている婚約者は、とても優しくて他人の機微に敏感な子だ。つい数ヶ月前まで平民だった異母妹のマナーができていないだけで、叱り付けたりするような苛烈な子ではない。

 だが、コートニーはクロエに対して酷く怯えた様子で……。それに手首の包帯はどういうことだろう。彼女の態度だと、まるでクロエからなにか仕置きでもされたみたいだ。

(まさか……クロエに限って……。しかし、あの噂も…………)

 スコットの胸の奥に、微かに暗い影が差した。


「ところで、クロエは来ないのかい? 今日は彼女に大事な話があって来たんだけど、家にはいないの?」

 スコットが尋ねると、コートニーは少し躊躇した様子を見せて、一拍してからおずおずと答えた。

「あの……お異母姉様は……その、まだ寝てて……」

 刹那、スコットの腰が浮いてガタリとソファーが揺れた。
 矢庭に全身から汗が吹き出て、背中に悪寒が走った。

 やはり、あの噂は本当なのだろうか。夜中に遊び歩いているから昼間は寝ている?
 友人たちの言葉がぐるぐると脳裏を巡って、急激に頭が痛くなった。

 冷ややかな空気が、スコットを中心に部屋中に広がる。コートニーは困ったように眉根を寄せて彼を見ていた。

 彼は気持ちを落ち着かせようと、一呼吸する。
 今日は婚約者と話し合いをしようとやって来たのだ。感情的になってどうするのだ。


「クロエはいつも昼間は寝ているの?」

「いつもじゃないけど、最近はお昼過ぎまでお部屋から出て来ないことが多いかな?」

「そうか……」

 間が悪いことに、実際にその日クロエは昼過ぎまで眠っていた。明け方まで魔導書を読み耽っていて、朝に起きられなかったのだ。
 彼女はじわじわと精神的に追い詰められ始めていて、なんとしてでも魔法を使えるようにならなければと、必死だった。


「だからね」コートニーはまたぞろスコットに身体を近付けて上目遣いで未来の義兄を見た。「あたしが代わりに来たの。その……迷惑でしたか?」

「迷惑だなんて」と、スコットは微笑む。

 なんて健気な子だろうと思った。数ヶ月前に初めて会った姉のために、こんなに気を揉んで。
 曲がりなりにも血の繋がった家族として責任を感じているのか、今にも泣きそうな顔をしている。その砂糖菓子みたいに簡単に崩れそうな儚げな様相は、彼の胸を打った。

 ……同時に、クロエに対して苛立ちを覚えてしまう。
 誤解を解きたいのに、婚約者となかなか会えないもどかしさは、いつしか怒りの灯火を孕んで彼の心を包み込んでいた。


 こうして、スコットとコートニーの、二人きりのお茶会が始まったのだった。

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