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第二章 派手に、生まれ変わります!
71 継母と異母妹が追い詰められていきます!
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スコットを乗せた幌馬車は、何気ない日常での風景の一部みたいに、呆気なく通り過ぎて行った。
「別れの挨拶はしなくて良かったのか?」
少し離れた木陰に立っていたユリウスが、おもむろにクロエに近付いてから尋ねた。
「別に……。彼と話すことなんてないわ」と、彼女は首を横に振る。
――ただの、ゴーストだろう?
忘れもしない。あの時、あの瞬間。
以来、自分と元婚約者との関係は、もう終わったのだ。
もう彼のことなんて知らないし、どうだっていい。これから彼の運命がどうなろうと、自分には関係ない。
「じゃあ――」彼は彼女の頬にそっと手を当てる。「なんで泣いているんだ?」
「…………」
彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
彼の差し出したハンカチが、みるみる湿っていく。
ややあって、
「分からない……」
抑揚のない声で、彼女はぽつりと呟いた。
そして再びの沈黙。
「そうか」
「…………」
彼は彼女の手を握る。それは氷のように冷たくて、微かに震えていた。
にわかに得たいの知れない焦燥感が彼を襲う。やはり彼女は、自ら破滅へと向かっていっている。
このままでは、彼女がどんどん自分から離れて行きそうで、胸が波立った。
「行こうか」と、ユリウスは小さく言う。
クロエは軽く頷いて、彼とともに歩き始めた。
◆
「コートニーを修道院へ送ることにした」
当主であるロバートの発言に、クリスは卒倒して、すぐさま気付け薬で目を覚ますと、今度は猛獣のように牙を剥いて抗議をはじめた。
「なぜですっ! なぜ、コートニーだけがこんな不幸な目に合わないといけないのですっ!!」
彼女の金属音みたいな金切り声が屋敷中に響く。
ロバートは耳を塞いでうんざりとした様子で、
「こうするしか方法はないのだ。コートニーはあんな不始末をおかして、社交界では居場所がなくなった。デビュタントの挨拶もできないとなると、貴族生命も絶たれた。そうなると、もう嫁の貰い手も見つからないだろう」
「あの子が一体なにをやったと言うのですっ! 酷すぎますっ!」
「酷いのはコートニーのほうだろう!? 全く、家門に泥を塗りおって……。おまけにジェンナー家との繋がりもなくなってしまった。それに王家からの信頼も失ったではないか! あの出来損ないのせいで、パリステラ家の立場は地に落ちたのだぞ!?」
「なんですって……! それもこれも、全部クロエのせいじゃありませんか! あの娘が可愛いコートニーを追い詰めたんですっ!」
「クロエがなにをしたというのだっ!? あの子はただ聖女として務めを果たしているだけだ。魔法が使えないのに魔石であたかも実力者のように見せたり、それに姉の婚約者を奪ったのも、全部コートニーの仕業だろうがっ!!」
クリスはふらふらと覚束ない足取りで娘の部屋へと向かう。
パリステラ家の用意した上品で高価な調度品と、少女趣味が融合したコートニーの部屋は、今では見る影もなく荒れ果てていた。
ガラスや陶器は粉々になって床に散らばって、ドレスもぐちゃぐちゃ。厚いカーテンは開けられることはなく、薄暗くて、どろどろした空気のこもった陰鬱な空間に成り果てていた。
「お母様……」
コートニーは、光のない濁った目を母親に向ける。
彼女はずっと部屋から出られなくて、やることと言ったらひたすら食べるだけ。あんなに華奢で可憐な姿は打って変わって、今は丸々と肥えて、顔は脂まみれで吹き出物がぽつぽつとできて、まるで別人のようになっていた。
彼女は母親が来るなりぎゅっと抱き着いて、
「あたし……悔しい! あんな女なんかにっ……!」
大声でわんわんと泣き始めた。
こんなはずじゃなかった。
母親と一緒にパリステラ家にやって来て、二人で屋敷を乗っ取る予定だった。そして、自分たちの場所に図々しくも居座っていたあの女を、地獄に突き落とす予定だったのだ。
それが、今では惨めなのは自分のほう。
あの女に負けるどころか、社交界からも追放されて、もうなにも残っていなかった。
反比例するかのように脂肪ばかり蓄えていって、豚みたいな醜い身体が、いつもひび割れた鏡の前で嘲笑っているのだった。
「大丈夫よ……大丈夫、コートニー」
クリスは娘の背中を優しくさする。
大丈夫。自分たちが負けるはずがない。こんな結末なんて許されない。
あの女は、娘の言う通りなにか汚い真似をしているはずだ。
しかし、証拠がない。これから作ることも困難だ。
……ならば、そんなことはどうでも良いくらいの醜態を晒させればいい。
それこそ、コートニーの醜聞を超えるくらいの――……。
「あの女は、絶対に潰すわ……」
クリスの瞳がぎらりと怪しくきらめいた。
ロバートはクリスの訴えは全く相手にせずに、粛々とコートニーの修道院への移動の準備が進められた。妻との関係もすっかり冷え込んで、二人は顔も合わせなくなっていた。
彼の愛する家族は、今ではもうクロエだけだ。
コートニーの一件が片付いたら、妻とも離婚しようと考えていた。
やはり、己にはクロエと亡き前妻だけが家族だったのだ。
このような素晴らしい魔力を持つ娘を生んでくれた妻に、彼は改めて感謝をした。こんなことなら、冷遇しないでもう一人くらい子を作っておけば良かった……と、少し後悔もした。
夫が妻を放置してるものだからか、クリスは以前より動きやすくなっていた。彼女は、今日も闇魔法の集会に足を運ぶ。
母娘は、とてつもなく追い詰められていたのだ。
「別れの挨拶はしなくて良かったのか?」
少し離れた木陰に立っていたユリウスが、おもむろにクロエに近付いてから尋ねた。
「別に……。彼と話すことなんてないわ」と、彼女は首を横に振る。
――ただの、ゴーストだろう?
忘れもしない。あの時、あの瞬間。
以来、自分と元婚約者との関係は、もう終わったのだ。
もう彼のことなんて知らないし、どうだっていい。これから彼の運命がどうなろうと、自分には関係ない。
「じゃあ――」彼は彼女の頬にそっと手を当てる。「なんで泣いているんだ?」
「…………」
彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
彼の差し出したハンカチが、みるみる湿っていく。
ややあって、
「分からない……」
抑揚のない声で、彼女はぽつりと呟いた。
そして再びの沈黙。
「そうか」
「…………」
彼は彼女の手を握る。それは氷のように冷たくて、微かに震えていた。
にわかに得たいの知れない焦燥感が彼を襲う。やはり彼女は、自ら破滅へと向かっていっている。
このままでは、彼女がどんどん自分から離れて行きそうで、胸が波立った。
「行こうか」と、ユリウスは小さく言う。
クロエは軽く頷いて、彼とともに歩き始めた。
◆
「コートニーを修道院へ送ることにした」
当主であるロバートの発言に、クリスは卒倒して、すぐさま気付け薬で目を覚ますと、今度は猛獣のように牙を剥いて抗議をはじめた。
「なぜですっ! なぜ、コートニーだけがこんな不幸な目に合わないといけないのですっ!!」
彼女の金属音みたいな金切り声が屋敷中に響く。
ロバートは耳を塞いでうんざりとした様子で、
「こうするしか方法はないのだ。コートニーはあんな不始末をおかして、社交界では居場所がなくなった。デビュタントの挨拶もできないとなると、貴族生命も絶たれた。そうなると、もう嫁の貰い手も見つからないだろう」
「あの子が一体なにをやったと言うのですっ! 酷すぎますっ!」
「酷いのはコートニーのほうだろう!? 全く、家門に泥を塗りおって……。おまけにジェンナー家との繋がりもなくなってしまった。それに王家からの信頼も失ったではないか! あの出来損ないのせいで、パリステラ家の立場は地に落ちたのだぞ!?」
「なんですって……! それもこれも、全部クロエのせいじゃありませんか! あの娘が可愛いコートニーを追い詰めたんですっ!」
「クロエがなにをしたというのだっ!? あの子はただ聖女として務めを果たしているだけだ。魔法が使えないのに魔石であたかも実力者のように見せたり、それに姉の婚約者を奪ったのも、全部コートニーの仕業だろうがっ!!」
クリスはふらふらと覚束ない足取りで娘の部屋へと向かう。
パリステラ家の用意した上品で高価な調度品と、少女趣味が融合したコートニーの部屋は、今では見る影もなく荒れ果てていた。
ガラスや陶器は粉々になって床に散らばって、ドレスもぐちゃぐちゃ。厚いカーテンは開けられることはなく、薄暗くて、どろどろした空気のこもった陰鬱な空間に成り果てていた。
「お母様……」
コートニーは、光のない濁った目を母親に向ける。
彼女はずっと部屋から出られなくて、やることと言ったらひたすら食べるだけ。あんなに華奢で可憐な姿は打って変わって、今は丸々と肥えて、顔は脂まみれで吹き出物がぽつぽつとできて、まるで別人のようになっていた。
彼女は母親が来るなりぎゅっと抱き着いて、
「あたし……悔しい! あんな女なんかにっ……!」
大声でわんわんと泣き始めた。
こんなはずじゃなかった。
母親と一緒にパリステラ家にやって来て、二人で屋敷を乗っ取る予定だった。そして、自分たちの場所に図々しくも居座っていたあの女を、地獄に突き落とす予定だったのだ。
それが、今では惨めなのは自分のほう。
あの女に負けるどころか、社交界からも追放されて、もうなにも残っていなかった。
反比例するかのように脂肪ばかり蓄えていって、豚みたいな醜い身体が、いつもひび割れた鏡の前で嘲笑っているのだった。
「大丈夫よ……大丈夫、コートニー」
クリスは娘の背中を優しくさする。
大丈夫。自分たちが負けるはずがない。こんな結末なんて許されない。
あの女は、娘の言う通りなにか汚い真似をしているはずだ。
しかし、証拠がない。これから作ることも困難だ。
……ならば、そんなことはどうでも良いくらいの醜態を晒させればいい。
それこそ、コートニーの醜聞を超えるくらいの――……。
「あの女は、絶対に潰すわ……」
クリスの瞳がぎらりと怪しくきらめいた。
ロバートはクリスの訴えは全く相手にせずに、粛々とコートニーの修道院への移動の準備が進められた。妻との関係もすっかり冷え込んで、二人は顔も合わせなくなっていた。
彼の愛する家族は、今ではもうクロエだけだ。
コートニーの一件が片付いたら、妻とも離婚しようと考えていた。
やはり、己にはクロエと亡き前妻だけが家族だったのだ。
このような素晴らしい魔力を持つ娘を生んでくれた妻に、彼は改めて感謝をした。こんなことなら、冷遇しないでもう一人くらい子を作っておけば良かった……と、少し後悔もした。
夫が妻を放置してるものだからか、クリスは以前より動きやすくなっていた。彼女は、今日も闇魔法の集会に足を運ぶ。
母娘は、とてつもなく追い詰められていたのだ。
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