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第二章 派手に、生まれ変わります!
72 最後のパーティーが始まりました!
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窓の外から、令嬢たちの楽しげな声が聞こえる。
分厚いカーテンによって隔絶された薄暗い部屋で、コートニーは恨みがましくその声を聞いていた。
じめじめした陰気臭い空間とは打って変わって、部屋の外はからっと晴れ渡る気持ちの良い天気だった。
今日はクロエ主催のお茶会だ。
中庭の会場では、朝からパリステラ家の使用人たちが総出で準備に取り掛かっていた。
当主であるロバートの命令だ。
彼は、コートニーのせいで失った信用を取り戻そうと躍起になっていた。
幸いにして、クロエに対する人望はまだ残っている。それどころか、今回の事件で彼女に対しては同情的な意見が多い。
彼はそれを利用して、貴族たちの支持を得ようと考えていた。
不幸にも、あの忌々しい事件のせいで王家と溝ができてしまった。それを埋めることは困難だろう。
しかし、貴族間の派閥を強化すればパリステラ家の威光は保て、少しくらい王家から冷遇されても問題ないはず。そのためにも、聖女であるクロエは、家門の広告塔になってもらいたい。
彼自身も、最近は仕事の合間を縫って、貴族たちの集まりに積極的に参加をしていたのだった。
「皆さん、本日はようこそお越しくださいました」
屋敷の中庭で、華やかなガーデンパーティーが始まる。
今日はかなりの規模だ。父親の意向で王都の有力貴族の子女のほとんどを呼んでいる。彼は、まずはクロエを使って、若い貴族たちを取り込もうという魂胆らしい。
(こんな姑息な真似を行なっても、もうパリステラ家は堕ちて行く一方よ、お父様……)
父親に呆れながらも、外面の良い彼女は笑顔で客人たちを迎えた。
一人一人に丁寧に挨拶をして、異母妹のお詫びと婚約破棄の報告をいじらしい様子で、眦にきらりと輝くものを浮かばせて言う。
少し痩せて酷く悲しげな聖女に、貴族の子女たちはすっかり絆されて、労いの言葉をかけるのだった。
(彼女らも、逆行前はコートニー側に付いたのよね)
クロエは令嬢たちと退屈な会話をしながら、ぼんやりと考え事をする。
時間を巻き戻る前は、継母と異母妹の策略で自分は社交界から遮断されて、おまけに不名誉な噂まで流されていた。
あの頃は、ここにいる貴族たちも皆、天才魔導士であるコートニーの派閥だった。
それが今では全員自分の味方だ。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
ちょっとだけ元婚約者と異母妹の関係を仄めかしただけだ。
なのに、いとも簡単に動向が変化するとは。貴族とは雰囲気に流されやすく、意外に与し易いのかもしれない。
もしかすると、またリバーシみたいにひっくり返って、自分が窮地に陥る可能性だってあるかもしれない。
……そんな危うい綱渡りを想像すると、今、自分が父親の命令で動いている無駄な努力が滑稽で、なんだか笑えてきた。
ロバートの計画通りに、お茶会は和やかに過ぎていく。
クロエは最初は渋々だったが、貴族たちの信頼を一旦取り戻すのも悪くないと考え始めていた。
なぜなら、落差というものは大きければ大きいほど、その衝撃も激しいからだ。失ったものが大きなほど絶望も深い。
だから、このまま父を喜ばせるために、尽力するのも楽しいかもしれない。
「お嬢様っ! 大変ですっ!」
そのとき、執事の一人が血相を変えてクロエのもとへ駆けて来た。真っ赤な顔で、息を切らしている。
「どうしたの?」
彼女は招待客たちに不安を抱かせないように、平静を装って尋ねた。
「それが……離れの倉庫から、ぼやがっ……」
「なんですって!?」
クロエは思わず声を荒げる。たちまち顔色は青くなった。逆行前の嫌な記憶が蘇る。
離れの倉庫は、亡き母親の遺品をしまっているのだ。それは彼女にとってかけがえのない大切な思い出の品々だった。そこに……火の手が?
にわかに指先から氷のような冷たさが全身に広がった。
彼女は客人たちを気遣う余裕もなく、離れの倉庫へと急いで向かう。
「お母様っ!!」
慌てて小屋の扉を開ける。血走った目で部屋の中を見た。母の遺品にも火が燃え移ったのだろうか、と用心深く観察する。
しかし、母の思い出たちは今も美しく保たれたままだった。彼女はほっと胸を撫で下ろす。
(良かったわ……。お母様の遺品が無事なら、ぼやは外かしら? ――というか、火事なのに誰もいないの?)
静かな空間。
嫌な予感がして悪寒が走った。
不穏の正体を確かめようと小屋の外へ出ようと立ち上がった折も折、
「っつ……!?」
突如、背中に衝撃が走って、つんのめる。打ちどころが悪かったのか、一瞬呼吸が止まった。
驚愕して扉のほうに眼球を動かすと、
「最初からこうすれば良かったわ……」
継母クリスと異母妹コートニーが、クロエを濁った目で見下ろしながら、歪んだ笑みを浮かべていた。
分厚いカーテンによって隔絶された薄暗い部屋で、コートニーは恨みがましくその声を聞いていた。
じめじめした陰気臭い空間とは打って変わって、部屋の外はからっと晴れ渡る気持ちの良い天気だった。
今日はクロエ主催のお茶会だ。
中庭の会場では、朝からパリステラ家の使用人たちが総出で準備に取り掛かっていた。
当主であるロバートの命令だ。
彼は、コートニーのせいで失った信用を取り戻そうと躍起になっていた。
幸いにして、クロエに対する人望はまだ残っている。それどころか、今回の事件で彼女に対しては同情的な意見が多い。
彼はそれを利用して、貴族たちの支持を得ようと考えていた。
不幸にも、あの忌々しい事件のせいで王家と溝ができてしまった。それを埋めることは困難だろう。
しかし、貴族間の派閥を強化すればパリステラ家の威光は保て、少しくらい王家から冷遇されても問題ないはず。そのためにも、聖女であるクロエは、家門の広告塔になってもらいたい。
彼自身も、最近は仕事の合間を縫って、貴族たちの集まりに積極的に参加をしていたのだった。
「皆さん、本日はようこそお越しくださいました」
屋敷の中庭で、華やかなガーデンパーティーが始まる。
今日はかなりの規模だ。父親の意向で王都の有力貴族の子女のほとんどを呼んでいる。彼は、まずはクロエを使って、若い貴族たちを取り込もうという魂胆らしい。
(こんな姑息な真似を行なっても、もうパリステラ家は堕ちて行く一方よ、お父様……)
父親に呆れながらも、外面の良い彼女は笑顔で客人たちを迎えた。
一人一人に丁寧に挨拶をして、異母妹のお詫びと婚約破棄の報告をいじらしい様子で、眦にきらりと輝くものを浮かばせて言う。
少し痩せて酷く悲しげな聖女に、貴族の子女たちはすっかり絆されて、労いの言葉をかけるのだった。
(彼女らも、逆行前はコートニー側に付いたのよね)
クロエは令嬢たちと退屈な会話をしながら、ぼんやりと考え事をする。
時間を巻き戻る前は、継母と異母妹の策略で自分は社交界から遮断されて、おまけに不名誉な噂まで流されていた。
あの頃は、ここにいる貴族たちも皆、天才魔導士であるコートニーの派閥だった。
それが今では全員自分の味方だ。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
ちょっとだけ元婚約者と異母妹の関係を仄めかしただけだ。
なのに、いとも簡単に動向が変化するとは。貴族とは雰囲気に流されやすく、意外に与し易いのかもしれない。
もしかすると、またリバーシみたいにひっくり返って、自分が窮地に陥る可能性だってあるかもしれない。
……そんな危うい綱渡りを想像すると、今、自分が父親の命令で動いている無駄な努力が滑稽で、なんだか笑えてきた。
ロバートの計画通りに、お茶会は和やかに過ぎていく。
クロエは最初は渋々だったが、貴族たちの信頼を一旦取り戻すのも悪くないと考え始めていた。
なぜなら、落差というものは大きければ大きいほど、その衝撃も激しいからだ。失ったものが大きなほど絶望も深い。
だから、このまま父を喜ばせるために、尽力するのも楽しいかもしれない。
「お嬢様っ! 大変ですっ!」
そのとき、執事の一人が血相を変えてクロエのもとへ駆けて来た。真っ赤な顔で、息を切らしている。
「どうしたの?」
彼女は招待客たちに不安を抱かせないように、平静を装って尋ねた。
「それが……離れの倉庫から、ぼやがっ……」
「なんですって!?」
クロエは思わず声を荒げる。たちまち顔色は青くなった。逆行前の嫌な記憶が蘇る。
離れの倉庫は、亡き母親の遺品をしまっているのだ。それは彼女にとってかけがえのない大切な思い出の品々だった。そこに……火の手が?
にわかに指先から氷のような冷たさが全身に広がった。
彼女は客人たちを気遣う余裕もなく、離れの倉庫へと急いで向かう。
「お母様っ!!」
慌てて小屋の扉を開ける。血走った目で部屋の中を見た。母の遺品にも火が燃え移ったのだろうか、と用心深く観察する。
しかし、母の思い出たちは今も美しく保たれたままだった。彼女はほっと胸を撫で下ろす。
(良かったわ……。お母様の遺品が無事なら、ぼやは外かしら? ――というか、火事なのに誰もいないの?)
静かな空間。
嫌な予感がして悪寒が走った。
不穏の正体を確かめようと小屋の外へ出ようと立ち上がった折も折、
「っつ……!?」
突如、背中に衝撃が走って、つんのめる。打ちどころが悪かったのか、一瞬呼吸が止まった。
驚愕して扉のほうに眼球を動かすと、
「最初からこうすれば良かったわ……」
継母クリスと異母妹コートニーが、クロエを濁った目で見下ろしながら、歪んだ笑みを浮かべていた。
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