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第三章 クロエは振り子を二度揺らす
83 処刑
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「なぜだっ……なぜ、魔法が使えなくなったのだっ!?」
薄暗い地下牢で、もう何度目かも分からないロバートのひび割れた叫び声が響いた。
「私はっ……パリステラ家のっ……なぜ…………!」
何度も、何度も魔法の放出を試みる。
しかし、彼の身体からは、僅かな魔力の欠片さえも出なかったのだった。
魔力の枯渇と比例して、かつては美丈夫だと言われていた彼の姿は、皺だらけの顔に、くすんだ白髪。それは老人のように変貌を遂げていた。
「なぜ……なぜ……」
彼は鉄格子に頭を持たれかけて、液体みたいにずるずると地面へと倒れていった。
にわかに虚無感が彼を襲う。
分からない。
あの儀式の日、身体中から魔力がみなぎっていた。それは、底が知れないくらいに無尽蔵に湧いてきたのだ。
無敵状態で、己が歴代のパリステラ家の中でも一番の魔導士だと確信した瞬間だった。
なのに…………。
(過去に魔力が枯渇した例は……)
硬い石の床から背中に向かって、冷たさが伝う。
すると彼の頭の中も、少しは冷えて平静になった。
死んだ元妻は、ある日を境に突如魔力が枯渇してしまった。それから、二度と彼女に魔力が戻ることはなかったのだった。
あれは、クロエが生まれて一月ほどたった頃だろうか。
魔法の名門だからと婚姻した妻の突然の魔力の枯渇に、激しく失望したのを覚えている。
ならば、母の魔力を娘が吸い取ったのではないかと期待はしたが、その娘も魔力ゼロの出来損ないだった。
あのときの落胆はどれほどだっただろうか。
こんなことなら、最初から政略結婚などしなければ良かった。
それ以来、後悔はどんどん募っていって、自然と妻と娘を冷遇するようになった。
(まさか自分も魔力ゼロになるとはな……)
思わず乾いた笑いがこぼれる。もう笑うしかなかった。魔法のパリステラ家が、なんという結末だろうか。
「あぁ、まだ生きていたのですね」
そのとき、頭上から静かな声が聞こえた。
我に返って見上げると、そこには娘のクロエが無表情でじっと父を眺めていたのだ。
「クロエか……!」ロバートはおもむろに上半身を起こす。「助けに来てくれたのか……!?」
静寂の空間で、彼の声が響く。
彼女は黙ったまま、父の期待のこもった双眸を見つめていた。
ややあって、
「助け、ですって?」
くすりと、意地の悪い笑いを娘はこぼした。
そして歪んだ顔を父に向ける。
「助けるようなこと、ありましたっけ?」
「ち、父親が無実の罪で投獄されているんだぞ!? パリステラ家の主人が! これは家門にとっても不名誉なことだ!」
「あぁ……」彼女は侮蔑の視線を彼に送る。「パリステラ家などという家門はお取り潰しになりましたわ、元侯爵様」
「なっ……なんだってっ!?」
ロバートは目を剥く。時間が止まったかのように、瞬時に身体が凍り付いた。心臓が波打つように強く鳴って、キンと耳鳴りがする。
クロエは動揺する父とは対比して、淡々と伝える。
「本当ですわ、お父様。本日付けでパリステラ家はなくなりました。まぁ、親子揃ってあれだけのことを行ったんですもの。当然の結果ですわ。――そして、お父様とお継母様とコートニー、三人の処刑も決まりましたわ」
クリスとコートニーは、帝国の皇子の密告で、レイン伯爵家の地下室で発見された。
そのとき、クロエは二人の魔法を解いた。
彼女たちは口から涎を垂らしながら、獣のような唸り声を上げることしかできなくなっていた。どうやら、完全に心が破壊されてしまったらしい。
廃人同然の二人は、今は別の場所に投獄されている。もう自分たちがどこにいて、これからなにが待ち受けているのかを判断できるような精神状態ではなかった。
そしてレイン伯爵令息も、闇魔法の使用に誘拐・監禁・殺人などの罪が加わって、処刑が決定。
死ぬ前に、闇魔法組織について吐かせるために、今も騎士による厳しい尋問が行われている最中だった。
「…………」
ロバートは衝撃のあまり、二の句が継げない。
パリステラ家が……なくなる?
急激に寒気が襲ってきて、ガタガタと身体が震えだした。
内側から叩かれるように、頭が痛い。
……終わった。
パリステラ家の長い歴史も、己の栄光も……全てが終わってしまったのだ。
自分の人生は一体なんだったのか。
魔法と、家門のために尽力した人生は、どこへ行ってしまったのだろうか。
目の前が真っ暗になった。
「処刑は明日です。ところで、魔力がなくなってしまったお父様は――」
クロエは父の瞳の奥を凝視しながら、ゆっくりと言った。
「存在する価値なんてあるのでしょうか?」
クロエは静かに立ち去った。
再び地下牢に静寂が訪れる。遠くから風の唸る低音が聞こえるだけだった。
ロバートは牢の中でただ虚空を見つめている。
――存在する価値。
この言葉には聞き覚えがあった。……いや、言った覚えがあったのだ。魔法が枯渇した亡き妻に、生まれてからずっと魔法が使えなかった娘に。
――魔法の使えないお前たちは、パリステラ家の人間として存在する価値はない。
幾度と放った呪いの言葉だ。
それが……まさか、娘から自分に返って来るとは…………。
「はははっ……ははっ……」
ひっそりとした空間に再び彼の声が漏れる。
「あははははははははははははっ!!」
それから、狂ったように、ひたすら笑い続けた。
ずっと。
一晩中。
◆◆◆
翌日、王都の大広場で処刑が執り行われた。
罪人は、元パリステラ侯爵のロバート。その妻クリスと娘コートニー。
観衆が断頭台に立つ三人の姿をみとめた途端、立った。あんなに盛り上がっていた会場も一気に冷え込んでいく。
彼らは皆、常軌を逸した異様な様子で、既に死んだも同然だったのだ。
薄暗い地下牢で、もう何度目かも分からないロバートのひび割れた叫び声が響いた。
「私はっ……パリステラ家のっ……なぜ…………!」
何度も、何度も魔法の放出を試みる。
しかし、彼の身体からは、僅かな魔力の欠片さえも出なかったのだった。
魔力の枯渇と比例して、かつては美丈夫だと言われていた彼の姿は、皺だらけの顔に、くすんだ白髪。それは老人のように変貌を遂げていた。
「なぜ……なぜ……」
彼は鉄格子に頭を持たれかけて、液体みたいにずるずると地面へと倒れていった。
にわかに虚無感が彼を襲う。
分からない。
あの儀式の日、身体中から魔力がみなぎっていた。それは、底が知れないくらいに無尽蔵に湧いてきたのだ。
無敵状態で、己が歴代のパリステラ家の中でも一番の魔導士だと確信した瞬間だった。
なのに…………。
(過去に魔力が枯渇した例は……)
硬い石の床から背中に向かって、冷たさが伝う。
すると彼の頭の中も、少しは冷えて平静になった。
死んだ元妻は、ある日を境に突如魔力が枯渇してしまった。それから、二度と彼女に魔力が戻ることはなかったのだった。
あれは、クロエが生まれて一月ほどたった頃だろうか。
魔法の名門だからと婚姻した妻の突然の魔力の枯渇に、激しく失望したのを覚えている。
ならば、母の魔力を娘が吸い取ったのではないかと期待はしたが、その娘も魔力ゼロの出来損ないだった。
あのときの落胆はどれほどだっただろうか。
こんなことなら、最初から政略結婚などしなければ良かった。
それ以来、後悔はどんどん募っていって、自然と妻と娘を冷遇するようになった。
(まさか自分も魔力ゼロになるとはな……)
思わず乾いた笑いがこぼれる。もう笑うしかなかった。魔法のパリステラ家が、なんという結末だろうか。
「あぁ、まだ生きていたのですね」
そのとき、頭上から静かな声が聞こえた。
我に返って見上げると、そこには娘のクロエが無表情でじっと父を眺めていたのだ。
「クロエか……!」ロバートはおもむろに上半身を起こす。「助けに来てくれたのか……!?」
静寂の空間で、彼の声が響く。
彼女は黙ったまま、父の期待のこもった双眸を見つめていた。
ややあって、
「助け、ですって?」
くすりと、意地の悪い笑いを娘はこぼした。
そして歪んだ顔を父に向ける。
「助けるようなこと、ありましたっけ?」
「ち、父親が無実の罪で投獄されているんだぞ!? パリステラ家の主人が! これは家門にとっても不名誉なことだ!」
「あぁ……」彼女は侮蔑の視線を彼に送る。「パリステラ家などという家門はお取り潰しになりましたわ、元侯爵様」
「なっ……なんだってっ!?」
ロバートは目を剥く。時間が止まったかのように、瞬時に身体が凍り付いた。心臓が波打つように強く鳴って、キンと耳鳴りがする。
クロエは動揺する父とは対比して、淡々と伝える。
「本当ですわ、お父様。本日付けでパリステラ家はなくなりました。まぁ、親子揃ってあれだけのことを行ったんですもの。当然の結果ですわ。――そして、お父様とお継母様とコートニー、三人の処刑も決まりましたわ」
クリスとコートニーは、帝国の皇子の密告で、レイン伯爵家の地下室で発見された。
そのとき、クロエは二人の魔法を解いた。
彼女たちは口から涎を垂らしながら、獣のような唸り声を上げることしかできなくなっていた。どうやら、完全に心が破壊されてしまったらしい。
廃人同然の二人は、今は別の場所に投獄されている。もう自分たちがどこにいて、これからなにが待ち受けているのかを判断できるような精神状態ではなかった。
そしてレイン伯爵令息も、闇魔法の使用に誘拐・監禁・殺人などの罪が加わって、処刑が決定。
死ぬ前に、闇魔法組織について吐かせるために、今も騎士による厳しい尋問が行われている最中だった。
「…………」
ロバートは衝撃のあまり、二の句が継げない。
パリステラ家が……なくなる?
急激に寒気が襲ってきて、ガタガタと身体が震えだした。
内側から叩かれるように、頭が痛い。
……終わった。
パリステラ家の長い歴史も、己の栄光も……全てが終わってしまったのだ。
自分の人生は一体なんだったのか。
魔法と、家門のために尽力した人生は、どこへ行ってしまったのだろうか。
目の前が真っ暗になった。
「処刑は明日です。ところで、魔力がなくなってしまったお父様は――」
クロエは父の瞳の奥を凝視しながら、ゆっくりと言った。
「存在する価値なんてあるのでしょうか?」
クロエは静かに立ち去った。
再び地下牢に静寂が訪れる。遠くから風の唸る低音が聞こえるだけだった。
ロバートは牢の中でただ虚空を見つめている。
――存在する価値。
この言葉には聞き覚えがあった。……いや、言った覚えがあったのだ。魔法が枯渇した亡き妻に、生まれてからずっと魔法が使えなかった娘に。
――魔法の使えないお前たちは、パリステラ家の人間として存在する価値はない。
幾度と放った呪いの言葉だ。
それが……まさか、娘から自分に返って来るとは…………。
「はははっ……ははっ……」
ひっそりとした空間に再び彼の声が漏れる。
「あははははははははははははっ!!」
それから、狂ったように、ひたすら笑い続けた。
ずっと。
一晩中。
◆◆◆
翌日、王都の大広場で処刑が執り行われた。
罪人は、元パリステラ侯爵のロバート。その妻クリスと娘コートニー。
観衆が断頭台に立つ三人の姿をみとめた途端、立った。あんなに盛り上がっていた会場も一気に冷え込んでいく。
彼らは皆、常軌を逸した異様な様子で、既に死んだも同然だったのだ。
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