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2 愚か者は繰り返す

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 七回目の人生も、同じ時間、同じ場所から始まった。

「きゃあっ! わたしのドレスぅぅ……」

「キアラ! ミア子爵令嬢に失礼だろうが! 謝れ!」

 若い貴族たちの集まる真昼のお茶会。皇子主催の大規模なお茶会は、派閥も関係なく出会いを求める令息と令嬢で賑わっていた。

 そんなパーティーの一角での出来事。

(このシーンもむせ返るほど飽き飽きするわね)

 キアラは目の前の茶番劇を冷めた様子で見る。

 仕掛けたのはマルティーナ・ミア子爵令嬢だ。
 キアラに故意にぶつかり、その拍子に熱いお茶を自分のドレスにこぼして、「キアラに意地悪された」と大声で泣き叫ぶ。

 不思議なことにダミアーノ・ヴィッツィオ公爵令息は婚約者ではなく、あまり面識のないはずの子爵令嬢をかばって、キアラは一人窮地に立たされる。

 ――こんな三文小説みたいな筋書きだった。

 最初の人生ではキアラは謝った。自分より低い身分のマルティーナに平謝りだ。

 彼女のもともとの性格はお人好しで臆病だったので、突発的な出来事に頭が真っ白になって慌てて頭を下げた。なにより、婚約者のダミアーノから嫌われたくなかったから。

 でもそれは間違いで、この時点は二人は裏切っていたのだと二回目以降は知っていた。
 だから今回も、冷徹に跳ね返す。

「……ぶつかって来たのはミア子爵令嬢のほうですわ。お茶をこぼしたのも自業自得です。むしろ、私の名誉を傷付けたことを謝っていただきたいわ」と、キアラは毅然として言う。

 これまでの彼女とは違う堂々とした態度に、ダミアーノは少し怯んだ。

「嘘をつくな! 傲慢にもほどがあるだろう! 君が謝るんだ!」

「私のほうからぶつかったという証拠はあるのですか?」

「なっ……! 現に彼女が泣いているじゃないか。君がやったとした思えない」

 キアラは鼻で笑う。

「ずいぶん非論理的な証拠ですわね。まるで婚約者の私より、そちらの子爵令嬢を愛しているような……?」

 彼女の衝撃的な発言に場はざわめいた。ダミアーノもマルティーナも途端に顔が真っ青になる。

「で、でたらめを言うな!」とダミアーノ。

「そうですよ! わたしたち、そんなのじゃありません!」とマルティーナ。

「あら、息もピッタリね。お熱いこと」と、キアラの皮肉。

「ふざけるなっ!」

 ダミアーノの怒号が会場内に響く。
 冷ややかな空気が一瞬で遠くまで広がっていった。

(……愚かだこと)

 二回目からはずっとこんな調子だった。恋人同士の茶番劇。そんな馬鹿なことなんかに付き合ってなんかいられない。

 変わらない繰り返しに、キアラは本当にうんざりしていた。
 とにかく今は早く屋敷に帰りたいので、彼女はこの拙い劇を終わらせることにする。

「本日は第二皇子殿下が設けてくださった場です。そこで騒ぎを起こすなんてヴィッツィオ公爵家とリグリーア伯爵家の恥だと思いませんか?」

「だから、お前が謝れば――」

「ですので、こうしましょう」キアラはポンと手を叩いて言う。「騎士に調査をしていただくのです。それでしたら公平に審査をしていただけますわ」

 彼女の提案にマルティーナの顔はみるみる曇った。騎士なんて、すぐに嘘がバレてしまう。そうなったら自分の信頼どころか、家門の立場も危うい。

 キアラは子爵令嬢の心情など知らない振りをして笑顔で続ける。

「あら、費用のことならご心配なさらず。全て我がリグリーア家が負担いたしますので。存分に調べていただきましょうね」

「そ、それは…………」

 マルティーナがか細い声を上げたと思ったら、彼女は急に意識を失ってその場に倒れた。
 隣にいたダミアーノが慌てて抱きかかえる。そして数名の取り巻きたちと騒がしく医務室へ。

 茶番劇は毎回ここでおしまい。

 婚約者の浮気も子爵令嬢の嘘も有耶無耶になって、ちょっとの間だけ噂話になるだけだ。
 若い貴族たちは一ヶ月もしたら別のスキャンダルに夢中になる。狭い世界で、そんなゴシップの繰り返しだ。

 キアラは婚約者を追うこともなく、静かに会場をあとにした。

 二回目以降はずっとこうだった。逆行したての彼女は、もうダミアーノに対して愛情なんてこれっぽちも残っていない。むしろ、憎しみの感情しか持っていなかった。

(この時点ではね……)

 何度繰り返しても、最初はダミアーノとマルティーナの復讐だけを考えていた。二人とも殺したいほどに憎いと、今でも強く思う。

 しかしダミアーノと関わるたびに、いつの間にか彼のことを好きになって、大好きになって、彼以外に何も見えないくらいに愛おしく思うようになって。
 過激な嫉妬心はマルティーナ以外にも広がっていって。

 最後はダミアーノの操り人形そのもので……彼のためなら何でもやった。
 どんなに残酷なことも恥辱にまみれることも。


 最初に逆行した二回目の人生は一番辛かった。
 初めて覚える感情に本当に気がどうかなるかと思った。ダミアーノに対する憎悪と愛情で心をかき乱されてぐちゃぐちゃになって、それはもう自分でコントロールできる状態ではなかったのだ。

 キアラはなんとか苦悩に耐えようとしたけれど、心は底なしの泥沼に沈んで行くみたいにどろどろと溶けていった。

 偶然知った恋人たちの密会場所。

 そこで激しく愛し合う二人を血の涙が出るくらいに口惜しく見つめながら、身体の奥は熱くなって頭の中がぐちゃぐちゃになった。
 もう見たくないのに、吸い寄せられるようにずっと二人を見ていた。

 でも繰り返すたびにだんだん慣れてきて、二回目のような苛烈な感情は薄れてきた。

 それでもダミアーノを愛する気持ちは変わらなくて、相変わらず最後は彼の操り人形になってたくさんの悪事に手を染めて処刑されていった。

(もう、あんな思いはしたくない……)

 キアラは決意する。今度こそ今度こそ今度こそ、運命を変えてやる、と。
 ……それは、二回目以降は毎回考えることだったけど。







 北部で戦っているはずの皇太子レオナルド・ジノーヴァーは密かに首都に戻って来ていた。
 もうも北部で戦ってきた彼の実力は、今では他の追随を許さないほどになっていた。

 レオナルドは北部鎮圧を皇帝に報告する前に、一つやるべきことがあった。そのために戦の事後処理は臣下に押し付けて、一人ひっそりと行動していたのだ。

 彼の頭の中は、ある人物でいっぱいだった。

(キアラ・リグリーア伯爵令嬢……)

 忘れもしない、あの女。一度、遠くから見かけたことがある。
 艷やかな漆黒の髪に時折ぎらりと赤く輝く茶色の瞳、氷のような冷ややかな美人だった。

 そして、自分をも破滅させた女……。

 七回目に戻ってきたとき、レオナルドはまずはじめにリグリーア伯爵令嬢を始末しなければと思った。

 あの女が、全ての元凶なのだ。
 あの女さえいなければ。

「キアラ・リグリーア……必ず殺してやる…………!」

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