私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki

文字の大きさ
1 / 51

第1章 — 粉になった花びら

しおりを挟む
第1章 ― 塵となった花弁

ここは大陸でも八大国のひとつ、壮麗なる シャパイア王国。
その国では、まるで舞台で王冠が欲望と野心を踊らせるように、虚栄と黄金が運命を左右していた。

シャパイアには二人の王子がいた。
伝統に従えば、当然、第一王子こそが王位継承者となるはずだった。だが、運命の巡り合わせにより、次第に第二王子が宮廷での寵愛を集め始める。

すべてが変わったのは、第一王子が婚約を発表したときだった。
その相手は――名門 ボーモント公爵家 の長女、美しく魅惑的な少女、メアリー・ボーモント。

ボーモント家は伝説的な富を誇り、貴族たちの間では「王家さえ凌ぐ」と囁かれるほど。
レースと礼儀作法の中で育ったメアリーは、姿勢も言葉も美貌も完璧そのもの。
多くの者にとっては理想の花嫁であり、またある者にとっては繁栄を象徴する旗印でもあった。

屋敷は慌ただしく熱気に包まれていた。
侍女たちが走り回り、レースが整えられ、ティアラが直され、香水が空気を満たす。
黄金の鏡に映る姿は幾重にも重なり、老女中 ルルデス は涙ぐみながらその光景を見守っていた。

「メアリーお嬢様……なぜそんなに穏やかな笑顔を?」

鏡の前に座るメアリーは、優しくリボンを整えながら答える。

「今日は……私の夢見た日です。ずっと憧れてきました。今日、私は花嫁になるのです。」

瞳は輝き、声は震えるほどに幸福に満ちていた。
ルルデスはその手を取り、声を詰まらせながら言う。

「この日のために、私なりに尽くして参りました……。お嬢様の幸せそうなお姿、それが何よりの報いです。」

やがて両親も部屋に入ってきた。誇らしげに、しかし感情を抑えながら。
父は彼女の手を強く握り、母は涙をそっと拭った。

そのとき、もう一人の少女が現れた。
――メアリーの異母妹、ローズ。
彼女は花束と水差しを手にしていた。

メアリーが白い花弁のように純粋で繊細で天使のごとき存在なら、ローズは紅い花弁――情熱的で野性的、人々の視線を奪う炎のような存在だった。

「ここに置きましょう。」
ローズは花瓶に花束を生けながら言った。
「花びらが萎れてしまわないように。」

メアリーは微笑み、妹を抱きしめた。
一瞬だけ、ローズも優しく抱き返した――が、その顔に、刹那の影がよぎったことにメアリーは気づかなかった。

―――

大聖堂は満員だった。
ビロード、羽飾り、宝石、紋章……すべてが彩られ、ステンドグラスの光に煌めいていた。

その日こそ「今年最大の式典」。
見守る者の目はすべて、野心と欲望に満ちていた。

純白のドレスに身を包んだメアリーがゆっくりと進む。
ドレスには繊細なレースと刺繍が重なり、両手には白い花束――銀の飾りの奥に、針のように鋭い棘が隠れていた。

彼女がそれを握った瞬間、掌がわずかに裂け、赤い線が走った。
痛みを無視し、メアリーは微笑んだ。
――今日は何も、この日を汚せはしない。

だが、運命は残酷に嗤った。

祭壇に近づいたとき、不意にめまいが襲った。
音楽は遠のき、景色は揺れ、色が滲む。

「ただの緊張……」
そう思い呼吸を整えた彼女の視線が妹を捉えた。

ローズは――笑っていた。
だがその笑みは姉妹の温もりではなく、冷たく計算されたものだった。

次の瞬間、刃のように速く――
メアリーの口に鉄の味が広がる。

痙攣、低い音、そして――血が吐き出される音が聖堂を支配した。

人々は凍りついた。

第一王子は完璧な態度を崩さぬまま彼女の腕を支え、顔を上げさせる。
流れる血を見た彼は――冷たく笑った。

その笑みは、判決そのものだった。

「――鉱夫病だ。」
誰かが囁いた。淫らな者に蔓延る、卑しい病だと。

瞬く間に噂が広がり、空気は重く淀んだ。

そして王子は声を張り上げ、全てを断罪した。

「これは悲劇ではない。真実の証明だ。王家は穢れを受け入れぬ! この女は血と恥で自らを汚した! 婚姻は、今この場で破棄する!」

その言葉と同時に、ざわめきは怒号へと変わった。
王子は冷酷にメアリーのドレスを裂き、真白な布地を血で染め上げる。

「見ろ! 未来の王に相応しいか!? 汚らわしい娼婦め!」

吐き捨てるように、彼は彼女の顔へ唾を吐いた。

―――

その瞬間、すべてが崩れた。

ローズは立ち上がり、声を響かせた。

「夜遅くまで出歩いていたのを、私はいつも見ていました。勉強などではない。姉の影の行いは……同情には値しません。」

その一言が群衆を決定的に突き放した。
王と王妃は蒼白に目を合わせ、速やかに婚約解消を宣告した。

泣き叫ぶメアリー。
だがその声は誰にも届かず、血と涙と共に踏み潰された。

――そして、妹の唇が静かに告げる。

「私はあなたを憎んでいた。ずっと……ずっと。」

毒。
それはローズの手によって仕組まれたものだった。

「プリンス は……私のものよ。すべて計画通り。あなたの完璧さを、この手で粉々に壊してやった。」

その告白を聞きながら、メアリーの世界は闇へと沈んでいった。

――しかし。

死の冷気に包まれた瞬間、異変が起きた。
ローズが生けた花束が、音もなく崩れ落ち、花弁は灰のように塵となって宙を舞った。

そのとき――メアリーは再び目を開いた。

立っていたのは、大聖堂の花道。
花束が掌から落ち、床に触れた瞬間、粉となって消える。

「……私……死んだ? ……でも、まだ……ここにいる……?」

胸の奥で、はっきりとした声が響いた。

――これは終わりではない。始まりなのだ。

血と涙の果てに、彼女に与えられたのは「復讐」と「真実」を求める第二の生。
屈辱を知った乙女は、もう一度歩き出す。

塵と化した花弁を背に――新たなる運命へ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...