私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki

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第二十二章 ―― 毒の残響(どくのざんきょう)



城へ戻ったマリーは、部屋に入るなりベッドへ身を投げ出した。
身体は疲れ切っていたが、心は嵐のようにざわめいていた。

あの王子の言葉が、何度も頭の中で反響する。
そのひとつひとつが、胸の奥を射抜く矢のように痛かった。

――なぜ、彼はそこまでしてくれるの?
――なぜ、わたしを助けようとするの?

マリーは天井を見つめながら思案した。

彼のことは幼いころから知っていた。
第二王子はいつも穏やかで、礼儀正しく、けれど少し距離を置くような人だった。
けれど――彼がこんなにも深く、自分の事情に関わってくるなんて、想像もしていなかった。

「……知りすぎてる。彼は、知ってはいけないことまで。」

その瞬間、廊下の向こうから足音が聞こえた。
扉が静かに開き、リーナが顔をのぞかせる。
彼女はマリーの侍女のひとりで、いつも心配性だった。

「マリー様、大丈夫ですか?」
マリーは小さく息を整え、微笑んだ。
「ええ……少し疲れただけ。でも、休んでいる暇はないの。」

そう言ってベッドから起き上がる。
その瞳には、決意の光が宿っていた。

「王子はすべてを話してくれたわけじゃない。でも……手がかりはくれた。
 この“毒”について、少しずつでも真実に近づける。」

城へ戻る途中、王子の側近である騎士タヴィオが、いくつかの情報を伝えてくれた。
それによると――王宮に潜む密偵たちが、マリーの姉・ローズが第一王子と密かに動いていることを突き止めたという。

その名を聞いた瞬間、マリーの背筋に冷たいものが走った。

「やっぱり……まだ諦めていなかったのね。わたしを滅ぼすことを。」

怒りとも恐怖ともつかない感情が胸を締めつける。
だが、考えを巡らせるたびに、心は必ず同じ場所へ戻った。
――あの王子のことへ。

彼は今ごろ無事だろうか?
タヴィオは「連絡が入り次第報告する」と約束してくれたが、今のところ何の音沙汰もない。

「……考えても仕方ない。今はできることを。」

マリーは決意し、リーナに声をかけた。
「リーナ、図書室へ行きましょう。調べたいことがあるの。」

それから何時間も、彼女は古文書や錬金術の記録をめくり続けた。
指先は紙で切れ、インクの染みが増えていく。
ノートには走り書きと推測の文字がびっしりと並ぶ。

一方、厨房ではリーナともうひとりの侍女、エステファニーが小声で話していた。
「マリー様、本当に頑張っておられるわね……」
「ええ。でも、そこまで突き動かす理由があるのよ。私たちは信じて支えるしかないわ。」

そうして数日が過ぎた。
マリーの生活は、静寂と研究に満ちたものとなった。
薬草の匂い、乾いた羊皮紙の手触り、そして夜更けまで灯る燭台の炎。
そのすべてが、彼女の決意を形にしていく。

そして――ある夜。
古い巻物をめくっていたマリーの手が止まった。
瞳が大きく見開かれる。

「……やっと見つけた。」

古びた紙には、ひとつの植物の名が記されていた。
――ユーフォルビア・ミリー。
一見どこにでもあるありふれた花。だが、魔術的な加工を施すことで、強力な毒に変わる。

マリーは震える手でページをなぞった。
記述によれば、ローズはその植物の棘を特殊な抽出液で処理し、それをブーケの茎に仕込んでいた。
そして結婚式の日――。
マリーがその花束を手に取った瞬間、棘が皮膚を刺し、血流に毒が流れ込んだのだ。
体内を蝕むその毒は、激しい出血を引き起こし、ゆっくりと命を奪っていった。

「……これが、あの時わたしを殺した毒。」

マリーの手が震えた。
紙を握りしめる指先が白くなる。
怒りでも悲しみでもない、もっと深い感情が胸の奥からこみ上げてきた。

「姉さん……あなたは、どこまで堕ちていくの。」

窓の外では夜が深まり、月の光が図書室の床に淡く落ちていた。
静寂の中で、紙にペンを走らせる音だけが響く。

――トントン。

小さなノックの音がマリーを現実に引き戻した。
扉の向こうから声がした。

「マリー様にお手紙が届いております。」
伝令の少年が頭を下げて差し出す。

マリーは封を慎重に切り、手紙を開いた。
その筆跡を見た瞬間、胸が熱くなる。
――それは、王子からのものだった。

『東の前線に到着した。戦いは厳しくなるが、準備は整っている。
本当の戦いは、これからだ。
自分の身を守れ、マリー。危険は、想像より近くにある。』

手紙を胸に抱きしめる。
鼓動が速くなる。
彼の無事を祈る気持ちが、静かに涙と共にこぼれた。

「お願い……どうか、生きて帰ってきて。」

燭台の炎がふっと揺れ、壁に伸びる影がゆらめく。
その光と影の中で、マリーは悟った。

――これは、ただの毒の事件ではない。
権力と欲望、そして生存をかけた、本当の闘いの幕開けなのだと。
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