私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki

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第二十三章 ―― 鐘の音(かねのおと)



夜は静まり返っていた。
揺らめく蝋燭の灯だけが、広大な図書室を淡く照らしている。

マリーは机の上に積まれた本を、疲れた瞳で次々とめくっていた。
そばにはリーナとエステファニーが寄り添うように座り、彼女の作業を見守っていた。
扉の外では、騎士タヴィオが無言のまま立ち、主の護衛に徹している。

「もう、だいぶ遅いわね……」
マリーは小さく笑って呟いた。
「正直、お腹が空いて仕方ないわ。」

エステファニーはくすりと笑い、立ち上がる。
「では、私に任せてください。お茶とビスケットを用意してきますね。
 寝る前に、少しだけでも一緒にいただきましょう。」

「いつもありがとう、エステファニー。あなたって本当に頼りになるわ。」
マリーが柔らかく微笑むと、リーナが腕を組んで口を尖らせた。

「ちょっと、マリー様。私だって頼りになるじゃない。」
マリーは思わず笑い声を漏らす。
「もちろんよ、リーナ。あなたは特別だもの。」

三人の笑い声が石造りの壁に反響し、ほんの束の間だけ空気が和らいだ。

やがて、エステファニーは小さな蝋燭を手に取り、廊下へと出た。
夜の城は昼間とはまるで別の顔を見せる。
長い回廊には風の音もなく、ただ冷たい静寂が支配していた。

彼女は足音を忍ばせ、厨房へと向かう。
火を灯し、やかんに水を注ぎ、ゆっくりと湯を沸かす。
その間に少し時間があると思い、マリーの部屋を整えようと足を運んだ。

だが――扉を開けた瞬間。

背後から、強い手が彼女の口を塞いだ。
驚きのあまり蝋燭が床に落ち、炎が消える。

暗闇の中、低く冷たい声が耳元で囁いた。
「静かにしろ……知りたいのは、マリー様がどこにいるかだけだ。」

エステファニーは必死に抵抗するが、男の腕は鉄のように固い。
「案内してもらうぞ。おとなしくするなら傷はつけない。」
男の息が首筋にかかる。恐怖に身体が震えた。

その時――。

ドォン…… ドォン…… ドォン……!

重く響く鐘の音が、夜の空気を切り裂いた。
低く、そして不吉に。

図書室で本を読んでいたマリーが顔を上げる。
「……この音は?」
リーナが蒼ざめた表情で立ち上がった。
「この鐘が鳴るのは非常時だけ……!
 第二王子の城に警報が出たということは……何かが起こっている!」

「まさか……誰が、こんな城を襲うというの?」
「考えられるのは……王陛下、もしくは第一王子です。」
リーナの声が震えた。

そのころ、廊下の奥では、エステファニーが必死に抵抗していた。
男は彼女の腕を掴み、無理やり引きずっていく。
「もう場所は分かった……お前は十分役に立ったよ。」
その口調は、氷のように冷たかった。

同じ頃、図書室の前で警護していたタヴィオは、奥の影から人影が近づいてくるのを見た。
それは――エステファニーのように見えた。

「エステファニー殿下? どうされたのです?」

心配して一歩踏み出した瞬間、何かが彼の胸にぶつかってきた。
重い衝撃。彼は床に倒れ込み、その腕の中で気を失っているエステファニーを見た。
彼女の口には布が詰められ、手足は荒縄で縛られていた。

タヴィオが息を呑んだその瞬間――。

闇の中で、金属のきらめきが閃いた。
刃が空を裂き、彼の身体を貫く。

鈍い音と共に、タヴィオは崩れ落ちた。
床に血が滴り、石の隙間を赤く染めていく。

「い、いや……っ!」

図書室の中で、マリーとリーナは悲鳴を聞いた。
マリーが立ち上がり、リーナが慌てて止める。
「待ってください! 危険です!」

だがマリーはすでに扉へと走り出していた。

廊下は闇に包まれている。
倒れたエステファニーが、かすかに身体を震わせながら床に横たわっていた。
その足元にはまだ解けていない縄が絡みついている。

リーナが駆け寄ると、彼女は震える唇でわずかに言葉を漏らした。
「……に、げて……リーナ……」

その瞬間、背後で何かが動いた。

影の中から現れた黒い影。
手にした剣が、蝋燭の光を反射して一瞬だけ冷たく光った。

「いや……!」

リーナが後ずさり、マリーが叫ぶ。
「リーナッ!」

だが――もう遅かった。

鋼の音が夜を裂く。
そのあとに響いたのは、何かが床に落ちる鈍い音。

血が、静かに石の床を流れていく。
赤い筋が、まるで道を描くように広がっていく。

図書室は再び静寂に包まれた。
だがそれは、知識と記憶を守る静けさではなく――
死の影が支配する、冷たい沈黙だった。
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